黒の信仰

ぼっち・ちぇりー

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エーコ

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「で? アイツは死ぬのか? 」
「私と同じぐらい頑丈よ。」
 ファンタズムを身体の中心で構えると、左脚を一歩踏み出して構えた。
 左腕を出現させて、右目に義眼を発現させる。
「だったら好きにやらせてもらうぜ。」
「お願いやめて。」
「ったく。どっちなんだよ。生憎、手加減できる相手じゃないぞ。そこらの警備隊とは違う。」
「……… 」
「った。善処する。」
 ドクターシャドーは両掌を頭上に挙げた。
「作戦会議は終わったかな? ドブネズミ君たち。」
 ヨーコは俺の前に出ると、エーコに語りかけた。
「エーコ? 覚えてる? 私よ。ヨーコ。」
「おい、馬鹿。やめろ。」
 ヨーコを左手で吹き飛ばす。
 左手に、ヨーコの『影』が刺さった。
 痛覚が、幻影を通じて脳へと達する。
「グァっ。」
 コレは幻影だ。コレは幻影だ。
 俺は痛くない。俺は痛くない。
 歯を食いしばり、『幻影』を再定義すると、徐々に痛みが引いていくのが感じ取れた。
 ソレより。
「確かにアイツは、お前の『コア』を狙ったぞ。」
 マギアトスのコア。
 俺たちの身体に心臓が埋め込まれている場所だ。
「もう……やるしかない見たいね。」
「ああ、二人でアイツを黙らせてやろうぜ。」
 エーコの足元が抉れたように消える。
 彼女の右脚にあった空間が消えて、物質が膨張し、瞬時に俺たちと距離を詰めてきた。
「お腹……空いた。」
 ファンタズムで彼女を弾き飛ばし、そこへヨーコが、マギアトスのナイフを投げつける。
 彼女はソレを咥えると、モグモグと口を動かし、自分に害があるものだと分かると、ペッと吐き出した。
「食べられるもの。頂戴。」
 俺は即座に剣を地面に突き刺して、隆起する地面をイメージした。
 鋭く尖って隆起した岩の刃が、ナイフを吹き飛ばして、ヨーコの首へと迫る。
 紙一重、彼女は自分の背中から出た『影』を使い、ソレを払った。
 彼女は操られているのか。
 ソレとも本能のままに従っているのか。
 俺は理解できなかったから、彼女への対処法がまるで分からなかった。
 機械人形様にも、まだ人間としての心が残っているようで、万全な状態とは言い難い。
 だから、このまま彼女と、かち合えば、俺たちがやられることは明確だった。
 だからこそ、俺はヨーコに訊いたのだ。
「お前とアイツはどういう関係だよ。全然お前のこと覚えてないみたいだけど。」
 俺と彼女は同時に黒いムチを跳躍でかわす。
「小さい頃に、ちょっと会っただけ。」
「だけど、あの時約束したの。友達だって。」
あの子ヨーコは培養液の中で、私はまだ人間だった頃に。」
 馬鹿げた話だ。
 ソレでここまで彼女を追ってきた訳かよ。
 だけど、コレが彼女の本心だとやっと分かった。
 コレまでは散々はぐらかされて来たからな。
 奴を下す方法。
 二人で足りないのなら、三人で戦えば良い。
 馬鹿げた話だって?
 主と呼ばれたあの男がくれた、このガラクタファンタズムの方が馬鹿げてるぜ。
 俺は剣に念じた。
 かつての仲間であり、ライバル……だったと思う。
 普段から散々俺のことを傷めつけていやがったんだ。
 こういう時ぐらい活躍してくれよな。
 紫色のロングヘア、何を考えているのか、よくわからない紫の瞳、そして大きく膨らんだ胸。
 彼女は、戦闘の邪魔になるから、自分の体格を嫌がっていたっけな。
 紫色の軍服を着て、紫の悪魔と呼ばれたフリーランスの戦闘狂。

 ムラサキだ。

 彼女の本名は知らない。
 というか、彼女の仕事の都合上、あまり自分の名前を他者に教えたくは無かったのかもしれない。
 だけど俺は本名を聞いておくべきだったと思う。
 

 あんなことにならなければ。


 彼女は形成されたかと思うと、瞳孔を開き、目標へ向けて使い慣れたナイフの鋒を向けた。
 戦場で何度も向けられた殺意に背筋が凍りつく。
 だけど、感情に飲まれては行けない。
 またこの『幻影』は俺を苦しめることになる。
「戦場のムラサキ、戦場のムラサキ。」
 感情を捨てて、ただ仕事の為だけに刃を握る彼女をより強くイメージした。
 エーコとムラサキは同時に地面を蹴ると、鞭とナイフで押収を始めた。
 ヨーコも加勢するも、動きが少し遅れている。
「下がってろ。今の状態じゃ邪魔だ。」
 口調が少し強くなってしまう。
 だけど、彼女は状況を素早く理解して、腕に内蔵されたレーザーガンで、ムラサキを援護することに努め始めた。
「なに……見てるんですか? 」
 言われなくても分かってる。
 俺も加勢しろってことだろ。
 だけど、恥ずかしいことに、俺自身も彼女たちのスピードについていけるかが不安だ。
 少し言い訳をするなら、俺は戦場を離れてから、しばらくのブランクがあるし、俺と働きだしてからのムラサキの技量がどのようなモノになっていたかは分からないが、俺の中にある、彼女への一種のトラウマのような感情は、のソレにある。
 だけど。
「戦場で、お前は一度も俺に勝てなかったよなぁ。」
 彼女の肩が少し震えたような気がした。
 俺の作り出した幻影が意志を持っている。
 そんなことは絶対に無いはずなのだが。
 そのスキをエーコに突かれた彼女が、両手のナイフを中心でクロスさせて、攻撃を受け止める。
 ムラサキは受け止めなくて良い。
 彼女は受け身が得意だ。
 だから俺は真っ先に、エーコに向かった。
 身体を限界まで縮めて、大きく跳躍する。
 エーコとの距離がどんどん縮まっていく。
 彼女がコレまでにだした黒い鞭の数は八つ。
 今はソレが全部ムラサキへと向かっている。
 今の彼女は無防備なはずだ。
 いや、ムラサキはソレを見越して、避けることをせず、攻撃を、あの小さな刃で受け止めたのかもしれない。
 俺は両手の大剣を大きく引きつけた。
 腰の右側に来るように。
 回転しながら、彼女を切り付ける。
 もう、防御のことは考えなくても良い。
 コレだけお膳立てされているのだから、俺は、コレを決める義務がある。
 自身質量に遠心力を乗せた渾身の一撃。


 が、弾かれた。
「クソ、九本目。」
 俺はなぜ、エーコを生物の範疇に当てはめて考えていたのだろう。
 こうなると、もう十本も十一本も変わらない。
 別の方法を考えなくては。
「うぐっ。」
 肩を思いっきり踏みつけられる。
 ムラサキだ。
 彼女は背中に迫り来る黒いムチ八本と、正面から来る一本を同時に受け止めて、弾き返した。
反動で、エーコは弾き飛ばされて、研究室の天井へとぶちつけられる。
「お姉さん面白いね。」
「やっぱりこう出なくっちゃ。」
 彼女が初めて食欲意外に興味を示した。
 彼女にとって俺たちは、所詮それだけの存在だったのだ。
 彼女は初めて、獲物を追い詰める喜びを知ったのかも知れない。
 だが、俺たちを警戒していないということは、逆に彼女の意表を突くチャンスだ。
 ヨーコは右手に実弾を詰めると、エーコ向けて放った。
 パンという乾いた音を立てて、ソレは彼女に直撃する。
 が、ソレは鉛玉では無かった。
 パンと再び音を立てて、クラッカーが弾け飛ぶ。
 ソレがどのような意味があるかは分からなかった。
 だけど、俺は彼女がふざけていないことを知っている。
「お姉……ちゃん? 」
「やっと私のことを見てくれたわね。」
 エーコが攻撃を止めるとともに、ムラサキはバックステップで彼女から距離を取り、まじまじと様子を見ている。
「仕方ないわ。あのこととはだいぶ風貌が変わっちゃったし。私は大人になったのよ。」
「ソレに、身体だってホラ。」
 彼女が、マギアトスの制服を脱ぐと、鈍色の腹部が姿を現した。
「ずっと覚えていてくれていたんだ。私は忘れていたのに。」
「随分と遅れてしまったわ。貴方が培養液から出られるようになる日に、私はクラッカーを持って行くって。結局その後ら私は父さんに…… 」
 俺はこっそり逃げようとするドクター・シャドーを捉えると、彼の奥襟を右手でガッチリ掴み、猫のように持ち上げた。
「コイツはどうする? 」
「処分したいと言いたいところだけど。」
 彼女はエーコの方を見た。
 彼女にとって、ドクター・シャドーは仇なんだろう。
 だけどエーコにとっては産みの親でもある。
「良いよ。許してあげる。たくさんご飯ありがとね。」
 ヨーコは両目を抑えて、崩れ落ちないように必死に耐えている。
 そうだ。
 彼女は被害者であり、加害者である。
 だけど彼女は、エーコのために必死になってここまで来て、藁をも掴む気持ちで俺に仕事を依頼して来た。
 ソレに、コレまでのことより、コレからのことがある。
 人間は飯を食わなければ死んでしまう。
 ソレはエーコも同じだというわけだ。
 背中がジンワリ熱い。
 熱いマグマのようなモノが流れている。
 俺は背中を摩った。
 マグマのように紅い液体。
 俺は振り返り、悟った。
「またか。」
 ムラサキは俺に突き刺さったナイフから手を離すと、両手で俺の首を締め上げて来た。
 彼女はそんなことをしない。
 そんな奴じゃ無い。
 俺は彼女の像を再定義し、鎮めようと、命綱ファンタズマへと手を伸ばす。
 俺は……俺は最低な奴だ。
 なぜ彼女を、彼女たちを責めている。
 俺の側から居なくなったからか?
 俺は自分のためにワストピリオドを殺すと決めた。
 死んだ人間は生き返らないから。
 せめて自分の奥に潜む闇と決着を付けるために。
 だけどアンマリじゃ無いか、死者を冒涜するなんて。
 俺はそこまで淡白な奴だったのかと、自分自身を失望する。
「そうですよぉ。貴方は!! メガネさんも、グリーンさんも、ちーちゃんもエンジュさんも。皆んな見殺しにして、自分だけ助かって。助かった自分は、なぜ自分だけが奪われたのかと嘆いているんです。」
「お前みたいなクズは死んだ方がマシですよね。」
「大丈夫です。私は痛くしないことが得意なんですよ。私に殺される人は、皆んな幸せそうな顔をしながら死んでいくんです。」
 彼女は右手で、俺の首根っこを掴みながら、左手で太ももを摩り始める。
「や…め…ろ。」
 ムラサキはそんなことをしない。
 俺は醜くモガき、必死に自身の剣をマサぐった。
 後少しのところで触れられない。
 そして彼女の手は後少しのところで俺の剣に触れようとしている。
 刹那、何か黒いモノが走り、ムラサキを連れ去った。
「傭兵って言うのに、ちっとも役に立たないのね。」
 ヨーコが俺に手を出す。
「そりゃお互い様だろ。」
「手を貸しましょうか? 」
「頼む。」
 俺は彼女ムラサキとしっかり向き合うべきなんだと思う。
 というか、向き合わなければならないのだ。
 絶対に。
 俺は自身の愛剣を手に取り、再び立ち上がった。
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