上 下
51 / 108
ファイル:3 優生思想のマッドサイエンティスト

潜入

しおりを挟む
 桐生慎二は、裏庭のマンホールを開けると、コッチを振り返った。
「北条?外傷は無いか? 」
「無いことはない。だがまざか。」
「下水管だよ。極東がウボクの衛生管理を口実に作ったもんだ。」
 彼は俺の傷口が不衛生になり、俺が破傷風にかかることを気にしているのだ。
 だが、それぐらいなら、能力を使うことでなんとかなる。
「感染症は……大丈夫だと思う。だがカーミラは…… 」
 俺はカーミラを見た。
 彼の額の傷は綺麗に塞がって跡形もなく無くなっている。
「呪いの残り香だな。奴はつい最近まで吸血鬼だった。不死だったんだよ。」
「不死だなんて、信じられねえよ。」
「どう?試してみるかい? 」
 慎二が慌てて俺の前に立つ。
「やめておけ。奴にかつての頃の力は無い。」
「やらねえよ。一応、家に置いてあった抗生物質と、消毒液、貰って行ってもいいか? 」
「めざといな。ああ、分かった。終わったら降りてこい。三人揃ったら出発するぞ。」
 そう言って彼は、下水管の柱を降りていった。
「じゃあ北条、下で待ってるから。」
 カーミラもそれに続いた。

     * * *

 隠れ家で薬を掻っ攫ってきた俺が、下水管を降りていくと、下で二人は待っていた。
「よし、準備は良いな。出発するぞ。」
 俺もカーミラと同様に彼の背中を追った。
 ひどい悪臭だ。都市の生活排水が、水を酷く濁らせている。
 足元ではネズミやGがガサガサと音を立てて蠢いていた。
「それにしても……色々と凄いところだな。」
 俺は鼻を摘むと、手を払った。
「極東の地下にも、こういうデッカい空洞が根を張っているのか? 」
「ああ、そうだ。」
 慎二はそっけなく答えた。
「極東は国土が小さいからな。こういうインフラ整備もしやすい。逆にウボクじゃ、臨海だけを整備するので手一杯だよ。」
「内陸の方は…… 」
「そうだな……予算のこともあるけど、美奈が反対した。だから井戸を掘ったり、下水の整備はしていない。」
 あの美奈皇后が? 反対しただって?
「このままじゃ、国内で貧富の差が生まれるばかりだぞ。」
「そうだな。みんな不衛生な水を使わなきゃいけなくなって、女、子供が遠くの水辺まで水を汲みに行かなきゃいけなくて。」
 カーミラがそこで口を挟んだ。
「『子供たちが労働をせずに、綺麗な水が飲めることが、より良いこと。』コレは僕らの価値観だよ。他人に価値観を押し付けるのは良くない。ましてや、内陸の村に推し入って、公共事業を行うなんて、もってのほかだよ。」
 俺は彼らの考え方を理解できなかった。
「それで明日生きられるはずの命が無くなってもか? 」
「「俺たちは、そうやって価値観をぶつけあって、傷つけあった。」」
「自分のエゴは通す。だけど、その目的に他人を使いたくない。そうやって俺は一度失敗した。」
「答えはまだ無いよ。だけど、僕たちは考えることにしたんだ。また同じ結末に至らないように。」
 カーミラは臣民から逃げるために、こっちの世界に来たと言っていた。
 彼らの感じている重みというものは、俺の考えているものよりも、ずっと大きなものだったらしい。
「すまんなカーミラ。偉そうなこと言って。」
「え? 北条? なんのこと? 」
「やっぱり良い。進もうぜ。世界の奸は誰かが拭わなくてはならない。俺たちの大切な物を守るためにな。」
 改造人間を作る研究者を逮捕したところで、この国の国王が、腕を振り下ろす訳では無い。また別の力に頼り、世界を滅ぼす計画を立てるだろう。
 それはみんながみんな知っていた。
「皇帝とは僕が話すよ。」
 その真っ直ぐな目線に、俺は思わず目を逸らしてしまう。
「助かる。正直俺には出来ない事だからな。」
「さぁ行こう。」
 カーミラは慎二から地図を奪い取ると、右人差し指を突き出し、先陣を切った。
「カーミラ。暗闇で指を差すのはやめておけ。」
 俺もその気配に気がついていた。
「オイ、ここにはバケモンが出るのかよ。」
「良いや、俺がアイツに調べされたところじゃ、そういう情報は無かった。」
 本能を刺激され、危険を察知した黒く蠢くソレや、尻尾の生えた齧歯類たちは、一目散に、俺たちとは反対の方向へと逃げていく。
「北条、右によけろ。」
 次の瞬間、逃げ惑うソレらを、舗装されたコンクリートごと、大蛇が飲み込んだ。
「蛇? 」
「さあな。水龍か、鰻か、ナマズかもしれんぞ。」
 目の前の化け物は、両眼りょうまなこを赫く輝かせると、つるどい牙を光らせた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

蝶、燃ゆ(千年放浪記-本編5下)

しらき
SF
千年放浪記シリーズ‐理研特区編(3)”背中を追う者たちの話” あの戦争から100年後、理研特区では人間に寄生し理性を奪う恐ろしい人工寄生虫が街をパニックに陥れていた!立ち向かうのは2人の少年・少女。しかし両者の思惑は全く異なるもので…

地獄の住人は科学力で神に抵抗する

僧侶A
SF
つい先日、主人公の工藤遥は死に地獄に落ちた。 その地獄は現世で想像されているものとは違い、現代社会よりも技術が発展し、住みやすい場所だった。 何故そこが地獄なのか。神の意思に反し科学技術を発展させ、生き物としてのありのままの姿を損なったから。 そんな傲慢な神を倒すために地獄の民は立ち上がった。

もしもいつも通りの明日が来なかったとしても

春音優月
SF
やりたいことがあったわけでもないし、夢があったわけでもない。オリンピックに出れるくらい身体能力に優れているわけでもなく、特技があるわけでもない。 もちろん、特別な人間でも何でもない。 ごく普通に生きてきて、明日からもいつも通りの毎日が続いていくと思っていた。 そんなどこにでもいる女子大生が、ある日突然、「君にはいつも通りの明日が来ないかもしれない」という残酷な現実を突きつけられたとしたら……。 選択肢①諦めて、自分の運命を受け入れる。 選択肢②いつも通りの明日が来る方法を探す。 →選択肢③怪しいイケメンたちと共に命をかけて正体不明の敵と戦い、自分の未来を取り戻す。 2021.08.18〜 バトルファンタジー風味の現代SF 絵:子兎。さま

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...