5 / 108
平等な社会
帰宅
しおりを挟む
「遅いじゃ無い。どこほっつき歩いてたの? 」
「悪い……. 」
「ちゃんと答えなさいよホラっ。」
手錠が締め上げられる。
「話して…何になるっていうんだよ。」
彼女は俺の手錠を閉めるのをやめた。
「交番に寄っていたようだけど、なんかあったの? 」
「トリートメントは買ってきた。もう寝かせてくれ。明日から仕事だろ? 」
俺は彼女の部屋の扉を閉めると、壁に持たれ込み、目を閉じた。
家を出た時もこんな感じだったっけな。
「ガシャん。」
ペット用の食器に暖かい液体が注がれている。
シチューだ。
「これ、余ったから。あげる。早く食べないとウェルシュ菌が増えるわよ。」
俺は皿を手に取ると、チョビチョビシチューを飲み始めた。
「美味しい? 」
「とっても美味しい。」
「何があったの? 」
「なぁ鵞利場は、もし能力者が近くで殴られていて、自分が何も出来なかったらどうする? 」
「逃げる。」
即答だ。
「でも、嫌だ。だから私、公安になったし。無力なのは嫌だから。せめて取り締まる側になろうと思った。全ての人は救えないとしても。私のこのちっぽけな掌でも救える人間はいるの。」
向上心のある彼女らしい回答だった。
「俺にもできるか? 執行者になった俺になら。」
「無理でしょうね。執行者の仕事は能力者を取り締まること。自分の感情を捨て、ただ社会の秩序の一部として働くことだけよ。」
俺は人生で初めて後悔した。
彼女の言っていたことは正しい。
公安に志願して、成り上がり、能力者たちを守る側に立っておけば良かったのだ。
だがあの時の俺は、彼女ほど頭が回らなかったし、自分が生きることで精一杯だった。
「なーに泣いてんのよ。本堂長官が貴方をどのような理由で雇ったのかは知らないけど。」
「君の上司は私なのよ。社会の、人類の秩序を守る鵞利場小子。」
「さぁ今日はもう寝なさい。明日はしっかり働いてもらうんだから。」
「業務中に舟漕いだらオシオキだからね。」
そのオシオキという言葉で全身が身の毛がよだつ。
「ああ、鵞利場さんおやすみ。」
チェーンの掛かったドアから、一枚の布が投げ出される。
「風邪ひくわよ。」
「やっぱり寒い。寂しい。中に入れていただけませんか? 」
「却下。調子に乗んな。」
* * *
翌日、鳥の囀りとともに目を覚ました俺は大きく背伸びをすると、それから昨日風呂に入り忘れたことに気がつく。
いや、一日ぐらいならなんとも無いんだが、なんせ本堂に逮捕されてから、今この瞬間まで一度も風呂に入れていなかったので、身体が気持ち悪くて気分が悪い。
それぐらいに、この期間というものは、濃密なものであった。
充実しているというのなら聞こえが良いのかも知れない。
蝠岡に雇われて、護衛の合間に、裏社会の仕事を請け負う生活も悪く無かったが。
「勝手に出てったらまずいだろうな。てか起こしても怒られそうだし。かといって、出勤ギリギリで風呂に入っていないと言えば、『なんで昨日のうちに入っておかなかったの? 』ってギャーギャー騒がれるのがオチだろう。」
俺は手錠の画面をなんとか指で操作すると、メッセージ機能があることに気づく。
すると、手錠の端末がブルルと震えた。
『当端末は声帯認証でも操作することができます。』
まぁそりゃそうだなと思った。
こんなもん手でうごせるったらありゃしねえ。
「おい手錠さんよ。逆に出来ないことはあるか? 」
端末は少し悩んでいるようであった。
[人工知能に抽象的な問いを行うことは、お控え下さい。]
まぁそりゃなぁ。
俺だって何か出来る? って聞かれて咄嗟には答えられない。
「とりあえず鵞利場さんに風呂行ってるからそしたら公安に直行しますってメッセ送っといてくれる? 」
[承知いたしましたマスター。]
彼女から離れようとしたが、警告文が発せられることは無かった。
「意外と自由なんだな。」
そして首をブンブンと振る。
"俺に、こんな権利すら無いことが問題なんだ。まだ始業時間じゃ無いし。"
律儀なエレベーター君は、電源を落とし、眠りにこけていたが、俺がボタンを押すと即座に起動し、自分の仕事をまっとうしていた。
まだ早朝だというのに、セキュリティも生きている。
セキュリティは俺の手錠を認証すると、両開きのガラス扉を、するすると開閉する。
建物の外に出ると、深呼吸をした。
「銭湯までのナビゲートを頼む。」
[承知いたしました。ところで服のほうは? ]
「あー、一着しかねえんだわ。またこれ着るしかねえな。」
[近くにコインランドリーとスーパー銭湯が合併した施設があります。]
[口コミによれば、脱衣所にロッカー付きの洗濯機が用意されている様です。]
俺が服を脱いで、湯船に浸かっている間に、洗濯・乾燥が済むそうだ。
「ああ、そこで頼む。」
思いのほか、この人工知能というものは使える存在だ。
「なんほど、オマエもこれだけ優秀なら、失業者が役所やハロワに溢れるのも納得だな。」
[恐れ入ります。]
「ほめてねえよ。でもサンキューな。」
俺は裏路地を出た。
「悪い……. 」
「ちゃんと答えなさいよホラっ。」
手錠が締め上げられる。
「話して…何になるっていうんだよ。」
彼女は俺の手錠を閉めるのをやめた。
「交番に寄っていたようだけど、なんかあったの? 」
「トリートメントは買ってきた。もう寝かせてくれ。明日から仕事だろ? 」
俺は彼女の部屋の扉を閉めると、壁に持たれ込み、目を閉じた。
家を出た時もこんな感じだったっけな。
「ガシャん。」
ペット用の食器に暖かい液体が注がれている。
シチューだ。
「これ、余ったから。あげる。早く食べないとウェルシュ菌が増えるわよ。」
俺は皿を手に取ると、チョビチョビシチューを飲み始めた。
「美味しい? 」
「とっても美味しい。」
「何があったの? 」
「なぁ鵞利場は、もし能力者が近くで殴られていて、自分が何も出来なかったらどうする? 」
「逃げる。」
即答だ。
「でも、嫌だ。だから私、公安になったし。無力なのは嫌だから。せめて取り締まる側になろうと思った。全ての人は救えないとしても。私のこのちっぽけな掌でも救える人間はいるの。」
向上心のある彼女らしい回答だった。
「俺にもできるか? 執行者になった俺になら。」
「無理でしょうね。執行者の仕事は能力者を取り締まること。自分の感情を捨て、ただ社会の秩序の一部として働くことだけよ。」
俺は人生で初めて後悔した。
彼女の言っていたことは正しい。
公安に志願して、成り上がり、能力者たちを守る側に立っておけば良かったのだ。
だがあの時の俺は、彼女ほど頭が回らなかったし、自分が生きることで精一杯だった。
「なーに泣いてんのよ。本堂長官が貴方をどのような理由で雇ったのかは知らないけど。」
「君の上司は私なのよ。社会の、人類の秩序を守る鵞利場小子。」
「さぁ今日はもう寝なさい。明日はしっかり働いてもらうんだから。」
「業務中に舟漕いだらオシオキだからね。」
そのオシオキという言葉で全身が身の毛がよだつ。
「ああ、鵞利場さんおやすみ。」
チェーンの掛かったドアから、一枚の布が投げ出される。
「風邪ひくわよ。」
「やっぱり寒い。寂しい。中に入れていただけませんか? 」
「却下。調子に乗んな。」
* * *
翌日、鳥の囀りとともに目を覚ました俺は大きく背伸びをすると、それから昨日風呂に入り忘れたことに気がつく。
いや、一日ぐらいならなんとも無いんだが、なんせ本堂に逮捕されてから、今この瞬間まで一度も風呂に入れていなかったので、身体が気持ち悪くて気分が悪い。
それぐらいに、この期間というものは、濃密なものであった。
充実しているというのなら聞こえが良いのかも知れない。
蝠岡に雇われて、護衛の合間に、裏社会の仕事を請け負う生活も悪く無かったが。
「勝手に出てったらまずいだろうな。てか起こしても怒られそうだし。かといって、出勤ギリギリで風呂に入っていないと言えば、『なんで昨日のうちに入っておかなかったの? 』ってギャーギャー騒がれるのがオチだろう。」
俺は手錠の画面をなんとか指で操作すると、メッセージ機能があることに気づく。
すると、手錠の端末がブルルと震えた。
『当端末は声帯認証でも操作することができます。』
まぁそりゃそうだなと思った。
こんなもん手でうごせるったらありゃしねえ。
「おい手錠さんよ。逆に出来ないことはあるか? 」
端末は少し悩んでいるようであった。
[人工知能に抽象的な問いを行うことは、お控え下さい。]
まぁそりゃなぁ。
俺だって何か出来る? って聞かれて咄嗟には答えられない。
「とりあえず鵞利場さんに風呂行ってるからそしたら公安に直行しますってメッセ送っといてくれる? 」
[承知いたしましたマスター。]
彼女から離れようとしたが、警告文が発せられることは無かった。
「意外と自由なんだな。」
そして首をブンブンと振る。
"俺に、こんな権利すら無いことが問題なんだ。まだ始業時間じゃ無いし。"
律儀なエレベーター君は、電源を落とし、眠りにこけていたが、俺がボタンを押すと即座に起動し、自分の仕事をまっとうしていた。
まだ早朝だというのに、セキュリティも生きている。
セキュリティは俺の手錠を認証すると、両開きのガラス扉を、するすると開閉する。
建物の外に出ると、深呼吸をした。
「銭湯までのナビゲートを頼む。」
[承知いたしました。ところで服のほうは? ]
「あー、一着しかねえんだわ。またこれ着るしかねえな。」
[近くにコインランドリーとスーパー銭湯が合併した施設があります。]
[口コミによれば、脱衣所にロッカー付きの洗濯機が用意されている様です。]
俺が服を脱いで、湯船に浸かっている間に、洗濯・乾燥が済むそうだ。
「ああ、そこで頼む。」
思いのほか、この人工知能というものは使える存在だ。
「なんほど、オマエもこれだけ優秀なら、失業者が役所やハロワに溢れるのも納得だな。」
[恐れ入ります。]
「ほめてねえよ。でもサンキューな。」
俺は裏路地を出た。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。
異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。
せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。
そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。
これは天啓か。
俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。
モニターに応募したら、系外惑星に来てしまった。~どうせ地球には帰れないし、ロボ娘と猫耳魔法少女を連れて、惑星侵略を企む帝国軍と戦います。
津嶋朋靖(つしまともやす)
SF
近未来、物体の原子レベルまでの三次元構造を読みとるスキャナーが開発された。
とある企業で、そのスキャナーを使って人間の三次元データを集めるプロジェクトがスタートする。
主人公、北村海斗は、高額の報酬につられてデータを取るモニターに応募した。
スキャナーの中に入れられた海斗は、いつの間にか眠ってしまう。
そして、目が覚めた時、彼は見知らぬ世界にいたのだ。
いったい、寝ている間に何が起きたのか?
彼の前に現れたメイド姿のアンドロイドから、驚愕の事実を聞かされる。
ここは、二百年後の太陽系外の地球類似惑星。
そして、海斗は海斗であって海斗ではない。
二百年前にスキャナーで読み取られたデータを元に、三次元プリンターで作られたコピー人間だったのだ。
この惑星で生きていかざるを得なくなった海斗は、次第にこの惑星での争いに巻き込まれていく。
(この作品は小説家になろうとマグネットにも投稿してます)
アンドロイドちゃんねる
kurobusi
SF
文明が滅ぶよりはるか前。
ある一人の人物によって生み出された 金属とプラスチックそして人の願望から構築された存在。
アンドロイドさんの使命はただ一つ。
【マスターに寄り添い最大の利益をもたらすこと】
そんなアンドロイドさん達が互いの通信機能を用いてマスター由来の惚気話を取り留めなく話したり
未だにマスターが見つからない機体同士で愚痴を言い合ったり
機体の不調を相談し合ったりする そんなお話です
えっ!どうしよ!?夢と現実が分からない状況なので模索した結果…
ShingChang
SF
睡眠の前に見る【夢】を自由に制御できる能力者、
桜川みな子
社畜の様な労働時間の毎日…疲れ果てた彼女が
唯一リラックス出来る時間が『睡眠』だ
今夜は恋愛系? 異世界ファンタジー?
好きな物語を決め深い眠りにつく…
そんな彼女が【今宵はお任せ】で見た
【夢】とは!?
戦国時代の武士、VRゲームで食堂を開く
オイシイオコメ
SF
奇跡の保存状態で頭部だけが発見された戦国時代の武士、虎一郎は最新の技術でデータで復元され、VRゲームの世界に甦った。
しかし甦った虎一郎は何をして良いのか分からず、ゲーム会社の会長から「畑でも耕してみたら」と、おすすめされ畑を耕すことに。
農業、食堂、バトルのVRMMOコメディ!
※この小説はサラッと読めるように名前にルビを多めに振ってあります。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
おっさんの異世界建国記
なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる