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報復

悔恨

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「クソっ。」
 絶対領域の効力が切れ、動けるようになった右を硬い大地に叩きつける。
 彼女にあと少しで手が届くところだった。
 やるせない気持ちで、雄叫びを上げる。
 あの時、千代を置いて町に出なければ。 
 部屋に戻った時、再空壊を発動させていれば。
 もしくは、彼の足止めをしていれば。
 彼女を救えたかも知れないのに。
 今から追いかけるか?
 いや、追いかけて行ってどうする?
 今の俺じゃ彼には勝てない。
 いや、ここにいる全員が、彼に対抗出来なかった。
 能力を無効化してくる能力者はこの世界には居なかった。
 ゆえに対抗策も見つからない。
「慎二…… 」
 槍馬が心配そうに俺へと手を差し出している。
「悪い、槍馬。取り乱してしまった。」
 そうだ。怒りに身を任せている場合では無い。
 だが、このやり場のない気持ちを、どこにぶつけて良いか分からなかった。
 彼女を助けるために、祭壇へと来たのに、いつのまにか俺たちはこの世界の命運を背負わされていた。
 絶対に勝てない相手に、一方的な交渉を持ちかけられた。
 それができるのも、彼がここにいる人間の誰よりも強いからだ。
 セイと分離したカーミラが、エクスカリバーを杖にして、コチラにやって来る。
「とりあえずアスィールさんと、坂上さんに連絡を。」
 
       * * *

 会議には多くの主要人物が出席した。
 表向きは、国際交流会。
 それも周りの人間たちを刺激させないためである。
 そして驚くべきことは、三国だけでなく、各地域の長、テロリスト認定されていたミシマッシュのリーダー、Mまでもが、この会議に呼ばれていたことだ。
「人質を取って彼らとの交渉を優位に進めるつもりが、逆に人質を取られて主導権を握られるとは。」
 いつもニタニタしている坂上ですら、今は唇を噛んで、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「このことは、くれぐれも国民には内密に。」
「賛成です。今、公にすれば、世界各地で暴動が起こって、世界が混乱するでしょう。」
「そういう状態になったところに平等社会人は漬け込んでくるはず。間違いないです。」
 とカーミラ。
 その言葉にメリゴ大陸支部の羽々斬は疑問を呈した。
「でも、もし仮に私たちが負けたら? 彼らは……何も知らないまま奴隷にされてしまうんですよね。」
 それを否定したのは槍馬だ。
「そうはさせない。絶対に俺たちは勝ってくるから。」
 その言葉を肯定的に捉えた人間は少ない。
 彼自身も、あまり自信のこもった口調では無かった。
 そこで口を開いたのはMだ。
「ルールは? その平等社会の人間はどのような勝負を持ちかけて来た? 」
 ルールは彼らが祭壇で自分の世界に帰ってから二時間ほど経ってから来た。
 たぶんあの大男が寄越した者だろう。
 一羽の鳩が、坂上向けて手紙を届けに来たらしい。
「五対五の団体戦。白星が多い方が勝利。」
「判定条件は、相手が戦えるかどうか。それはジャッチが判断するそうだ。」
 つまりジャッチが戦えると判断した状態であれば、どのような状態でも試合は続行される。
 俺は手を上げた。
「なんだね慎二くん? 」
「負ける気なんてさらさらないが。降参についてはどのような記述が? 」
「……ちゃんと記述があったよ。原則禁止。ただ、戦闘が続行不可能ならそれもジャッチが判断すると。」
 つまりそういうことだ。
「ジャッチが、そう判断を下さなければ、ソイツは嬲られ続けるわけか。」
「死ぬまで…… 」
 大男に勝てなくても、俺たちは勝利できるかも知れない。
 だが、例えそうだったとしても、誰か一人が殺されるかも知れない。
「奴とは俺が戦う。」
 カーミラが飛び上がった。
「無理だ。だって今の君は。不死であるわけでもないし、エクスカリバーだって。」
「僕がやるよ。」
 コレだけは譲れない。
 全部俺のミスだ。
 自分の尻ぐらい自分で拭かなくてはならない。
「慎二ッ。」
 槍馬も俺を止めようとしている。
「いや、あながち悪くない作戦だろう? 」
「どうせ術式も神器も無効化されるんだ。」
「ならカーミラ。お前は他の人間と勝負しろ。」
「お前は? 」
 父はなんの術式も発動させずに、時空壊かそれ以上の速さで動いていた。
 それに俺は西郷に追い詰められた時、父の肋骨、思念から、身体の使い方を少し習った。
 俺にもできるのだ。
 おそらく、この中で術式を使わずに一番動けるのは、俺。
 父のようにできるか分からない。
 だが、俺はやらなければならなかった。
「勝機はある。任せてくれ。」
 「私にも参加させて。」
 そう名乗り出て来たのは、ハムサの器だった碧野双薔。
「危険だ。アンタは悪魔の力を使えるかも知れない。」
「だが今はもうただの人間だ。どうなるか分からないぞ。」
「それ。貴方がいう? 」
 アスィールは頭を抱えて、双薔の意見に対して、肯定も否定もしなかった。
「いや、やらせて。私たち国民の命運もかかっているの。」
「私にだってその責任を負う権利がある。」
 ごもっともな意見だった。
 アスィールはため息をついて、それから答えた。
「頼んだぞ。双薔。」
 皆が退出する。
 俺が会議室を後にすると、千代の父親が立っていた。
 俺はまた怒鳴られるのではと、身構える。
 だが、彼は俺の前に跪くと、命乞いを始めた。
「頼む。なんとかしてくれ。」
 俺は坂上の方を見た。
「教えたのか。平等社会のこと。」
「黒澄くんのことを話すのに、話さざる追えなかった。」
 千代の妹も心配そうな顔で俺を見ている。
 そうだ。
 千代のことだけで何も見えていなかった。
 双薔の言うとおりだ。
 俺はみんなの命運を背負っている。
 俺に過去を振り返る時間なんてない。
 聖剣を集めていた時もそうだった。
 勝つこと。
 ただそれ一点のために。
 保身のクズ。
 それでも彼は千代の父親で、守るべきこの世界の住人。
 俺は彼の背中を優しくさすった。
「大丈夫です。僕が世界も、千代も、護って見せますよ。」
「ありがとう。ありがとう。」
「あと!! 」
「お前にお義父さんと呼ぶことを許可した覚えはない!! 」
 怒られてしまった。
 が、彼らの不安は吹き飛んだようである。
 俺は彼らに手を振ると、大内裏を後にした。
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