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侵略者

シャバの空気は美味かった

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「眩しい。」
 繁華街に入り、まず最初に俺の口から出たのはその言葉だった。
 一年前の極東も十二分に明るかった。
 いまは眩しい。
 そう眩しいぐらいなのだ。
 エネルギー供給量が大幅に増えたことをそれが物語っていた。
「昼みてえだよ。」
「うんうん、普通よ。いつもの極東。暗いところに長い間いたから感覚がおかしくなったのよ。」
「それもそうかも知れねえ。」
「ありがとな連れ出してくれて。」
 そうだ、黒澄が外に連れ出してくれなかったら俺は、今もカビ臭い牢の隅で一人、ミノの数を数えていたことだろう。
「どういたしまして。」
 
「よお千代ちゃん。今日もやっていくかい? 」
 暖簾から店主らしき男が出てきて、手招いてくる。
 ……『歩阿洲斗ー風堂』か。
「何してるの? お腹すいたんでしょ。早くしないと置いていくわよ。」
 俺は言われるがまま、暖簾をくぐった。
 中はそれなりに繁盛している。
 カウンター席に座る客が、蕎麦を啜っていた。
「あら千代ちゃん久しぶり。今日は……あらそちらはどちら様? 」
「コレ? 鬼神。神を殺した世界の英雄よ。」
 しばしの沈黙。
 そうだ。俺は罪人である。
 自分の目的のために人を殺し続け、自分の目的のために神を殺した男。
 ここは、そんな大罪人が居て良いところではない。
 食事をしているみんなを怖がらせてはいけないので、俺は速やかに立ち去ることにした。
「鬼神!! 鬼神だってよ。」
「鬼神? あの神器を持ち帰ったって言うあの? 」
 みなの反応が割と好意的であったことに俺は驚いた。
 店主が身を乗り出す。
「俺たちの生活を変えるために、極東軍を抜けてまで闘ってくれたんだろお前は? 」
「ちが… 」
 俺の言葉を黒澄が遮る。
「そうそう。コイツはね。スラムの人たちを救うために自ら立ち上がったのよ。」
「生活? 」
「アンタが、草薙剣を持って帰ってきてくれたおかげよ。都、いや極東地域全域の文明レベルが著しく変化したの。」
「お陰で、俺たちもこうやって普通に生活出来ているわけだ。」
「まだ差別や偏見、無法地帯の存在とか、問題は山積みなんだかどね。」
 七宝が俺に草薙剣を懇願した理由。それが今分かった。
「鬼神様は、都をご覧になられましたか? 」
 奥から店主の妻らしき人物が出てきた。
「ごめんなさいね。コイツ、さっきまで豚箱にぶち込まれていたから。極東のこと全然知らないのよ。」
「俺は罪人だ。俺のことを称賛すればアンタらも危ない。」
 俺は席を立った。やはり俺はここにいるべきではない。
「どこいくの? お金は? 」
「持っている。極東を抜けた時、いくらか持っていたから。」
 俺が暖簾を抜けようとすると、彼女が囁いてきた。
「また逃げるの? 」
「俺は逃げてなんていない。」
「嘘。極東から逃げて、ブレイク家の人間を殺した罪から逃げて。」
「いまは、救った人々から逃げてる。」
「お前に何が分かるって言うんだ。」
 俺は彼女を振り払おうとした。
「…かないで。」
「私、慎二がいなくなったら今度こそ殺されちゃうかも知れない。山賊に、あるいはドミニク・ブレイクに。もしかしたら、この任務で。慎二がいなかった時、とても、とても怖かったんだから。」
「悪かったよ。あの頃の俺は自分のこと手一杯だったからよ。情けないよな。余裕が無くてさ。」
「もうどこにも行かないで。約束して。私も連れて行って。」
 彼女がギュッと抱きしめてくる。
「家、どーすんの? 」
「もう知らない。家のことなんか。あんな勝手な人たち。」
 言葉が見つからない。
 でも俺は精一杯の勇気を振り絞って答えた。
「お、俺が守ってやるよ。」
「敵からも家からも。全部な。」
 俺がこう言うと、彼女が後ろで震え出した。
 別に泣いているとかそう言うのじゃないと思う。
 コレは、コレは…
 何かを堪えている?
「プ…ププププッ。」
「プギャーm9(^Д^)。」
「『俺が守ってやるよ。』だって。」
 俺は自分で赤面していることを悟りながら、必死に反論した。
「おい、笑うことねえだろ。」
「もう知らん。」
「でも安心した。一緒にいてくれるって。」
「ほら、ご飯食べよ。」
 彼女に言われるがままにカウンターに着くと、まだ暖かい蕎麦を啜った。
「うまい。」
 すると店主が俺の頭に手をポンと置く。
「お前が犯罪者だが、そうで無いとかどうでも良い。」
「そうそう、ワシらは世界がどうとかどうでも良い。自分達の、この極東での生活に満足できれば十分なんじゃ。」
 かき揚げ蕎麦をつついている爺さんが、俺の肩をポンポンと叩く。
「そうか…… 」
 俺はスープまで全部飲み干すと、立ち上がった。
「ご馳走様、店主さん。」
「もういくのか? 」
 俺は黒澄の方を見て、反応を見てから答えた。
「近頃、怪死事件が増えている。俺はその犯人を捕まえに行かなきゃ行けない。」
「無双な世の中になったもんじゃ。お前さんが神を殺してから平穏が訪れたと言うのに。」
「アンタらも気をつけてくれ。」
「鬼神さんも気をつけてね。」
 黒澄は蕎麦を流し込むと、慌てて追いかけてきた。
「ちょっと、アンタは助手でしょ。」
 今聞いた話だ。
「おじさん。ありがとう。」
 彼女は極東通貨を指で弾くと、店主は右腕でそれを受け止めた。
「お釣りいらないから。」
「毎度あり。」
 俺は再び内裏を目指した。





 
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