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はじまり。

アジトへ

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「おっ目が覚めたか少年。おはよう。」
 花の匂いと共に、暖かい風が俺の顔を撫でた。
 そして白衣の女性を見て、次に白いベットに寝かされていた自分に気づく。
 この窓から覗く風景には見覚えがあった。
「どうやら手間をかけさせたみたいだな。」
「そりゃもう。君に刺さっていた闇の剣、抜き取るのに丸々二日かかったんだぞ。」
「その後もポッカリ空いた穴が、塞がらなくて、傷口は血一滴も流れないし、化膿も壊疽も発生している兆しが無いから、回復神聖魔術を使いながら、つきっきりで面倒を見ていたのだよ。」
 よく見ると彼女の目元にはクマがあった。
「少し仮眠を取らせてくれ。診察はその後でいい。どうせ綺麗さっぱり治ってるんだろ? 台与鬼子くん。」
 そう言うと、女は俺の部屋から出て行った。
 もう一度外を見る。
 ミシュマッシュのアジトの庭には、菜園やら、おそらく魔術の触媒であろう花や薬草、その先には、熱帯に多く生息する背の高い木が生い茂っていた。
 しばらくすると、あの時の少女が俺の部屋に入ってくる。
「おはよう。もう元気になった? 」
「お前が俺をここまで運んできてくれたのか? 」
 彼女は恥ずかしそうに答える。
「……そうだよ。良かった。元気になって。」
「そうか、ありがとな。牢から連れ出してもらっただけじゃなくて、助けてもらってよ。大変だっただろ。俺をここまで運んでくるのは。」
「そんなことないよ。みんなが助けてくれたから。」
 彼女の足元から、小さな木の妖精が現れる。
「それがお前の能力か。かわいいな。」
「でしょ。僕の友達なんだ。」
 そしてもう一人。
「……ごめんなさいこんなことに巻き込んで。あなたの意志ももう少し尊重するべきだったわ。」
「謝るならするなよな。」
「そう、許してくれたみたいで良かったわ。コレでおあいこね。」
「お前なぁ。」
 怒りを通り越して呆れる。
 肩を下ろす俺に彼女は身を乗り出した。
「埋め合わせ。忘れた? 」
 近い。
「俺、病み上がりなんですけどぉ。」
「すべこべ言わない。」
 俺は亜星に連れられて、アジトを出た。
 森を抜けて、小さな街へと赴く。
「おい、こんな目立つところにきて大丈夫なのか? 俺は極東だけじゃない。グランディルからも目をつけられている。」
「かったいなぁ。」
 彼女は手を後ろで組んで俺の前を歩いている。
 そして振り返り、俺の方を見た。
「なぁ亜星。牡丹の能力なんだが……」
「ふーん牡丹きゅんのことが気になるのかぁ。」
 俺は彼女をまっすぐ、真剣な眼差しで見た。
「あーもうもう。分かったわよ。」
 「人工移動型神獣ユグドラシル。それが彼女の契約している呪具。」
「彼女ね。極東で人体実験をされていたのよ。極東のポータルの技術、俺は彼女の呪具を作った時に出来た副産物。本当はね、極東は世界に『根』を繋ぎ、支配するつもりだったのよ。」
「ごめんな、聞いた俺が悪かったよ。聞けば聞くほど胸糞悪くなる話だな。」
「ふふふ。」
 彼女は右手を口に当てて笑っている。
「何がおかしいんだよ。」
「もっとドライな人間だと思っていたから。意外。」
「さぁ買い出し♪買い出し♪」
 そして俺たちは、野菜を売っている屋台の前に来た。
<君が話しかけて。>
"なんでテレパスなんだ? "
 そう考えたところで俺は彼女が抱える重大な問題に気がついた。
「お前、声が。」
 そうだ、俺は日常的に例田や、霧島、馬田などのテレパス使いと意思疎通をしていた。
 その影響だろう。いつしか俺にはその「声」が、彼らの声帯から発せられたものなのか、それともテレパスによるものなのか分からなくなっていた。
<そう。私が呪具と契約した際に代償として取られたものは、私の声。>
「契約したのはいつだ? 」
「八歳の頃だったかな。突然、湖から出てきた呪具の意志に。」
「私ねその頃、周りの子たちと馴染めなくて……その声が特徴的だったから。」
「みんなね。私のテレパスを受け取ると、くすみあがっちゃうの。魔女狩りにあったこともあるんだから。」
「だからね。一般人に話しかけることは、マスターに禁止されてるの。」
 だが問題は別にあった。
「俺はここの地域の人の言葉が分かんねえんだ。」
 翻訳プログラムは、端末ごと極東に没収された。
 もとより、持っていたところで、電源を入れると電波が飛び、彼らに特定されてしまうのだが……
<大丈夫。私が代わりに翻訳してあげるから。少しずつ他国の言葉も覚えていこ。>
「……すみません。」
「へいらっしゃい。」
「そこの青ビートと、スケスケニンジン、レッドマスカットを下さい。」
「2546コピカね。」
 それから男は、亜星の方を見ると、微笑んだ。
「やあ嬢ちゃん。またきてくれたのか。おやおや、また人の影に隠れちまって。」
「君は見ない顔だね。この子のお兄さんかい? 」
「いやちが……アイタタそうです。僕はこの子のお兄さんです。」
「いつもはお姉さんと一緒に来るんだけどね。その子、いっつも話してくれないからさ。」
 俺は咄嗟に嘘をついた。
「そーなんですよ。コイツは人見知りなんです。」
「今日は姉が風邪をひいてしまって、おつかいを頼まれて。人見知りなんです妹は、親しい人としか話せなくて。」

      * * *

 俺たちは買い出しを終えると、アジトに戻ることにした。
「なーんだやれば出来るじゃない。これなら潜伏もできそうね。」
 自分でもびっくりしたが、それよりも、亜星のサポート能力に驚かされた。
 彼女のサポートがあったおかげで、自分が兄を演じられたと言っても過言ではない。
 人けを燠見で確認してから、再び密林に入る。
 アジトのドアを開けると、Mが迎えてくれた。
「お疲れ様。デートはどうだったかね? 」
「亜星の能力はだいたい分かりました。」
「どうだ? 私たちに協力者してくれる気にはなったかね? 」
「………」
 まだ決断は出来ない。だが、他に行く当ても目的もないし、なんせコイツらには借りがある。
 思えばこの八年間は両親に対する復讐心だけでひたすら前に進み、それ以外が見えていなかった。
 その間、沢山の聖を殺し、カーミラから恨みを買った。
 このままひっそりと暮らす人生も悪くない。
 だが、極東、グランディル、セル帝国の三国の追手から逃げ続けることは不可能だろう。
「すまん、もう少し考えさせてくれ。後悔だけはしたくないんだ。もう。」

「慎二よー風呂が沸いた。入ると良い。」

 奥で梓帆手の声がする。
 俺は一週間風呂に入っていないことに気が付き、顔が熱くなった。
「そんな……買い出しに行く前に水浴びぐらいはしとくべきだった。」
「大丈夫。身体はアルブさんが毎日吹いてくれていたから。」
「なっ!! 」
「『ほうほう、これが鬼の身体か。この呪いを神聖中毒に使えないだろうか? 』とか。」
「なんだよ…それ。」
 とにかく俺は風呂に入ることとした。
「慎二よ。身体はしっかり洗ってから湯船に浸かるのだぞ。俺とドミートリイも使うんだから。」
「あー。ありがとな梓帆手。」

 アジトの浴場は凄かった。どうやらドミートリイという人間がカタログを片手にで完成させたものらしい。
 俺は脱衣所で服を脱ぐと、真っ白に曇っている浴場の扉をガラリと開ける。
 中から白い煙が溢れてきた。
 暖かい蒸気がいい塩梅だ。
 風呂椅子に乗っかっている桶を取ると、蛇口を捻る。
 暖かい雨が俺の頭に降り掛かり、思わず飛び上がった。
「敵の攻撃か!! 」
 バックステップで後退すると、その全容が明らかになる。
 蛇のように伸びたゴムの配管の先には、蓮根が付いている。
 蓮の根は、配管から吸い上げられた水を絶えず放出させており、首が長く伸びたカランであることに気がつく。
 よく見ると、配管は二股に分かれていて、カランと蓮根、切替が可能ならしい。
 ミシュマッシュ
 寄せ集め。
 そうだここは色々な地域の人間が集まって出来た組織。
 文化が融合していてもおかしくはない。
 改めて蓮根の雨を浴びると、気持ちいい。
 これは極東で売りに出せば儲かるだろうなと考えたところで、自分が賞金首であることを思い出す。
「……なんでこんなことになってしまったんだ。」
「ガラッ。」
 誰かが浴場に入ってくる。
 湯気でよく分からないが、このシルエットは……小さいな。
「わっ!!牡丹。」
 俺は慌てて大事なところを隠した。
「もう、慎二は恥ずかしがり屋さんだなぁ。男同士なんだし、そんなに気をつける必要なんてないでしょ。」
"男? 牡丹が? んなわけ。"
「アルブさんに言われたんだ。様子を見てきてくれって。」
 俺は彼女の股間に、膨らみが無いことを見て、"やっぱり彼女は女の子なのでは。"
「見ないでッ!!」
 今度は彼女が股を押さえた。
「みんな男の人は生えているんだけど……」
「僕もね生えてたんだ。今は無くなっちゃったけど。」
 
 俺は一瞬、彼ら極東の研究員が面白半分に去勢したのでは無いかと、怒りを覚えたが、あることに気がついて、正気を取り戻す。
 そういえば、牡丹の呪具であるユグドラシルの代償は……
「契約した時に取られたんだな。」
 俺は低い声で答えた。
「そ、そんなに怒らないで。確かに呪具と契約したのは僕の意思じゃなかったかもしれない。でも、その…×○×○を差し出したのは僕の意思だよ。それにアルブさんもその方が可愛いって言ってくれたし。」
 極東の本当の闇を見せられた気分だ。
 俺が彼らから受けた仕打ちなんて、まだマシな方だった。
 それと同時に、彼らが本当に救いようのない組織で、その組織に協力していた自分に寒気がした。
「先に湯船、浸かってるぞ。」
 俺は湯船に足を伸ばすと、そのまま身体まで一気に浸かった。
「ねえ慎二。このカランって奴。極東のお風呂屋さんにあるものなんだよね。僕ね、極東の街に出たことが無くて。」
「ああ、全部終わったら一緒に行こうぜ。案内してやるよ。」
 実現性の薄い未来。
 でもそれが、俺にとっても彼女にとっても、生きる希望になると、そう思っていた。
「案外。嘘も悪くないじゃないか。」
「慎二、嘘はダメだよ。」
「そうだな嘘はダメだ。『必ず』だ。」
 俺たちは夕陽が密林に落ちていくのをじっと眺めた。
 

 

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