上 下
44 / 145
聖の国

初めての喧嘩

しおりを挟む
 僕は立ち上がる、そしてゆっくり歩いていく。
 愛しの彼女に、もう会えないと思っていた彼女に、言葉を伝えるためだ。
 イナゴに身体を蝕まれ、ボロボロになっている少年を横目に、妹の願いを聞き届け、彼女の前に立つ。
「あら、あなたが代行者になったのね。」
「元よりそのつもりだった、君が苦しんでいるって知ったその時から。」
「もう遅いわよ。遅すぎる。」
「たとえ遅れたとしても、君の力になれるなら、僕はこの身だって差し出すつもりだ。」
「めんどくさいわね!! もう関わらないでよ!! 」
 僕は腰のジゲンキリを抜いた。
「なんか新鮮だね。セイとは喧嘩した事なかったから。」
「私が怒った時、あんたがいっつもいっつもいっつもいっつも謝るからでしょうが。」
「嫌いだったのよアンタのそういうところ、私が負けたみたいで。」
「嫌われたくなかったんだよ。城のみんなはみんな僕のことを、腹違いとか、バケモノとか、言って煙たがるから。セイもそうなっちゃうんじゃないかって。」
「嫌いよお前なんか。」
「……良いよ嫌いでも。僕は好きだ。セイのことが、十年たった今でも昔からずっと。」
「僕の存在を認めてくれた君が好きだから。」
「大っ嫌い!! 」
 セイが三対の翼から羽を放ってくる。
 僕は反時計回りに走り出す。
 そして少しづつ彼女へと近づいていく。
 それから吸血牙に力を込め、空間転移を発動させる。
 身体がいつもより軽い。
 頭が冴えるので、座標を固定する必要が無かった。
 僕は三次元の三点式計算を0.1秒で解くと、次の手へと移行する。
 彼女の振るう槍の攻撃はジゲンキリで無効化することなく、全て、この身で受けきった。
 聖の力が強くなりすぎて、半身が痛いが、吸血鬼の呪いは問題なく作用しているらしい、いや、治癒能力は前より飛躍的に上昇していた。
 前は眼を抉られて、再生に五分はかかったが、今は六十秒程度で完治している。
「なんで避けないのよ!! 」
「僕はもう逃げない。その意思表示だ。君の苦しみも正面から受け止める。」
「気色悪い。もう近寄らないで!! 私の近くなんかに!! 」
 彼女の周りに薄い壁壁が出来る。
 空間転移でシールドに割り込む。
 シールドの弾性力で、身体が真っ二つに割れる。
 一瞬意識が飛んだが、瞬き程度のものだ。
 彼女の痛みに比べればこんなものどうってこともないだろう。
 僕はシールドの内側に入り込むと、再びセイに迫った。
 ジゲンキリを投げ飛ばし、右手でセイに触れようとする。
「なんで!! なんで攻撃しないのよ!! 」
「兄たちの力、そして代行者の力、全部僕が引き受けるよ。」
「ペチン。」
 セイが僕をぶった。
「なんで……なんで……なんで……アンタは……」
 彼女はレンの開けた大穴から逃げていった。
 僕はそれを追いかけようとするが、どうやら力を使い果たしたらしい。
 うつ伏せに倒れた。
 そこに鬼の少年がやって来た。
「ありがとよ。助かった。」
「でも、なぜトドメを刺さなかった? お前なら出来ただろう? 」
「君はッ、なんてことを言うんだ。」
「だってお前は王様だろ? アイツセイ・ボイドがグランディル民を殺したらどうする? 彼らを守るのがお前の役目だろう? 」
「僕は……」
「たとえお前が代行者で、歴史の奴隷にならなくとも、お前がする事は決まっている。お前は因果の奴隷になるんだ。」
「僕は、歴史の奴隷にも因果の奴隷にもならないよ。セイに誰も殺させないし、セイも殺させない。つれて帰るんだ、またここに。」
 鬼の少年はじっと俺の方を見た。
「そうか、頑張れよ。」
 それからレンの元へと帰っていく。
 そして彼は僕に手を振って来た。
「本当にありがとうよ。窮地を救ってくれたことも、美奈を気遣ってくれたことも、彼女の味方でいてくれたことも。お前には感謝してもしきれない。聖も一枚岩じゃないんだな。」
 そして彼がいなくなった後、僕も彼女が抜け出したあの大穴へと歩き出した。
 徐々にペースが上がっていく。
 そして夜空をかけるあの巨大な翼へと手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

追放騎手の霊馬召喚〜トウカイテイオーを召喚できずに勘当された俺は、伝説の負け馬と共に霊馬競馬界で成り上がる!

仁徳
SF
この物語は、カクヨムの方でも投稿してあります。カクヨムでは高評価、レビューも多くいただいているので、それなりに面白い作品になっているかと。 知識0でも安心して読める競馬物語になっています。 S F要素があるので、ジャンルはS Fにしていますが、物語の雰囲気は現代ファンタジーの学園物が近いかと。 とりあえずは1話だけでも試し読みして頂けると助かります。 面白いかどうかは取り敢えず1話を読んで、その目で確かめてください。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

AIEND

まめ
SF
「相互不理解」がテーマです。人類が地下シェルターに撤退し、変異体が地上を支配する時代を、日本製AI「田中」が悲しく見守る。人類を守るという信念に縋るエージェントと、人間を嫌い化け物を愛でるドクター。皮肉の強いエージェントと棘の多いドクターは理解し合えない。二人の行く末を、AIの田中は見守る。

原初の星/多重世界の旅人シリーズIV

りゅう
SF
 多重世界に無限回廊という特殊な空間を発見したリュウは、無限回廊を実現している白球システムの危機を救った。これで、無限回廊は安定し多重世界で自由に活動できるようになる。そう思っていた。  だが、実際には多重世界の深淵に少し触れた程度のものでしかなかった。 表紙イラスト:AIアニメジェネレーターにて生成。 https://perchance.org/ai-anime-generator

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

サモナーって不遇職らしいね

7576
SF
世はフルダイブ時代。 人類は労働から解放され日々仮想世界で遊び暮らす理想郷、そんな時代を生きる男は今日も今日とて遊んで暮らす。 男が選んだゲームは『グラディウスマギカ』 ワールドシミュレータとも呼ばれるほど高性能なAIと広大な剣と魔法のファンタジー世界で、より強くなれる装備を求めて冒険するMMORPGゲームだ。 そんな世界で厨二感マシマシの堕天使ネクアムとなって男はのんびりサモナー生活だ。

無限回廊/多重世界の旅人シリーズIII 

りゅう
SF
突然多重世界に迷い込んだリュウは、別世界で知り合った仲間と協力して元居た世界に戻ることができた。だが、いつの間にか多重世界の魅力にとらわれている自分を発見する。そして、自ら多重世界に飛び込むのだが、そこで待っていたのは予想を覆す出来事だった。 表紙イラスト:AIアニメジェネレーターにて生成。 https://perchance.org/ai-anime-generator

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...