神の壜ー零

ぼっち・ちぇりー

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演習

馬田と琵琶

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『勝者、黒澄、新潟チーム。』
 俺たちは控室で、彼女たちの試合を見ていた。
 先に口を開いたのは斥だ。
「俺たちの番だ。」
 重々しい口調。
 当然だ。悲田院の道場で組手をするのとは訳が違う。
 俺は彼の力を抜くために一役買ってみた。
「なんだ?緊張してんのか?」
「当たり前だ!! 」
 斥は頬をパンパンを叩くと、雄叫びを上げた。
 俺は立ち上がる。
「行くぞ斥。」
 斥にあんなことを言ったものの、緊張していないといえば嘘になる。
 観客?
 そんなものどーでも良かった。
 琵琶奏助。
 極東で最初に出会った契約者。
 彼と戦うことは、この先一度もないであろう。
 この戦いは、俺にとっての分岐点。
 今日、彼に勝てなければ、俺は土色の剣を携えた青年にも恐らく勝てない。
 復讐への一歩。
 今、地獄へと一歩踏み出せなければ、俺は永遠にそこへと辿り着くことは出来ない。
「慎二、作戦覚えているか? 」
 ああ、覚えているとも。
 先程の霧島の時もそうであったが、馬田が捨て身で突っ込んでくることはまずないだろう。
 となれば、真っ先に攻撃を仕掛けてくるのは琵琶。
 馬田と琵琶、正反対の性格。
 となれば、相手がどのような立ち回りをしてくるかは、火を見るより明らかだ。
「ああ。」
 俺は相槌を打った。
 俺たちの作戦はこうだ。
 白兵戦、早期決着。
 斥も俺も、後衛向きの能力とは決して言い難い。
 俺の凛月は比較的リーチのある武器ではあるが、いや、俺だってアレをこんな人の多いところで撃ってはいけないという最低限の倫理観は持っている。
 悲田院ならロンギヌスを撃つ作戦を考えていた。
 が、ここでは人が多すぎる。
 俺は諦めて、互いが互いをサポートしながら敵との距離を詰めていく作戦を取った。
 斥が立ち止まる。
 俺もそれに合わせて立ち止まる。
 地獄の入り口。
 向こう側は戦場。
 命のやりとりは……ない?
 いや、コレは命のやりとりだ。
 ここで負けることは、死ぬことと同意義。
 復讐に生きる俺が、復讐の道を断たれる。
 それは死んだことと同じだ。
 地獄の門が開く。
 俺たちは歩き出した、それと同時に少しずつ、顕になる門番たちのシルエット。
 アリーナの中心で、俺は彼らと対峙した。
「感動的だな慎二。」
 第一声を放ったのは琵琶だった。
「覚えていてくれていたんですね。俺が上京した時のこと。」
「忘れるかよ。まぁ本当に俺と同類契約者になってしまうとは思わなかったが。」
「当たり前ですよ。僕には倒すべき憎き敵がいるんです。そのためにこの力は必要だ。」
「正直、俺もちょっと怒っている。相棒馬田海の件。随分と派手にやってくれたみたいじゃねえか。」
「馬田教官がもう少し潔ければ、囲んでリンチにする必要もなかったんですけどね。」
 「随分と甘く見られたもんだな。いいぜ。先輩の貫禄ってもんをお前らに見せてやる。」
 隣で相棒が琵琶の背中を叩く。
「おい、熱くなるな。お前の悪い癖だ。」
 琵琶は相方の背中を叩き返す。
「お前は冷静すぎる。戦場で命を落としても知らないぞ。」
 カウントダウンが始まる。
 斥が隣でつぶやいた。
「俺が先に出る。身体強化を終えたら、後ろから追いかけてこい。」
「良いけど、追い抜いちゃうかもしんねえぜ。」
「ついてこれるか? 」
 戦いの火蓋が切られると共に、俺は銃鬼の火蓋を切ろうとする。
 が、それを氷の刃に妨害される。
「それをされると厄介だ。」
 馬田の放った神聖魔術が俺を襲う。
 反動で銃鬼が飛ばされる。
---音傷サウンド・スクラッチ---
 放たれた三つの爪痕が俺の元へと迫る。
 避けることは…出来ない。弾き返すことにも、が足りない。
 未完全な雷核を展開させようとする。
「ウオォォォォォォ。」
---天変地異チェンジ・グラビティ---
 不意にアリーナの底が左に九十度回転する。
 いや、回転したのは世界ではなく、俺たちだ。
 爪痕は俺の右頬を掠めて、アリーナ野壁をえぐった。
 すかさず磁場を発生させて、宙に待っている銃鬼を引っ張り出す。
 引き付けると同時に、側頭へ向けて引き金を引いた。
---疾風ハヤテ---
 身体が風のように速くなる。
 再び戻った重力環境で、地に足をつけると、斥の背中に追いついた。
「悪い。助かった。」
「礼なら後で聞く。一気にカタをつけるぞ。」
 高速で接近する俺たちに向けて、馬田が神聖魔術を飛ばしてくる。
 火の鳥、氷の槍、風の虎、雷の駿馬。
 俺たちは、避けながら、避けきれないものは、武器で弾き返し、馬田へと接近する。
---音翔ソニック・ムーブ---
 音波さへも置き去りにした何かが、俺を脇腹から担ぎ上げて、吹き飛ばす。
 その正体を二つの眼で捉えることが出来ない俺は、飛ばされた反動で回転しながら、銃口を即答に添えて、長ったらしい詠唱を始める。
---The thing seen in this …
 漆黒の風が、俺のすぐ下を通り過ぎた。
world is …
 凛月で応戦しながら、詠唱を続ける。
slower than me…---
 視界が徐々に単一化していく。
 世界が赤く染まり、物質の線が歪む。
 この世界で一番速い光のみを身体が捉えるようになる。
 見える。
 両腕に、音波の渦を宿し、俺に迫ってくる琵琶の姿が。
「捉えたぞ。」
 すかさずスライディング、奴の足を挫く。
 体勢を崩した琵琶。
 がしかし、左手をつき、体勢を立て直すと、再び俺に迫ってくる。
「音速に追いつくか。極東じゃ、俺に追いつけるのも、指を数えるほどしか居なかったが。」
(右の小太刀で水平斬りを弾き返す。)
「危なかっですよ。あとコンマ五秒詠唱が遅れていれば、俺は斬られていました。」
「出来れば、そうであって欲しかったんだがなぁ。」
 俺たちはアリーナの中を並走しながら、互い互いに斬り合った。
 俺も琵琶も、致命傷以外の攻撃は全て身体で受け、全て攻撃に転じている。
 俺たちは、雄叫びを上げながら、斬っては離れ、斬っては離れを繰り返した。
 ダメージソースは俺の方に部がある。
 徐々に琵琶の身体は、傷が増え始め、血が噴き出すようになった。
 チャクラムで水平斬りを放つために、右足を踏み込んだその時、
"足が重え。動かねえ。"
 琵琶が勝利を確信し、俺の脳天に竜巻をぶち込まんとしている。
 俺にそれが触れるすんでのところで、左から強烈な衝撃を受ける。
 吹き飛ばされた斥だ。
 先程、俺の足が動かなくなったのは、斥の重力操作のせいである。
 俺たちは、アリーナの端まで飛ばされて、壁をぶち破り、廊下を歩いていたウェイトレスとバッタリ目を合わした。
 俺は彼を糾弾しようとして、ようやく事を理解する。
「脳内ジャミング。」
「すまねえ慎二。」
 俺たちが場外に出た事で、カウントダウンが始まる。
「あ"あ"あ"」
 斥の身体が、焼き魚のように反り返る。
 空気が鉛のように、のしかかってきた。
「クソッタレ。」
 俺は斥を担ぎ上げると、身体が潰れる限界まで能力を振り分け、磁力によってアリーナまで戻る。
 もちろん彼らがそれを待っていることは承知の上だ。
 飛んできた音波や神聖魔術を雷核で軽減する。
 そして、その僅かな時間に、脳を加速させて考える。
"どうして奴は俺の思考を覗かない? "
 いや、一番最初に俺の身体強化を読み、それを妨害してきたのは馬田だ。
 俺が身体強化を行うのは、暴力事件はもちろん、契約者試験でも……
「斥、ビリッとするぞ、こらえろ。」
 俺が彼の周りに電気を流すと、彼は糸が切れたように正気に戻ると共に、俺の身体にのしかかる鉛のような重量感も徐々に消えていった。
 担いでいた斥を投げ飛ばす。
「斥いけるな。」
「俺は一体……。」
 馬田は、俺の思考を覗かなかったのではない。のだ。
「慎二!! 」
「んなもん後で聞く。プランBだいくぞ。」
 そんなもんは無い。
 だが、俺たちはどうするべきか分かっていた。
 俺たちは、互いに背中を合わせると、そこで能力を交換する。
 そして別々に走り出した。
--- 天地変幻フリーダム・グラビティ---
 アリーナ内の次元が歪む。
 天と地がひっくり返る。
 この空間には、もう天も地も存在しない。
 観客たちの私物が明後日の方向に重力加速を始めていた。
 目指すは馬田。
 荒れ狂う魔術の数々、がそれが俺に当たることはない。
 彼の魔術は明後日の方向へと飛んでいった。
「どうなってやがる。」
「おい、馬田!! ちゃんと狙え!! 」
 いつもは、陽気な彼も、今は余裕が無くなって気性が荒くなっている。
「幻覚だと? 霧島か? 」
 俺は馬田の裏に回り込む。
「蜃気楼か。そうか電気ケトル。」
 俺はそこで彼に種明かしをする。
「超重力による光の歪曲ですよ。せ・ん・ぱ・い。」
---雷刃ライジン---
 俺の凛月が彼の背中を切り裂いた。
 彼はそのまま、アリーナの底に叩きつけられた。
 そして、斥から距離をとっている琵琶に目をつけると、彼の背中を追う。
「失望したぞ慎二。お前に男のケツを追う趣味があったとはな。」
「それはこっちのセリフです。負けそうになったら逃げる。琵琶さんがそんなセコイ奴だとは思いませんでした。」
「クソっ。おい馬田、そこで寝てねえでなんとかしてくれ!! 俺たち負けちまう。」
---雷月ライゲツ---
 それは琵琶の背中に直撃し、その先で待っていたのは……
「斥ぃ。奴のゲートはお前のだ。」
 彼は琵琶のゲートを見上げると、シメの大技を放とうと構える。
---重力衝突グラビティ・バースト---
 琵琶の下向きのベクトル。
 斥の上向のベクトル。
 二つの力がぶつかり、大爆発を起こす。
 反動で斥の腕は、明後日の方向へと曲がっていた。
<勝者。桐生慎二、志築斥。>
 重力が元に戻ると共に、アリーナ内で歓声が上がった。
 

 
 
 
 




 
 
 
 
 
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