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英雄≠父親
代理英雄
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私が病院を抜け出し、再び帰ってきた後も、彼らは私のバイタルチェックを欠かさなかった。
これまで、契約者の力が暴走したという前例は無い。
前例があるのは私の方だ。私が人為的に鍵穴をこじ開けられた人間であるということ。
今でも思い出すのだ。瞳孔を開き、錯乱状態になった母の姿を。
私はこれからどうなるのだろうか?
悪い大人たちに、心が壊れるまで使い回されるのだろうか?
心が壊れたら……今度は精神を鍵穴に、新たな魔具と契約させられるんだろうな。
「コンコン」
ノック音。私を訪ねてくる人間など、探究心を燻らせた人格破綻者か、私を利用しようとする悪い大人たちにだけだ。
そして…
「桐生慎二郎ッ。」
だが聞こえてきたのは彼の声では無かった。
「こんにちは、入って良いかな? ダメなら引き返すよ。」
どちらにせよ、私を利用しようとしている人間には違いない。そうだ大人は……醜くケガワラしい生き物。
「勝手にすれば良いじゃないですか。」
「ありがとう。」
入って来たのは、白髪まみれの老人だった。
「羽々斬風見ちゃんだったね。」
本名を呼ばれたのは久しぶりだった。だって、私を利用しようとする悪い大人はみな、私のことを「空苑」と呼ぶから。
「僕の名前は七宝刃だ。」
七宝……聞いたことがある。極東の新技術「デザイナーズ・ブレイバー」によって生み出された人間につけられる名前である。
デザイナーズ・ブレイバーが運用され始めたのは、せいぜい五年ほど。
母の書斎にあった禁書にもそう書いてあった。
ということは、この男は長く見積もっても五歳だということだ。
とてもそのような年齢には見えないが。
私があまりにも、まじまじと彼を見るので、彼は優しく笑いかけると、口を開いた。
「代償なんだ。生命力がね。」
そう言って、彼は腰の鞘から刀のカケラを取り出す。
「叢雲のカケラ。」
思わず声を上げた私に、彼が相槌を打つ。
「そうだ。叢雲のカケラ。コイツの代償。君たち契約者は、魔具に宿主としての身体を差し出すことで、契約を交わしているが……」
「現存する殆どの魔法具は、何かを差し出すことで術者との契約を得ている。」
「僕の場合は生命力さ。」
「だが、生身の人間ではダメみたいだったよ。僕は鬼や英雄のように頑丈ではないからね。」
英雄、その言葉に、また憎しみが湧いた。
「アナタ!! もうすぐ死んじゃうんでしょ? なら。なぜアイツにその禍々しい汚物を渡さないの? 」
刃さんは、首を横に振った。
「彼は、僕のことを思って……でもね彼はもう叢雲を握ることが出来なかった。僕のことを、この呪縛から解き放とうとしてくれたんだよ。」
「でも、僕は後悔はしていない。むしろ誇りに思っているよ。この極東の発展に協力できたことに。」
彼の生命がいつまでも続く訳ではない。私は恐る恐る訊いた。
「刃さんが死んでしまったら、誰が叢雲を握るんですか? 」
刃さんは、手招きをする。
「おいで双薔。」
まだ三つにもならない少女が、病室に入ってきた。
まざか、冗談を言っているのだろうか?
「この少女が次の代理英雄だと。」
彼は彼女の頭を撫でると、一筋の涙を流した。
「もう十分だ、もう十分だろう。私の代償を、この子が背負う必要などどこにもないんだ。」
「刃さん……」
「責務から逃げる僕と、子供に自分の責任を押し付ける僕。果たして君は、どちらの僕を糾弾するであろうか。」
私は考えた。私ならどうするであろうかと。
「刃さんが糾弾される理由などどこにもありません。」
私はハっと我に帰り、彼を催促した。
「なぜここまで危険を犯して私に? 」
彼は私に微笑む。
「慎二郎は悪い奴じゃない。それを君に伝えたかった。」
なぜ? その問いは言葉にならなかった。
「もう行かなくてはならない。妻の工作も潮時だろう。また会おう。空苑の契約者、羽々斬風見。」
「ちょっと待って下さい!! 」
私は刃さんの手を強く強く握った。
「そうか……君は……」
心の深い深い場所が繋がる。私の力の一部が、彼に流れ込んでいく……いやその表現は間違いだ。
帰ったのだ。あるべき場所に.……
これまで、契約者の力が暴走したという前例は無い。
前例があるのは私の方だ。私が人為的に鍵穴をこじ開けられた人間であるということ。
今でも思い出すのだ。瞳孔を開き、錯乱状態になった母の姿を。
私はこれからどうなるのだろうか?
悪い大人たちに、心が壊れるまで使い回されるのだろうか?
心が壊れたら……今度は精神を鍵穴に、新たな魔具と契約させられるんだろうな。
「コンコン」
ノック音。私を訪ねてくる人間など、探究心を燻らせた人格破綻者か、私を利用しようとする悪い大人たちにだけだ。
そして…
「桐生慎二郎ッ。」
だが聞こえてきたのは彼の声では無かった。
「こんにちは、入って良いかな? ダメなら引き返すよ。」
どちらにせよ、私を利用しようとしている人間には違いない。そうだ大人は……醜くケガワラしい生き物。
「勝手にすれば良いじゃないですか。」
「ありがとう。」
入って来たのは、白髪まみれの老人だった。
「羽々斬風見ちゃんだったね。」
本名を呼ばれたのは久しぶりだった。だって、私を利用しようとする悪い大人はみな、私のことを「空苑」と呼ぶから。
「僕の名前は七宝刃だ。」
七宝……聞いたことがある。極東の新技術「デザイナーズ・ブレイバー」によって生み出された人間につけられる名前である。
デザイナーズ・ブレイバーが運用され始めたのは、せいぜい五年ほど。
母の書斎にあった禁書にもそう書いてあった。
ということは、この男は長く見積もっても五歳だということだ。
とてもそのような年齢には見えないが。
私があまりにも、まじまじと彼を見るので、彼は優しく笑いかけると、口を開いた。
「代償なんだ。生命力がね。」
そう言って、彼は腰の鞘から刀のカケラを取り出す。
「叢雲のカケラ。」
思わず声を上げた私に、彼が相槌を打つ。
「そうだ。叢雲のカケラ。コイツの代償。君たち契約者は、魔具に宿主としての身体を差し出すことで、契約を交わしているが……」
「現存する殆どの魔法具は、何かを差し出すことで術者との契約を得ている。」
「僕の場合は生命力さ。」
「だが、生身の人間ではダメみたいだったよ。僕は鬼や英雄のように頑丈ではないからね。」
英雄、その言葉に、また憎しみが湧いた。
「アナタ!! もうすぐ死んじゃうんでしょ? なら。なぜアイツにその禍々しい汚物を渡さないの? 」
刃さんは、首を横に振った。
「彼は、僕のことを思って……でもね彼はもう叢雲を握ることが出来なかった。僕のことを、この呪縛から解き放とうとしてくれたんだよ。」
「でも、僕は後悔はしていない。むしろ誇りに思っているよ。この極東の発展に協力できたことに。」
彼の生命がいつまでも続く訳ではない。私は恐る恐る訊いた。
「刃さんが死んでしまったら、誰が叢雲を握るんですか? 」
刃さんは、手招きをする。
「おいで双薔。」
まだ三つにもならない少女が、病室に入ってきた。
まざか、冗談を言っているのだろうか?
「この少女が次の代理英雄だと。」
彼は彼女の頭を撫でると、一筋の涙を流した。
「もう十分だ、もう十分だろう。私の代償を、この子が背負う必要などどこにもないんだ。」
「刃さん……」
「責務から逃げる僕と、子供に自分の責任を押し付ける僕。果たして君は、どちらの僕を糾弾するであろうか。」
私は考えた。私ならどうするであろうかと。
「刃さんが糾弾される理由などどこにもありません。」
私はハっと我に帰り、彼を催促した。
「なぜここまで危険を犯して私に? 」
彼は私に微笑む。
「慎二郎は悪い奴じゃない。それを君に伝えたかった。」
なぜ? その問いは言葉にならなかった。
「もう行かなくてはならない。妻の工作も潮時だろう。また会おう。空苑の契約者、羽々斬風見。」
「ちょっと待って下さい!! 」
私は刃さんの手を強く強く握った。
「そうか……君は……」
心の深い深い場所が繋がる。私の力の一部が、彼に流れ込んでいく……いやその表現は間違いだ。
帰ったのだ。あるべき場所に.……
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