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グランディル帝国
ボイド家
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「カーミラぼっちゃま~早くいらっしゃい。今出てこないと、きっついお仕置きをしなければなりませんよ~」
僕は柱の影にじっと身を潜め、乳母の声が過ぎ去っていくのを待っていた。
今出て行けば、どうなるかは知っている。この前、うっかり出てきてしまった僕は、彼女に臀部を何度も何度も叩かれた。
「毎日毎日、グランディルの歴史ばっかり。」
知っている僕は。大人たちは、僕に神族への憎しみを植え付けようとしているんだ。流石に六つの僕でも分かる。あそこまで露骨にやられると。
隙を見て階段を降りる。城の入り口には門番が立っている……が、僕には秘策があった。
僕は背中に縛り付けていた赤色の液体で満たされた瓶を取り外し、縛り付けていた縄を解くと、糸のように踊り場から吊るした。
父さんの部屋から盗み出した年代物のワインだ。
ゆっくりゆっくり、音も立てずにうまく一階へ運べた。
そして床にへばりついてから欄干に縛り付けていたもう片方の縄を解くと、そこに缶バッチをつけて一階に落とす。
「チャリン。」
門番がその音に反応する。
「おい、お前。なんか聞こえたか? 」
「見てこいロルカ」
コンコン、こちらに歩いてくる音が聞こえる。
「ウッヒョーこりゃー創造主様の血じゃ無いか。これも神の思し召しってやつか? 」
「おい、俺にもよく見せろ。これは年休無休、十五時間労働をこよなくこなす俺たちに、慈悲を下さったのだ。」
「だが、宮内で酒は……」
「何言ってんだお前、これは神様の血だ。酒じゃねえ。教会の親父もたらふく飲んでるだろうが。知ってるか?? 教会の教壇の裏にはワインがぎっしり詰まってるらしいぜ。」
「ロルカ!! アルス!! 」
乳母の鋭い声に二者はくすみ上がった。
僕はその隙を見て城から出て行く。
「へぇなんですか? 」
ロルカは慌てて「神の血」を背中に隠した。
「カーミラぼっちゃまを見なかったかしら。」
代わりに答えたのはアルスだ。
「見てないですよハハハ。城の中なんじゃ。」
乳母はカリカリしながら踊り場に戻って行く。
やれやれ上手く撒けたようだ。
僕はスキップで城の跳ね橋を渡ると、城下町へ降りていった。
アグスでは珍しい雲ひとつない青空。晴天だ。
「こんな日には散歩しないと、身体に毒だな。」
麦の刈り入れをしていたおじさんが、手を振ってきた。
「よぉぼっちゃん。お散歩かい? 」
僕は両手を口に当て、大声で叫んだ。
「街の視察ですよ~」
「そうか。お勤めご苦労さ~ん。」
おじさんは、鎌を地面に置くと、手を払い、こちらに歩いてきた。
「ぼっちゃん。街に行くときは身分を隠さなきゃダメだぞ。」
この時の僕には、理解できなかったであろう。
「街には悪い人もいるからな。」
「なんだって? なら僕が懲らしめに行きます。」
「これが目に入らんのかぁ!! 」
僕はグランディルの王家に伝わる紋章を取り出した。
「コラコラ気をつけるんだよ。ホラこれあげる。」
そう言っておじさんは、僕に肉の詰め物をくれた。
しばらく畑道を通っていると、やがて豆畑に差し掛かり、牛小屋が見え始めた。
僕はそこで一人の少女を見つける。
サラッとしたストレートに、フリフリを着ている。彼女は腕にクマのぬいぐるみを抱いていた。
彼女はこちらに気づくと、目を見開いて、木々の生い茂る雑木林の方へ逃げて行ってしまう。
「やや、曲者め!! 貴様がおじさんの言っていた悪党だな。捕まえて城で尋問してやる。」
「イヤッ」
彼女は恐怖に歪んだ顔でこちらに振り返ると、さらにスピードを上げた。
木の幹をかき分け、根に躓きながら、なんとか彼女に追いついた。
その時には。
「ここがお前のアジトだな。家宅捜査!! 」
「許して!! 食べないで!! 何も悪いことしないから。」
彼女のその声に反応したのか、小屋から一人の男が出てくる。
そして男は、僕と彼女の間を交互に見ると
「レン。勝手に外を出歩くなと言っただろ。」
と彼女を叱った。
「牛さん……見たかったから。」
そして男は再び僕の方を見る。
「その角。シドが孕ませた吸血鬼の子供か。」
男は、僕のそばに近寄り、顔が同じぐらいの位置にくるまで屈むと、優しく僕の頭を撫でた。
「それがどうかしたのか? 曲者!! 貴様は何者だ!! 」
「入りなさい。」
中では、クッキーを頬張る女の子が。
歳は僕と同じぐらいと見える。
「お父さん、なに? このマヌケそうなのは? 」
「まず自己紹介しなさい。」
女の子は不服そうな顔をしたが、それから自己紹介を始めた。
「セイ・ボイドよ。」
僕は、笑顔で答えた。
「カーミラ・ブレイクだよ。よろしく。」
彼女は笑い転げた。
「なーに? カーミラって。女の子見たいな名前。」
僕は、一番のコンプレックスを的確に突かれ、身体に稲妻が走る。
「さぁ。座りなさい。話をしよう。」
僕は柱の影にじっと身を潜め、乳母の声が過ぎ去っていくのを待っていた。
今出て行けば、どうなるかは知っている。この前、うっかり出てきてしまった僕は、彼女に臀部を何度も何度も叩かれた。
「毎日毎日、グランディルの歴史ばっかり。」
知っている僕は。大人たちは、僕に神族への憎しみを植え付けようとしているんだ。流石に六つの僕でも分かる。あそこまで露骨にやられると。
隙を見て階段を降りる。城の入り口には門番が立っている……が、僕には秘策があった。
僕は背中に縛り付けていた赤色の液体で満たされた瓶を取り外し、縛り付けていた縄を解くと、糸のように踊り場から吊るした。
父さんの部屋から盗み出した年代物のワインだ。
ゆっくりゆっくり、音も立てずにうまく一階へ運べた。
そして床にへばりついてから欄干に縛り付けていたもう片方の縄を解くと、そこに缶バッチをつけて一階に落とす。
「チャリン。」
門番がその音に反応する。
「おい、お前。なんか聞こえたか? 」
「見てこいロルカ」
コンコン、こちらに歩いてくる音が聞こえる。
「ウッヒョーこりゃー創造主様の血じゃ無いか。これも神の思し召しってやつか? 」
「おい、俺にもよく見せろ。これは年休無休、十五時間労働をこよなくこなす俺たちに、慈悲を下さったのだ。」
「だが、宮内で酒は……」
「何言ってんだお前、これは神様の血だ。酒じゃねえ。教会の親父もたらふく飲んでるだろうが。知ってるか?? 教会の教壇の裏にはワインがぎっしり詰まってるらしいぜ。」
「ロルカ!! アルス!! 」
乳母の鋭い声に二者はくすみ上がった。
僕はその隙を見て城から出て行く。
「へぇなんですか? 」
ロルカは慌てて「神の血」を背中に隠した。
「カーミラぼっちゃまを見なかったかしら。」
代わりに答えたのはアルスだ。
「見てないですよハハハ。城の中なんじゃ。」
乳母はカリカリしながら踊り場に戻って行く。
やれやれ上手く撒けたようだ。
僕はスキップで城の跳ね橋を渡ると、城下町へ降りていった。
アグスでは珍しい雲ひとつない青空。晴天だ。
「こんな日には散歩しないと、身体に毒だな。」
麦の刈り入れをしていたおじさんが、手を振ってきた。
「よぉぼっちゃん。お散歩かい? 」
僕は両手を口に当て、大声で叫んだ。
「街の視察ですよ~」
「そうか。お勤めご苦労さ~ん。」
おじさんは、鎌を地面に置くと、手を払い、こちらに歩いてきた。
「ぼっちゃん。街に行くときは身分を隠さなきゃダメだぞ。」
この時の僕には、理解できなかったであろう。
「街には悪い人もいるからな。」
「なんだって? なら僕が懲らしめに行きます。」
「これが目に入らんのかぁ!! 」
僕はグランディルの王家に伝わる紋章を取り出した。
「コラコラ気をつけるんだよ。ホラこれあげる。」
そう言っておじさんは、僕に肉の詰め物をくれた。
しばらく畑道を通っていると、やがて豆畑に差し掛かり、牛小屋が見え始めた。
僕はそこで一人の少女を見つける。
サラッとしたストレートに、フリフリを着ている。彼女は腕にクマのぬいぐるみを抱いていた。
彼女はこちらに気づくと、目を見開いて、木々の生い茂る雑木林の方へ逃げて行ってしまう。
「やや、曲者め!! 貴様がおじさんの言っていた悪党だな。捕まえて城で尋問してやる。」
「イヤッ」
彼女は恐怖に歪んだ顔でこちらに振り返ると、さらにスピードを上げた。
木の幹をかき分け、根に躓きながら、なんとか彼女に追いついた。
その時には。
「ここがお前のアジトだな。家宅捜査!! 」
「許して!! 食べないで!! 何も悪いことしないから。」
彼女のその声に反応したのか、小屋から一人の男が出てくる。
そして男は、僕と彼女の間を交互に見ると
「レン。勝手に外を出歩くなと言っただろ。」
と彼女を叱った。
「牛さん……見たかったから。」
そして男は再び僕の方を見る。
「その角。シドが孕ませた吸血鬼の子供か。」
男は、僕のそばに近寄り、顔が同じぐらいの位置にくるまで屈むと、優しく僕の頭を撫でた。
「それがどうかしたのか? 曲者!! 貴様は何者だ!! 」
「入りなさい。」
中では、クッキーを頬張る女の子が。
歳は僕と同じぐらいと見える。
「お父さん、なに? このマヌケそうなのは? 」
「まず自己紹介しなさい。」
女の子は不服そうな顔をしたが、それから自己紹介を始めた。
「セイ・ボイドよ。」
僕は、笑顔で答えた。
「カーミラ・ブレイクだよ。よろしく。」
彼女は笑い転げた。
「なーに? カーミラって。女の子見たいな名前。」
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