神の壜ー零

ぼっち・ちぇりー

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 ホントの始まり

剥奪

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「いや、さっぱりだ。」
 しばしの沈黙。
 そして、それを破ったのは、玉座に座り足を組む割田という管理人だった。
「なぁ蝠岡? この賭けは僕の勝ちだろ。約束通り、支配権を全部譲れよ。」
 彼は、黒縁のフレームレンズを人差し指で押し上げ、答えた。
「彼は、君の期待に応えている。極東に襲来したシド・ブレイクを撃退し、悪事を働く酒呑童子と、妖刀を粉砕し、聖の残党から丹楓村の人間を守った。」
 割田は蝠岡に指をさす。
「そう言って、僕に支配権を譲りたくないだけじゃないか。コイツ 英雄が真面目に働いていれば、とっくに代行者を殺せている。なぜそれをしない? それどころかコレは、しだらな鬼と夫婦ごっこをしている。さっきだって……」
 蝠岡が俺の方を見る。
「キミも何か言ったらどうだね。」
「私の意見は、以前申し上げたはずです。人間と怪異の垣根は徐々になくなりつつあると。貴方が『怪異』として見られているモノは、本当に『怪異』であって人間では無いのかと。」
「いくら私と言えども、数十万の異能者を一瞬で無力化することは出来ません。いや、それどころか シド・ブレイクにすら辿り着けるか危うい。さらに、彼との戦闘の規模では、周りの人間を巻き込む可能性がある。部下達が全て出払った状態で、なおかつ、聖剣を解放した状態で戦える広大なフィールドが必要です。が、臆病な彼にその様な胆力はあるのでしょうか? 
「そういえば、最近、彼は七英雄となる官職を置いたらしいですよ。彼が戦場に赴く確率はさらに低くなるでしょう。」
 割田は俺のことを鼻で笑った。
「そうやって理由をつけて、あの売女とのオママゴトを楽しんでいるんだろう? 」
 ダメだ、もう我慢ならん。
「テメェはさっきから美鬼のことを『ふしだら』と言ったり、『売女』と言ったり、彼女になんの恨みがあるんだ? 彼女が一度でも人間を襲ったことがあるか? 彼女は何か悪いことをしたのか? 彼女たちが鬼にされたのも、吸血鬼にされたのも、代行者が現れたのも全部テメェのせいだ。自分の失敗を棚に上げて全部俺に押し付けてきやがる。」
「ブンブンうるさいな。お前に感情を与えなくて正解だったが、天叢雲剣を授けたのは失敗だった。道具風情が『カミ』に逆らうな。」
(割田が左腕を掲げる。)
 俺の愛剣の草薙剣は、割田によって引きずり出された。
「お前は、もういらない。お前はもう英雄ですら無い。堕落した人間として、一生を終えろ。」
 剣を取られ、その権限を失った俺は、割田の振るった草薙剣によって、宮殿から弾き出された。





「さぁ蝠岡、権限を全て僕に渡せ。約束だぞ。僕が新しいカミだ。」
「キミは相変わらずだな。結論を急ぎ過ぎている。それに……」
(内心必死に笑いを堪えている。)
 ポーカーフェイス。
「なんだ? 」
「気づいていないのか? それでも良いが。」
「なんだ急に諸葛亮みたいなことを言い出して。」
「やはり賭けは僕の勝ちだ。でも、権限は君にやろう。おめでとう。キミが今からこの並行世界221の『カミ』だ。」
 割田は眉をハの字に曲げる。
「負け惜しみか、キミらしく無いな。」



 俺は村の仮小屋で目を覚ますと、違和感にいち早く気づく。
「草薙剣が無くなっている。」
 そうだ、俺は英雄としての力を失った。
「慎二郎、お前の剣が? 」
 美鬼が隣で泣いていた。
「私が悪かったんだ。鬼が、醜い鬼が、幸せになりたいなんて願ったから。」
 俺は美鬼を強く抱きしめる。
「大丈夫、美鬼のせいじゃ無いよ。大丈夫だから。」
 慰めの言葉が見当たらない。いつもなら、もっと気の利いた言葉をかけられていたことであろう。だが、今は俺にも余裕が無かった。
 「余裕が無い。」その言葉には語弊があるかもしれない。違う。俺は偽りの力で虚勢を得ていたのだ。偽りの力で人間たちを見下して。
 村人たちは、力の無くなった俺を快く受け入れてくれた。しかし、中には「力をひけらかしているから天罰が下ったんだ。」と俺に吐き捨てる村人もいる。
 そうだ。俺は天叢雲剣という強大な力をひけらかし、それを自分の力と思い込み、私利私欲に使った。「この世から怪異を全て葬り去る。」という責務を無視して。
 俺にはもう如何なる責務も存在しない。
 なら、俺の存在価値というものはどこにあるのであろうか、戦えなくなった戦士にはなんの価値も無い。
 そうだ、俺にはもう何も無い。
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