神の壜ー零

ぼっち・ちぇりー

文字の大きさ
上 下
14 / 109
英雄

手段と目的

しおりを挟む
英雄は、逃げる鬼の影を追う。彼女との距離が徐々に詰まっていく。
 彼は一心不乱に彼女を追いかけた。
 落ち葉を踏み、木の根につまずき、大樹を叢雲で薙ぎ払い、山の麓の開けた場所で彼女を捕まえた。
「おい、離せよ。女に乱暴するんじゃねえ。嫌われるぞ。」
 紅葉御前は振り返ると、英雄を睨んだ。
「ご、ごめん。」
 彼女は再び歩き出した。
「どこへ行くの?? 」
「京の人間は強くて襲えなかったからな。辺境の弱い人間を襲いに行くのさ。」
「嘘だ。君は人間が君を恐れ無いようにするために、北の山奥を目指しているんだろ?? 」
「何を勝手なことを。」
"人の気も知らないで。"
「知ってるよ。全部聞こえてるから。」
 紅葉御前は顔を真っ赤にした。
「お前ッ。見るな、醜い私の心を見ないでくれ。いやなんだ私はもう。なんでみんな私を傷つけるんだ。鬼だって殴られると痛いし、罵られれば傷つく。」
 英雄は彼女に手を差し伸べた。
「君は一度でも、自分を理解してもらおうと努力したか?? 大丈夫。俺を信じてくれ。」
 彼女は英雄の手を振り払った。
「そうやって私を騙そうとしているんだろ?? 騙されんぞ。都まで私を連れて行けば、お前は金と地位と……それから、お、女を……」
 英雄は恥ずかしそうに答えた。
「な、名前が欲しくて。」
"なっ? 名前?? "
「うん、名前。僕には名前が無いから。」
 彼女は吹き出しそうになった。怒ったり拗ねたり笑ったり忙しい。
「そんなもん、自分で勝手に名乗れば良いじゃないか。太郎でも二郎でも。」
 英雄は頬を膨らませる。
「父さんが言ってたぞ。名前は他人に付けてもらうものだって。お前も名前が欲しければ、他人に付けてもらえって。」
 彼女は耐えきれなくなって吹き出す。
「アハハハハハ、お前はそんなバカなことのために私を追って来たのか。」
 英雄は顔を真っ赤にした。
「バカって……いくら俺でも傷つく。鬼でも傷つくんだから俺も傷ついて当然だ。」
 彼女はボソリと呟いた。
「お前は慎二郎だ。」
 彼は首を傾げた。
「名前なんていくらでもくれてやる。お前の名前は慎二郎だ。」
 慎二郎は目に涙を溜めて、ポツリまたポツリと流し始めた。
「ありがとう。美・鬼・やったぁ。初めての名前だ。俺にも名前が!! やったぁ。俺の名前は慎二郎だ!! 」
 美鬼は慎二郎を必死に引き離そうとする。
「コラ、やめろ。くっつくな。ところで美鬼って……」
 彼は微笑む。
「君みたいな人のことを、しゅうげつ??へいかって言うんでしょ。君は美しい鬼。だから美鬼だ。」
 彼女は茹蛸ゆでだこのように赤くなった。
「照れてる照れてる。やめろよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃないか。」
 美鬼は慎二郎を弾き飛ばした。
「もうやめてくれ……」

 慎二郎は美鬼の手を握り、空を飛んで相棒を探した。
 山の中腹で薪をしているところを発見し、ゆっくり降下する。
 剣城は、慎二郎を見、それから横のバケモノを凝視し口を開いた。
「言ったな。俺は怪異を殺すことを生業としている家系の生まれだって。怪異を殺すために生き、怪異を殺すために死ぬ。そこにいかなる善悪も、感情も存在しないって。」
 慎二郎は美鬼を手で制すると、言葉を返した。
「今初めて聞いたよ。」
 剣城は腰からエモノを引き抜くと、慎二郎に向けた。
「待った。俺は十分待ったぞ。だが分かった。」
「お前は俺の敵だ。」
 慎二郎は、やむ終えず叢雲を抜いた。
「『オマエ』じゃない慎二郎だ。」
 剣城は美鬼と慎二郎を交互に見た。
「ほう、なるほど、お前はそこの みすぼらしい 鬼から名前を貰ったわけか。」
「目を覚ませ。ソイツは俺たちを仲間割れさせて戦わせるつもりなんだ。早くその醜女を斬るぞ。手を貸せ。」
<私が何をしたっていうんだ?? >
「ぐっ、お前、これは幻術か?? 舐めた真似をしてくれるなぁ!! 」
 剣城が慎二郎に襲いかかる。
 慎二郎が美鬼と剣城の意識を直接繋いだのだ。
<どうして分かってくれないんだ。私はただ静かに暮らしたいだけなのに。>
 剣城は一心不乱に慎二郎を斬り裂いた。
「うるさい、うるさい、ここで、この醜女を斬らなければ、兄は救われない。使命に散った一族たちは報われない。」
 慎二郎は大腿動脈を、切り裂かれ、左腕がもげ、明後日の方向に曲がった右腕で叢雲を構えたまま、仁王立ちしていた。
 「痛み」
 彼が最初に教えてくれた感情。全身に力が入らない。元々痛みにあまり強く無いこともあってか、彼は意識が朦朧としていた。
 前に背中をはたき落とされた時とは比べ物にならない。
 皮膚を焼かれた時の方がまだ生きた心地がしていた。
「これが『痛み』? 」
 剣城が布津御魂剣で慎二郎を指す。
「おい?? 戦え!! 戦えよ!!」
 彼が慎二郎に言葉をぶつける。
「こんな苦しい思いを親友の君にはして欲しく無い。もちろん彼女にも。」
「だから俺は戦わない。」
「逆に問おう。なぜ剣城は鬼狩りをやっているんだ?? 一族のためか?? なぜ君の一族は怪異を殺さないといけないんだ?? 」
 「なぜ?? 」
 その哲学的な問いに、剣城の足が一瞬止まった。
 慎二郎は言葉を続ける。
「みんなに、こんな思いをさせたく無いからだろ?? 」
 そう言って彼は切断された左腕を剣城に向ける。
「おれは……おれは……」
"俺の父ちゃんは、俺のじいちゃんは、兄貴は何のために神族やら鬼やらを狩っていたのだろう?? 彼らを狩ることを生業としていたうちに、いつのまにか目的を見失っていたかもしれない。"
 慎二郎がゆっくりこちらに歩いてくる。
「行こう、美鬼を連れて、都に。」
 都に紅葉御前を連れて行けば、どうなるかは火を見るよりも明らかであった。
 しかし、「彼なら、慎二郎ならやってくれるかもしれない。」そういう微かな期待から彼は、慎二郎の応急処置を施そうとした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

夫より強い妻は邪魔だそうです

小平ニコ
ファンタジー
「ソフィア、お前とは離縁する。書類はこちらで作っておいたから、サインだけしてくれ」 夫のアランはそう言って私に離婚届を突き付けた。名門剣術道場の師範代であるアランは女性蔑視的な傾向があり、女の私が自分より強いのが相当に気に入らなかったようだ。 この日を待ち望んでいた私は喜んで離婚届にサインし、美しき従者シエルと旅に出る。道中で遭遇する悪党どもを成敗しながら、シエルの故郷である魔法王国トアイトンに到達し、そこでのんびりとした日々を送る私。 そんな時、アランの父から手紙が届いた。手紙の内容は、アランからの一方的な離縁に対する謝罪と、もうひとつ。私がいなくなった後にアランと再婚した女性によって、道場が大変なことになっているから戻って来てくれないかという予想だにしないものだった……

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

あさきゆめみし

八神真哉
歴史・時代
山賊に襲われた、わけありの美貌の姫君。 それを助ける正体不明の若き男。 その法力に敵う者なしと謳われる、鬼の法師、酒呑童子。 三者が交わるとき、封印された過去と十種神宝が蘇る。 毎週金曜日更新

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

New Life

basi
SF
なろうに掲載したものをカクヨム・アルファポにて掲載しています。改稿バージョンです。  待ちに待ったVRMMO《new life》  自分の行動でステータスの変化するアビリティシステム。追求されるリアリティ。そんなゲームの中の『新しい人生』に惹かれていくユルと仲間たち。  ゲームを進め、ある条件を満たしたために行われたアップデート。しかし、それは一部の人々にゲームを終わらせ、新たな人生を歩ませた。  第二部? むしろ本編? 始まりそうです。  主人公は美少女風美青年?

処理中です...