闇堕勇者と偽物勇者

ぼっち・ちぇりー

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勇者になるために

覚醒

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「初めましてフェイカー、会えて嬉しいですよ。」
 目の前の道化は、嗜虐的な笑みを浮かべると、分裂を開始した。
 僕は腰の青藍の剣を引き抜くと、クランへとかざす。
「乙姫。頼む。僕に力を貸してくれ。」
 ズズズズァー。
 乾いた冷気が、僕の背中から側頭を撫で、クランの分身を吹き飛ばして行く。
 最後に残ったオリジナルは、当たりをキョロキョロと見渡すと、額に汗を流し、一歩後ずさった。
「不味い、キサマ伝説の武具を!! 」
 僕は、僕の代わりに戦ってくれていた仲間たちを見た。
 気を失っているが、脈はあるようだ。
「アスピ、ゴメン。危ないから。」
 僕は三人をどこか安全な場所へ飛ばすように念ずる。
 左掌から『歪み』が出現し、それが彼らを飲み込んだ。
「背中がガラ空きだぞ。」
 クランが僕に対して、ナイフを投げつけてきた。
 今はドゥルガを構えていない。
 そして、乙姫で弾き返すには、もう時間も間合いも無かった。
[ लुमाルマ]
 そう二言呟く。
 黄浅緑に光る刃は、僕の腹部を透過し、そのまま地面に突き刺さった。
「ヒヒヒヒヒ、引っかかりましたね。それは、巨龍すら三分で心肺停止させるという、強力な毒。解毒ができる神父のMPを削り切った今、使うつもりでしたが、まぁ良いでしょう。貴方に解毒魔術の才能が無いのはリサーチ済みです。」
 僕は道化の戯言に少し付き合ってみようと思う。
「四天王最弱のお前に相応しい戦い方だな。」
   道化は眉を動かすどころか、逆に得意げになった。
「そうでしょう? そうでしょう? この増殖し続ける私の固有魔術には決定打がありませんから、逆に発動までに時間がかかる毒魔術ヴェノム・スペルとも、相性がいい。」
「この戦い方、魔王様にも褒められたのですよ。時間はかかりますが、他の脳筋たちよりかは堅実な戦い方だとは思いませんか? 」
「ならば、寿命が来るまで、お前と差し違えるのみ。」
「気をつけてください? あんまり動くと、毒の周りが速くなりますよ。」
 風魔術で、上空へと逃げるクランを、飛鷹で強化した両足で跳躍し、追う。
 空中で両手を広げて、バランスを取っていた彼は、素早く両脇を締めると、
[イグニッション。]
 火属性と風属性の混合魔術を僕の顔向けて放ってきた。
「流石に、この距離なら、ドゥルガで反射されマイ。」
「竜宮の剣でかき消されることも無い。」
「ぶっ飛べぇ。」
 クランは僕と自分との距離を離したがっている。
 TODを狙う戦術。
 当然だ。
 彼は自分が倒れるまでに三分耐えきれば良い。
「だけど僕は仰け反るどころか、反動一つ感じていなかった。」
 そのままクランへと斬りかかる。
「パンッ。」
 乾いた音と共に、小麦粉のようなモノが爆散し、クランは大きく後ろに吹き飛ばされていた。
「種も仕掛けもありません。」
 目には目を
 歯には歯を
 魔術マジックには魔術マジック


  लुमाルマ

 
 クランの背後に『歪み』が生成され、イグニッションが炸裂する。
 吹き飛ばされて、再び自分の元へと返ってくる。
 何が起こったか理解できていない彼は次の行動が遅れた。
 動揺しているクランを竜宮の剣で真っ二つにする。
 生物の肉を、こんなに綺麗に斬り裂いたのは久しぶりだ。
 改めて竜宮の剣の切れ味に驚く。
 クランはあわてて下半身を掴み取ると、自分の上半身へとくっつけた。
「危ないですね。あとコンマ一秒反応が遅ければ、私は文字通り、真っ二つになっていましたよ。」
 僕の水平斬りにはあまり手応えが無かったので、薄々気はついていた。
 クランは、胸ポケットから懐中時計を取り出すと、僕がナイフを突き立てられてから、三分以上経っていることに気付き、驚愕する。
「なぜだ、毒は確かに? 」
 そうだ、僕は毒ナイフを受けていないし、さっきクランの背後で炸裂したのは、クラン自身の魔術。
 全て修行で習得した लुमाルマの能力。
        ・
        ・
        ・

「僕は君には協力出来ないと言った。」
「だけど僕にも出来ることはある。」
「この世界で出来ることが有れば。出来るだけキミの力になりたい。」
「キミは時空間魔術に耐性があって、代償はほぼ無いようなモノだ。」
「だけど、練度に関しては僕の足元にも及ぼないね。」
「この力は強力だ。だけどね。それは……自分で言うのもなんだけど、僕の頭が良くて、発想力や、柔軟性に富んでいたからなんだ。」
「この術式はね、キミが思っているより扱いが難しい。瞬時に、対象に対して術式施行する判断力・自分、敵を入れ替える発想力と柔軟性。」
「それにね。この術式は、敵を翻弄するトリックスターにもなれるけど、息が合わなければ味方の足枷にもなって、最悪、自他を巻き込む諸刃の剣にもなりかねない。」
 勇者は僕の肩を叩いた。
「キミが魔術を発動する、僕がそれを制御する。そうすれば、キミは勇者として真の意味で完成する。」
「オイオイ、何をそんなに落ち込んでいるんだ? 僕はキミが心配だから手を貸すんじゃない。キミのことはちゃんと勇者として認めている。現に僕と同じ場所まで自力で辿り着いた訳だし。」
「問題はそこじゃないんだ。先述したように、この術式は、この世界は、術師が孤独であればあるほど強くなる。こんな言い方はあまり良くないけど、味方を勘定に入れると、計算すべき要因が大きくなり、思考に大きなリソースを取られる。」
「また、選択肢が狭まるということは、敵が自分たちの行動を予測しやすくなるということ。」
「不意を突かれて瓦解される危険性もある。」
「キミはね。僕の時より、より難しい『転移』を要求されているんだ。」
「だけど今のキミには僕がいる。この何の面白みもない陳腐な世界で、何千年も暮らすのは、流石に堪えたかな。時々廃人にもなりかけた。」
「キミが現世とこの世界を繋げてくれたおかげで……ホラ。キミたちの世界が少し見えるようになったんだ。僕とキミの繋がりが強くなれば、コレはもっと大きくなる。」
 勇者は僕の武具たちをマジマジとみた。
「最後に君たち。ダメじゃないか、勇者に協力しないなんて。」
[もう、勇者様は私のことをそんな尻軽だと思っていたんですか? 誰でもじゃないです。勇者様だったから力を貸してあげたんですよぉ~。]
「そんなこと思っていないよ。キミは、この数千年間、他の人間たちに力を貸したことはない。自分を持つべき人間にだけ、意識を解放していたことを僕は知っているから。」
[コイツの信念は認めていたんだよ僕は。なぁオルデイン。時が来れば、アスィールに力を貸す気でいた。時々危なっかしいから助けてやったけどね。]
「ありがとうドゥルガ。キミは面倒見が良くて、精神面でも、戦力面でも、長い間アスィールを支えてくれていた。彼が最初に手にしたのが、キミで良かった。本当に。」
[勇者様が言うのなら仕方ないです。スカサア姉さんに、あんな仕打ちをしても、勇者は勇者ですから。]
「アペシュ。アスィールはね。他所の民家のタンスを漁るような人間ではない。真面目で誠実な人間だ。だからこそ、ソレをよく思わない人間もいる。彼はね、ちょっとすれ違っただけなんだよ。」
[殿下。閣下は私にお任せ下さいませ。必ず守り抜いて見せます。]
「お前の硬さには現役時代も世話になった。ありがとう。そして、折れた彼の心の支えになってくれて本当にありがとう。アスィールを勇者に踏みとどまらせてくれたのはキミだ。」
[勇者、あのねあのね。またキミと一緒に空を飛びたいの。]
「すまないペティー。僕はもうキミと空を飛び回ることは出来ない。でも代わりにアスィールと存分に飛び回ってくれ。急に居なくなってすまない。本当はキミたち全員をアペシュと同じように封印するつもりだった。」
「最後に勇者。」
「はい。」




「みんなを守ってくれ いや、僕たちでみんなを守ろう。」

        ・
        ・
        ・

「まざか!! 時空間魔術。世紀の道化といわれた私でも到達できなかった、魔術の真髄だぞ!! 」
 僕は自虐的に笑った。
「ホント、凄いよ勇者ってのは、こんな複雑な計算を、コンマ一秒でやってのけるんだから。」
 僕はこの男に勝つ。
 ドゥルガたちと、勇者とで。
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