闇堕勇者と偽物勇者

ぼっち・ちぇりー

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呪いを解くため

竜との契り

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 不意に瞼の奥に、明るい光が差し、本能的欲求を邪魔するソレに不快感を覚えながら目を擦り、一体誰がこんな悪戯をしたのかと、窓を仰いだ。
 ノースランドに来て忘れていた。
 ディアストリーナでは朝になると、神様が僕たち人間を起こしにくるのだ。
「そういや、昨日はあのまま宿に入ったんだっけな。」
 フォースが呪われて、二人で冒険することになってから、アスピとの会話はそれなりに増えたのだけれども、昨日僕たちが、あの後会話を交わすことはなかった。
 あの後、一緒に宿に入って、別々の部屋を借りて、別々の風呂に入って……
 あっ、食事は一緒だったっけな。
 そんなことを考えながら、フォースに教えてもらった、旅の支度をして、自分の個室から出た。
 隣の部屋を借りていたアスピが同時に出てきて気まずくなる。
「お、おはよう。」
「目にクマ出来てるわよ。ったく、何悩んでんのよ。赤の他人のためになんかに。」
「勇者の自覚を持てって言ったのはアスピだよ。」
「………そうだったわね。」
 僕たちは一階のフロントで朝食を注文してから……
 僕は気まずくて、彼女と目を合わせられなかった。
 彼女も同じ気持ちなんだろう。肘を突きながら、こちらから目を逸らしてほんのり甘いサクサクとしたパンを齧っている。
「アスピ。なんか初めて会った時と、だいぶ変わったよね。」
 彼女は僕のその言葉を聞くと、背筋をピンと伸ばして、パンを齧るのをやめた。
 手でちぎって食べ始める。
「別に。勇者の荷が降りたから、気が抜けてたとかそう言うのじゃ無いけど。」
「と言うか、私も勇者だし。魔王討伐のために自国の王様から擁立されたってのはアナタと同じよ。」
「それに……アナタたちでしょ。私にありのままで良いって言ってくれたのは。」
 おっと。
「コレは一本取られちゃったな。」
 彼女は朝食を胃に流し込み、食器をボーイに押し付けると、そのまま宿屋の出口へと歩いて行った。
「早くしないと日が暮れちゃうわよ。ここの日没時間は短いんだから。」
 僕も慌てて食事を流し込むと、ボーイにチップを渡してから、宿屋を出た。
 ズカズカと雪を踏み締めていく彼女の後を追う。
「フォースさんを!! 早くしないと。」
 フォースは女王様が見ているから大丈夫だと思う。
 だけど、僕も居ても立っても居られない、焦燥した気持ちに支配されていた。
 もし、ツノを持って行った時に、フォースが消えていたら……もしくは衰弱死していたら……
「お待ちしておりました。勇者の方々。」
衛兵では無い。執事らしき老人が、僕たちを待っていた。
「初めまして。」
「さぁ、どうぞ玉座に続く昇降台へ。」
 老人は僕たちが昇降台に乗ったことを確認すると、重力魔術を発動した。
「あなた方なら、白竜の角を持って来られると思っていました。スカサア様はもう玉座でお連れ様の意識を回復させる儀式に入っていますよ。」
「そんな、私たちはいつ帰ってくるかも女王様に伝えていなかったのに。」
「スカサア様は、あなた方のことをとても高く評価しておいででした。」
「必ず白竜を倒して戻ってくるだろうと。」
 僕もアスピもドキッとする。
「ですが、スカサア様もまだまだですよ。なんせ最後の読みを外したんですからね。」
「おお、そんな顔をなさらなくても。こうなることは分かっていたんです。白竜がなぜアイス・ウォールズを襲ったのかも。」
 僕は身構えた。
 コイツも魔族の手先なんじゃ無いかと。
「ちょっと辞めなさんか。剣を納めなさい。」
「組織というものは一枚岩では無いということです。私の家は代々スカサア様に仕えていましてね。」
「そう、伝説の勇者が魔王を倒したその時代からです。」
「だけど、僕が、白竜に言われたことをすれば、この国の人たちは生きていけない。」
「家族を助けたいだとか、奴隷制が悪いことだとか、全部僕のエゴなんですよ。」
「僕は今日、ボーイに食事の給仕をしてもらいました。」
「奴隷がいなくなれば、あの仕事は誰がやるのか。」
「なら、私が教育しましょう。もう、身体もこんなもんで。そろそろ弟子を取るべき年かと思っていましてね。」
「それに、貴方にも考えがあるのでしょう? 奴隷制を続けなくても、この国がやっていけるようになる打開策が。」
 僕はコックリ頷いた。
 正直上手くいくかは分からない。
 神の見えざる手とは良く言ったものだが、果たして、その神は人間の味方であるのか。
「考えましたよ。昨日、徹夜で。」
「ウフフ。」
 老人は青年のように微笑んだ。
「人生とは苦悩の連続ですよ。常に思考を放棄してはならない。でなければ、このような見窄らしい老人になってしまいますからね。」
「さて、着きましたよ。私の仕事は……ここまでだ。」
「健闘を祈ります。」
 彼はそういうと、再び重力魔術を唱えて、下の階へと降りて行った。
 正面には装飾のされた両開きのドア。
 僕はノックもせずに、両手でそれらを押しのけて、中へと入った。
 中では女王様が、フォースを膝枕すると、兜の力を使い、フォースを介抱していた。
「……ちょうど良いところに来た。コヤツはもうじき目覚める。」
「白竜は討伐できたか? 」
 僕は黙って白竜のツノを女王へと差し出した。
「……よくやってくれた。コレで国難は去った。」
「女王様。」
 僕は首を垂れて、彼女へ向けて謝罪した。
「すみません。僕たちは白竜を殺していません。」
 彼女は無表情のまま首を傾げた。
「はて、ソナタらが不誠実な人間とも、ましてや趣味の悪い博愛主義者とも見えん。」
「なぜ、なぜソナタらは白竜を殺さなかった。」
 僕は白竜から預かった伝言と、この国、この大陸で起こっている問題について、彼女に全て話した。
「いや、ソナタたちが謝ることではない。ワラワも薄々気がついていた。こんな作物一つ育たぬ辺境で、コレほどの人間が発展していることがまずおかしいのだ。」
 スカサア様は、フォースの介抱を終えると、立ち上がり、玉座の扉を目指した。
「女王様!! 」
 伝説の勇者が、彼女にかけた加護。
 その、呪いと紙一重の強い拘束力を破れば、彼女の身にどのようなことが起こるかは分からない。
「ワラワの武具守としての役目はもう終わった。」
「コレからは一国の王として…… 」
 彼女が扉を開けると
 ガラス壁の外には
「ソナタは…… 」
 何者かの手によって、ガラス壁は消滅する。
 そして
 彼女と白竜を阻むモノはもう何も無くなっていた。
[勇者様の命で、お待ちしておりました。スカサア様。]
「行商人を襲っていたのも、勇者の命の一つか。」
[作用でございます。]
 女王は玉座から一歩出た。
 彼女を縛っていた時間は、責務と共に砕け散り、彼女は再び動き始める。
「ああ、そうか。今やっと気がついた。勇者とは、どこまで独善的な存在なんだろうか。」
 彼女は振り返り、僕に質問した。
「さぁ、君のエゴを聞こうか勇者くん。」


 

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