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ディアストリーナ
いざこざ
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眠れた。
だが疲れは取れていない。
身体はスッカリ良くなったが、脳の方はそうでは無いらしい。
俺はしばらく、その理由がなんなのか分からなかった。
依頼は無事達成した、誰一人死なせなかった。
そもそも、あの大熊を倒せていなければ、俺は今ここにいない。
彼女の心臓を貫いた時の感覚……
生き物を殺したのは初めてじゃ無い。
俺は思い出した。
昨日ナースに自分のキャリアについて相談されたことを。
俺は飛び上がり、脳みそを叩き起こす為に、窓を全開にして、天の光と、恵の風を全身で受け取った。
「顔を洗ってこよう。」
そう独り言を呟いてから、浴場を目指した。
洗面所で顔を洗い、クマの出来た鏡の中の冴えないヤツをじっと見つめる。
「新しい仕事を探さなきゃ。」
俺はパーティーをクビにされた。
だから今日から新しい働き口を見つけなくてはならない。
寝癖を整えて、棺桶運びの仕事を探す為に、リリィのところへ行った。
「あ、おはようございます。アスィールさん。」
彼女はぎこちない挨拶を俺に交わした。
「おはようリリィ。ナースは? 」
「今日、ブレイドさんに、パーティー脱退の申し出をしてくるそうです。」
彼女は俯いてそう答えた。
「昨日はありがとう。」
コレで彼らとの関係も終わり、ナースも無事転職することができるだろう。
「ナースくんのことだが…… 」
朝食を終えたギルド長がこちらにやってくる。
「どうやらここでは、働かないらしい。」
「そりゃまたブレイドたちと顔を合わすのは、苦でしょう? 」
「……やはり難しいか。」
ギルド長の話も間違ってはいない。
ナースが何年冒険者をやって来たかは知らないが、やはり冒険者というだけでバーやパブの店主からは良い返事をいただけ無いだろうし、そうなると、キツい製糸・機織り・装備のクリーニングなどの仕事しか残っていない。
「リリィ。なあ、それはそうとして他のパーティーで棺桶運びの仕事は無いか? 」
薄情だと自分でも思った。
だが、俺も自分たちの生活がある。
昨日会ったばかりの少女に構ってなどいられないのだ。
彼女は我に返り、棺桶運びを募集しているパーティーを探した。
「入るぞ。」
誰かと思えば、昨日俺を解雇したソードダンサー様では無いか。
俺の前に立つと、俺を睨んだ。
「『二度と俺たちの前に現れるな』じゃなかったか? 」
彼が俺の胸ぐらを掴む。
「うちのヒーラを出し抜こうとしたのはお前だろう? 」
出し抜く……か。まぁそんなふうに取られても仕方がない。
「で? なんで俺が? 彼女がパーティーで浮いていたことは分かっていたはずだ。お前はそれに気づいていたにせよ、そうでないにせよ、そのまま放置した。あんな風になるまで、アンタから声を掛けたことがあったのかよ。」
「赤の他人が!! 知った口を。」
俺は宿舎の壁際まで投げ飛ばされる。
「そうだ。なんで会って一日にも満たないお前の話をナースが鵜呑みにするんだ。」
俺は手をパンパン払ってから立ち上がった。
「そういうところだよ。なんで彼女がアンタに相談しなかったか、もう一度聞いてみるんだな。」
彼が我慢しきれず、腰の剣を引き抜いた。
「リーダーってのは命令するだけが仕事じゃない。お前は、自分の言うことを聞く女が欲しかっただけだろう。そんなものパーティーメンバーじゃないさ。お前が認めても俺が認めない。」
彼は剣を鞘にしまうと、今にも殺してしまわんと言う剣幕で俺を睨んだ。
それから、恐る恐る、躊躇いながら、ゆっくり自分の利き手グローブを外すと、俺に向かって投げつける。
俺はそれを、避けることも、掴むこともなく、ただ受け入れた。
「良いさ。乗ってやる。どっちが正しいかを決めるのは、剣が一番だ。」
俺たちは雌雄を決するために、ギルドの外に出た。
この流れは、前とは違う。
良い流れ……だと思う。
コイツには気の毒だが、売名のために利用させてもらう。
そこにナースとパーティーメンバーが走って来た。
「ブレイド!! コレはどう言うこと? 」
シーフが息を荒げてブレイドを糾弾した。
「どう言うことも何も、コイツが、ウチのパーティーメンバーを出し抜こうとしている。」
「お前らは、そこで見てろ。コレは俺たちの決闘だ。」
決闘か……王国ルールか? ただの殺し合いじゃないか。
そうだ。奴は明らかに俺を殺しにくる。奴は魔物が俺に向けてくるモノと同じ殺意を俺に向けて放っている。
多分、野次馬の中に、腕の立つような人間が居れば、それを一発で見抜けただろう。
コイツは事故を装って俺を殺すつもりだ。
ブレイドの後ろで、神父が二マリと笑った。
ブレイドを消し掛けたのはおそらく奴だ。
間違いない。
だってそうだろう?
ナースも俺も、ブレイドにこの事を話していないのだから。
だが、彼はナースがパーティーを抜けることに、俺が関わっている事を信じて疑わなかった。
奴の目的はなんだ?
そうやっている間にも、野次馬はどんどん増えていき、審判は肉屋の店長がすることになった。
事情を何も知らない外野たちは、俺たちの間でどのようなことが起こるかも知らずに、決闘開始のカウントダウンを始めている。
徐々に全身の気を集中させる。
武術も魔術もやっていることはほぼ同じだ。
いつもは利き手に込める魔力の流れを、全身に回した。
収縮した下腿三頭筋が、ビクビクと震え始め、力の行き場を探している。
徐々に野次馬たちのノイズは俺の脳みそからシャットアウトされていった。
必要な情報だけ。
それが白兵戦の極意である。
師匠がそう言っていた。
そうだ師匠が、だ。
カウントがゼロになると共に、二対の隼が剣を交えた。
だが疲れは取れていない。
身体はスッカリ良くなったが、脳の方はそうでは無いらしい。
俺はしばらく、その理由がなんなのか分からなかった。
依頼は無事達成した、誰一人死なせなかった。
そもそも、あの大熊を倒せていなければ、俺は今ここにいない。
彼女の心臓を貫いた時の感覚……
生き物を殺したのは初めてじゃ無い。
俺は思い出した。
昨日ナースに自分のキャリアについて相談されたことを。
俺は飛び上がり、脳みそを叩き起こす為に、窓を全開にして、天の光と、恵の風を全身で受け取った。
「顔を洗ってこよう。」
そう独り言を呟いてから、浴場を目指した。
洗面所で顔を洗い、クマの出来た鏡の中の冴えないヤツをじっと見つめる。
「新しい仕事を探さなきゃ。」
俺はパーティーをクビにされた。
だから今日から新しい働き口を見つけなくてはならない。
寝癖を整えて、棺桶運びの仕事を探す為に、リリィのところへ行った。
「あ、おはようございます。アスィールさん。」
彼女はぎこちない挨拶を俺に交わした。
「おはようリリィ。ナースは? 」
「今日、ブレイドさんに、パーティー脱退の申し出をしてくるそうです。」
彼女は俯いてそう答えた。
「昨日はありがとう。」
コレで彼らとの関係も終わり、ナースも無事転職することができるだろう。
「ナースくんのことだが…… 」
朝食を終えたギルド長がこちらにやってくる。
「どうやらここでは、働かないらしい。」
「そりゃまたブレイドたちと顔を合わすのは、苦でしょう? 」
「……やはり難しいか。」
ギルド長の話も間違ってはいない。
ナースが何年冒険者をやって来たかは知らないが、やはり冒険者というだけでバーやパブの店主からは良い返事をいただけ無いだろうし、そうなると、キツい製糸・機織り・装備のクリーニングなどの仕事しか残っていない。
「リリィ。なあ、それはそうとして他のパーティーで棺桶運びの仕事は無いか? 」
薄情だと自分でも思った。
だが、俺も自分たちの生活がある。
昨日会ったばかりの少女に構ってなどいられないのだ。
彼女は我に返り、棺桶運びを募集しているパーティーを探した。
「入るぞ。」
誰かと思えば、昨日俺を解雇したソードダンサー様では無いか。
俺の前に立つと、俺を睨んだ。
「『二度と俺たちの前に現れるな』じゃなかったか? 」
彼が俺の胸ぐらを掴む。
「うちのヒーラを出し抜こうとしたのはお前だろう? 」
出し抜く……か。まぁそんなふうに取られても仕方がない。
「で? なんで俺が? 彼女がパーティーで浮いていたことは分かっていたはずだ。お前はそれに気づいていたにせよ、そうでないにせよ、そのまま放置した。あんな風になるまで、アンタから声を掛けたことがあったのかよ。」
「赤の他人が!! 知った口を。」
俺は宿舎の壁際まで投げ飛ばされる。
「そうだ。なんで会って一日にも満たないお前の話をナースが鵜呑みにするんだ。」
俺は手をパンパン払ってから立ち上がった。
「そういうところだよ。なんで彼女がアンタに相談しなかったか、もう一度聞いてみるんだな。」
彼が我慢しきれず、腰の剣を引き抜いた。
「リーダーってのは命令するだけが仕事じゃない。お前は、自分の言うことを聞く女が欲しかっただけだろう。そんなものパーティーメンバーじゃないさ。お前が認めても俺が認めない。」
彼は剣を鞘にしまうと、今にも殺してしまわんと言う剣幕で俺を睨んだ。
それから、恐る恐る、躊躇いながら、ゆっくり自分の利き手グローブを外すと、俺に向かって投げつける。
俺はそれを、避けることも、掴むこともなく、ただ受け入れた。
「良いさ。乗ってやる。どっちが正しいかを決めるのは、剣が一番だ。」
俺たちは雌雄を決するために、ギルドの外に出た。
この流れは、前とは違う。
良い流れ……だと思う。
コイツには気の毒だが、売名のために利用させてもらう。
そこにナースとパーティーメンバーが走って来た。
「ブレイド!! コレはどう言うこと? 」
シーフが息を荒げてブレイドを糾弾した。
「どう言うことも何も、コイツが、ウチのパーティーメンバーを出し抜こうとしている。」
「お前らは、そこで見てろ。コレは俺たちの決闘だ。」
決闘か……王国ルールか? ただの殺し合いじゃないか。
そうだ。奴は明らかに俺を殺しにくる。奴は魔物が俺に向けてくるモノと同じ殺意を俺に向けて放っている。
多分、野次馬の中に、腕の立つような人間が居れば、それを一発で見抜けただろう。
コイツは事故を装って俺を殺すつもりだ。
ブレイドの後ろで、神父が二マリと笑った。
ブレイドを消し掛けたのはおそらく奴だ。
間違いない。
だってそうだろう?
ナースも俺も、ブレイドにこの事を話していないのだから。
だが、彼はナースがパーティーを抜けることに、俺が関わっている事を信じて疑わなかった。
奴の目的はなんだ?
そうやっている間にも、野次馬はどんどん増えていき、審判は肉屋の店長がすることになった。
事情を何も知らない外野たちは、俺たちの間でどのようなことが起こるかも知らずに、決闘開始のカウントダウンを始めている。
徐々に全身の気を集中させる。
武術も魔術もやっていることはほぼ同じだ。
いつもは利き手に込める魔力の流れを、全身に回した。
収縮した下腿三頭筋が、ビクビクと震え始め、力の行き場を探している。
徐々に野次馬たちのノイズは俺の脳みそからシャットアウトされていった。
必要な情報だけ。
それが白兵戦の極意である。
師匠がそう言っていた。
そうだ師匠が、だ。
カウントがゼロになると共に、二対の隼が剣を交えた。
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