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第8章 〝幸せ〟の選択 ─さよならの決意─
117・5時間目 二人きり
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橙太が住んでいるアパート。私が住んでいる学生アパートよりも部屋の間隔が狭いように思うのは家賃が安いから。
しかし、部屋のなかは以前行った橙太の実家に比べ、とても小綺麗だった。
ゴミは散らかっていない、飲みかけだろうビールの缶はあるけれど、机の上もきちんと整っているし、ノートパソコンもほこりが被っているなんてことはない。
「おおっ……」
だから私は思わず静かな歓声をあげてしまった。
「『おおっ』って……。まぁ、前の僕からしたらこんなに部屋、綺麗になってるのも驚くのは無理もないよね。適当に座ってよ」
スリッパを渡されて履き、一緒に廊下をすたすたと歩く。フローリングとスリッパの擦れる音がやけに大きく聞こえたわ。
彼に通されたのは小さな部屋だった。そこには付き合っていた頃を思わせる学習机やペンケース、見覚えのある古いノートパソコンがあった。
「ここって……」
「実家から持ってきたんだ。ちょっと狭いけど、必要なものだったし」
小傷がいっぱいついて、シャーペンや鉛筆の黒鉛が付いてとれなくなったその机を優しいまなざしで撫でた。
まるで、その机で寝ていた誰かさんの頭を撫でるみたいに。
「まぁ、色々と話そうよ。賞味期限切れてるけどお菓子とかいっぱいあるからさ」
橙太はそう言って、机にお菓子を広げた。
昔よく食べていた懐かしいお菓子。人の舌は何年の時が経っても風化することはなく、味を覚えている──そんなことを私は知った。
「このお菓子、美味しいわね」
「うん、そうだね。久しぶりに食べた」
橙太も別に普段から買っていたわけではなく、本当たまたま買っていたからという理由で持ってきたみたいね。
「今はコンビニでバイトしてる。基本的にはバイト尽くしの日々かな。心結は大学生活どう?」
「大学院に行くか迷ってるわ。推薦取れたから」
「おお。すごいね」
橙太の顔には今日はじめて驚きの顔が浮かんだ。それに喜んでいるようにも私には見えた。
「どこの大学院なの? この辺りに結構あるけど」
この話になってから後悔することになるとは私は思いもしなかった。
どこか彼はもう私のことを好きじゃないと思っていたからかもしれない。
ただの元恋人で話してみたら仲がよいからいるだけと思っていたから。
ごめんなさい橙太。
「あー、実はね」
「県外の大学院なのよ」
その言葉を聞いた橙太の顔を私は今でも覚えている。
まず、ひどく驚いていた。目を見開いてその言葉を疑うように。
そして、悲しんでもいた。言葉の意味に気がついたから。
──もう私たちは一緒にはいられない。本当の離ればなれになってしまう。
その言葉を言うにはどれだけの感情を殺さなければいけないんだろう。
しかし、部屋のなかは以前行った橙太の実家に比べ、とても小綺麗だった。
ゴミは散らかっていない、飲みかけだろうビールの缶はあるけれど、机の上もきちんと整っているし、ノートパソコンもほこりが被っているなんてことはない。
「おおっ……」
だから私は思わず静かな歓声をあげてしまった。
「『おおっ』って……。まぁ、前の僕からしたらこんなに部屋、綺麗になってるのも驚くのは無理もないよね。適当に座ってよ」
スリッパを渡されて履き、一緒に廊下をすたすたと歩く。フローリングとスリッパの擦れる音がやけに大きく聞こえたわ。
彼に通されたのは小さな部屋だった。そこには付き合っていた頃を思わせる学習机やペンケース、見覚えのある古いノートパソコンがあった。
「ここって……」
「実家から持ってきたんだ。ちょっと狭いけど、必要なものだったし」
小傷がいっぱいついて、シャーペンや鉛筆の黒鉛が付いてとれなくなったその机を優しいまなざしで撫でた。
まるで、その机で寝ていた誰かさんの頭を撫でるみたいに。
「まぁ、色々と話そうよ。賞味期限切れてるけどお菓子とかいっぱいあるからさ」
橙太はそう言って、机にお菓子を広げた。
昔よく食べていた懐かしいお菓子。人の舌は何年の時が経っても風化することはなく、味を覚えている──そんなことを私は知った。
「このお菓子、美味しいわね」
「うん、そうだね。久しぶりに食べた」
橙太も別に普段から買っていたわけではなく、本当たまたま買っていたからという理由で持ってきたみたいね。
「今はコンビニでバイトしてる。基本的にはバイト尽くしの日々かな。心結は大学生活どう?」
「大学院に行くか迷ってるわ。推薦取れたから」
「おお。すごいね」
橙太の顔には今日はじめて驚きの顔が浮かんだ。それに喜んでいるようにも私には見えた。
「どこの大学院なの? この辺りに結構あるけど」
この話になってから後悔することになるとは私は思いもしなかった。
どこか彼はもう私のことを好きじゃないと思っていたからかもしれない。
ただの元恋人で話してみたら仲がよいからいるだけと思っていたから。
ごめんなさい橙太。
「あー、実はね」
「県外の大学院なのよ」
その言葉を聞いた橙太の顔を私は今でも覚えている。
まず、ひどく驚いていた。目を見開いてその言葉を疑うように。
そして、悲しんでもいた。言葉の意味に気がついたから。
──もう私たちは一緒にはいられない。本当の離ればなれになってしまう。
その言葉を言うにはどれだけの感情を殺さなければいけないんだろう。
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