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第7章 光ある文化祭 ─優しさと後悔の罪─

104時間目 演じる者は

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 黒沢センパイと一緒に来ていた百合さんや白咲さんたちと思わぬ形で出会い、俺はスマホをとりに行く必要がなくなった。

 百合さんはなんだか常にうつろな感じがする。

 目には生気が宿っていなくて、漆黒の瞳にはなにか──祐麻のような重くて苦しい過去が──あるように見える。

 自己紹介をされた俺は、ペコリと頭をさげて、

「高橋敦志です。その、これからよろしくです」

「えぇ。こちらこそ。バイト先でお世話になります」

「バイト先……?」

 えっ、どういうことだ? 百合さんはバイトしてるのか。俺たちのコンビニで?

 頭に疑問符をつけている俺に気がついた黒沢センパイがため息をつきながら、説明した。

「橙太はな。俺たちのコンビニでバイトしてくれてンだよ。ありがた~いことにお前より手伝ってくれるわ、敦志」

「さーせん……。いや、その、俺も忙しいんすよ」

 黒沢センパイの圧が怖いよぉ。

 俺は逃げるように小春の手をひいて、「あ、裕太たちの所に行かないと!」とわざとらしく声をあげた。

「チッ! ……演劇、楽しみにしてるからな」

「……頑張れ」

「い、いってらっしゃい!」

「頑張ってなのー!」

「小春ちゃん、席とって待っておくからね!」

「うんっ!」

 黒沢センパイ今舌打ちしたよな。すっごくでっかい音鳴ったけど。

 皆の声援を受けながら、俺たちは廊下を走っていった。

 ──

「あっ! 敦志きた! 遅いぞー!」

 全力じゃないがこれでも小春に合わせて走ってきた。さすがに時間はそれなりにあったし、間に合っているはずだ。

「ごめんて……。さすがに遅刻じゃないよな」

 そう言うが遼太郎と裕太の顔は険しい。ちょっ……。冗談だよな。怖えよその顔は。

「──なーんてね。さて、敦志をからかい終わったし、舞台裏に回ろう」

「次それ絶対するなよ……」

 遼太郎が行こうと言ったが、小春は舞台裏には入れない。着いてこさせたのはいいけど、これからどうするんだろう。

「なぁ、小春。お前今から黒沢センパイたちの所に戻るのか?」

「ううん。そろそろ神谷かみやさんが来るから一緒に行くつもり」

「そっか。じゃあな。見ててくれよ」

「うん。敦志君のことだけを見てるね」

 ふ、不意打ちにこんなセリフ吐かないでくれ……! やっべぇ、好き。最高。可愛い。

「じゃ、じゃあね!」

 小春は小走りで校門へと向かっていったが、その去り際の横顔が赤くなっていたことを俺は見逃さなかった。

「……小春、最高かよ」

「敦志、セリフ抜けてないよなぁ……」

「どうだろう。幸せなのはいいんだけど……。なんだか見てるこっちが恥ずかしくなるね」

 裕太と遼太郎に憐れんだ目を向けられた。いやセリフは覚えてるから心配すんな遼太郎。

 ***

 まさか、彼女が連絡をくれるなんて、私は高橋君の高校の門前でスマホとにらめっこしながら、彼女──小春ちゃんを待っていた。

 周りにいる男子生徒がひそひそと「あの人めっちゃ可愛くね……。お前声かけろよ」とナンパの相談をしていた。

 君たち、私を落とせると思ったら大間違いよ。出直してきなさいと心の中で、呟きながらちらりと見て、睨みをきかせた。

「あっ! 神谷さん!」

 やっと来たわ。

「小春ちゃん、会うのは久しぶりね。さっそくだけど行きましょうか」

「えぇ、黒沢さんたちが待ってくれてますから!」

 黒沢さんたち、ね。きっと舞花ちゃんやすみれちゃんたちのことだと思うけど一応念のため聞いておこうかしら。

「そうね。そういや、黒沢君の他に誰か居たかしら」

 小春ちゃんはきょとんとした顔で数秒黙り、なにかを思い出してこう言った。

「敦志君が言っていたんですけど……。名字は忘れちゃいましたけど、橙太って人がいますよ」

 聞きたくなかった。正直、小春ちゃんに聞いたことを後悔した。

 私が優しさを持ったから、彼の想いに応えることができなかった。優しさの罪に向き合わなきゃいけないときがきたのかもしれない。
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