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第5章 桜と君と青春と ~再会の友、再開の時~

65・5時間目 もしやり直せるなら俺は……

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朝顔は施設に来てから、笑顔を絶やす事は無かった。
普通なら、親に捨てられて悲しみに暮れるはずだ。
悲しみに暮れなくても、親が恋しくなったりしてもいいはずだ。
なのに、彼女は悲しそうな顔ひとつもせずに、いつもニコニコと笑っていた。
朝顔が来てから今日でちょうど1ヶ月。
施設での生活に慣れて、鼻唄を歌いながらホウキで掃除をしている所、俺は後ろに菫が気配を消して朝顔に詰め寄って来ているのを見つけた。
手には冷えたペットボトルを持っている。
「あついね。すいれん」
俺は菫の方を見ていたから朝顔の声に気が付かなかった。
弾かれたように彼女の方を見る。
「あ、あぁ……」
「どうしたの? すいれん? ぼーっとして」
朝顔の大きな瞳が俺を見つめる。
彼女の紫色の瞳の中には困惑している自分がいた。
「なんにもないよ。ゴミ、集める」
朝顔に長く見つめられていたからかもしくは、女子に免疫がなかったからか俺は照れ隠しでいそいそとゴミを集め、ちりとりいっぱいに入ったゴミをゴミ箱に捨てた。
それから、窓拭きをして、朝ご飯を食べる。
これが俺達が物心付いたときからやって来た習慣。
それに朝顔が加わり、施設は一段と綺麗になっていた。
そして、施設の管理人や外に出かける時に通りかかる婆さん、じいさんに挨拶をよくしていたのでそれに好感を抱いた大人にすぐ朝顔は気に入られた。
「おじいちゃん、おはよう! 今日も缶集め? 頑張ってねー!」
「おや、朝顔ちゃん。おはよう。今日もお掃除して偉いねぇ。アメちゃんをあげよう。いつも応援してくれてありがとうね」
朝顔はコミュニケーションを取ることを恐れなかった。
俺と違って。
朝顔が人に囲まれているとき、俺は遠くから見ていて心が苦しくなった。
「すいれんっ! お疲れさま! おじいちゃんにアメ貰ったんだけどすいれんいるかな?」
「おう。お疲れ。貰っていいか?」
ひとつアメを貰う、ただそれだけの事なのに少し緊張してしまった。
「んー……。おいひー! やっぱり掃除の後のアメは最高だね! あっ、菫ちゃん、桃花ちゃん! お疲れさま! アメ貰ったんだけどいる?」
「お疲れなのー! 貰うのー!」
「お、お疲れ……。貰っていいかな……?」
「うんっ。どうぞ!」
もちろんの事、朝顔は菫や桃花とも仲がよかった。
だけど、俺に対しては少し違った接し方をしてくれていたと思う。
ある時、やはり親が恋しくなって静かに泣いていた時もあった。
たまたま、俺が起きて慰めていた……と言っても背中を擦って泣き止むまでずっといただけだが。
少なくとも俺は彼女の心の支えとなっていたはずだ。
だから、俺は朝顔に対して特別な感情をあの時持っていたのだと思う。
恋や愛なんて分からないガキのちっせェ頭で。



       ──



もしも、あの時に戻れるなら……なんて考えた事はあるだろうか。
俺は少なくとも2回ある。
1回目は朝顔が俺の前から消えたこと。
2回目は百合がこの世界から消えたことだ。
もし、あの時に戻れるなら俺は、朝顔と共にこれからを過ごしたかった。
「朝顔、顔のデッサンが狂ってるぞ……」
その日は出かける日で朝顔のリクエストのショッピングモールに遊びに行くことになった。
それに興奮した朝顔の顔はいつもの可愛らしい顔はどこにいったのかとろ~んと顔をだらけさせていた。
「うふふ……だってぇ、楽しみだもーん!」
「おう、妄想はいいから早く行こうぜ」
「はーい!」
朝顔は俺の手をギュッと握ってショッピングモールの入り口に入った。
朝顔の横顔は照れか興奮による熱かどちらかで赤く染まっていた。
「すいれんすいれん! 見て見て! すっごく可愛い! 菫ちゃん、このお洋服どう?」
可愛らしいフリルが付いたワンピースを来て、菫と共におおはしゃぎをしていた。
「可愛いのー! 朝顔ちゃん、これはどうなのー?」
「菫ちゃんに合ってる服だねぇ! 可愛いー!」
今も昔も女の気持ちが分からない俺は黙って彼女らを見ているだけだった。
それが楽しかった。
「すいれん……。人が多くて吐きそう……」
「オイッ! 吐くなよ‼ 絶対吐くなよ!?」
「それはフリかなぁ?」
「ちげェよ!」
思えば今の口調になった理由のひとつは子供ながらに朝顔にカッコいい所を見せようとしてこの口調にしたのかも知れない。
「すいれん。ど、どうかな……?」
「おぉ……」
顔を赤らめ、モジモジしながら朝顔は青色のワンピースを着ていた。
名前の通り、朝顔のような可愛さだった。
「似合って、るぞ」
「ふふ……。よかった。ありがとう! しせつちょーさん!」
「あらあら、どういたしまして」
施設長は満更でもない様子ではにかんでいた。
それから時間が経つのはあっという間だった。
帰り道、興奮の熱が覚めきらない朝顔につられ、俺の口角も上がっていた。
朝顔が笑ってくれればそれでいいか。
そんな結論に至って、俺は彼女の笑顔を絶やさないように少なくとも泣く回数を減らせるようにしようと決意をした。
横断歩道を渡っていると、道路からバイクが突っ込んできた。
こちらの信号は青、向こうの信号は赤。
ちゃんとそれを確認した上で俺達は渡っていた。
菫と桃花、施設長はもう向こうに渡っており、俺は頭がパニックになって動けずにいた。
「すいれんあぶn──」
誰かに背中を押された。
俺がよく知って護りたいと思っているヤツの声だ。
だが、それでは力が足りなかった。
俺は大きく吹き飛ばされた。
背中と肩に酷い痛み。
そして、意識がブラックアウトした。
目が覚めた時、俺は生きていたのだと思った。
だけど、俺を覗き込むように見ていた菫が泣くのを必死にこらえている姿を見て、朝顔が死んだのだと思った。
案の定、その予感は当たっていた。
朝顔は死んでいた。
即死だったらしい。
医者が俺の容態や朝顔の事を言っているのが理解できなかった。
その日から今の性格になったのだろう。
ぼーっとして、無気力な性格に。
「うぁぁぁぁぁぁぁ……」
何度願おうと死人は還ってこない。
朝顔は、もう、この世界に居ない。
「あさ、がぉ……! ごめ、んな……」
俺は病室のベッドで思いっきり泣いた。
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