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光と愉快なお姉ちゃん
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あー、しんど。
光はぽすんとベッドの上に身を投げ出した。
両親共働きなので、帰ると結構家事がたまっているからだ。
洗濯ものの取り込みにご飯の仕込み、明日からは土日なので楽をしようと風呂掃除までやっている。
稽古の疲れもあって、両親が帰ってくるまでにやることといったら、後は風呂に入るくらいだ。
去年までなら姉と二人でやっていたことだが、負担自体はあまり変わらなかった。
あの姉ときたら、光に関わることならいらぬことにまで首を突っ込んで構いたがってくるくせに、それ以外はずぼらというかものぐさというか、極めて面倒くさがり屋だったのだ。
おかげでというか、幼い頃両親の代わって育ててくれた祖母の教えの甲斐もあって、光は一取り家事全般をこなせるようになっていた。
しかし、今頃あのバカ姉はどうしているだろうか。
今は京都の女子大に通い、母方の従姉の世話になっている。迷惑かけてなければ、と考えていたその矢先だった。
突然昭和レトロな着信音が鳴り響いた。
光は面倒くさそうに起き上がって、机の上で充電しているスマフォを手に取る。
そして発信相手を見て「げ」とうなってしまった。
発信相手は『日高 命』
──バカ姉からだった。
「あーもしもし? おかけになった電話番号は今は使われておりません。番号をご確認の上、もう一度おかけ直し下さい」
『あ、どうもすみませんでしたー』
間の抜けた返事と共に電話が切れる。
光は何事も無かったようにベッドに戻ろうとしたら、また着信音が鳴り響いた。
「あー、もしもし?」
『ちょっと! ひどいじゃないのミッちゃんっ!! 愛しいおねーちゃんの電話無視するなんてっ!』
「誰が愛しい姉だ、このバカ姉が。んで? 用はなんなんだよ。俺今から仮眠取るつもりだったんだけど」
『あーっ、バカって言ったぁ! バカって言う方がバカなんだからっ』
「幼児かお前はっ! いいから用件をサッサと言え!」
『あうぅ……ミッちゃんがすっかり反抗期に。昔はあんなに可愛かったのに』
こうなるとなかなか本題に入らない。いっそ切ってしまおうかと思っていた矢先だった。
『それはそうと、ミッちゃん結婚するんだって?』
光は思わず吹き出した。
「一体誰から聞いたんだっ、それ!」
『んとね、マコちゃん』
あいつめぇええええ!? 光は真琴を思わず呪いたくなってしまいそうになる。
無論真琴は他意も悪意も無かっただろう。だが情報を渡した相手が悪すぎた。
この姉がこの手のイベントに首を突っ込むとろくな事にならない。それどころか大惨事を引き起こしかねないのを真琴は知らないのだ。
しかも姉本人は全く無自覚ときているから、余計にタチが悪い。
「ああ、そうだよ。ただしゲームの中でだけどな」
『知ってる。だからおねーちゃんもゲームのアカウント? だっけ。それ取ったの』
「……念のために聞くけど、何のために」
『やだぁ、ミッちゃんの結婚式を見るために決まってるじゃない』
──やっぱりか。光は頭痛を覚えて頭を抱え込んでしまった。
『でね? 聞きたいんだけど、サーバーだっけ。ミッちゃん達どこに住んでるの?』
「住んでるわけじゃねぇ。6番サーバー『ミドルアース』だよ。なんだ、真琴から聞いてねぇのか?」
『聞いたけど忘れちゃった。テヘペロ』
「姉ちゃん、記憶力壊滅的悪いんだから、いつもメモしとけつってんだろ」
『だから、そのメモどこに置いたか忘れちゃったの』
処置無しである。
「しゃあねぇから、今度は忘れないようにメモしとけ。いいか? サーバは6番サーバー『ミドルアース』」
『ろくばん、みどるあーすっと。それと、ミッちゃんが居るグループ? 有るんだよね?』
「グループじゃなくて、ギルドなギルド。『暁の旅団』ってんだ。基本出入り自由だから、申請さえ出しとけば自動的にOKされるから。てか姉ちゃん。キャラは作ってんのか? それで間に合うんだろな??」
『ヴィクトーニア・サガ』のキャラメイクには時間がかかる。
無論デフォルトとしていくつかパターンは用意されているが、それだけでも種族やクラスを含め結構な数が揃っているのだ。それを選んで手を加えるだけでも意外に時間を使う。
何せキャラメイクだけで一日は遊べると言われるくらいなのだ。
『あ、それならだいじょーぶ。お試し版のペンギンマークソフトだっけ? あれのおまけに付いていたソフトでいくつか作ってあるから』
「ペンギンマークソフトじゃなくてベンチマークソフトな」
『ヴィクトーニア・サガ』のPC版には無料で体験版が配布されている。
フル3Dゲームなだけあって、必要とされるスペックは意外に高かった。体験版を兼ねたベンチマークソフトでは、それを適切な設定でプレイ出来るような工夫がなされているのだ。
また添付されているキャラクターエディット機能も秀逸で、正式版と全く同じようにキャラメイクが出来、そのデータをそのまま流用することが可能だ。
それ以上に魅力的なのが、ベンチマークテストに流れるムービーだった。
なにしろ自分が作ったキャラクターが主人公として動くのだ。これでゲームに魅了されてユーザーになったというプレイヤーも多い。
「ちなみにどんなキャラ作ったんだよ」
『あ、それは大丈夫。一目でミッちゃんのおねーちゃんだ、って分かるよう頑張って作ったから』
嫌な予感しかしなかった。
「どうでもいいけど、ゲームじゃ俺の姉ちゃんだって分からないようにしとけよ?」
『えー、なんで?』
「恥ずかしいからに決まってんだろ!? リアルならともかく、ゲームの結婚式に肉親が出てくるとか、どんな羞恥プレイだよ!」
『おねーちゃんは気にしないよ?』
「お、れ、がっ! 気にすんのっ! 分かった!?」
『んー、なんかよくわかんないけど、わかった』
光は何か徒労感を覚え、これ以上は言っても無駄かと電話をさっさと切ろうと決めた。
「じゃぁ、切るぞ。あと、式は9時半だから」
『あ、ミッちゃん。ちょっと待って。大事なお話し残ってるから』
なんだろう? さっきとは声のトーンが微妙に変わって、弟を心配する『姉』の姿が浮かぶ。
光は少し腰を据えて話を聞くため、ベッドに再び体を預けた。
「で、大事な話って?」
『ミッちゃん、玉竜旗で大将やるんだって?』
「ご指名がかかってやることになったんだけど……それも、真琴から聞いたのか?」
『うん。でもマコちゃん、心配してたよ? 二年生になってから、本調子じゃなさそうだって』
これには心臓が跳ね上がるほど驚いた。確かに二年になってから光は伸び悩んでいたのだ。
真琴の観察眼にも恐れ入るが、それだけ恋人は自分の事をよく見てくれているのだなと、嬉しさも感じてしまう。
「あー……別にスランプってわけじゃねぇんだ。多分平原状態ってやつ」
『ぷらとー?』
「伸び悩みって事。去年は周りに強いやつがゴロゴロ居たんで、結構ガツガツ行けたんだけどな。二年に入ってからこっち、稽古やっててもスカっとしねぇんだわ。それどころかしんどいばかりでさ」
『ミッちゃん、大丈夫なの?』
「まぁ、今度の玉竜旗じゃいきなり強いやつと戦う事になるだろうしな。そういう意味じゃいい刺激になるかもしれねぇ」
『ミッちゃん、昔から負けず嫌いだったもんねー』
ふふっと慈母のように笑う姉に、意外に心配かけてしまっていたのかな? と、柄にもなく思ってしまう。いつもはけたけたとやかましい笑い声を立てるのに、こういう時だけなんかずるい。
「ま、まぁ、そういう訳だからあんまり心配しなくてもいいぞ」
『そっか。でも少しマコちゃんがうらやましいなぁ。おねーちゃんが知らないミッちゃんの事、ちゃんとみてくれんだなぁって』
「姉ちゃんだっていい歳なんだから、そろそろ彼氏でも作ったらどうなんだよ」
『あーっ、そゆこと言うんだぁ。あんなに愛し合った仲なのに、しょせんおねーちゃんとは遊びだったんだね。ぷんすか』
なにを聞き捨てならない事を言っているのか、このバカ姉は。
「おいこら! なに人様から指さされるような事抜かしてんだ、お前は!?」
『一緒のベッドで熱く過ごしてたじゃない』
「あれ姉ちゃんが『雷怖い』だの『寒いから暖めて』とか言って、勝手に俺のベッドに侵入してきたんだろ!?」
『お風呂だって仲良く一緒に入っていたし』
「俺が入っている所に無理やり乱入してきたんじゃねぇか!」
『その割にはおねーちゃんのオンナノコ、ガン見してたよね?』
「目の前でくぱぁされたら、誰だって驚くわ!? この天然痴女が!!」
万事この調子だった。ブラコンなのは本人も自覚があるようなのだが、それを一向に改めた事はない。
両親もこれには呆れ果て、説教していたが効果はまるでなかった。
「話はそれだけか? それだけなんだな!? もう切るぞ!!」
『あん。ミッちゃんのいけず』
「やかましいわ! あと、メモ失くしても後は知らんからな。いいな!」
いっそ来るなと念じつつ、光は電話を切ったのだった。
結局風呂と夕食を済ませた頃にはすでに夜8時半ごろになっていた。
姉のせいで結局仮眠は取れず、寝落ちを防ぐために濃いめのコーヒーを用意してパソコンデスクに座る。
そして今では珍しいタワータイプのパソコンの電源をいれた。
これは高校進学祝いの時に買ってもらったもので、BTOのゲーム仕様機である。
最初両親はノートパソコンでもいいじゃないかと言っていたが、タワータイプは部品の交換が容易なことと、その結果長持ちするからと説得して購入してもらったものだ。
嘘は言ってないし、実際こつこつ貯めた小遣いや入学祝いにお年玉を使って改造し、今ではコンシューマーゲーム機並みの性能を獲得している。CPUもBIOSを設定してクロックアップしてるので意外に快適だった。
無論コンシューマーゲームの方が安価だし、グラフィック性能もまずまずだったのだが、細かい所で機能が省略されているのでやはりPC版の方が良い。
欲を言えばグラフィック機能をさらに強化したいのだが、これは今後のお楽しみだった。
そして『ヴィクトーニア・サガ』を起動させ、手早くアカウントとパスワードを入力する。
この後はバージョンアップされるごとに更新される、ドラマ性の高いデモムービーが流れてそれを一通り楽しむのが常だが、今回は時間も押しているのであえてショートカットした。
そうやってログインすると、光のキャラクターである『義経』が、いつもの冒険者ギルドのロビーに立っていた。
長い黒髪をポニーテールにして、衣服は大胆に袖と裾を切った一見すると凛々しい女剣士に見える。それに加えて振袖風の上着を羽織っているので、立ち姿を除けば完全に女性キャラクターだった。
無論最初からこんなアバターでは無かった。最初は光の理想とする格好いい青年キャラだったのだ。
何故こんなアバターになったのかというと、主犯は主にラピス──真琴の仕業だ。
恋人同士になってから、どういうわけかラピスはちょくちょく義経にファッションの贈り物をしてくれた。それ自体は嬉しかったのだが、問題はそのコスチュームだった。
どういうことか、ことごとくが男性にも着ることが出来る女性風のコスチュームばかりだったのだ。
光はファッションにはとんと興味が無く無頓着だったため、真琴がこれ幸いにと送り付けたのがこの女装男子または男の娘ご用達のファッションなのだ。
どうも、去年の文化祭で光が女装をしたのを見て、妙なところに火がついてしまったらしい。ちなみに女装姿の光を校内に引きずりまわしたのが、姉の命ともう一人、中学の後輩というのが真琴だったのだ。
流石に恋人からの贈り物を無下には出来ないと着てみたのはよかったのだが──
待っていたのはギルドメンバーの悲鳴だった。
「これじゃ男の娘じゃなくて漢の娘だ」
とまで言われ、挙句には「男の娘キャラの作り方」に関するサイトをいくつか紹介されてしまう始末である。
やむなくそれらのサイトを見て研究し、外観再設定機能、通常『エステ』で外見を再調整したのが今のアバターである。ただ身長だけは譲れず、設定上170cm以上をキープしているのだが、焼け石に水であった。
光はため息一つついて、あらかじめコーディネイトしておいたコスチュームをいくつか開いてみた。
はっきり言ってろくな服が無い。
一応結婚式ということで、白を基調としたコーディネイトをしてみたのだが、これではどちらが花嫁か分かったものでは無かった。
真琴から「自分が贈った服を」との注文付きだったので、選んでみたらこのざまである。
試しに自分が使っていたファッションも着用してみたのだが、まるで切腹に挑む若武者みたいになってしまい、頭を抱えた。
そうこうしているうちに時間も押してきたので、光はようやく一つのコーディネイトを選択する。
白に金の刺繍が施されたタイトな上着と、同じく丈の短い白のワンピース。足元は白のニーハイを履き、パンプスも同じく白を選択する。
これならきりっとひきしまった、無難なコーディネイトだ。
光がそのコーディネイトを選択すると、アバターの衣装が一瞬で変わる。
「さて、行くか」
こうして義経──光はギルドホームの門をくぐった。そこに阿鼻叫喚の地獄が待っているとも知らず。
ギルドホールに入ると、待っていたのは案の定祝福と呪いの言葉だった。
この辺は覚悟していたのでオープンチャットできちんと礼を言う。
無論参加しているギルドメンバーもお祭り気分なので、光──義経を中心に踊って答えてくれた。
なんというか、ほとんどサバトの生贄の気分である。
その中で個人チャットを使って話しかけてくるキャラクターが居た。
『光。結婚おめでとう。呪われろ』
『拓也か。久しぶりだな』
相手は同じ中学時代からのプレイヤーだった。他校に進学しているが、今でもゲームを通して結構話す機会が多い友人だ。
『それにしても、お前。よく結婚する気になったな』
『ラピスから頼まれて断われなかったんだ』
『昔からラピスさんと仲良かったもんな、お前』
『まぁな』
『で、ラピスさんとはリアルでも会ったのか?』
『ノーコメント。てかネチケット違反だぞ、それ』
『でもよっぽど親密じゃないと、結婚なんてしないだろ? リスクもあるしな』
確かに『結婚機能』にはリスクがある。
前提条件としてはそう難しくない。レベル50で解禁される『愛と死の迷宮』を男女二人のキャラクターで制覇すれば結婚指輪を獲得できる。無論レベル補正はあるが難易度は中の上といったところだ。
こうして結婚したキャラクターは同じパーティーかフィールドにいれば、5割増しもの戦闘能力を獲得でき、家屋付きの倉庫、ではなくて倉庫付きの家屋が獲得できるのだ。
ただ、何事もメリットがあればデメリットもある。
まず一緒にプレイしていなければ恩恵は受けられない。また倫理的にもシステム的にも重婚が認められていなかった。これは結婚機能を悪用してチート行為を防ぐという意味合いもある。なによりネックなのは『離婚』が出来ないことだ。
ネットとはいえ、お互い生身の人間である。些細なことからすれ違いや喧嘩が起きることだってあるし、また相方がゲーム引退ともなれば、残ったものはただの一プレイヤーに逆戻りだ。最悪キャラクターの作り直しという事例も多く報告されており、運営にも直談判するユーザーも少なくないと聞く。
こうして天秤にかけてみると意外にデメリットが目立つ。結婚するのはよほどの効率厨か、リアルでも仲が良いプレイヤーに限られているのだ。
二人のキャラクター、ラピスと義経があえて結婚に踏み切ったのも、すでにリアルで付き合っているからと、ギルドの中では話題になっていた。
だが、光は軽く躱した。
『いいじゃないか。人の事なんだから』
『まぁ、お前がそう言うのなら止めんが。それよりお前に客が来てるぞ』
『誰だ?』
『新人さんで、お前の姉さん名乗ってたけど、あれ本物か?』
まさかあのバカ!!
『どこだ!?』
『あそこ』
そう言って友人のアバターが視線を向けた方には人だかりが出来ていた。しかもオープンチャットで話しているのか、吹き出しで会話が丸見えだった。
光はすぐさまその場にダッシュした。そしてことの元凶を目の当たりにする。
『あ、ミッちゃん。来たよ』
しかもオープンチャットで話しかけてくる。
『ミッちゃん、その服可愛いね。よく似合ってる』
ンな事はどうでもいい。光は命と思しきプレイヤーを確認した。
巫女服をあしらったような和風のコスチューム。ただ袴に相当する部分は赤いプリッツスカートになっている。
エルフほどでは無いが耳が尖っているし、おそらくハーフエルフだろう。
ただ、顔の造形が光のキャラクター義経に似ている、というか全くと言って良いほど同じだった。ご丁寧に目の色も赤系統だし、髪型もロングのポニーテールだ。
種族と性別が違うだけで、文字通り生き写しだった。
まさかと思って、光は姉と名乗るキャラの頭上に浮かんでいるアカウントとプレイヤー名を確認してみる。
そこには『@hidaka』『ミコト』とあった。
──自分のキャラに本名を付けるバカがどこにいるかっ!!
まぁ、現実に目の前に存在しているわけだが。
光は思わず机の上に突っ伏していた。
そしてこれ以上放置していては危険だと即座に判断し、すぐさま個人チャットで会話を試みる。
『姉ちゃん、ネチケットって知ってるか?』
『エチケット? ちゃんとここに来る前、お風呂浴びて歯も磨いたけど』
『俺が言ってるのはネチケット! ネットでのエチケットのことだ!!』
『おねぇーちゃん、そのネチケットだっけ。何かマナー違反するようなことした?』
『それよりまずチャットをオープンから個人チャットに切り替えろ』
『チャットって種類あるの?』
『あるんだよ!? いいいからすぐに個人チャットに切り替えろ! さっきから姉ちゃんの台詞、周囲にだだ漏れだぞ!』
『やり方分からない』
ああ、もう!
仕方がないので個人チャットの説明を詳しく教えた。この姉は物覚えはひどく悪いが、要点を掴むのは光より遥かに上手かった。説明文さえ読めば嫌でも理解できるはずだ──と思いたい。
しばらくして『ミコト』が個人チャットで返事を返してきた。
『これでいいの?』
『これでいい。ところで姉ちゃん、さっき耳をっていうか目を疑ったんだが、姉ちゃん自己紹介の時なんて言ったって?』
『えとね。まずおねーちゃんの顔見て「義経さんの知り合いかなんかですか?」って聞かれたから「姉です。弟がいつもお世話になってます」って答えた』
完全にこの時点でアウトである。
『で、色々聞かれたから』
『まさか馬鹿正直に答えたんじゃないだろな?』
『答えたの、いけなかった?』
『姉ちゃん、それ完全に個人情報の漏洩だからな!? 犯罪行為だぞ犯罪!!』
『え、そうなの? 姉弟でも?』
『姉弟でもだっ!』
『でも、おねーちゃんも今日からここにお世話になるわけだし、ご挨拶はきちんとしなきゃ』
『もっともな説だけどな、個人情報までほいほい渡すバカがどこにいるかっ!!』
全く危機感が無さすぎる。ただでさえ危険なネット社会なのに、個人情報をペラペラ話すわ、アカウントとキャラ名に自分の姓名つかうとか、もしこのギルドの中に悪意があるものが居たとしたらただでは済まされない。それこそ情報を業者に売って一儲けしようとする人間がいてもおかしくはないのだ。
そのことを説明すると、ミコトの動きがピタリと止まった。そしてややあってこんな事を言い始めた。
『ミッちゃん、どうしよう?』
多分だがこのバカ姉も自分が何をしでかしたか、ようやく理解したらしい。
『ちょっと待ってろ』
そう言って光は先ほど姉が話していたメンバーにどれくらい情報が洩れているのか確認してみた。
幸いにして本名やら重要な個人情報は漏れていなかった。むしろギルドメンバーの方で気遣ってくれて、やんわりと諭してくれたらしい。
ただ、本当に姉弟なのかと聞かれた時はどう答えたものかと思案したが、ここは変に誤魔化すより素直に白状しておいた方が後々フォローもしやすそうだと考え、認めることにした。
こうしてなんとか事なきを得たので、姉に個人チャットで『安心しろ。それとギルドのみんなに礼を言っておけ』とだけ伝えておく。
そんなこんなで大騒ぎしていたら、結婚式開始まであと15分に迫っていた。
なのに、真琴のキャラクター『ラピス』の姿は未だ現れていない。
まさかのドタキャンかと誰もが噂し合っていた時だった。
一人のエルフが白い衣装をまとってようやく現れた。
その美しい佇まいに、ホールに居たギルドメンバーは思わず見とれてしまっている。
青みがかった流れるような銀の髪を腰まで伸ばし、大きな瞳は吸い込まれそうな青だ。
コスチュームもまるで光に合わせたかのように、繊細な金の刺繍が施されたタイトなワンピースだった。靴もいつものパンプスではなく、ハイヒールを履いている。
何より頭を飾るアクセサリーとして、薄いヴェールをあしらったカチューシャを付けている。
どこに出しても恥ずかしくない、自慢の花嫁姿だ。
そんなラピス──真琴が周囲にお辞儀すると途端に万雷の拍手が鳴り響いた。
サバトの生贄にされた光とはえらく待遇が違う。
何か不条理なものを感じるが、嫁が褒められるのは嬉しくないはずがなかった。
そうこうしている内に、間もなく結婚式の時間となった。
幹事であるギルマスの号令にみな一斉に式場である神殿へと向かう。
光と真琴もお互いそっと寄り添いながら式場へと歩みを進めるのだった。
──そこに異界の門が顎を開けて待ち構えているのも知らず。
光はぽすんとベッドの上に身を投げ出した。
両親共働きなので、帰ると結構家事がたまっているからだ。
洗濯ものの取り込みにご飯の仕込み、明日からは土日なので楽をしようと風呂掃除までやっている。
稽古の疲れもあって、両親が帰ってくるまでにやることといったら、後は風呂に入るくらいだ。
去年までなら姉と二人でやっていたことだが、負担自体はあまり変わらなかった。
あの姉ときたら、光に関わることならいらぬことにまで首を突っ込んで構いたがってくるくせに、それ以外はずぼらというかものぐさというか、極めて面倒くさがり屋だったのだ。
おかげでというか、幼い頃両親の代わって育ててくれた祖母の教えの甲斐もあって、光は一取り家事全般をこなせるようになっていた。
しかし、今頃あのバカ姉はどうしているだろうか。
今は京都の女子大に通い、母方の従姉の世話になっている。迷惑かけてなければ、と考えていたその矢先だった。
突然昭和レトロな着信音が鳴り響いた。
光は面倒くさそうに起き上がって、机の上で充電しているスマフォを手に取る。
そして発信相手を見て「げ」とうなってしまった。
発信相手は『日高 命』
──バカ姉からだった。
「あーもしもし? おかけになった電話番号は今は使われておりません。番号をご確認の上、もう一度おかけ直し下さい」
『あ、どうもすみませんでしたー』
間の抜けた返事と共に電話が切れる。
光は何事も無かったようにベッドに戻ろうとしたら、また着信音が鳴り響いた。
「あー、もしもし?」
『ちょっと! ひどいじゃないのミッちゃんっ!! 愛しいおねーちゃんの電話無視するなんてっ!』
「誰が愛しい姉だ、このバカ姉が。んで? 用はなんなんだよ。俺今から仮眠取るつもりだったんだけど」
『あーっ、バカって言ったぁ! バカって言う方がバカなんだからっ』
「幼児かお前はっ! いいから用件をサッサと言え!」
『あうぅ……ミッちゃんがすっかり反抗期に。昔はあんなに可愛かったのに』
こうなるとなかなか本題に入らない。いっそ切ってしまおうかと思っていた矢先だった。
『それはそうと、ミッちゃん結婚するんだって?』
光は思わず吹き出した。
「一体誰から聞いたんだっ、それ!」
『んとね、マコちゃん』
あいつめぇええええ!? 光は真琴を思わず呪いたくなってしまいそうになる。
無論真琴は他意も悪意も無かっただろう。だが情報を渡した相手が悪すぎた。
この姉がこの手のイベントに首を突っ込むとろくな事にならない。それどころか大惨事を引き起こしかねないのを真琴は知らないのだ。
しかも姉本人は全く無自覚ときているから、余計にタチが悪い。
「ああ、そうだよ。ただしゲームの中でだけどな」
『知ってる。だからおねーちゃんもゲームのアカウント? だっけ。それ取ったの』
「……念のために聞くけど、何のために」
『やだぁ、ミッちゃんの結婚式を見るために決まってるじゃない』
──やっぱりか。光は頭痛を覚えて頭を抱え込んでしまった。
『でね? 聞きたいんだけど、サーバーだっけ。ミッちゃん達どこに住んでるの?』
「住んでるわけじゃねぇ。6番サーバー『ミドルアース』だよ。なんだ、真琴から聞いてねぇのか?」
『聞いたけど忘れちゃった。テヘペロ』
「姉ちゃん、記憶力壊滅的悪いんだから、いつもメモしとけつってんだろ」
『だから、そのメモどこに置いたか忘れちゃったの』
処置無しである。
「しゃあねぇから、今度は忘れないようにメモしとけ。いいか? サーバは6番サーバー『ミドルアース』」
『ろくばん、みどるあーすっと。それと、ミッちゃんが居るグループ? 有るんだよね?』
「グループじゃなくて、ギルドなギルド。『暁の旅団』ってんだ。基本出入り自由だから、申請さえ出しとけば自動的にOKされるから。てか姉ちゃん。キャラは作ってんのか? それで間に合うんだろな??」
『ヴィクトーニア・サガ』のキャラメイクには時間がかかる。
無論デフォルトとしていくつかパターンは用意されているが、それだけでも種族やクラスを含め結構な数が揃っているのだ。それを選んで手を加えるだけでも意外に時間を使う。
何せキャラメイクだけで一日は遊べると言われるくらいなのだ。
『あ、それならだいじょーぶ。お試し版のペンギンマークソフトだっけ? あれのおまけに付いていたソフトでいくつか作ってあるから』
「ペンギンマークソフトじゃなくてベンチマークソフトな」
『ヴィクトーニア・サガ』のPC版には無料で体験版が配布されている。
フル3Dゲームなだけあって、必要とされるスペックは意外に高かった。体験版を兼ねたベンチマークソフトでは、それを適切な設定でプレイ出来るような工夫がなされているのだ。
また添付されているキャラクターエディット機能も秀逸で、正式版と全く同じようにキャラメイクが出来、そのデータをそのまま流用することが可能だ。
それ以上に魅力的なのが、ベンチマークテストに流れるムービーだった。
なにしろ自分が作ったキャラクターが主人公として動くのだ。これでゲームに魅了されてユーザーになったというプレイヤーも多い。
「ちなみにどんなキャラ作ったんだよ」
『あ、それは大丈夫。一目でミッちゃんのおねーちゃんだ、って分かるよう頑張って作ったから』
嫌な予感しかしなかった。
「どうでもいいけど、ゲームじゃ俺の姉ちゃんだって分からないようにしとけよ?」
『えー、なんで?』
「恥ずかしいからに決まってんだろ!? リアルならともかく、ゲームの結婚式に肉親が出てくるとか、どんな羞恥プレイだよ!」
『おねーちゃんは気にしないよ?』
「お、れ、がっ! 気にすんのっ! 分かった!?」
『んー、なんかよくわかんないけど、わかった』
光は何か徒労感を覚え、これ以上は言っても無駄かと電話をさっさと切ろうと決めた。
「じゃぁ、切るぞ。あと、式は9時半だから」
『あ、ミッちゃん。ちょっと待って。大事なお話し残ってるから』
なんだろう? さっきとは声のトーンが微妙に変わって、弟を心配する『姉』の姿が浮かぶ。
光は少し腰を据えて話を聞くため、ベッドに再び体を預けた。
「で、大事な話って?」
『ミッちゃん、玉竜旗で大将やるんだって?』
「ご指名がかかってやることになったんだけど……それも、真琴から聞いたのか?」
『うん。でもマコちゃん、心配してたよ? 二年生になってから、本調子じゃなさそうだって』
これには心臓が跳ね上がるほど驚いた。確かに二年になってから光は伸び悩んでいたのだ。
真琴の観察眼にも恐れ入るが、それだけ恋人は自分の事をよく見てくれているのだなと、嬉しさも感じてしまう。
「あー……別にスランプってわけじゃねぇんだ。多分平原状態ってやつ」
『ぷらとー?』
「伸び悩みって事。去年は周りに強いやつがゴロゴロ居たんで、結構ガツガツ行けたんだけどな。二年に入ってからこっち、稽古やっててもスカっとしねぇんだわ。それどころかしんどいばかりでさ」
『ミッちゃん、大丈夫なの?』
「まぁ、今度の玉竜旗じゃいきなり強いやつと戦う事になるだろうしな。そういう意味じゃいい刺激になるかもしれねぇ」
『ミッちゃん、昔から負けず嫌いだったもんねー』
ふふっと慈母のように笑う姉に、意外に心配かけてしまっていたのかな? と、柄にもなく思ってしまう。いつもはけたけたとやかましい笑い声を立てるのに、こういう時だけなんかずるい。
「ま、まぁ、そういう訳だからあんまり心配しなくてもいいぞ」
『そっか。でも少しマコちゃんがうらやましいなぁ。おねーちゃんが知らないミッちゃんの事、ちゃんとみてくれんだなぁって』
「姉ちゃんだっていい歳なんだから、そろそろ彼氏でも作ったらどうなんだよ」
『あーっ、そゆこと言うんだぁ。あんなに愛し合った仲なのに、しょせんおねーちゃんとは遊びだったんだね。ぷんすか』
なにを聞き捨てならない事を言っているのか、このバカ姉は。
「おいこら! なに人様から指さされるような事抜かしてんだ、お前は!?」
『一緒のベッドで熱く過ごしてたじゃない』
「あれ姉ちゃんが『雷怖い』だの『寒いから暖めて』とか言って、勝手に俺のベッドに侵入してきたんだろ!?」
『お風呂だって仲良く一緒に入っていたし』
「俺が入っている所に無理やり乱入してきたんじゃねぇか!」
『その割にはおねーちゃんのオンナノコ、ガン見してたよね?』
「目の前でくぱぁされたら、誰だって驚くわ!? この天然痴女が!!」
万事この調子だった。ブラコンなのは本人も自覚があるようなのだが、それを一向に改めた事はない。
両親もこれには呆れ果て、説教していたが効果はまるでなかった。
「話はそれだけか? それだけなんだな!? もう切るぞ!!」
『あん。ミッちゃんのいけず』
「やかましいわ! あと、メモ失くしても後は知らんからな。いいな!」
いっそ来るなと念じつつ、光は電話を切ったのだった。
結局風呂と夕食を済ませた頃にはすでに夜8時半ごろになっていた。
姉のせいで結局仮眠は取れず、寝落ちを防ぐために濃いめのコーヒーを用意してパソコンデスクに座る。
そして今では珍しいタワータイプのパソコンの電源をいれた。
これは高校進学祝いの時に買ってもらったもので、BTOのゲーム仕様機である。
最初両親はノートパソコンでもいいじゃないかと言っていたが、タワータイプは部品の交換が容易なことと、その結果長持ちするからと説得して購入してもらったものだ。
嘘は言ってないし、実際こつこつ貯めた小遣いや入学祝いにお年玉を使って改造し、今ではコンシューマーゲーム機並みの性能を獲得している。CPUもBIOSを設定してクロックアップしてるので意外に快適だった。
無論コンシューマーゲームの方が安価だし、グラフィック性能もまずまずだったのだが、細かい所で機能が省略されているのでやはりPC版の方が良い。
欲を言えばグラフィック機能をさらに強化したいのだが、これは今後のお楽しみだった。
そして『ヴィクトーニア・サガ』を起動させ、手早くアカウントとパスワードを入力する。
この後はバージョンアップされるごとに更新される、ドラマ性の高いデモムービーが流れてそれを一通り楽しむのが常だが、今回は時間も押しているのであえてショートカットした。
そうやってログインすると、光のキャラクターである『義経』が、いつもの冒険者ギルドのロビーに立っていた。
長い黒髪をポニーテールにして、衣服は大胆に袖と裾を切った一見すると凛々しい女剣士に見える。それに加えて振袖風の上着を羽織っているので、立ち姿を除けば完全に女性キャラクターだった。
無論最初からこんなアバターでは無かった。最初は光の理想とする格好いい青年キャラだったのだ。
何故こんなアバターになったのかというと、主犯は主にラピス──真琴の仕業だ。
恋人同士になってから、どういうわけかラピスはちょくちょく義経にファッションの贈り物をしてくれた。それ自体は嬉しかったのだが、問題はそのコスチュームだった。
どういうことか、ことごとくが男性にも着ることが出来る女性風のコスチュームばかりだったのだ。
光はファッションにはとんと興味が無く無頓着だったため、真琴がこれ幸いにと送り付けたのがこの女装男子または男の娘ご用達のファッションなのだ。
どうも、去年の文化祭で光が女装をしたのを見て、妙なところに火がついてしまったらしい。ちなみに女装姿の光を校内に引きずりまわしたのが、姉の命ともう一人、中学の後輩というのが真琴だったのだ。
流石に恋人からの贈り物を無下には出来ないと着てみたのはよかったのだが──
待っていたのはギルドメンバーの悲鳴だった。
「これじゃ男の娘じゃなくて漢の娘だ」
とまで言われ、挙句には「男の娘キャラの作り方」に関するサイトをいくつか紹介されてしまう始末である。
やむなくそれらのサイトを見て研究し、外観再設定機能、通常『エステ』で外見を再調整したのが今のアバターである。ただ身長だけは譲れず、設定上170cm以上をキープしているのだが、焼け石に水であった。
光はため息一つついて、あらかじめコーディネイトしておいたコスチュームをいくつか開いてみた。
はっきり言ってろくな服が無い。
一応結婚式ということで、白を基調としたコーディネイトをしてみたのだが、これではどちらが花嫁か分かったものでは無かった。
真琴から「自分が贈った服を」との注文付きだったので、選んでみたらこのざまである。
試しに自分が使っていたファッションも着用してみたのだが、まるで切腹に挑む若武者みたいになってしまい、頭を抱えた。
そうこうしているうちに時間も押してきたので、光はようやく一つのコーディネイトを選択する。
白に金の刺繍が施されたタイトな上着と、同じく丈の短い白のワンピース。足元は白のニーハイを履き、パンプスも同じく白を選択する。
これならきりっとひきしまった、無難なコーディネイトだ。
光がそのコーディネイトを選択すると、アバターの衣装が一瞬で変わる。
「さて、行くか」
こうして義経──光はギルドホームの門をくぐった。そこに阿鼻叫喚の地獄が待っているとも知らず。
ギルドホールに入ると、待っていたのは案の定祝福と呪いの言葉だった。
この辺は覚悟していたのでオープンチャットできちんと礼を言う。
無論参加しているギルドメンバーもお祭り気分なので、光──義経を中心に踊って答えてくれた。
なんというか、ほとんどサバトの生贄の気分である。
その中で個人チャットを使って話しかけてくるキャラクターが居た。
『光。結婚おめでとう。呪われろ』
『拓也か。久しぶりだな』
相手は同じ中学時代からのプレイヤーだった。他校に進学しているが、今でもゲームを通して結構話す機会が多い友人だ。
『それにしても、お前。よく結婚する気になったな』
『ラピスから頼まれて断われなかったんだ』
『昔からラピスさんと仲良かったもんな、お前』
『まぁな』
『で、ラピスさんとはリアルでも会ったのか?』
『ノーコメント。てかネチケット違反だぞ、それ』
『でもよっぽど親密じゃないと、結婚なんてしないだろ? リスクもあるしな』
確かに『結婚機能』にはリスクがある。
前提条件としてはそう難しくない。レベル50で解禁される『愛と死の迷宮』を男女二人のキャラクターで制覇すれば結婚指輪を獲得できる。無論レベル補正はあるが難易度は中の上といったところだ。
こうして結婚したキャラクターは同じパーティーかフィールドにいれば、5割増しもの戦闘能力を獲得でき、家屋付きの倉庫、ではなくて倉庫付きの家屋が獲得できるのだ。
ただ、何事もメリットがあればデメリットもある。
まず一緒にプレイしていなければ恩恵は受けられない。また倫理的にもシステム的にも重婚が認められていなかった。これは結婚機能を悪用してチート行為を防ぐという意味合いもある。なによりネックなのは『離婚』が出来ないことだ。
ネットとはいえ、お互い生身の人間である。些細なことからすれ違いや喧嘩が起きることだってあるし、また相方がゲーム引退ともなれば、残ったものはただの一プレイヤーに逆戻りだ。最悪キャラクターの作り直しという事例も多く報告されており、運営にも直談判するユーザーも少なくないと聞く。
こうして天秤にかけてみると意外にデメリットが目立つ。結婚するのはよほどの効率厨か、リアルでも仲が良いプレイヤーに限られているのだ。
二人のキャラクター、ラピスと義経があえて結婚に踏み切ったのも、すでにリアルで付き合っているからと、ギルドの中では話題になっていた。
だが、光は軽く躱した。
『いいじゃないか。人の事なんだから』
『まぁ、お前がそう言うのなら止めんが。それよりお前に客が来てるぞ』
『誰だ?』
『新人さんで、お前の姉さん名乗ってたけど、あれ本物か?』
まさかあのバカ!!
『どこだ!?』
『あそこ』
そう言って友人のアバターが視線を向けた方には人だかりが出来ていた。しかもオープンチャットで話しているのか、吹き出しで会話が丸見えだった。
光はすぐさまその場にダッシュした。そしてことの元凶を目の当たりにする。
『あ、ミッちゃん。来たよ』
しかもオープンチャットで話しかけてくる。
『ミッちゃん、その服可愛いね。よく似合ってる』
ンな事はどうでもいい。光は命と思しきプレイヤーを確認した。
巫女服をあしらったような和風のコスチューム。ただ袴に相当する部分は赤いプリッツスカートになっている。
エルフほどでは無いが耳が尖っているし、おそらくハーフエルフだろう。
ただ、顔の造形が光のキャラクター義経に似ている、というか全くと言って良いほど同じだった。ご丁寧に目の色も赤系統だし、髪型もロングのポニーテールだ。
種族と性別が違うだけで、文字通り生き写しだった。
まさかと思って、光は姉と名乗るキャラの頭上に浮かんでいるアカウントとプレイヤー名を確認してみる。
そこには『@hidaka』『ミコト』とあった。
──自分のキャラに本名を付けるバカがどこにいるかっ!!
まぁ、現実に目の前に存在しているわけだが。
光は思わず机の上に突っ伏していた。
そしてこれ以上放置していては危険だと即座に判断し、すぐさま個人チャットで会話を試みる。
『姉ちゃん、ネチケットって知ってるか?』
『エチケット? ちゃんとここに来る前、お風呂浴びて歯も磨いたけど』
『俺が言ってるのはネチケット! ネットでのエチケットのことだ!!』
『おねぇーちゃん、そのネチケットだっけ。何かマナー違反するようなことした?』
『それよりまずチャットをオープンから個人チャットに切り替えろ』
『チャットって種類あるの?』
『あるんだよ!? いいいからすぐに個人チャットに切り替えろ! さっきから姉ちゃんの台詞、周囲にだだ漏れだぞ!』
『やり方分からない』
ああ、もう!
仕方がないので個人チャットの説明を詳しく教えた。この姉は物覚えはひどく悪いが、要点を掴むのは光より遥かに上手かった。説明文さえ読めば嫌でも理解できるはずだ──と思いたい。
しばらくして『ミコト』が個人チャットで返事を返してきた。
『これでいいの?』
『これでいい。ところで姉ちゃん、さっき耳をっていうか目を疑ったんだが、姉ちゃん自己紹介の時なんて言ったって?』
『えとね。まずおねーちゃんの顔見て「義経さんの知り合いかなんかですか?」って聞かれたから「姉です。弟がいつもお世話になってます」って答えた』
完全にこの時点でアウトである。
『で、色々聞かれたから』
『まさか馬鹿正直に答えたんじゃないだろな?』
『答えたの、いけなかった?』
『姉ちゃん、それ完全に個人情報の漏洩だからな!? 犯罪行為だぞ犯罪!!』
『え、そうなの? 姉弟でも?』
『姉弟でもだっ!』
『でも、おねーちゃんも今日からここにお世話になるわけだし、ご挨拶はきちんとしなきゃ』
『もっともな説だけどな、個人情報までほいほい渡すバカがどこにいるかっ!!』
全く危機感が無さすぎる。ただでさえ危険なネット社会なのに、個人情報をペラペラ話すわ、アカウントとキャラ名に自分の姓名つかうとか、もしこのギルドの中に悪意があるものが居たとしたらただでは済まされない。それこそ情報を業者に売って一儲けしようとする人間がいてもおかしくはないのだ。
そのことを説明すると、ミコトの動きがピタリと止まった。そしてややあってこんな事を言い始めた。
『ミッちゃん、どうしよう?』
多分だがこのバカ姉も自分が何をしでかしたか、ようやく理解したらしい。
『ちょっと待ってろ』
そう言って光は先ほど姉が話していたメンバーにどれくらい情報が洩れているのか確認してみた。
幸いにして本名やら重要な個人情報は漏れていなかった。むしろギルドメンバーの方で気遣ってくれて、やんわりと諭してくれたらしい。
ただ、本当に姉弟なのかと聞かれた時はどう答えたものかと思案したが、ここは変に誤魔化すより素直に白状しておいた方が後々フォローもしやすそうだと考え、認めることにした。
こうしてなんとか事なきを得たので、姉に個人チャットで『安心しろ。それとギルドのみんなに礼を言っておけ』とだけ伝えておく。
そんなこんなで大騒ぎしていたら、結婚式開始まであと15分に迫っていた。
なのに、真琴のキャラクター『ラピス』の姿は未だ現れていない。
まさかのドタキャンかと誰もが噂し合っていた時だった。
一人のエルフが白い衣装をまとってようやく現れた。
その美しい佇まいに、ホールに居たギルドメンバーは思わず見とれてしまっている。
青みがかった流れるような銀の髪を腰まで伸ばし、大きな瞳は吸い込まれそうな青だ。
コスチュームもまるで光に合わせたかのように、繊細な金の刺繍が施されたタイトなワンピースだった。靴もいつものパンプスではなく、ハイヒールを履いている。
何より頭を飾るアクセサリーとして、薄いヴェールをあしらったカチューシャを付けている。
どこに出しても恥ずかしくない、自慢の花嫁姿だ。
そんなラピス──真琴が周囲にお辞儀すると途端に万雷の拍手が鳴り響いた。
サバトの生贄にされた光とはえらく待遇が違う。
何か不条理なものを感じるが、嫁が褒められるのは嬉しくないはずがなかった。
そうこうしている内に、間もなく結婚式の時間となった。
幹事であるギルマスの号令にみな一斉に式場である神殿へと向かう。
光と真琴もお互いそっと寄り添いながら式場へと歩みを進めるのだった。
──そこに異界の門が顎を開けて待ち構えているのも知らず。
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