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プロローグ

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『愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである』
 ───サン=テグジュペリ



 肌をなでる心地いい涼風がなびく広い平原。

 近くにはまるで奥底の見えない深く暗い森が。

 遠くにはなだらかで緑あふれた丘陵地が見える。

 
 ヨーロッパの地方ならよく見られる風景。

 ただその風景に小さな異物が二つ、ポツンと存在していた

 一つは少年の姿をとっている。
 小柄な体にTシャツ越しにでもわかる引き締まった体つき。
 年ごろは15~6と言ったところだろうか。墨を流した様な艶やかな黒髪と、まるで少女と見まがうような、 凛々しくも愛らしい顔立ちが印象的だった。
 紺のハーフパンツからしなやかに延びる足も、この年ごろでは珍しく体毛すね毛がほとんど無い。せいぜい産毛うぶげ程度だ。
 女性の衣装を羽織らせても違和感がないだろうと思わせる美少年であった。

 もう一つは少女。年齢は少年と同じ位に見える。
 ただ、身長は逆に長身で、少年と並べば小指程度の低いほどだ。
 顔立ちはやはり可愛らしかったが、どちらかと言えば中性的で凛々しいという表現が似合う。髪も少年と同じく黒だが緩くウェーブを描いており、それをバッサリとショートカットにしている為か、よりボーイッシュな印象を強めていた。
 目は若干つり目で意志の強さが垣間見えるが、ウェーブのかかった髪と合わせるとまるで柴犬のような愛嬌もある。
 意外に乙女趣味なのか、花柄が施されたワンピースのルームウェアから見える手足は健康的でしなやかに伸び、体つきもスレンダーだった───全体的に

 二人は茫然とした表情でお互いを見つめ合い、恐る恐る人差し指を向け合った。

「お前……真琴まことだよな?」

 少年の問いに少女は戸惑い気味にうなずき、尋ね返す。

みつる先輩……、だよね?」

 真琴と呼ばれた少女の問いに、光と呼ばれた少年もまたうなずき返す。

 未だ茫然と見つめ合う二人の間に一陣の風が吹き抜けた。

 てか

「「───ここ……どこぉおおおお!?」」


 慌てふためいて周りを見回す二人を、さんさんと輝く太陽が見つめていた。



 オンラインMMORPG『ヴィクトーニア・サガ』

 日本全国で1500万人ものユーザーをようする3Dアクションを主体とした人気ファンタジーゲームで、PCパソコン版から据え置き型コンシューマー、携帯ゲーム機まで幅広い機種でプレイされている。
 その魅力を挙げれば枚挙に暇がないが、基本的なMMORPGの機能の他、一人として同じアバターが存在しないというほど自由度の高いキャラメイク機能、優に千種類を超えるコスチュームなどキャラクターのグラフィックに力を入れているのが特徴だ。

 特に目玉とされているのが結婚機能マレッジ・システムで、ある特定のクエストを男女二人のキャラクターで攻略し、得られた結婚指輪ウェディングリング用いて結婚式を挙げると、同じパーティーに同行するだけで双方に多大な戦闘力向上バフが発生するという効果がある。
 他にもホームと呼ばれる結婚したキャラクターだけが得られるオブジェがあり、酪農や農業などのスローライフも楽しめるようになっているが、それを活用しているプレイヤーは少数で、せいぜい拡張倉庫扱いされる程度だ。
 まぁ重要なのは強化という恩恵であってスローライフでは無いというプレイヤーも多いし、無理からぬ事ではあったのだが。


 ───ただ、この結婚機能にはネットではありがちな都市伝説めいた噂が有った。

 曰く『結婚機能マレッジ・システムで結ばれたリア充は神隠しに合う』───と。


 いくら人気タイトルのゲームとは言え男女の比率は未だ男性プレイヤーの方が多いし、最近話題になっている『MMORPG婚』成立など極々少数、というより奇跡的な確率だ。
 とは言え居ないとも言えないので、まぁもてない男のひがみが生み出した与太話であろう。大体そんな現象が起きているのなら事件になっていないのが不自然だし。

 当の二人も噂くらいは聞いていたが、まさか本当にこんなことになるとは───

「と、とりあえず現状を確認して、みよう」

 みつるはなんとか落ち着こうと、地べたに胡坐あぐらをかいて座り込んだ。
 真琴まこともそれにならってペタンと腰を落とす。
 下生えの草の感触が意外に心地よい。

「えーと……」

 細い眉を寄せて、左の人差し指でトントンとこめかみを突く。考え事をする時の光の癖だ。

「まず、俺たちはゲーム『ヴィクトーニア・サガ』の中で結婚式を挙げた……合ってるよな?」
「う、うん」

 結婚、という言葉に真琴の頬がかすかに桜色に染まる。

「んで、イベントムービーが終わろうとしていたら……」
「なんか、モニターがピカーって光って。で、気が付いたら」
「……ここに居た、と」

 お互い齟齬そごは無いようだ。うん。

 ──それよりも
 先ほどから気になっている事がある。

「ところで真琴。実はさっきからお前の顔に妙な部分が有るんだが……気が付いてるか?」
「? なにを。あたしの顔になんか付いてる??」
「いや、耳触ってみろ」
「耳?」

 真琴は一瞬きょとんと子犬のような顔をして、恐る恐る自分の耳を触ってみた。
 そこには──

「……え?」

 耳の付け根から先端までを指でつまんでみたら、人間ではあり得ない程長く伸びている。

「ちょっ!? な、なにこれぇええええええ!! か、鏡っ。なんか鏡になりそうなものはっ!?」
「んなモン有るわけが……あれ?」

 光はその時になって初めて自分の右手に握られている物に気が付いた。ジーンズ柄のカバーで覆われた長方形のそれは──

「……スマフォ? なんでこんなモンが」

 それはまぎれもなく自分が愛用しているスマートフォンだった。いつから持っていたのかと不思議そうに首をひねってみるが、確かな質感と量感がある。ただ若干違和感を感じたが、それを確認しようとする前に真琴にひったくられた。

「ごめんっ! ちょっと貸して!!」

 真琴は流れる様な慣れた手つきでスマフォを自撮りモードにして、それを鏡代わりに自分の容姿を確かめた。離したり近づけたり様々な角度で自分の姿を確認していく。

「ほ、ほんとだ……」

 ようやく理解が追いついたのか、真琴はしげしげとスマフォに映った自分の顔を見つめた。ただ動揺はおさまっていないのか、長い耳がしきりにピコピコと上下に揺れている。
 それに変わったのは耳だけでは無いようだ。

「ねぇ、先輩。なんだか瞳の色も変わっちゃっている気がするんだけど」

 そう言って前髪をかき上げ、やや広めの丸みを帯びた可愛らしい額を見せながら自分の眼を指さす。

「どれどれ」

 光は身を乗り出して少女の顔をのぞきこんだ。微風に乗ってシャンプーとボディソープの清潔な香り。そして真琴の体臭だろうか、ほのかに甘い匂いが鼻腔びくうをくすぐる。

「ちょっ、せ、先輩っ!? 顔近いよ!!」

 気づかれたのか、それとも距離が近すぎたのか。真琴が顔を朱に染めていやいやするように光の胸を押しやって距離を取った。そして恥ずかしそうに頬に手を添えてそっぽを向く。

「で、どう?」
「うん、やっぱり色が変わってるな。吸い込まれそうな綺麗な青だ」
「そ、そう……」

 綺麗と言われてまんざらでもないのか、そっけない表情とは裏腹に長い耳が機嫌よさそうに揺れている。
 その一方で光は妙な既視感を覚えていた。記憶の中から合致するものと照合してみる。そして一つのイメージがよみがえった。今の真琴はゲームで彼女が使っているアバターの色と種族そっくりなのだ。
 光も自分の顔を自撮りして確認してみるが、特に変わったようなところは見えない。相変わらず嫌になるほどの女顔だ。

「俺の方は……特に変わった所はねぇな」
「? そうかな」

 真琴が犬のように四つん這いになって近づき、ヒョイと光の前髪をかき上げ至近距離からまじまじと覗き込んできた。さっきより、より濃いレモンにも似た真琴の甘い体臭が漂ってくる。

 ──俺の時は恥ずかしがっていたくせに、自分からならいいのか。
 女の子の考えることは未だによく理解できていない光であった。
 そんな光の心情を察しているのかいないのか、真琴はじっと覗き込んでいる。額に添えられた真琴の手がひんやりとして妙に心地よい。
 ──それと胸元がかすかに開いて目の保養、もといやり場に困る。
 ひとしきり観察して納得したのか、真琴は「やっぱり」などと言いながら光から身を離した。

「先輩も変わっているよ」
「? どこが」
「目が赤くなってる」
「え?」

 慌てて目をこすってみるが、別に痛みとかかゆみは感じない。

「あ、目が充血してるとかじゃなくて。瞳の色が血みたいに赤くなってんの」

 そう指摘されて改めて確認すると、なるほど瞳の色がくれないに変化していた。
 確かに光のアバターは瞳の色を紅に設定した覚えがある。なんだか強そうで格好いいと思っているのだが、こうしてみるとなんだが厨二臭い。もっとも『ヴェルランド・サガ』を始めたのが中学1年の時からだったから、らしいと言えばらしいのだが。
 それにしても、と思う。これではまるで自分たちが自分のアバターと融合したみたいではないか。

「真琴。お前のアバター『ラピス』ってエルフで瞳の色青に設定してたよな?」
「うん。先輩のアバター『義経《ヨシツネ》』も確か瞳の色赤だったよね?」

 光は再び眉をしかめ、左人差し指で自分のこめかみをトントンとつついた。

「……なぁ、真琴。今俺、突拍子もない事思ったんだが」
「……奇遇だね。あたしもだよ」
「んじゃ、せーので言ってみるか?」
「うん」

 せーの

「「俺《あたし》達ゲームの中に転移してる!?」」

 そうだよ、と肯定するかのように一陣の風が平原を吹き抜けていった。


 ──この日、一組の男女がヴィクトーニアに召喚されたのだった。
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