【完結】鍛冶屋ロレンスの恋

永倉伊織

文字の大きさ
17 / 32

第17話 侵入

しおりを挟む
ロレンスは闇に紛れて慎重に領主の屋敷の裏庭へと侵入する。

事前にバルドから聞いていた通り、月のない夜の警備は手薄になっているようだ。加えてソニアが上手く睡眠薬で見張りを眠らせたのかもしれない。息を潜め物陰に身を隠しながらロレンスは屋敷の壁沿いに進む。

目的はソニアとの合流地点である裏口だ。

慎重に裏口に近づくと、そこにはソニアがひっそりと待っていた。彼女はロレンスが近づくのを確認すると静かに鍵を開けロレンスを手招きする。

「お待たせしました」

ロレンスは小声でソニアに挨拶をすると、彼女と共に屋敷の中へと足を踏み入れる。屋敷の中は外の静けさとは対照的に微かに人の気配が感じられる。

使用人たちの寝静まった気配、そして警備兵たちの巡回する足音。

ソニアはロレンスを静かに案内しながら、屋敷の構造を説明する。彼女は長年この屋敷で働いているため内部の構造を熟知していた。


「ここから書斎まではいくつかの廊下を通る必要があります。夜間は警備兵が巡回しているので注意が必要です。」


ロレンスはソニアの言葉に頷きながら周囲を警戒する。

壁には豪華な絵画が飾られ、床には高級な絨毯が敷かれている。領主の権力の象徴とも言える光景だが、今のロレンスにとってはただの障害物でしかない。

「書斎の警備は特に厳重です。バルドの話では書斎の前には必ず二人の警備兵が立っているそうです。」


ロレンスはソニアの言葉に少しばかりの緊張を感じる。しかし、覚悟を決めて彼女に尋ねる。


「警備兵はどのように排除しますか?」

「私が彼らに睡眠薬入りの飲み物を差し入れして眠らせます。」

「直接手渡しするのは危険すぎる。他に方法はないのですか?」

「他に方法はありません。これが私ができる唯一のことです。」


ソニアは自らの危険を顧みずロレンスの作戦に協力しようとしている。ロレンスは彼女の勇気に感謝すると共に、彼女を危険な目に遭わせるわけにはいかないと強く心に誓う。

「分かりました。しかし、無理はしないでください。もし危険を感じたらすぐに逃げてください。」

「ありがとう。ロレンスさんも気をつけて。」

二人は互いの安全を祈りながら書斎へと向かう。



ロレンスはソニアと共に静かに廊下を進む。

屋敷の中は予想以上に静まり返っている。空気は張り詰めており、いつ何が起こってもおかしくない緊張感が漂っている。


「ここを、真っ直ぐ進んだ突き当たりが書斎です。右手に警備兵が二人立っているはずです。」

ソニアは小声でそう言うと懐から小さな鏡を取り出した。鏡を巧みに操り廊下の角から書斎の様子を窺う。


「やはり、警備兵が二人立っています。動きはありません。恐らく、持ち場を離れることはないでしょう。」

ロレンスはソニアから鏡を受け取り、自らも書斎の様子を確認する。確かに屈強な体格の警備兵が二人、書斎の前で仁王立ちになっている。

鎧の隙間から覗く眼光は鋭く、容易に近づける雰囲気ではない。

ソニアは覚悟を決めたようにゆっくりと歩き出した。ロレンスは息を潜め、壁に身を寄せながらソニアの行動を見守る。

ソニアが警備兵に近づくと、二人は警戒した様子で彼女に視線を向ける。

「何か用か?」

警備兵の一人が低い声でソニアに尋ねる。

「お二人に飲み物をお持ちしました。夜番でお疲れでしょう。」

ソニアは落ち着いた様子でそう答えると、手に持っていたお盆を警備兵に見せた。お盆の上には二つのグラスが乗っており、中には琥珀色の液体が入っている。


「・・・」


警備兵は警戒した様子でグラスを受け取ろうとしない。

警備兵の様子を見たロレンスは、意を決してソニアの背後から飛び出し警備兵に襲い掛かった。

不意を突かれた警備兵は抵抗する間もなくロレンスの手によって意識を失い床に崩れ落ちた。もう一人の警備兵は事態を飲み込めず呆然と立ち尽くしている。


「何をする!」


我に返った警備兵は怒号と共にロレンスに剣を向ける。しかしロレンスは怯むことなく剣を構え警備兵に立ち向かう。

一対一の戦いが始まった。警備兵は訓練された兵士であり、剣の腕は確かだ。ロレンスはこれまで鍛錬してきた剣術を駆使し必死に抵抗する。

剣戟が激しくぶつかり合い火花が散る。警備兵の攻撃は容赦なくロレンスの体に迫り来る。ロレンスは辛うじてそれを防ぎながら反撃の機会を窺う。

徐々にロレンスは追い詰められていく。警備兵の攻撃は的確でロレンスの防御を容易に打ち破ってくる。体に数カ所の切り傷を負い体力が奪われていく。

このままでは、負けてしまう。ロレンスは焦りを感じながらも諦めずに戦い続ける。

その時ロレンスは警備兵の僅かな隙を見つけた。警備兵が攻撃を仕掛けようとした瞬間、ロレンスはその隙を突き渾身の力を込めて剣を振り抜いた。

剣は上手く鎧の隙間に入り込み、警備兵はその場に崩れ落ちた。

ロレンスは荒い息を吐きながら剣を杖代わりにして立ち上がった。何とか警備兵を倒すことができた。


「大丈夫ですか?」

「ああ、何とかね。それよりも、早く書斎に。」

ロレンスはソニアに促され書斎へと向かう。書斎の中は領主の私物が散乱している。

ロレンスは急いで書斎の中を調べ始める。目的は領主の不正を暴く証拠だ。書類、手紙、日記など、あらゆるものを調べ尽くす。

しかし、なかなか証拠は見つからない。時間は刻々と過ぎていき焦りが募る。

その時、書斎の奥にある隠し部屋を見つけた。隠し部屋の入り口は巧妙に隠されており、注意深く調べなければ見つけることはできなかっただろう。

ロレンスは隠し部屋に足を踏み入れる。隠し部屋の中は薄暗く埃っぽい。そこには数多くの書類が積み上げられていた。

書類を手に取り読み始める。内容は、いわゆる裏帳簿というやつだろう。


「これだ!」

領主の不正を暴く証拠を見つけたロレンスは、書類を手にソニアに合図を送る。

ソニアはロレンスの合図を受け、屋敷から脱出する準備を始める。その時、屋敷の中に怒号が響き渡った。


「侵入者だ! 侵入者を捕らえろ!」


領主が侵入者の存在に気づいたのだ。ロレンスはソニアと共に急いで屋敷からの脱出を試みる。

しかし、屋敷の中は既に警備兵によって厳重に包囲されていた。ロレンスは剣を構え警備兵に立ち向かいながら脱出経路を確保しようとする。

しかし警備兵の数はあまりにも多く、徐々に追い詰められていく。





つづく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...