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⒎ スペアミントの香水

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「し、失礼します……」

 手紙を受け取った、次の日。ステラは再び、闇情報屋フォンスの所へ来ていた。門番に手紙を見せると銀色の蝋の封を見られて、前回とは違う部屋に案内されたのである。

(これで、大丈夫かな……?)

 ステラが気にしているのは、持ってきた書類。手紙には、追加でほしい情報などが書かれていた。
 でも昨日頑張って仕上げたんだし、大丈夫なはず。
 ……そう思い、私は木製のオシャレな扉を開けて部屋の中へ入った。

「待ってましたよ、ステラ嬢。書類はそちらのかごへどうぞ」

 目の前にいるのは、一昨日おととい計画書を読んでくれた人と同じ人。……のはず。確信が持てないのは、明らかに色々と違うからだ。

 まず、髪の色と瞳の色と顔立ち。これは一昨日おとといと同じで、金髪とルビーレッドの瞳と整った顔立ちだ。
 でも、雰囲気が明らかに違う。一昨日おとといは私に対して雑な口調だったのに対して、今日は一応丁寧な口調。
 服装も違う。一昨日おとといは簡潔な作りの変わった形の服だったが、今日は同じ形でも装飾が施されているのだ。

 そして何といっても、部屋が一昨日おとといよりはるかに豪華なのである。天井ではシャンデリアが輝き、壁にはオシャレな絵画がかけられていた。

(すっごく良い香りがする……!)

 何の香りだろう。──爽やかな感じがするから、ミント系かな? 多分、スペアミントの香りだと思うけど。

(なつかしいなぁ……)

 小さい頃、まだいた家庭教師さんに教えてもらっていた。その時はハーブにはまっていて、色んなハーブコスメを一緒に作っていたんだっけ。その影響で、現在フォンテイン家の庭にはたくさんのハーブが植えられている。

「それでは、ステラ嬢。企画書に関する確認なのだが」

 そう言った彼はテーブルにひじをついて手を重ね、その上に顔を乗せている。微笑んではいるものの、目は真剣だ。

「ステラ嬢はフォンテイン伯爵家の次女、ステラ・フォンテイン嬢と同一人物でいいだろうか」
「……っっ」

 かっこいいなーなどと思っていたら、急に落とされた爆弾。──え? 私はステラと書類には書いたけど、貴族だとかは一言も言っていないよね?
 ステラってよくある名前だから、油断してた……っ!

「ど、どうして分かったんですか? 私、貴族だと名乗った覚えなどないんですけど……」

「あぁ、驚かせてしまいすまない。うちで取り扱うお客さんの、身辺調査はかかせないんだ」

 へ、へぇー。まぁたしかに、変な人と契約を結んじゃったら、大変だもんね。

「そ、そうなんですかー。二日で調べあげるだなんて、すごいですね」
「いえ、ステラ嬢は貴族だと丸分かりでしたんで」

 ……へ? 私が、貴族、だって、丸、分か、り?

(ウソでしょ!?)

 何でだろう? 服装はラベンダー城下町で売られていた、ワンピースだったはずなのに。
 ──そう、慌てていると。

「動きや仕草が上品だったから分かっただけで、私じゃないと分からないと思いますよ」

 クスッという笑い声が聞こえて顔をあげると、彼は笑いながら教えてくれた。
 うん、たしかに。動きや仕草だけで貴族か分かる人なんて、普通はいないよね。ていうか、逆にあの一昨日おとといの短時間で分かる彼がすごい思う。

「それでは、貴方はステラ・フォンテインであると認める、ということでいいですよね?」
「……は、はい」

 私がそう答えると、彼は書類をペラペラとめくる。お目当てのページが見つかったのか、そのうち数枚を私に差し出してきた。

「これらの商品を、とりあえず商品化してこちらの商会で売ろうと考えていて。サンプルなどを用意することは可能で?」
「あっ、ちょっと待って下さい」

 そう言って私は、数枚の書類を受け取る。一枚目は砂糖菓子。二枚目は砂糖をまぶしたクッキー。三枚目は砂糖漬けの花を入れた、ジュースについて説明の書かれた書類だ。

「えっと、一枚目と二枚目の砂糖菓子は今持っています。三枚目のジュースは今、お屋敷にあって……」
「おや、今持っているものもあるんですか」

 そう言った彼は、少し驚いた顔をしている。ジュースは重いからって置いてきちゃったけど、持ってくれば良かった……。

「お屋敷に戻ったら、すぐに送りますね。……あ、それとも明日、直接持ってきた方が良いですか?」
「どちらでも構わないが」

 えっ、ちょっと。“どっちでも良い”が一番困るの、知ってます? どっちか選んで下さいよぉ。

「──それじゃあ、明日持ってきますね」

 帰ってから送ってもいいんだけど、多分明日の朝に持ってきた方が早く着くと思うし。

「まずこれが、一枚目のキルシュバウムです」

 私が取り出したのは、東方で有名な桜の形をした砂糖菓子。ピンク色の砂糖をまぶしてあって、個人的には可愛い色に仕上がったと思う。

「──あー、たしかに色は綺麗だな」

 そう言った彼は、キルシュバウムを一つとって口の中に放り込む。彼は唇に砂糖がついたらしく、手で雑に拭った、のだが。

(かっこよ……っ!!)

 この動作は、イケメンがやるとカッコよくなるらしい。うぅ、これを世の女子に見せてあげたいよ……!

「美味しいが、砂糖が多すぎて食感が少し良くないな。生地の色もピンクにして、砂糖は一部にかけるのが良いと思う」
「なるほど……!!」

 このお菓子を他人に食べてもらったのは初めてだから、とても参考になる。自分は特に砂糖が気にならなかったけど、たしかに砂糖だらけなのは良くないかもしれない。

「それじゃあ、こちらのシルバードラジェはどうですか?」

 私がもう一つの容器を取り出すと、彼は二つつまんで食べた。

「こっちは文句なしで、本当に美味しい」
「本当ですか!?」
「あぁ、だからもう三枚もらっても良いか?」
「も、もちろんです……っ」

 容器を差し出すと、彼はペロリと食べてしまった。ちなみにシルバードラジェは、チョコとバニラのボックスクッキーに、アラザンを乗っけたお菓子である。

「あの、とりあえず契約は結ぶってことで良いんですか?」

 クッキーを食べ終えた所で悪いけれど、これだけははっきりさせたくて聞いておく。

「あぁ、もちろんだ」

 そう言った彼のルビーレッドの瞳は、やっぱり宝石みたいに美しかった。



♢ ♤ ♧ ♡ ♢ ♤ ♧ ♡ ♢ ♤ ♧ ♡



 闇情報屋フォンスからの、帰り道。ステラは大事にぺパーグリーン色の小袋を抱えていた。

『それでは、明日シルバードラジェと例のジュースを持ってきますね。今日はありがとうございました』

 小袋は先ほど部屋からこう言って出ようとした時、彼に渡された香水である。ちなみに香りは、部屋で香っていたスペアミントの香りらしい。

『スペアミントの香りって……。今漂っている香りと同じですね!』

 そう言ったら彼は驚いたような表情をした後、“すごいね”と言って笑ってくれた。その時の彼の表情は、今も良く覚えている。

(明日は折角だし、もらった香水をつけて行こうかな……)

 この時のステラは、“香水は男性が付き合っている女性に贈るもの”だと知らなかったのである。






♢ ♤ ♧ ♡ ♢ ♤ ♧ ♡ ♢ ♤ ♧ ♡


最後までお読みいただきありがとうございます!

毎回更新時間が遅れてすみません……。
次回は、次の月曜日の17時半過ぎに更新予定です!
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