人生がクソなのは転生者どものせいだ。~異端審問官、かく語りき~

十文子

文字の大きさ
上 下
17 / 18
第1話 意気地なしのスローライファー

前兆の夜②

しおりを挟む
 ――少し歩きながら話そうぜ。

 ギルドマスターからそう提案された僕は、水差しを片手に町をぐるりと囲む城壁を訪れていた。

 急な階段を登って城壁の上に立つと、ギルドマスターは水差し越しに外を眺めながら言った。

「……修理は、まぁ間に合いそうだな、オイ」

「はい。最初はどうなることかと思いましたが、リリィが頑張ってくれました」

 スタンピードを間近に控え、城壁の修繕は24時間体制で進行していた。岩から石材を切り出す魔法使い、資材を運ぶ冒険者、石を積み上げる職人。いずれもリリィが州都のギルドに依頼してかき集めた者たちだ。

「あとは戦力か。傭兵の話はどうなってんだよ?」

「アルベルトさんのおかげで『聖銀の狩猟団』ミスリル・ワイルドハントが来てくれることになりました」

 ぽこっと金魚の口から泡が漏れる。

「マジかよ!? 金にうるせぇ奴らばっかだってのに、どうやって雇ったってんだ!?」

『聖銀の狩猟団』はモンスター退治を専門にする100人程度の傭兵団だ。団員たちの平均レベルは80を超えていて、ランぺージタイガーにも十分に対処できる戦力を有している。けれど、その雇用費は相応に高額だ。

「2日間だけの雇用なんです。もしスタンピードが起きなくても報酬を払うという条件でなんとか納得してもらいました」

「山を賭けたってか。けどよ、本当にその2日のあいだにスタンピードが起きんのかよ?」

「可能性は高いと思います」

 異端審問官は正体不明ではあったけれど、公正さにこだわる人物だ。そんな彼が「きっかり半年後に町をスタンピードが襲う」と断言したのだから、僕はその通りになると信じている。

 僕は怪訝そうにこっちを見上げているマスターに問いかけた。

「冒険者たちはどうですか? 500人ほどが防衛に参加するとリリィからは聞いていますが」

 流星のジグラッドの記録を何度も確認した結果、ランぺージタイガーの総数は300頭ほど判明している。冒険者たちの平均レベルは虎たちの半分程度だが、500人もそろえば勝機は十分にあるはずだ。

 しかし、マスターからの返事は僕を意気消沈させるものだった。

「実際は300……いや250人くらいの戦力だと思っといた方がいいぜ」

「どういうことですか……!?」

 マスターは通りすがりの若い冒険者たちを胡乱気に見る。

「冒険者の連中の大半はよ、金目当てで依頼を受けてるだけだ。そんな奴らが命張って戦うわけねぇだろ……?」

 マスターの言う通りだ。少しでも戦況が不利になれば、脱兎のごとく逃げ出すのは目に見えている。

「じゃあ、実質的な戦力は、傭兵100人に、冒険者たちが250だけ……」

 350人の平均レベルは50くらいだ。虎たちのレベルはおよそ80で300頭だから――その戦力比は2対3くらいか。厳しい戦いになりそうだけれど、まだ絶望するには早い。

「もちろん、なんか策はあるんだろうな?」

 僕はうなずいて、マスターに聞き返した。

「名もなき英雄たちの敗因は何だと思いますか?」

 マスターは身をよじって胸鰭を口元にあてる。

「――資金不足だ。あいつら、Aランク相当の冒険者だっつーのに、ずいぶんと貧乏そうだったぜ」

 彼らは清廉すぎた。エリスの言うように、城壁の修理代をきちんと要求するようなパーティであれば、結果は違っていただろう。

「僕もそう思います。もう少しお金があれば、こういう物も用意できたはずなのに」

 僕はマジックバッグから小瓶を取り出す。

「それは――ポーションⅡか!?」

 普通のポーションとは違って、即死以外の外傷ならたちどころに治してしまう強力な回復薬だ。 

「やっと生産レベルが8になって量産できるようになりました」

 才能のない僕がここまでたどり着くことができたのは、地下書庫に眠るノウハウと、効率よく薬草を集められる鑑定スキルのおかげだ。

「この町の薬屋も商売あがったりだな、エエ……?」

 そうつぶやくマスターだけれど、驚くのはまだ早い。僕はマジックバッグを叩きながら言う。

「ここにポーションが2300本。ポーションⅡが300本、入っています」

「――はぁ!? なんだその量は! バカじゃねーのか!?」

「全員に配ろうと思ったら、こんな量になってしまいました……」

 こつこつと経験値が溜まってレベルが上がるのが楽しくて、ついやりすぎてしまったのは秘密だ。

「や、やるじゃねぇかよ、『新風の槍』……!」

「ですが、このポーションの出番を作るつもりはありません。僕はひとりの負傷者も出さないつもりです」

「……ど、どうやるってんだよ?」

 僕はマスターに微笑み返すと城壁の凸凹――射線を確保するための鋸壁きょへきに手を乗せた。

「この城壁です。スタンピードへの対策がこんな身近にあったのに、僕は気づかなかった」

 満月に照らされて白く輝くその威容は、この辺境の地には場違いなほどに重厚だ。

 僕はマスターの入った水差しをその上にそっと置いてから続ける。

「この辺りのモンスターは弱くて、町に近づこうともしません。海からも国境線からも離れているから、他国からの侵略を受けることもない。なのに、なんでこんな立派な城壁があるのか不思議でした」

 マスターは頭を下にして、水差しの底越しに城壁を見下ろした。

「――言われてみりゃ確かにそうだな。まぁ、昔はこの辺にもヤベぇモンスターがウロついてたのかもしんねぇ……って想像するくらいだがよ」

 僕は町を見下ろしながら続ける。

「『星落ちる湖』のダンジョンは、休止期と活動期を繰り返しています。いまから400年前や、600年前にも危機はあったはずです」

 尾びれをたなびかせ、ゆっくりと僕へと振り返るマスター。

「この城壁は――昔の連中がスタンピードに備えてガチで作ったもんだってのか……!」

「この城壁の高さは10m。ランぺージタイガーが飛び越えられる高さは最大で8mです。間違いありません」

 この町の人々のうち、他の集落への避難を希望したのはたった2割ほどだった。残りの人々は僕を信じてこの町に残ったのだ。敵の侵入は絶対に許されなかった。

 そしてそのための対策も、もちろん考えてある。

 壁の上に点々と並んだ樽の上に立つと、僕は城壁の外に並んだかがり火へと手を振った。

「こっちに来てくれ!」

 僕が声をかけると、魔法使いの一団を引き連れて作業に当たっていた少女が顔を上げる。僕を見つけるなり、ぱっと花を咲かせるのはロウランだ。

「マルクさん……! もちろん行きますわ!」

 いそいそと梯子を上ってくる彼女を城壁の上に引っ張りあげると、ロウランはボディプレスするような勢いで飛びかかってくる。

「久しぶりですわね……! この私を寂しがらせたこと、万死に値しますわよ!」

 猫のようにぐりぐりとおでこを押し付けてくるロウラン。例の一件があってからこんな調子なので困ってしまう。僕はその頭を撫でながら言った。

「何をしていたかギルドマスターに説明してほしいんだ」

 ギルドマスター? と首をかしげる彼女の前に水差しを掲げると、黒い瞳がすっと細くなった。

「その姿は……『水竜の呪い』ですわね。竜に呪われるだなんて、いったい何をなさったの?」

 マスターは気まずそうにつぶらな視線を反らして答える。

「……べ、別になんだっていいだろ?」

 ロウランはにやりといやらしく笑って、思わせぶりに言う。

「力になれるかもしれませんのに。私の陰陽魔法は陰と陽を司る魔法。陰の極みたる呪いにも造詣が深くてよ?」

 僕もその『水竜の呪い』というものが気になってマスターを見つめると、彼(?)はやがてやれやれと口を開いた。

「……100年くらい前によ、ちょっと火遊びしちまったのが嫁にバレちまったんだわ。そんでよ、二度とイタズラできねぇように、こんなザマにされちまったってわけだ」

「火遊びって……これだから男は……」

 なぜかロウランは僕の方をちらりと見る。ま、まさかリリィに襲われかけたことに感づいていたりは……しないよね?

 僕は咳ばらいをひとつしてマスターにたずねた。

「ひ、100年前って……マスターは何歳なんですか?」

「忘れたわ。400までは数えたけどな。オレは長生きの『竜人種』《ドラコニアン》ってやつでよ。人間で言やぁ、まだ20歳くらいのもんだぜ」

 どうりでその言葉遣いなわけだと納得していると、マスターはそわそわとロウランを見ながら言った。

「んでよ、どうなんだ? 嫁にかけられたこの呪い……なんとかなんのかよ?」

 ロウランは自業自得だと言いたげに肩をすくめた。

「そんな高レベルの呪いを解くことはさすがの私も無理でしてよ。でも、お屋敷の宝物庫になら……何か解呪のための手がかりあるかもしれませんわね」

「ほ、本当かよ!?」

 喜びのあまりくるくると回るギルドマスターだけど、ロウランの視線は冷ややかだ。

「奥さまに許していただくことはできませんの?」

「それができりゃ苦労しねぇ。いまどこにいやがるんだかも知らねーよ……」

 人間臭く、腹を上にしてぷかりと水面に浮かぶマスター。僕はぽりぽりと頬を掻きながら、脱線した話を元に戻す。

「それでロウラン、ギルドマスターにスタンピード対策の――」

 罠の説明を。

 そう言おうとした瞬間だった。

 ――地響きが遠くから聞こえたと思ったら、森に大きな波紋が立った。風……? いや違う、森が地面ごと波打っているのだ……!

「ゆ、揺れるっ……!」

 とっさに水差しを持って、ロウランを引き寄せる。城壁が跳ねるように上下に揺れると、あちこちから人々の悲鳴が上がった。

「崩れるぞぉぉおお!」

 誰かが余裕のない叫びをあげた。修復中の城壁の一部に亀裂が入った直後、がらがらと轟音を立てて崩れてゆく。土煙が爆発的に巻き上がって、僕たちにも小石や砂が雨のように降り注いだ。

 揺れはわずか数秒のことだったけれど、過ぎ去ってみれば町には大きな爪痕が刻まれていた。

 飛び交う悲鳴のひとつに目を向けてみれば、崩れた家からはい出した子供が甲高い鳴き声を上げている。

「――誰か! 誰か! お父さんが下敷きになっているんです……!」

 人々は子供に気の毒そうな目を向けこそすれ、手を差し伸べようとはしない。しかし、それを責められるだろうか。彼らもまた負傷し、誰かに肩を貸しているのだから。

「――ロウラン! 救助に行こう!」

 うなずき合って城壁から飛び降りようとしたとき、若い女の叫び声が辺りに響いた。
 
「う、嘘……! エ、エルザ!?」

 まだ土煙の残る崩落に飛び込もうとする若い冒険者を、人々が無理やり引き留める。

「よせっ……! まだ崩れるかもしれない……!」

「や、やだっ! エルザが中にいるんだよ……! エルザ、 ――エルザっ!」

 突然の惨劇に反乱狂になるしかない女を見ていられず、逃げるように町へと視線を向けたときだった。

 ふと違和感を感じて目を凝らすと、小川から用水路へと水を汲み上げる水車が動いていない。故障かと思ったけれど、そうではない。そのすべてがぴたりと止まっているのだ。
 
 ――まさか水が止まっている……?

 用水路を目でなぞってその上流にたどり着いた途端、僕の口から息が漏れた。町へと流れ込む川の水位がみるみる下がって、今にも途絶えそうになっている。

 脳裏にジグラッドの記録がよぎる。スタンピードの直前、『星落ちる湖』はすっかり干上がっていたはずだ。

 地震の影でひっそりと忍び寄った異変に肌を粟立てていると、ロウランが不安げな顔で僕の袖を強く握る。

「これは予兆……?」

 僕はその言葉にうなずくこともできず、ただ湖がある方角を見つめるだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

器用貧乏の底辺冒険者~俺だけ使える『ステータスボード』で最強になる!~

夢・風魔
ファンタジー
*タイトル少し変更しました。 全ての能力が平均的で、これと言って突出したところもない主人公。 適正職も見つからず、未だに見習いから職業を決められずにいる。 パーティーでは荷物持ち兼、交代要員。 全ての見習い職業の「初期スキル」を使えるがそれだけ。 ある日、新しく発見されたダンジョンにパーティーメンバーと潜るとモンスターハウスに遭遇してパーティー決壊の危機に。 パーティーリーダーの裏切りによって囮にされたロイドは、仲間たちにも見捨てられひとりダンジョン内を必死に逃げ惑う。 突然地面が陥没し、そこでロイドは『ステータスボード』を手に入れた。 ロイドのステータスはオール25。 彼にはユニークスキルが備わっていた。 ステータスが強制的に平均化される、ユニークスキルが……。 ステータスボードを手に入れてからロイドの人生は一変する。 LVUPで付与されるポイントを使ってステータスUP、スキル獲得。 不器用大富豪と蔑まれてきたロイドは、ひとりで前衛後衛支援の全てをこなす 最強の冒険者として称えられるようになる・・・かも? 【過度なざまぁはありませんが、結果的にはそうなる・・みたいな?】

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...