人生がクソなのは転生者どものせいだ。~異端審問官、かく語りき~

十文子

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第1話 意気地なしのスローライファー

草取りのマルク②

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 頭を殴られたような衝撃だった。同じ転移者同士なら、無条件で助けてくれると思っていたのに……!

「な、なんでですかっ!?」

 僕がつい拳を握りしめると、賢者さまは穏やかに首を振る。

「世界は流れる川のようなものです。私が石を投げ込めば、その波紋がどこまで広がるか誰にも分からない」

 詰め寄る僕を前にしても、賢者さまは微動だにしなかった。その落ち着きが、僕の焦りをさらに煽った。

「わからなくはないです。でも石を投げる賢者さまもまた、世界の一部なのでは……?」

 賢者さまは顔を上げて、眼鏡の奥の瞳を冷淡に光らせた。

「世界の一部……か。ふ、どうだか……」

 その呟きに滲んだ凄みに思わず一歩後ろに下がると、賢者さまは何事もなかったかのようにたずねてくる。

「それに――もし、ほかの町で同じようなことが起こっていたら? 私が助けに行かなかったことで、その町が滅んだとしたらどうしますか」

「え……。そ、それは運が悪かったというだけでは」

 賢者さまは鋭く切り返す。

「その理屈が正しいなら、この町もまた運が悪かったということになりませんか」

「あっ……!?」

 彼の言う通りだった。特別扱いを求めることは、他の誰かを切り捨てることになる……!

 言葉を詰まらせている僕を見て、賢者さまはほんの少しだけ表情を和らげた。

「ただし、この考えはあくまで私個人のものです。――この町に住む君が何を選ぶかは、君の自由です」

「ぼ、僕が……選ぶ……?」

「……半年後にまた来ます。君がこの世界で何を選ぶか、その答えを見せてください」

 賢者さまは静かに立ち上がり、黒いローブを揺らしながら足音もなく去っていく。声をかけようとしたが、喉が渇いて息が漏れるだけだった。

 まぶたの裏に、祝福してくれたリリィさんの笑顔や、アルベルトさんの優し気な眼差しが浮かんだ。これからも続くと思っていた、この優しい異世界が……終わる?

 そして、それを知っているのは、この町で僕だけ。僕が何かをしなければ、1年以内にこの町は滅ぶのだ。

 まるで現実感がなかった。『草取り』の僕に何かができるはずもない。

 ついに賢者さまが見えなくなると、僕はへなへなとイチョウの大木にもたれかかってしまった。

 夢なら覚めてほしいと目を強くつむり、また開く。

 ――その瞬間、僕はこの世界が急に変質したような錯覚に陥った。毛布のように温かかった世界が、突然、冷たい現実の刃を突きつけてきたように感じる。

 気楽な異世界生活がずっと続くと思っていたのに、どうしてこんな事態になってしまったのだろう。





 ひとり残された僕は、この先どうするべきか、必死に思い巡らせていた。

この町――アーシュライトを救う方法は2つ。スタンピードに備えて守りを固めるか、住民全員で避難するか。しかし、どちらも僕一人では不可能だった。

 町の人々の協力が必要なのだけれど、どうやって説得すればいいのか……。

『星落ちる湖』の底にあるダンジョンからスタンピードが起こったなんて話は、一度も耳にしたことがない。そんな話を急にしても、誰も信じてはくれないだろう。

 何か証拠を……と考えたとき、ギルドが浮かんだ。

 ギルドの歴史は深い。もし過去のスタンピードが事実なら、何かしらの記録が残っているはずだ。

 閑散としたギルドに駆け込むと、カウンターであくびをしているリリィさんが目に入った。この町のギルドは小規模で、朝夕以外は暇だ。いまならゆっくりと話せる。

「あの、お話が……!」

 僕の様子に気づいたリリィさんは、すぐに奥の個室へと案内してくれた。

「どうしたの。マルクくんも座っていいよ?」

「あ、はい……!」

 ブロンドを耳にかけながらソファに腰掛ける仕草に、つい見惚れてしまっていた。

 リリィさんは髪型から服の着こなしまで実に都会的で、この田舎町に似つかわしくないほどだ。

 僕がこの世界に来る1年ほど前にこの町へ来たらしいけれど、その前は何をしていたんだろう?

「……リリィさんってすごく字が綺麗ですよね。この町に来る前はどんな仕事をしていたんですか?」

 リリィさんはきょとんとした後、半笑いになった。

「もしかして私のことを聞きに来たの?」

「あっ、い、いえ。もちろんほかに聞きたいことはあるんですけれど……」

 意地悪そうに舌を出してみせるリリィさん。

「なーんだ。私に興味があったわけじゃないんだ」

「そ、そういうわけでもなくて……!」

 しどろもどろになる僕。いいように遊ばれている自覚はあったけれど、それに抗う術はなかった。

「ふふっ、嘘だよ、嘘」

 リリィさんは何かを思い出すように目を上げて言った。

「家が商家だったから、読み書きはしっかり教わったの」

「商家って、お店をされていたんですか?」

「そうだよ。装飾品店だった。ネックレスとか、指輪とかを扱ってた」

 僕は豊かな胸元で輝くペンダントに目を留める。シンプルな六芒星のデザインは魔除けのようにも見えた。

 僕の視線に気づいたのか、リリィさんはペンダントを握って困ったような顔をした。けれどそれは一瞬のことで、いつもの柔和な表情で続ける。

「けれど、いろいろあって、私はお店を継がずにギルドに就職したんだ。それで遠くに行ってみようと思って、この町に転勤してきたってわけ」

「そういうことだったんですね……」

 リリィさんは意味ありげな笑みを浮かべて身を乗り出した。

「じゃあ次はマルクくんの番。洗いざらい吐いてもらっちゃおうかな?」

 おっとそう来たか……! 適当なことを言ってもすぐばれそうだし、どうしようかと悩んでいると、リリィさんの手が僕の手を優しく包み込んだ。

「――人生、いろいろあるもんね。いいよ、言いたくなかったらそのままで」

 思わぬ言葉に戸惑っていると、リリィさんの手にきゅっと力が入った。

「私はマルクくんのことを本当に高く評価しているの! だから協力したいと思ってる。なんでも相談してね!」

 そのストレートな言葉に胸がじんわりと温かくなる。この1年間の努力が報われた気がして、僕は涙目になりながら言葉を紡いだ。

 僕が話し終えると、リリィさんは指をあごに当てて考え込み、やがて深くうなずいた。

「200年前のスタンピード……。あり得ない話じゃないけど、私も聞いたことがないよ……」

 予想通りの反応に、僕は準備していた言葉を口にする。

「ギルドの資料を見させてほしいんです。このギルドは200年以上の歴史があります。何か手がかりが残っているはずです」

 リリィさんは申し訳なさそうに目を伏せた。

「私の知る限り、そんな情報はなかったと思う」

 ダメか……。僕が落胆しかけたとき、リリィさんがぽつりと言った。

「――でも、地下書庫になら何かあるかも」

「ほ、本当ですか!? ぜひ僕をそこに……!」

 しかしリリィさんはやんわりと首をふる。

「そうしてあげたいところだけど、地下書庫には私でも入れないの。自由に閲覧できるのはBランク以上の冒険者だけって決まりになっている」

 100人にひとりの冒険者が10年の修行を経て到達するのがBランクだ。僕には到底たどり着けそうにない。

「ほかに方法はありませんか? こう、裏技のような……」

 一縷の可能性にかけてたずねると、リリィさんは困ったように眉を寄せながら言う。

「『緊急時の対応に関する特例』というのがあってね。ある条件を冒険者がクリアすれば、ギルドも全面的な協力ができるようになるんだけど……」

「な、なんだか厳しそうですね。どんな条件なんですか?」

「条件はひとつだけ。町の人々の半分の支持があればいいの。つまり、町のみんながマルクくんの話を信じて、地下書庫の閲覧が必要だと判断すれば、ギルドは協力する義務があるの」

 町の人々を納得させる方法か――そう考えて、自分が同じところをぐるぐる回っていることに気づいた。

 みんなが納得する証拠を探すために地下書庫に行きたいのに……!

 歯がゆさに頭を掻いたとき、ふと自分の中に確かな『根拠』があることに気づく。

「あの――リリィさん」

 僕は覚悟を決めて、リリィさんの青い瞳をまっすぐに見つめた。

「な、なに、改まって? デートのお誘いなら今度の日曜日があいてるけど……」

 この人は何を言っているんだろう。僕は思わず笑ってしまった。でもそのおかげで緊張がほぐれて、真実を話す気持ちになれた。

「僕には『鑑定』のスキルがあるんです」

 リリィさんは目をぱちくりさせ、「えっ!?」と身を引いた。

「た、たしかにそう考えたら、薬草のことも説明がつくけれど……本当に?」

 半信半疑のリリィさんを前に、僕は必死に続けた。

「はい。『星落ちる湖』には、200年前のスタンピードであふれ出たモンスターの骨があります。それを見抜けるのは、僕の鑑定スキルだけなんです……」

「そっか……。マルクくんが本当の事を言っているかはわからないもんね」

 僕は顔をあげて語気を強める。

「町の人々にスキルを使って、僕が知らないはずのことを証明すればどうでしょうか。きっと鑑定スキルが本物だと信じてもらえます」

 いいアイディアだと思ったが、リリィさんは気まずそうに視線をそらし、口ごもった。

「それは……やめた方がいいと思うけど……。ほら、知られたくないこともあると思うし……」

 それでも、それが一番手っ取り早い方法だった。ふと目をやると、リリィさんのペンダントが目に留まった。

「そのペンダントには魔法がエンチャントされていますよね?」

「うん。それがどうかしたの?」

 それならちょうどいい。僕は輝くペンダントに意識を集中しながら言った。

「そのペンダントを鑑定して、効果を当ててみせます。そうすれば、リリィさんも信じてくれますよね」

 その瞬間、リリィさんは驚いたようにネックレスをぎゅっと握りしめた。

「ま、待って……!」

 リリィさんは必死に僕を止めようとしたが、鑑定はすでに終わっていた。

 名前:耐病のお守り
 効果:感染症耐性 +3
 説明:娼婦のために作られたペンダント。さまざまな病気を払う魔法がエンチャントされている。

 ――なんでリリィさんが娼婦用の装備を持ってるんだ!?
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