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10章 理不尽との戦い

10-3 男装の令嬢として帝国へ向かうことにする

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「ところで、本当にオルレア・バーレイとして帝国に入国する?本当にそれでいいのか?」

「俺はいいが、やはりソイファ王太子殿下にとっては何か不都合があるのか」

 意志の確認をするということはそういうことだろう。
 婚約者に扮する者が好き勝手に動かれては困るのはソイファ王太子殿下だ。

「いや、俺にとっては好都合だが、イーティ・ランサスにとっては婚約者とイチャイチャできない状況になるのではないか。俺にとってはざまあみろっていう展開だが、オルトはそれでいいのか」

「まだ婚約者の段階でイチャイチャもないと思うが」

「うちやウィト王国では結婚するまでは婚約者でも手を出すことはない。が、帝国は別だ。あの国では女性は戦勝品であった時代もあるくらいだ。結婚しなくとも手を出すし、結婚するならなおさらだ」

 帝国でも皇帝や皇太子以外がそういった職業以外の女性に手を出した場合、結婚しなければかなりの示談金をふんだくられることになるが。
 どこの国でもそういう行為は結婚が前提である。
 反対にカラダを許した女性側が結婚を拒否した場合、結婚詐欺で訴えられることもある。ただ、そういう生業の女性に結婚詐欺だといくら言っても司法も国も相手にはしない。いくらお金を貢いでいたところで。

「つまり?」

「俺とオルレアは婚約者という立場だから同室ではないが、お前がオルレアとして振舞う限り俺と隣室の上、イーティ・ランサスと二人きりで会うのは難しくなるぞ」

 オルレアはソイファ王太子殿下の婚約者だから、そうなる。
 そのことは俺も普通に理解しているが。

「それはソイファ王太子殿下にとっての悪いことではないのでは」

「だから、俺にとっては好都合だと言ったんだ」

「では、良いということで?」

「お前が良いのなら、特にこれ以上は言わないぞー」

 笑顔ーん。
 これ以上ないほどの笑顔をいただきました。
 忠告はしたぞー、本人に言質は取ったぞーというお顔です。
 ソイファ王太子殿下の言いたいことがわからないでもないが。

 俺は今から戦いの場に行くようなものだ。
 イチャつく時間なんてあるのか?
 行くのはあの国なのだから。

 最強の盾を歓迎していない帝国だ。
 歓迎どころか喧嘩を売ってくる国である。
 取り込めないなら殺してしまえと考える輩ばかりだ。
 腹をくくって行かなければならない。

 味方が多い方がありがたいと思ってしまうのは、恥ずべきことだろうか。
 ソイファ王太子殿下は俺がオルトと知った上で協力してくれているのだから。

「そういやソイファ王太子殿下、ウィト王国への交渉は進んでいるのか」

「うーん、一進一退だね。アレをすぐにどうこうできるとは思ってないよ」

 アレ、と言葉を濁すのは、事情を知らないスレイもいるからであろう。
 スレイなら誰にも言わないだろうが、ソイファ王太子殿下がスレイのことをすぐに信頼できるかどうかは話が別だ。

「一応伝えておくけど、俺と、最強クラスのS級冒険者かS級魔導士が十人くらいいたならアレも何とかできるかもしれないよ。兄上がいなくとも」

「、、、それは国家予算が数年分吹き飛ぶ依頼料になるな。どこからその予算を捻出するかも頭の痛い問題だし、それだけの人数をソイ王国に呼ぶのも至難の業だな」

 確実にソイファ王太子殿下の頭の中では兄だけを動かした方が楽なのではという計算を弾き出している模様だ。
 最強クラスのS級というのはほとんどがどこかの国のお抱えである。ちょっとやそっとの交渉で貸し出してくれるほど甘いものではない。ないのだが。

「他国に恨まれても良いのなら、他にも手があることはあるけど」

「、、、他国に恨まれても、ってところが危険な案だな。今は聞かないでおく」

 聞いてしまえば、甘い誘惑に負けてしまうことがある。
 一国の責任ある立場にある人間が簡単に決断できることでもあるまい。

 それはソイ王国がどうにもならなかったときに聞く、最後の手段、最期の望みとも言えるのか。

「それはそうとして、ソイファ王太子殿下は婚約者が男装の令嬢でいいのか?」

 俺は男装のままのオルレアで行く。
 オルレアは普通にドレスも着るのだが、俺は着ない。

「それは別に良いよ。美し過ぎて他の男の目にとまるのが嫌だからと惚気ておく」

「それはありがとうございます」

「今回は国交がない国同士で非公式なものだからドレスコードはないし、男性の衣装としては満点なのだから皇帝に会うのにも問題はあるまい」

 その件に関して帝国に何も言わせないという強い意志を感じる。
 うんうん、外交というのは強気の姿勢が大切だよね。勉強になるなあ。

 他国の者の民族衣装でも貶したら他国の文化に喧嘩を売っているようなものだ。戦争になりかねない。
 ソイ王国と戦争したいのなら、帝国がやりかねないが。

「、、、ソイファ王太子殿下にはオルが婚約者のオルレアに扮することに何の利益もないようですが?」

 スレイが普段の表情で尋ねたが、その目は何を企んで許しているのか、という考えが含まれてそうだ。

「帝国なんて出会わなければ一番良いのだが、ルイジィが我が国に来てしまったのだからそうも言ってられなさそうだ。まあ、今回の訪問は嫌がらせの一環として、と、それとだな」

 一回ソイファ王太子殿下は言葉を切った。
 スレイも、話に参加しないグジもギルもごくんと唾を飲む。

「この可愛い緑の魔法の盾の御礼だよーーーーっっっ」

 はい、台無し。
 残念な王太子が爆誕。

 緑の魔法の盾も可哀想な子を見る目でソイファ王太子殿下を見ている。目はないけど。
 美味しいお菓子ですでに餌付けされているから文句は言わないが。文句を言う口もないけど。

「それに今回、オルはウィト王国の後ろ盾を得られない。帝国との話し合いはどうしても国が絡む。ならば、ソイ王国が我が義弟となるオルト・バーレイの後ろ盾として動く。それだけのことだ」

 ソファから立ち上がって真面目に言ったソイファ王太子殿下を、尊敬のまなざしで見るソイ王国国民グジとギル。
 さすがは我が国の王太子っ、という視線を送っている。

 スレイの表面上は変わらないが、反応としては少々呆けているというところか。
 、、、ウィト王国の上層部にはいないタイプだからな。

 帝国の皇帝とは別の人心掌握だ。
 彼は貴族にも庶民にも人当たりが良い。それは誰にでもできることではない。そして、それは身分差の大きいソイ王国では至難の業だ。

「オルト、夢幻回廊の一室は後日渡す。帝国に入る前日にでもまた打ち合わせをしよう。ではまた」

 ソイファ王太子殿下が消えると、部屋が馬車の内部に変わった。
 いい義兄だ。血がつながっていないのにも関わらず、いや、血がつながっていないからいい関係なのか?

「ソイファ王太子殿下はオルの味方という見方でいいのか?」

「敵にはならないだろうね。アレに対処できる者が減るのはソイファ王太子殿下にとっても得策ではない」

「俺は戦力にはならないのか?」

 スレイは俺を見た。
 アレが何かも知らずに。

「今は無理かなあ」

 と正直に言うと、スレイはガックリと肩を落とす。

「、、、二、三年後なら可能性はあると思うが、、、兄上が結婚して二人の息子が産まれてしまったら、俺の力も減衰していくはずだ。となると、ソイファ王太子殿下も交渉をそんなに長引かせるのは避けたいところだ」

 実はこの辺りが堂々巡りになりかねない問題点だ。
 兄上が結婚して子供を儲けたら、ウィト王国も国外に出すのも吝かではないだろうが、それでは兄上も最強の剣の力が衰えていくことを示している。
 双子ではない限り、俺より兄上の方が先に力は衰えてしまう。
 そうなってしまったら、力が足りない。
 子供が成長すればするほど、圧倒的に力が足りなくなる。ウィト王国は子供まで国外に出そうとはしないから。


 ソイ王国にとって時間制限のある交渉だ。
 次代の子供たちが成長するまで待つのもリスクが伴う。
 ウィト王国との交渉は、ソイファ王太子殿下の腕の見せどころだろう。
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