上 下
183 / 207
9章 理想と現実と、嫌がらせ

9-21 日は昇る ◆キュジオ視点◆

しおりを挟む
◆キュジオ視点◆

 デント王国の王城を彷徨う。
 断じて迷子になっているわけではない。

 実はデント王国の王城は、テオシント王国の王城が土台になっている部分がある。
 大部分は壊され、潰されたテオシントの城だが、デント王国の者には崩せない部分があった。
 王城に眠るテオシント王国の地下部分は、デント王国の者には絶対不可侵。負の遺産を隠すために、デント王国はその上に立派な城を造ったとも言える。

 長年使えない場所は忘れられた空間になった。
 今や、デント王国の王族にさえ忘れ去られた存在である。
 王女でさえ、そんな場所ありましたか?という反応だった。

 来てみたら、思っていた以上に広かったが。
 オルトの魔法の盾に導かれ、いや、適当な道案内のために広大な建物内をウロウロするハメになっている。
 赤い魔法の盾は方向はわかるようだが、道順がわからない。行き止まりで通路を戻ることもしばしば。
 
 わかりにくい出入口にはテオシントの人間しか入れないような結界が張られているようだが、厳重も厳重で、中に入っても部外者が目的地に辿り着けないよう迷路になっている。
 最強の盾や最強の剣なら、この赤い魔法の盾の案内でも強固で分厚い壁を打ち抜いて直線で進んでいくのだろうが、案内を受けているのはこの俺だ。
 常識人の範疇である俺に、そんな芸当できるわけがない。




 今、何時だ、と思うほどの長い時間をかけて、目的地に辿り着く。
 途中で何度も休憩を入れてようやくだ。
 別に金銀財宝が眠る宝物庫が残っているというわけでもない。

 あるのは、ただ広いだけの空間。
 そして、一番奥に一段高くなったところに存在する玉座とわかる立派な椅子。
 ここがテオシント王国の者だけが入れる玉座の間。
 表向きの玉座の間は王城の地上部分にもあったらしいが、この玉座の間はテオシント王国の正式な儀式のときだけに使われるものだったらしい。

 赤い魔法の盾が勧めたため、その玉座に座る。
 椅子に座って、自分がどれだけ疲れていたかを自覚する。
 控室で食事をしておいて良かった。
 そうでなければ、こんな長い時間歩いていられなかった。

 ふと思い出す。
 ソニア嬢ことリーフ王女は無事だろうか。
 女王に殺されていないだろうか。

 彼女は彼女の信念でこの国に戻ったのだから、俺に女王から守ってもらおうとは露ほども思っていないだろう。
 そもそも、デント王国の女王の方が強いようだし。
 俺が戦うよりオルトが来ることを願っていた方が、まだ現実味があるくらいだ。


 数分もしない内に違和感に気づいた。
 暗い空間。
 暗闇に目が慣れているとは言っても、人の目では限界がある。
 火を灯す台はあるようなのだが。

 チラリと隅の方に視線をやると。
 赤い魔法の盾がピョンピョンと跳ねて、明かりを灯し始めた。
 俺は玉座に座ったままだったが、広場に黒い影が蹲っているように見える。黒い塊が増えていっているように見える。
 俺が来たときには何もなかったはずの空間だ。

 赤い魔法の盾が広い部屋を一周まわりながら台に火を入れていき、最後に玉座の横の台に火をつける。

 彼らは臣下の礼を俺に向かってしている。
 火が仄かに周りを照らしても、ここは地下。薄暗くて姿ははっきりとは見えないが、少し離れたところから徐々に増えていく。

 王族の末裔。
 おそらくテオシント王国が残っていたとしたら、国王にはなりえない傍系も傍系だろう。
 本来なら大昔に臣下へと下り、王族の血を引いていることすら忘れ去られていそうな。
 それでも、テオシント王国の王族の生き残りがこの玉座に座っている。それこそが彼らにとっては重要なのだろう。

 この玉座の間にあるのは、ただただ沈黙。
 俺が動くときの音しか聞こえない。
 赤い魔法の盾も俺の襟に戻り、スヤスヤと寝息をたて、、、たてるな、起きろ。

 俺が玉座に座って二、三時間は過ぎただろうか。
 この玉座の間は満員御礼、黒い塊の密集地になっていた。
 もうそろそろ日が昇ってもいいくらいの時間になったのではないだろうか。
 そう考えていると。


 一筋の光が、後ろから射し込んできた。


 あ。
 朝日が昇るのか。
 この建物は日の光が地下にあるこの玉座の間に入るように設計されているようだ。
 玉座にいる国王から、後光が差しているように皆には見えるのだろう。

 それは玉座を見ている者たちには非常に神秘的に映るのかもしれない。

 臣下の礼を取っていた者たちが、顔を上げて泣いている。
 このとき、俺にもハッキリと彼らの姿が見えた。

 俺は玉座から立ち上がる。

「テオシントの民たちよ。長い間ご苦労であった」

 啜り泣く声、嗚咽が聞こえた。
 そして、二人の影が扉からゆっくりと歩いてきた。
 一人は俺のように赤い髪の初老の男性、寄り添うは同じくらいの年齢の上品な女性。
 おそらく服装からすると。

「私はテオシント王国の最後の国王だ。我々を見送るために来てくれて礼を言う」

 生前の姿だろう。
 国王として堂々としたふさわしい姿で玉座の前まで歩いてきた。

 俺は玉座を譲ろうとした。
 彼がここにいる皆を先導した方が良い。

 だが、首を小さく横に振られた。

「もうテオシント王国は存在しない。だが、どんな形でも血が続いていることを嬉しく思う。其方らに惜しみない祝福を」

「祝福を」

 後ろにいる者たちも国王に言葉を続けた。
 大きな声が部屋に響くと、辺りが眩い光で満ちる。

 非常に眩しいが、俺は背筋を伸ばした後、彼らに向かって姿勢正しく深い礼を静かにする。

 数分後にはこの空間から光が去った。
 先程までいた人影が嘘のように消え去った。

 まるで、最初から誰もいなかったかのように。




「さて、戻るか」

 独り言のように赤い魔法の盾に言う。
 コレで俺がこの国でやるべきことはすべて終わった。

 赤い魔剣はテオシント王国の象徴。国王が所持していた魔剣。
 俺の手元に来たのは、偶然だったのか。それとも。

 玉座の背面に小さく刺繍された赤い魔剣が描かれている国章が目に入る。
 行きと同じく、帰りも時間がかかると思いきや、建物から自動で排出されたかのように十分もしない内にデント王国の王城の敷地に戻った。
 入りにくく、出やすい構造なのか。

 外は明るい。
 目を細める。
 一睡もしていない。
 このまま寝てしまいたい。

 王城は広い。
 どこかの部屋でこっそり寝ていてもバレないのではないかとも考える。
 それもまた見つかったら面倒なので、王城を抜け出し、宿でも取った方が良い。

「スレイと合流できるか?」

 女王と会わなければ、俺はこのままこの国から逃げ出すことは可能だ。
 ソニア嬢は、、、幸運を祈ろう。


 と思っていたら。


「フリント女王陛下っ」

 大きな声で女王を呼ぶ声が聞こえる。
 ヤバイ。この城で一番会ってはいけない人物だ。

 建物の影から覗くと、わらわらと人がいる。
 衣装からすると昨日の舞踏会の豪華さでいる者たちと警備やら使用人やらが大勢いる。

 空からやってきた女王はフラフラと地面に降り立つ。
 一晩中走り回っていたのか、魔力が乏しいのは見て取れる。
 今ならば、と思う者も少なくないのでは?

 ストレートの長い髪が俺よりも鮮やかな赤に見える。

「フリントっ」

「お姉様っ」

 あ、ソニア嬢、ご無事で何より。
 あの姿ならリーフ王女でいいのか。リーフ王女の顔にも疲労の色が見える。
 ここにいる者たちも一晩中何かしていたのか。

「出迎えてくれるなんて思ってもみなかったわ。でも、そうね」

 彼女は微笑んだが、何もかも諦めたような目をした。

「一晩中飛び続けて、私の魔力はカラカラよ。今なら私を倒せるわよ」

「お姉様っ、お疲れ様ですっ。今日はもう食事をとってお風呂に入って休みましょう」

「そうだ、話は後だ。一晩中話を聞いて疲れたよ。私も若くないから、宴は夜からにしよう」

「そうですね、叔父様っ。いま宴を開いても寝てしまいますっ」

 女王の言葉なんてまるで聞いていなかったかのように、二人は言葉を重ねてしまった。
 ホップ公爵の提案に、リーフ王女だけでなくその場にいた他の者も頷いて同意した。

「王城で勤務している者は最低限動ける者は動いてもらうが、一晩中稼働していた者は順次休憩をとってくれ」

 ホップ公爵は疲れていると言うが、テキパキと指示を始めた。
 女王の疲労の方が色濃く見えるからだ。
 髪の毛はボサボサ、衣装も少々乱れている。
 それでも、気高い印象は残っているが。

 アレが血のつながった妹なのかと感慨深く思ったが、話しかけないでこの場から消えることにする。
 それが一番良い。
 後ろを向いて立ち去ろうとした。

「あっ、キュジオ隊長ーっ、ご無事でしたかーっ」

 ソニアーーーーっ、大声で呼ぶなーーーーっ。
 お前、寝不足で頭が死んでるだろっ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件

雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。 主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。 その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。 リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。 個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。 ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。 リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。 だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。 その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。 数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。 ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。 だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。 次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。 ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。 ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。 後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。 彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。 一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。 ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。 そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。 ※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。 ※現在、改稿したものを順次投稿中です。  詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

処理中です...