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9章 理想と現実と、嫌がらせ

9-15 嫌がらせ、我が人生1

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「自分の思い通りに行動できるって嬉しいなー」

 命令に従わなくて良い。
 それがどんなに素晴らしいことか。
 早く行動すれば良かった。
 とはいえイーティと出会わなければ、今でもウィト王国で飼い続けられていた人生だっただろう。
 自分が我慢すればいいだけだったのだから。我慢できていたのだから。

 バーレイ侯爵の命令に従わなければ殴る蹴る吹っ飛ばされる時代は終わりを告げた。
 兄上が侯爵を継いでも、生半可なことでは国外には出られまい。

 風が自由だ。
 俺も自由だ。

「に、兄ちゃん、こんな時計塔の屋根に登ってどうする気だ」

「、、、いや、頭領、ついて来なくてもいいって言ったのに」

 振り返ると、息も切れ切れのグジが時計塔先端にしがみついている。
 風はそこまで強くないのだけど。俺のつけ毛が真横になびいているくらいのものだ。
 残念ながら、グジ以外は途中で脱落した。
 グジにも危険だから、無理しなくて良いよと言ったのに。
 ギルとルイジィは最初から一階で待っている。
 ギルはご飯を作るため、ルイジィは最上階というか屋根の上まで行く体力がないと言って待機した。
 ルイジィは何の目的があって残ったのか、はてさて?

「夜、上から見ると壮観だな」

「夜景を見に来たのか?」

「いいや、」

 高い時計塔があるのは、王城前の広場である。
 ここから王城がよく見える。
 王都の中心部とはいえ、現在は照明を抑えているので、素晴らしい夜景とまでは言えないだろう。

 城壁があっても、意外と危険な配置だ。
 完全に攻撃範囲内である。
 時計塔から狙われたらどうするのか。
 屋根の上から舞踏会会場の広場も視界に入れられてしまう。
 この国がそれだけ平和だということか。
 それとも、この配置にしなければならなかったのか。

 そう、この国は王城ではなく、この時計塔を中心にしている。
 だから、それを見守る王城が必要だった。
 王城が重要なのではない。

「さて、頭領、なぜこの国の女王が国民を粛清と言いながら、殺しているかわかるか?」

「頭がイカレやがったのか」

「それを言うなら、ここがまだテオシント王国だったときに侵略者たちの方がイカレていたからと言った方が正しいか」

「デント王国の奴らが?」

「侵略者たちはテオシント王国の者たちを皆殺しにした。ウィト王国に逃げ延びた者を除いて」

「女子供もか。胸糞わりぃ奴らだな」

「ああ、降参した者もすべて殺害した。当時、元々彼らがいた土地に不作に災害が重なった。テオシント王国から全てを奪っても足りないくらいに。穀物も家畜もテオシントの民が残っていたらさらに足りなくなっていたからだ。だからこそ、これから作るデント王国の繁栄のために、テオシントの民を生贄にした」

「生贄、、、魔法か?国家繁栄とかの魔法があるのか」

「国家繁栄という漠然とした魔法は存在しないが、それを創れると思い込んだのがデント王国だ」

「兄ちゃんがここに登ったのは、その魔法がここにあるからか」

「ああ、ここが中心だ。収穫物増加とか、商売繁盛とか、天候良好とか、ある程度具体的にしないと、魔法というのはなかなか難しい。国家繁栄というのはどういうものか国や個人でも認識が異なるし、それに生贄にしたのが惨殺されたテオシントの民だ」

 魔法の目的は明確に。
 国家繁栄というのは漠然とし過ぎる。
 そして、魔法の発動のために生贄にしたのは、デント王国を恨むテオシントの民だ。
 数人の人柱ならともかく、人の感情というのは制御が難しい。
 デント王国の繁栄なんてまったく望んでいない大勢の人たちを、デント王国の繁栄のための魔法に組み込むのだ。

 無理難題に決まっているのに。
 当時の彼らはテオシントのすべてを奪っておきながら、殺すだけのテオシントの民も有効活用できると考えてしまった。
 命どころか、魂までも半永久的に束縛して。

「一国の悪感情を制御できる優れた魔導士などデント王国にはいない。亡霊となってしまった者をどうすることもできずに、この国に縛り続け緩慢に衰退している」

「国家繁栄の魔法なんかかけたがゆえに衰退しているのか?」

「過ぎたる魔法は制御できない。そもそも、テオシント王国がなぜウィト王国の独立を嫌々ながらも簡単に認めたと思う?ウィト王国の国土は狭いし、あそこはテオシント王国の中でも使い道のない荒れ果てた土地だったからだ」

「、、、は?だって、今はウィト王国は豊かな土地で知られているじゃないか」

「実際、ウィト王国の土壌等の事情は当時と変わっていない。テオシント王国は本来もっと豊かな土壌を持っていた。だが、アホな魔法を発動させてしまったために、土壌は痩せてきた。そして、人の心もまた荒れ、貴族たちだけでなくこの国は腐敗の温床となってしまった」

 女王が粛清する理由はこの国にはしっかり存在しているのだ。
 フタを開ければ腐臭だ。
 誰もが隠していたが、明るみに出ればどれもこれも死刑は免れないものだ、この国では。
 王族を騙していたということになるのだから。
 王制の国は些細なものでも王族に対しての罪は重くなる傾向にある。

 今のところ、女王の行動はこの国の法に許される範囲内である。

「亡霊ねえ。今もこの土地に縛られ続けているのか?」

「ああ、そこらじゅうにいるぞ。何せ魔法陣で縛っているから成仏もできずに恨みを撒き散らしている」

 グジは先端にしがみついたまま辺りを見回す。
 顔色が先程より青いぞ。
 この屋根の上という足場が悪い状況より怖いのか。

「まさか、この屋根の上にはいないだろ」

「、、、いないと思っていた方が幸せなら、そう思っていた方が良いぞ」

「兄ちゃんの優しさが辛いっ。いるんだなっ」

「人がいるところには必ずウロウロしているぞ。ある一定以上の魔力量がある者は見える、、、いや、それと、テオシント王国の血が入っていない者には見えないのか」

 ウィト王国も元々テオシント王国の者たちである。
 バーレイ家もつながっている。

「おっ、ということは、俺には見えないということか」

 グジ、笑顔になるのはまだ早いぞ。

「、、、俺が頭領に嫌がらせをしたら、見せることはできる」

「その黒い笑顔も素敵だが、嫌がらせもされてみたいが、遠慮する」

 何、その表現。
 嫌がらせもされてみたいの?

「に、兄ちゃん、博識だな。歴史に詳しいんだな」

「いや、俺じゃない」

 俺はグジには何も見えない空間を見る。
 知っていることは俺にもあったが、知識は彼らが話し続けている。

「話を逸らすの失敗したっ」

 亡霊から話を逸らしたかったのか。
 グジは意外と怖がりなのかもしれないなあ。

「この国に入ってからずっと話続けているぞ。恨みや嘆きや悲しみを訴えても無視されたのなら、接触方法を変える知能は残っているようだ」

「俺はアンデッド系は苦手なんだっ」

「拳だけでは殴れないが、魔力を纏った拳なら亡霊にも届くぞ」

 物理的な攻撃が効かないから苦手な者は多いが、対処方法はいくらでもある。
 この世界の彼らは殴ろうと思えば殴れる。
 拳に魔力をほんのちょっと集中させたら、亡霊がほんの少し距離を置いた。

「見えないなら、届かなくてもいいっ」

「その考えはちょっと危険だぞ。この国の亡霊たちは俺たちに攻撃してこないが、他のところでは見えないのを利用して攻撃を仕掛けて来るからな。物理攻撃ならまだしも精神攻撃もあり得るからな。今のうちに見るのを慣れておくか?」

 俺はグジの方へジリジリと近づく。
 グジの顔が強張る。

「に、兄ちゃん?」

 俺は自分の親指を噛む。
 血が滲む。

「女王が飛んで来るまで時間があるから、頭領は少し慣れておこうか」

 グジの顔が歪んだ。

「兄ちゃん、ちょっと待て」

 俺はグジの口に血の滲んだ俺の親指を突っ込んだ。
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