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9章 理想と現実と、嫌がらせ

9-8 王国の復讐譚 ◆フリント視点◆

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◆フリント視点◆

 助けてくれ。
 救ってくれ。

 神がこの身を見捨てるのなら。
 この苦しみを、この憎しみを、この絶望を奴らに自らの手で返そう。

 奴らに報復を。
 奴らを血祭りにあげろ。
 皆殺しにしろ。

 我々が受けた屈辱を、ようやく返せるときが来た。




 恨み辛みを残した亡霊が私の周囲で騒いでいる。
 嘆き悲しみの声が私に届けられていたのは私が物心つく前だ。

 その言葉の意味も、感情も何も知らない頃から彼らは私の周りで嘆いていた。
 亡霊の嘆きが私に対する子守歌。
 しかも、周囲にいる誰も気づかない。
 両親やこちら側の乳母でさえ。

 ただし、彼らは私たちに危害を与えない。
 恨みを喚き散らしているだけだ。

 私だけがおかしいと気づいたのは、意外と早かった。

 私以外の誰も、彼らに耳を貸さない。視線を向けない。
 彼らをいないように扱う。

 幼い頃に乳母に聞いた。
 声が聞こえない?と。
 乳母は、私には何も聞こえませんでしたけど、風の音ですかねー?と優しく答えてくれた。
 何も聞こえない?
 こんなにも騒がしいのに?
 ずうっと私たちのまわりで彼らが話し続けているではないか。


 彼らが口に出しているのは恨み辛みだけではない。
 会話をしてくる者もいる。
 彼らは私に教えてくれた。
 デント王国がこの土地に住まう者の命を根こそぎ奪ったことを。
 自分の心情を曲げてまで、家族や愛すべき者のためにウィト王国に逃げ延びた者以外はすべて。

 私に両親からの教育係がついたときにデント王国の歴史も学んだ。
 彼らは虐殺、皆殺しの歴史は一切話さない。
 彼らはそのことについて一切教育されていないし、彼らにとっては忘れられた過去なのだ。

 彼らにとっては昔の話だ。
 けれど、降伏までした者の命を奪うのは蛮族がすることだ。
 最下級の平民であったり、せめて奴隷にする。
 軍人や騎士、反抗した者等ならともかく、従う意志を見せた一般市民さえ殺すのは、あの帝国でさえあり得ない。

 最下級の境遇を受け入れる労働力になるのだから。




 鏡に映るのはストレートの長い黒髪。
 腰より長い。

 本当の私の髪色は、赤だ。
 滅びたテオシント王国の王族が鮮やかな赤だったそうだ。
 けれど、この国の本当の第一王女が黒髪だった。
 だから、私も魔法で黒髪になった。
 私が赤い髪に戻れるのは、デント王国の民がこの国からいなくなったときだろう。
 私は最初から身代わり人生だ。
 本物の第一王女はすでにこの世にいない。
 彼女がこの国の最初の生贄だ。

 これは私の意志には関係なく進む復讐譚。
 長い長い歴史の末、ようやく彼らの想いが実を結ぶ。

 お前らが先に喧嘩を売ったのだから。

 殴ったのなら、殴り返される覚悟はあるのだろう?
 デント王国の皆様。

 お前らはテオシント王国の民の犠牲でこの地に立っているのだから。




「、、、明日なのに、ベルはまだ帰って来ないのねえ」

 ため息を吐く。
 王城の我が寝室。
 恐怖に縛られた使用人たちが王城で働いている。
 働きに忠実な者は最後でいい。

 国外に逃げるなら追わない。
 ウィト王国に逃げ延びたテオシント王国の民は追わなかったという、悲しいかな、デント王国が見せた微かな良心。

 良心なんかではない、のはすでに知っている。

 彼らもまた追いかけて殺そうとした。
 ただ、あの当時のウィト王国の最強の盾と最強の剣に敵わなかったのだ。
 どんなに戦いを挑んでも。
 デント王国はウィト王国さえも支配下に、というよりもウィト王国の国民も皆殺しにしようとしていた。
 そのせいで不可能なことを痛いほど思い知る。

 圧倒的な強さに、多額の賠償金と不可侵の条約を結ばされた。
 今後、デント王国はウィト王国に戦いを挑むようなことがあれば叩き潰す、そのことに文句を言わない、要約するとこのような条約だ。
 ウィト王国は他国がちょっかいを出してこなければ何もしない。
 が、攻めて来た場合は、別だ。
 軍や騎士団が壊滅的な状態になって、ようやく他国は売ってはいけない喧嘩をウィト王国に売ったことに気づき停戦する。
 停戦ですら多額の賠償金が必要になる。
 そうしなければ、軍どころか、その国全土が焼け野原と化すから。

 ウィト王国は小国だ。
 バーレイ侯爵家の最強の盾と最強の剣、その実力を知らない者は舐める。
 たかが二人の魔導士に何ができるのかと。

 実はテオシントの民も、元々はバーレイ家を馬鹿にしていた。
 力は強いが世渡りが上手くない一族と。
 ウィト王国として独立した王弟の一族が、その価値を見出し、最強の剣と最強の盾の名を与えた。
 本来なら、国王になりかねない絶対なる力を持つ一族を国の柱に持って来るのは危険極まりない。
 だからこそ、テオシントの王族はバーレイ家を軽んじていたのだ。

 けれど、ウィト王国は彼らを最強の剣、最強の盾として重んじた。

 もし、彼らがテオシント王国の臣下として存在していたら、テオシント王国はいまだに健在だっただろうか?
 おそらくそれは否だ。
 テオシント王国ではバーレイ家は国を守る権力を持っていない。
 一兵士としての権限しかなければ、誰が一人で国を守ろうとするだろうか。
 その報酬も、称賛も与えないのに。
 ウィト王国はそれらを用意した。

 長き歴史に渡って、最強の盾と最強の剣に守られ、ウィト王国は平和一色。
 平和ボケしたがために、今代の国王が馬鹿をした。
 最強の盾が国外に出てきてしまった。

 それでも、最強の盾にテオシント王国の民の踏み躙られた気持ちはわからない。
 私が虐げられてきた最強の盾の気持ちがわからないように。

 迎えに行かなくても舞踏会の日には王城に来ると言ったのに、ベルはわざわざ迎えに行った。
 あの返り血をつけたままの白い馬車で。
 しかも、私が乗らないと空飛ぶ馬車にならない。ベルでは飛ばせないのに。
 まあ、ベルは私に舞踏会まではおとなしくしておけと言いたかったのだろう。
 久々に妹と会うのだから。

 あの妹は私を恨むだろう。
 血のつながりもない私を姉だと慕い、お姉様のような魔法を使いたいと目を輝かせながら私に言ったあの子は。
 それでも、デント王国中にいる亡霊を浄化させるためには、デント王国にいる国民を一人残らず葬らないといけない。
 それはあの子も、叔父も対象である。

 育ててくれた両親を、私の手で殺さなくて済んだのだけが救いだ。
 あの帝国のバカ皇子がバカをしてくれて、私はどれだけ助かったことか。
 妹も叔父も私が手を下さないで済むのなら、どれだけ良かったか。

 それはテオシント王国の者たちが許さない。
 彼らは大虐殺を命令したデント王国の王族なのだから。

「フリント様、舞踏会の準備は滞りなく進んでおります。リーフ様も王都に近づいてきております。明日の夕刻には間に合うかと」

「そう、良かったわ」

 報告をした侍女の表情は、王女である妹がどうにかしてくれないかという期待と、王城には来ず彼女だけでもどうにか逃げて生き延びてほしいという想いがあるようだ。

 妹はごくごく普通な魔法の腕前しか持たない。
 私とは比べものにならない。
 どう対抗するというのだ。

 妹がデント王国に連れて来たのは、第三王子の親衛隊隊長と、騎士団団長の息子である。
 能力は高いが、二人合わせても最強の盾ほどではない。
 それに、彼らは妹と恋仲でもなければ、友人ですらないのだ。
 妹とは最強の盾の方が仲が良かったのではないかと思えるほどだ。
 彼らは馬車の中でも今回の対応方法を話し合っている。

 魔物と対峙すれば、馬車は御者が走らせたまま隊長が始末している。
 そういう姿を見れば、格好良いと惚れたりしないのか、我が妹よ。
 妹には恋愛感情というのが欠落している気がする。
 ウィト王国とは違い、跡継ぎではない王族ならば他国の王族や貴族に嫁ぐことが当たり前、政略結婚は当然の我が国では、恋愛感情など抱かない方が幸せだとは思うが。


 最強の盾が妹を守って、悪しき女王を倒す。
 妹は最強の盾と結ばれて、デント王国を末永く平和に治めました、めでたしめでたし。
 それが物語の結末としてふさわしいのに。

 最強の盾も、妹も、お互い惚れることもない。

 恩もない赤の他人なのに、お前ら何でわざわざ罠だと思う危険な舞踏会まで妹につきあうんだよ、と私は思うのだが。
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