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8章 頼り切った者たち

8-21 その支えを失ったとき

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「あのテイン公爵は俺を笑い死させる気か」

 ひとしきり笑った後、ギルが水を出してくれたので、それを飲んで一息ついた。
 すでにテイン公爵一行は宿を出た後だ。

「S級問題児で昨日笑ったと思ったら、脳筋団長か。テイン公爵も人材に恵まれていないようだな」

「わかりやすいあだ名だが、俺たちがそのマリンと戦ったら、さすがにS級冒険者だから実力的には負けそうか?」

 グジが俺に尋ねて来る。同じ冒険者なら気になるところか。
 ギルはともかく他は誰もそのS級問題児と会っていないのだから。

 ルイジィがテイン公爵が持って来たお菓子を取り分ける。
 三枚の魔法の盾がフォークを持ってテーブルで行儀よく待っている。
 ケーキを数多く持って来てもらって良かったな。
 朝食後とチェックアウトの間のゆったりとした時間に彼らは訪問してきた。
 急がない旅なので、王都出発はチェックアウト後、王都のどこかで昼食をとってからでいい。

「確かに一人では無理だけど、グジはA級冒険者だし、あとB級、C級数人がいれば確実に勝てるんじゃないか。S級と言っても実力は下だし、アレなら単独で勝てるA級冒険者もいるんじゃないかな」

 通常はS級とA級には恐ろしいほどの壁が存在していると言われている。
 A級とB級の間はそこまでの実力差はないが。
 それを打ち破る存在がマリン・フィールド。テイン公爵家が頑張ったんだな。

「そうか、俺たちも頑張らないと」

 ルイジィが紅茶とケーキを出してくれた。

「これ、高いだろ」

「そうですね。この王都の繁華街で大行列に並ばないと手に入らないという逸品ですよ。個数限定というのもその人気に拍車をかけているらしいです」

「個数限定?」

 こんなに大量のケーキが?
 皆も食べ始めている。
 好みも考えられて数種類あるが、どれも綺麗に美しくデコレーションされている。
 そして、味も美味しいので人気があるのだろう。

 長持ちしないし、持ち歩くわけにもいかないので、魔法の盾も喜んで食べている。
 全長約五センチの魔法の盾が器用にフォークを使って食べている。ケーキのほうが確実にサイズが大きい。

「もちろん優先の貴族枠があります。そして、テイン公爵は公爵ですので、王族が買いに来なければ一番優先されるべき人物です」

「それは良かったのか?」

「貴族が数を取れば取るほど、平民枠が減るというシステムなのですけどね」

「しわ寄せが庶民に、、、」

「種類が多く、数をそれなりに作る店なので大丈夫でしょう。そこまで安い物ではございませんので、大多数のお客様はそこまでの数を購入していきませんから」

 受け取ってしまった物を返すわけにもいかない。
 というか、生ものは購入後、返品不可だ。他の客に出すわけにもいかないから、返品されても困るだろう。
 美味しいし、小さいサイズなのでこの人数なら問題なく消費される。

「うん、上品な甘さだ。ルイジィも食べたらどうだ?」

「そうですねえ、オルト様に勧められたら食べないわけにはいきませんね」

「S級問題児はマトモなS級冒険者になると思うか?」

「マトモ、の定義がどのようなものかが私にはわかりかねますが、楔を刺されることになるでしょう」

「枷をはめるの間違いなんじゃないか?」

「どちらにしても聞き分けのない子には魔道具をつけるくらいの処置をするでしょう、公爵という高位貴族ならば」

 首輪かな?
 彼には首輪が似合いそうだな。

「兄ちゃん、北東には街道を通らないで行くんだろ」

「ああ、魔物と盗賊を狩りながら進んでいく。王太子が露天風呂作りの依頼で前金も払ってくれたけど、ところどころに街はあるのだから、買い取ってもらいながら進もう」

「また、西の街みたいな段々な風呂を作るのか?」

「、、、それが一か所はまわりに巨大な石がなさそうだから、魔法の盾に岩を集めておいてもらおうと思って」

 三枚の魔法の盾が、えーっ、と非難の顔を向けている。

「美味しいもの食べた後は、仕事しような」

 しっかたねえなあと、のそのそと動き出す魔法の盾。

「素直ですなあ」

「俺の魔力だしね」

 含みのある笑顔で頷くな、ルイジィ。




「忘れ物はないよな」

 グジたちも宿の部屋で最終的な確認をしている。
 俺も忘れ物はなさそうだ。

 と思った瞬間、顔にビタンと貼りつく者が。

「、、、どうした」

 ケーキを食べて出ていった魔法の盾が戻ってきた、わけではなく、急ぎの知らせだ。
 俺の場合は別にメモがなくても意志疎通ができる。

「兄ちゃん、どうしたんだ?」

「、、、この魔法の盾が言うところによると、ソイファ王太子殿下が刺されたらしい」

「女にか?」

 グジが俺を見ている。
 男女関係のもつれと見ているのか。鋭いな。

 魔法の盾が両手をビチビチ振っている。

「王太子の婚約者らしい」

「おお、修羅場か」

「モテる男は辛いなあ」

「王太子でも刺されるのかあ。護衛は何をしていたんだ」

 コイツらは俺の双子の妹オルレアが側室としてソイファ王太子殿下の元に行っていることを知っている。

「確かに修羅場は修羅場なようだが、忘れ物がないようなら俺たちも出発するか」

 さらっと言ったら、皆の動きがとまった。

「え?魔法の盾は兄ちゃんを呼びに来たんじゃねえの?」

「ソイファ王太子殿下の無事を確認しなくていいのか?」

「何ならちょっと行って来たって良いんだぞ。チェックアウトはしておくから」

 皆、ソイファ王太子殿下のこと、意外と好きだなあ。
 自分の国の王太子だからかな?
 心配なの?

「無事だよ。生きてるよ。俺が現場に行ったところで、もう何もすることが残ってないよ」

「そうだとしてもさあ、」

「実際に婚約者の短剣で刺されたのは、ソイファ王太子殿下を守った魔法の盾だしさあ。護衛に取り押さえられた婚約者も、泣き崩れるソイファ王太子殿下を見て呆然としているし、微妙な空気感のところに行きたくない」

「ま、魔法の盾が行動不能に陥ったのなら、兄ちゃんが行けば何とか復活できるんじゃないのか」

「貴族女性の力であのくらいの短剣で、貫通どころか魔法の盾には傷すらもついてないよ」

「じゃあ、何でソイファ王太子殿下は泣いているんだ?」

「あの魔法の盾、夢幻回廊の小劇場の人形劇を見ていたんじゃないかなあ。魔女の手から王子を守るヒロインは、嫉妬した魔女の短剣によって刺されてしまう。だが、ヒロインは聖者により復活を果たして魔女を倒して二人は結ばれ、物語はめでたしめでたし」

「魔女の短剣に刺されたシーンなのか?」

「魔法の盾にとってはね。聖者の役を連れて来いという指令なんて無視無視。あ、その代わりコレを現場に持っていって」

 クッキーなら持って行きやすいだろ。
 魔法の盾は自分が食べたーい、と言って食べてしまったので、もう一枚与えると消えた。

「クッキー渡してどうするんだ?」

「ソイファ王太子殿下の手の上で寝たフリをしている魔法の盾が普通にお菓子に飛びつく」

「、、、そうだな。その光景が目に浮かぶな。行ったら、最後だな」

 皆も状況がわかって、何とも言えない空気になった。
 この頃、ソイファ王太子殿下周辺の魔法の盾が食いしん坊になってきたのは俺にもわかる。少し前まではお菓子なんて食べなかったのだが。ここのお菓子は美味しいからなあ。

「あのテイン公爵も可哀想ですねえ」

「婚約者は自分の娘だからな。けれど、貴族の親らしく、娘を切り捨てるだろう」

「そうしないと公爵家が危ないですからね」

「貴族というのはそういうものなのか」

 グジたちがしんみりとした空気を作り出す。

「王太子に剣を向けて、死罪にならないなら幸運だ」

 ソイ王国で国王や王太子に刃を向けたのなら、一族すべてが逆賊だと捕らえられてもおかしくない。
 それほどまでに危険な行為だ。
 今回は勝手に側室をとる決定をした王太子の行動が引き起こした結果だと言えなくもない。
 オルレアは夢幻回廊にいるから会うことはない、ではないのである。
 政略結婚であったとしても、ちゃんとフォローしろ。

 彼女は死罪にならなくとも、二度と王太子と会うことはない。
 一回の過ちでも取り返しのつかないことだ。
 ソイファ王太子殿下は正妃となる重要な女性が消えてしまったのである。
 有力な貴族がすぐに次の候補を上げると思うが。




 自分を守るべきS級冒険者がベッドに縛りつけられて療養生活。
 それを見て、彼女はどう思ったのか。

 S級問題児。
 アレでも、彼女を支えていたのか。
 重要な支えだったのか。

 人は自分に接している面だけを見て、他人を評価することが多い。
 どんなに人は多面的な顔を持っていると知っていても。

 彼は彼女だけを守っていた。
 それが護衛という仕事だったとしても。
 彼女の中だけは、彼は努力でS級冒険者になった人物で、問題児なんかではなかったのだろう。
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