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8章 頼り切った者たち

8-2 夢が終わる ◆ソニア視点◆

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◆ソニア視点◆

 闘技大会の数日後、姉からの手紙が私に届いてしまった。
 お姉様の従者が笑顔で、ウィト王国の王都にある貴族学校へ直々に持って来た。

 本物のソニア・ガロンに姉はいない。

 デント王国の第二王女リーフの、私の姉。
 現在、デント王国女王であるフリントからである。

 開けたくなかったが、開けざる得なかった。
 誰もいない通路。
 窓からの光が手紙を照らす。

 中身は招待状だった。
 約一か月ほど先の日程の舞踏会。
 是非来てね、という言葉の裏には欠席は認めないという意志が垣間見える。
 おそらく逃げても捕まえられると意味合いで、お姉様の従者がコレを持って来たのだろう。

 パートナーは連れて来ても来なくてもどちらでも大丈夫よ、と書かれているが。

 闘技大会の翌日からオルレア様は登校されなかった。
 女子寮に侍女たちはいるが、オルレア様の姿はない。
 最強の盾ではなくとも、オルレア様本人も学校に戻って来ない。

 アニエスやイザベルも、闘技大会のゴタゴタで、バーレイ侯爵家で事後処理をしているのだろうと考えていた。オルレア様も最強の盾もどちらも。


 もしも、最強の盾がパートナーとしてデント王国にともに行ってくれるのなら。
 そんな考えが頭に浮かぶ。

 最強の盾は国外に出られないのに。

「ほほう、フリント女王からのお誘いですか」

 びくっと肩を揺らした。
 いきなり背後から声をかけられ、手紙を落としてしまった。
 声の主が拾い上げる。

「オルト様に甘えるのは難しいでしょうなあ。ああ、オルト様がこの件を丸投げした方に、私からお話だけはしておきましょう」

「ル、ルイジィ殿」

「以前、気配を殺して近づかれたお返しでございます。ほっほっほっ、驚かれたようで何より」

 笑いながら手紙を返してくれるルイジィ。
 やられたらやり返すが、帝国の心情なのでしょうかね?
 心臓に悪い。

「やはり最強の盾を動かすのは難しいことですよね」

「ええ、最強の盾は何でも屋ではございません。貴方様もオルト様を便利な道具だと思われぬよう」

「そんなこと思っておりませんっ」

 声を荒げてしまった。
 この場に他に誰もいなくて良かった。

「ならば、あの方への報酬も考えずに依頼するのは、甘え以外のなにものでもありませんよ」

 ニッコリにこにこと微笑みながら発した言葉は毒だった。

「それは、、、」

「貴方もこの国に毒されてきましたかねえ。あの御方が助けてくれるのが当たり前だとお思いなのでは?」

「そんなわけが、、、」

 本当に?
 ルイジィには見透かされている気がする。

 何かあっても最強の盾が守ってくれると思っていなかったか?
 闘技大会でも。

 自分一人では対抗できるわけもないお姉様。

「デント王国の件はデント王国に関わる人間がきちんと処理するべきです。最強の盾にご依頼したいのなら、冒険者として接するべきです。あと、貴方にはお伝えしておきますが、オルト様もオルレア様も今後この貴族学校に来られることはないでしょう。では、失礼致します」

「あっ、ルイジィ殿っ」

 呼び止めたのに、さくっと消えた。
 頼れる者はもういない、腹をくくれ、と言われた気がした。
 最強の盾はデント王国とは無関係の人間だと。無理矢理引きずり込むなと。

 もしも引きずり込むのなら。
 冒険者として、ということはきちんと報酬を用意しろということだ。冒険者ギルドに依頼するときは必ず報酬が必要だ。

 ソニア・ガロンの身代わりを終了するなら、ソニア本人には伝えておかなければ。
 私が国に帰ったら、あの子は引きこもりのまま貴族学校に来ることはないだろう。

 学校生活は楽しくて、姉や国のことを忘れていたときもあった。
 この生活が続いていくような錯覚さえ起こしていた。
 このままソニア・ガロンとして生きていけたらどんなに良いか。

 無理な話だ。

 最強の盾は私が王族としての責務を果たさないことに苛立ちを見せていた。
 そんな人間を彼が助けてくれるわけもない。

 物語なら、すべてを救ってくれるヒーローが現れる。
 そんな力を持った人物はいた。
 いたにもかかわらず。

 私はこの学校生活が長く続くことを望んだ。
 今まで何も動き出さなかった。
 彼が貴族学校にいたなら、交渉は可能だっただろうに。
 姉からの手紙が届いて、ようやくどうにもならない状況にしたのは自分だと気づく。

 助けてくれと叫ぶこともできなかった。






「オルレア様、出ていらっしゃらないわねえ」

 イザベルが紅茶を飲みながら言った。
 王城で会議が連日続いているということは聞くが、学校ではすでに日常生活に戻っている。
 闘技大会での傷跡はうやむやになりつつある。
 数人がまだ実家で療養中だが、そのことすらも過去になりつつある。
 闘技大会の決勝戦も中断されたままだ。

 放課後、学校のカフェテラスでアニエスとイザベルとの三人でお茶をしている。
 この他愛もない会話をする生活もあともう少しで終わり。

「王城ではまだまだ会議が続いているというから、学校に出て来るのも難しいのかしら。もうオルレア様成分が切れちゃうっ」

 アニエスがオルレア様がいる前では絶対にしない大きな口でクッキーを頬張る。

 オルレア様でも最強の盾でも区別がつかないくせに。
 アニエスはオルレア様の何を見ているのだろう。

「ねえ、あの話聞いた?」

 後ろの違う席の声が聞こえた。
 会話が盛り上がっていたら、他のテーブルの話なんて耳に入ることなんかないのに。
 五人の女子生徒で話をしている。

「オルレア様、婚約されたそうよ。隣国のソイ王国の王太子という話よ」

「あー、いいわね。王妃になるのね。すごいわあ」

「でも、それ、今なの?」

「ソイ王国の王太子自ら婚約の報告に王城へ上がったと聞いたわ」

「だって、、、次期最強の盾が行方不明だっていうじゃない。王都近郊で襲われたとか、攫われたとか。こんな大変な時期にオルレア様もそんなことしている場合なのかしら。婚約より、侯爵家の全勢力を捜索に向けるべきなのでは?」

「バーレイ侯爵は次期最強の盾なんてどうだっていいのではないのかしら。今まで落ちこぼれって言い続けていたくらいですもの」

「それ、本当のところどうなのかしら?」

「闘技大会での動きを見たら、おかしいとは思うわよ。国王陛下なんて騎士団に指示一つできなかったじゃない。あの場を収めたのは次期最強の盾だわ。誰かが裏で指示していたとしても、今の最強の剣もバーレイ侯爵もあの場にいなかったもの」

 彼女たちは助けてくれたのが次期最強の盾という認識はあるらしい。
 あの場で恐怖を恐怖として感じた者は特に。

「元から他国に狙われていたという噂もあるそうよ」

「我が王国の最強の剣と最強の盾は他国には脅威でしょうから」

「けれど、次期最強の盾の捜索にバーレイ侯爵家はそこまで動いていないようね。国の騎士団は大捜索しているというのに」

「やはりバーレイ侯爵家にとっては、それだけの存在だということかしら」

「最強の剣も王都に戻って来ていると言われてますからねえ」

「けれど、今の最強の盾も老いていくのですから、最強の剣一人では心許ないですわ」

 親の爵位が高ければ高いほど正確な情報が令嬢にも下りて来る。
 今、王城の会議に出席するほどの親ならば特に。

 アニエスが拳を握って震えている。
 最強の盾が軽んじられている怒りか?

「アニエス、」

「オ、オルレア様が婚約って、、、ど、どういうこと?しかも、今までソイ王国の王太子なんて影も形もなかったじゃない」

 イザベルと私だけに聞こえる小さい声で言った。

 そっちか。

 イザベルの顔を見ると、その情報は知っていたようだ。
 騒がしい王城にわざわざ婚約の報告に来たソイ王国の王太子のことはけっこう話題に上がっている。
 多少情報に伝手があるのならば、知っていてもおかしくはない話だ。

 ただ、アニエスの親は男爵。
 情報に疎いのなら、噂程度さえもまったく話が来ていないこともあり得る。

「この件に関しても真偽のわからない噂が飛び交っているけど、オルレア様がソイ王国のソイファ王太子殿下とご婚約されたのは本当のことのようよ。今後、ソイ王国で暮らされるとかで、侯爵家をすでに出発されているそうよ」

「えっ、イザベル、知っていたなら早く教えてくれても」

「アニエス、貴方が知ったら馬車を追いかけて行きかねないわ。安全を考えて、オルレア様がソイ王国に入国した頃に話したかったのだけれど」

「まだ間に合うのねっ」

 アニエスが立ち上がる。
 こういう行動力には頭が下がる。

 だが。

「落ち着きなさい。相手も馬車よ。貴方が空間転移魔法でも使えない限り追いつけないわ」

 イザベルが窘めたが、アニエスはすでにどこかに走っていってしまった。
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