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7章 貴方に縋る

7-14 甘く切ない想い

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 客室の床に滅びた人間が一人。。。
 イーティの手紙の束を読んでしまい、この状態になっている。
 過剰摂取しました。

「手紙で人を殺せるっ。さすがイーティ」

 手紙が目に入ってしまうとバタバタと悶え死ぬ。
 心配を綴る手紙なのだが、それすら甘い文章が並ぶ。
 家族にすら心配されない人間には劇薬だ。
 惚れるよっ。すでに惚れてるけどっ。

 イーティから最初にもらった手紙とともに宝物として、保管しておかねば。
 これだけで生きていけるよ。
 死んでも良いくらいだよ。

 問題は。。。

 これの返事を書けと?
 いやもう、文才のない俺には無理、無事です、としか書きようがないのだが。
 心配かけてごめんなさいっ、とでも書いておこうか。

 もうルイジィが取りに来ちゃうよ。
 何書こ?何書こ?
 いい文章がまったく思い浮かばない。

「、、、オルト様、高級絨毯が敷かれているとはいえ、なぜ床に突っ伏しておられるのですか?」

 ルイジィが不思議そうに俺を見ている。
 もう来ちゃった。
 不法侵入者が。
 このくらいの屋敷ならなんてことはない、皇帝の影にとっては。

「イーティへの返事が難しい」

「バカでもアホでもオルト様からのご返事ならイーティ様は大喜びしそうですけど」

 ルイジィの目にはイーティがどう映っているんだ?
 それって、アルティ皇太子のことじゃないのか?
 実は似たもの兄弟だったとか?

「真面目に書きたい」

「貴方のために愛の逃避行中でーす、愛しのハニーより、って書いておけば良いのでは」

「、、、」

 半目でルイジィを見る。
 真面目って帝国では別の意味になるのだろうか。
 理不尽国家だしなあ。
 帝国は皇子たちが襲った国々に対して、皇子たちが勝手にやったことだとして今もなお賠償金なんか一切払っていない。
 ウィト王国には皇子らの世話料として多額のお金をお支払いいただいたようだが、賠償金としてではない。
 さすがは帝国。

「心配かけて、いや違うな、無事だから安心して、も違うかなあ。イーティに渡した指輪の魔法の盾が消え失せない限り、俺は無事です。手紙ありがとう、嬉しいです。宝物として扱います。オルト。でどうかなあ」

 書き書き。
 俺が床で手紙を書いていても、生温かい笑顔で何も言わないルイジィ。

 アルティ皇太子が床でこんなことしていたらどうなるのかなあ?
 ルイジィはアルティ皇太子の教育係でもあるからなあ。
 はてさて。
 気づかないフリして踏みそう。
 
 封をして。

「こ、これを、、、」

「最強の盾をここまで弱らせるなんて最強ですねえ、イーティ様」

 ルイジィが手紙を受け取ると、パタリ。
 意外とこの絨毯暖かいなあ。

「ここで寝ると風邪ひきますよー」

「幸せなまま死ぬ」

「風邪でも拗らせれば大事ですからねえ、、、ところで、イーティ様の手紙をたたんで持っていこうとしている魔法の盾たちがいるのですが」

 ちっこい魔法の盾たちが、んしょんしょと頑張っているよ。
 見慣れて来ると可愛くなるでしょ。

「宝物は隠しておかないと」

「そうですね。同意します」

 ルイジィ、生きた人間は隠しておけないぞー。
 特にどこかの皇太子はー。

「あと、こちらが魔力硬化症の治療薬です。瓶のラベルに書かれている通り、一日朝夕食後の二回一錠ずつです」

「ありがとう、ルイジィ」

 ルイジィが瓶を渡そうとした先には、魔法の盾がいた。ルイジィから受け取る。

「万能ですね、魔法の盾」

 褒められたと思ったのか、瓶を受け取った魔法の盾は照れながら机の裏に隠れる。

「では、オルト様、ソイ王国でお会い致しましょう」

 ルイジィが部屋から去った。

 人が去るときはどんなときでも寂しいものだ。
 いつも見送っていた気がする。サイを、シンを、スレイを。
 一緒にいてほしいと願いながら、バーレイ侯爵家から帰っていく姿を。

 手を伸ばせなかった。
 羨ましかった。
 帰れば、家族がいる友人たちが。

 俺にはどうしようもない。
 俺がいる場所には家族はいなかったのだから。
 帰れる家はどこにもなかった。




「イオの旦那、お世話になりました」

 グジ一行はイオさん邸から旅立つことにした。
 この付近に騎士団の姿が少なくなったからだ。

 イオさんとマーレさんには妹の薬がこの国で見つかったので、治療魔導士は必要なくなったと告げた。
 国が違えば特効薬があるものだと頷いていた。
 騙しているわけではなく、本当のことだ。
 薬があれば、俺はいらない。
 グジたちにとっても。

 俺も屋敷で十三人を見送る。

「寂しくなるわねえ」

「彼らは賑やかだったからな。妹さんが良くなれば、また来てくれると言っていたじゃないか」

「そうね、早く元気になればいいわねえ」

 イオさんもマーレさんもグジの妹の病の名を知らない。
 不治の病と聞いて病名を聞くのを躊躇ったのか、それとも。

 見送った俺をセバスがじっと見ている。
 厄介なご主人様に慣れているからだろうか。そういう空気を感じ取ったのか。

「何か?」

「いいえ」

 セバスは屋敷の中に入っていった。
 けれど、セバスの視線は常にあった。
 イオさんの書斎に行くと、とりあえず離れる。彼にももちろん仕事があるので、見張り続けるわけにもいかない。イオさんの書斎は三階。逃げるならば階下に下りて来ると踏んでのことだ。

 おそらくイオさんとマーレさんは飛行魔法も使えないし、身体能力もそれほど高くない。
 旦那様たちの習慣にどっぷりと浸かったセバスはさすがに三階では窓から逃げないだろうという判断だろう。
 書斎の窓のそばには高い木も存在しない。

 悲しいことに、ここでも次期最強の盾は落ちこぼれというバーレイ侯爵の言葉が生きているのだ。

 貴族や国の役人は、俺が小さい頃からバーレイ侯爵から言われ続けてきた言葉を耳に刻み込んでいる。
 それは一朝一夕で払拭されるものではない。
 三階の窓からは逃げられないと俺は思われている。

 魔法の盾が俺に宛がわれていた部屋からイーティからの手紙を運んでくる。
 服は助けてくれた御礼だとして与えてくれたので、ありがたく受け取っていこう。全裸で走り回るわけにもいかないので。
 着てきたズボンは結局見つからなかったので捨てられてしまったのか?
 アレは闘技大会用のために作ってくれた服だったから、ものすごく動きやすかった。
 マイア様も俺をただ飾り立てていたわけではない。機能面もいいものなので、たとえ色褪せても使用し続けたかったのだが。

「では、お世話になりました」

 書斎には誰もいないのだが、一礼して。
 三階の窓の桟に足をかけ、一気に飛び出す。

 窓辺でちっこい魔法の盾が一枚、手ではなく角の一つを振っている。
 適当な時間になったら、イオさんたちにお礼を伝える係である。お世話になっておきながら、書き置き一つ残さないのは心苦しい。
 ただし、残してしまえば、たとえ一筆でも俺がいたという証拠が残ってしまう。
 ゆえの魔法の盾。
 俺の身元は明かしていないのだから、何も証拠が出なければどうにもならない。

 前国王夫妻をどうにかできる人物もこの国ではそうそういないと思うけど。


 地面に柔らかく着地する。
 すでにイオさんの屋敷の敷地外だ。

 彼らとは王都の南の街で落ち合う。
 ソイ王国に向かう街道に沿って行けば追いつけるかもしれないが、とりあえず頭に黒い布地を被る。
 この銀髪はどこの家の者かすぐにわかってしまう。

 ようやく次の一歩に進める。
 イーティに会うために。
 手紙の封を開けたとき、イーティの香りが少し舞った。
 彼が表の人間だとわかる行為だ。
 裏の人間はニオイを何一つ残さない。ルイジィなんてその筆頭だが、わざと香りをつけているときは反対に要注意だ。彼らの行為は何かしらの意図があるのだから。

 その香りはイーティに会いたいという思いを募らせる。
 けれど、盲目にはなりたくない。
 最大限の注意を払って、俺はイーティに会いに行くべきだ。

 最強の剣の矛先がイーティに向かないように。
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