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7章 貴方に縋る

7-7 立つ鳥

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 兄クリストの従者が訓練場からいなくなってしばらくした後、観客席から重い腰を上げた。
 暗くなり静かになった世界は、闘技大会での出来事とはまるで無関係な世界のように思われる。

 訓練場から出る。
 人影は一つも見えない。

 すでに生徒たちは寮に帰り、客として訪れた者たちは帰宅の途についたのだろう。
 校門から歩いて帰る者はいない。
 俺が歩いて通ったら、門番に怪しまれるだろう。
 貴族学校なので客は皆、馬車で来ている。たとえ近距離でも。

 平民として学校に雇われている者以外。
 職員寮に入っている者は学校内で事足りてしまうが、通いの従業員ももちろんいる。
 この貴族学校にも従業員用の裏門というのは確かに存在するのだが、、、なにせここは貴族学校。
 そこにも校門と同じく厳重な警備が引かれている。
 裏門と言っても、本当に敷地の裏にあるわけではない。貴族学校の敷地は超広大なので、校門の多少離れた位置にあるだけだ。

 ふと、高い塀を見る。
 かなり高い壁だ。
 普通はよじ登ろうとする馬鹿はいないぐらいの。

 外部から攻撃されてもいいように、魔法によって強化されているが堅牢な壁なだけである。
 乗り越えようとすると、魔法によって攻撃されるとか追尾されるとかの機能はない。

 空間転移魔法や大きい魔法を使うと、魔力の残滓で俺の居場所がバレてしまう恐れがある。
 なんとなく一人になりたい。
 このまま一人にさせてほしい。
 できれば、放っておいてほしい。
 このまま帝国に行きたい。
 行かせてほしい。

 空間転移魔法を使えば簡単なのだけどね。
 魔法の盾の指輪を渡しているので、イーティの居場所もわかるし。

 けれど、直接行くと、イーティに迷惑をかける。
 それだけは避けたい。
 借りができるのを渋っているわけではない。重荷になるのが嫌なのだ。
 イーティは笑って受け入れてくれそうだが、俺が嫌だ。

 こんな国や家族のためにイーティの手を煩わせることがあってはならない。

 少しずつ裏門から離れていくと、手頃な木があった。
 ほどほどに外壁から離れているが、あの枝から飛び移れなくもなさそうだ。

 俺は貴族学校を後にした。




 闘技大会時に着ていたマントと上着は女子生徒にかけてしまったので、白い長袖シャツのままだ。
 まだ肌寒いというほどの季節でなくて良かった。
 魔剣は腰に携えているが、、、基本的に先立つものがない。
 冒険者ギルドに行っても、預けているお金自体ないのだけど。
 使っちゃったから。
 お金がないと路銀がない。

 ああ、そういえば魔法の杖があった。
 左手首にしていた「腕輪」を見る。
 コレが創作魔法発表会の最優秀賞に与えられた「杖」である。
 杖として使いたいときは、腕輪から杖に変わる高性能な杖だ。
 腕輪だからはめておいて良かった。

「売ろう」

 手に入れたら売るために発表会に出場したのだから、さっさと売るに限る。
 王都中心地からは少々遠いが、歩いていけない距離ではない。
 冒険者ギルドは深夜も営業している。

「あ、オルトさん、ご無沙汰ですね」

 顔馴染みの女性職員が受付にいた。
 夜遅い時間とはいえ、多少の冒険者もいる。

「こんばんは。今日はこの魔法の杖を売りたいのだけど」

「魔法の杖ですね。鑑定にまわします。ところで、髪が長いのも似合いますね」

 後ろの職員に腕輪を渡すと、会話を続けてきた。
 ここでオルトとして会っている人にとっては、髪が長かろうと冒険者のオルトなのだろう。
 オルレアはここに来たことがない。
 魔法があり、バーレイ侯爵家なら何でもありだと思われているようで、髪が長い理由については特にツッコまれないようだ。俺が長い髪にされたのは、もちろんバーレイ侯爵家のせいで、もちろん魔法だが。

 羨ましそうな熱い視線が数人からグサグサと来ているが。。。
 職員や冒険者でもさらさらストレートの長い髪は羨ましいのかな?

「ありがとう」

「ところで、王都郊外周辺の魔物討伐依頼が溜まってきているのですけど、騎士学校はお忙しいですか?」

 オルト・バーレイは騎士学校の生徒であることも伝えている。
 俺が次期最強の盾であることも冒険者ギルドは知っている。

「、、、ここに所属している冒険者も優秀だと聞きましたが」

「オルトさんが初めて来所されたときの所長の戯言は忘れてください。騎士学校にお伺いする寸前だったので、来ていただけて助かりました」

 職員が受付カウンターにファイルを持って来た。
 書類を取り出して並べる。
 、、、かなりの枚数があるようだが?

「上級冒険者の皆様にはフル活動で頑張っていただいているのですが、数年間オルトさんに頼り切った甘えた性分ではなかなか数が減りにくく、、、増える一方でして」

 騎士学校に入学した頃からこの冒険者ギルドにはお世話になっている。
 俺も既存の冒険者の皆様の邪魔をしたくはなかったので、彼らが討ちもらしたり、手がまわらないような魔物を優先的にまわしてもらっていたのだ。
 冒険者も生活がかかっているからね。俺もだけど。
 初期の頃は、貴族が何用だって顔をされていた。冒険者にも職員にも。

 後ろの職員がさらにファイルを渡してきた。

「相当な依頼書の数があるようですが?」

「可能な範囲でよろしいので、、、でも、できる限り受けていただきたいのですが」

 できれば全部受けてほしいという要望が顔に書かれてますけど?

「王都は貴族の方も多く出入りしますので、近郊を安全に移動できることが最優先、王都の外壁から一歩出たら命の危機に陥ることのないようにしたいと」

「、、、はい、わかりました」

「えっ、受けていただけますかっ、コレ全部」

 女性職員が喜びの表情になった。

「ええ、とりあえずここにあるのは受けます。けれど、俺がこちらに来るのはコレが最後になると思いますので」

「えっ、そんなっ」

 女性職員は説得しようと口を開きかけたが、俺の顔を見てなぜかやめた。
 彼女は静かな微笑みになった。

「そうですか、残念です。でも、冒険者にはいつでも冒険者ギルドの門戸は開かれておりますので、こちらには来れなくとも、機会がございましたら他の支部にでも是非お立ち寄りください」

「そうさせてもらうよ」

 俺は分厚い書類を受け取った。
 まあ、分厚いと言っても一枚一枚が一頭一頭の魔物に対する依頼書なので、そこまでの数ではない。
 今から出れば、明日の朝には終わるだろう。王都の外壁からご近所に出没した魔物だし。
 路銀稼ぎにはなるか。

 さく、さく、さく、さく、さく、さく、さく、さく、さく、さく、さく。。。

 闘技大会で接したあのドロドロとした粘っこい呪いと比べても、段違いに弱い魔物たちである。
 魔法どころか魔力を使うまでもない。
 妖艶マイア様魔剣ですら興味なさそうに寝ている。寝ていても普通の剣として役に立っているのだけど。

「しかし、冒険者ギルドも溜めたなあ。ええっと、あとどれだ?」

 書類を確認しながら、残りの魔物も討伐する。
 書類になかったものもついでに退治したが、奇声を上げて襲ってきたのだから仕方ない。
 俺がオルレアに扮して貴族学校に行っていた間、魔物討伐が滞っていたのだろうか。
 この王都周辺はそこまで強い魔物がいないので、強い冒険者は稼げなくてうまみがないから居つかない。ただし、さすがに王都周辺で魔物に襲われたというと醜聞が立つので、ウィト王国からの補助金が冒険者ギルドにも出ている。

 夜通し、魔物退治をしまくった。
 空が明るくなってきた頃、冒険者ギルドに戻る。

「おはようございます、オルトさん」

「おはようございます。まだいらしたんですね、職員さん」

 冒険者ギルドの受付カウンターに行くと昨夜対応してくれた女性職員がいた。

「今日は夜勤だったもので。あと少ししたら上がる予定だったのですけど」

「そうですか。職員さんにはお世話になったので、最後にご挨拶できて良かったです」

「え?」

「討伐した魔物は倉庫に持っていきますね」

「、、、まさか、この一晩ですべて?」

「依頼の魔物以外にも襲ってきたので、討伐数は少し多めですが」

「それは歓迎いたしますが。。。予想外だわ、数日はかかると思っていたのに。その間に所長に説得してもらおうと思ったのに」

 小さい声でなんか言っている。聞こえたけど、聞こえないふりをする。
 交替時間は数分後である。倉庫から戻って来たときにはこの職員はいないだろう。
 いると、夜が明けると始まってしまう朝の依頼受付ラッシュに巻き込まれるので、お疲れの夜勤の職員はさっさと帰る。

「今までお世話になりました」

 笑顔で別れる。

「いえ、こちらこそ」

 数少ない知り合いに別れの挨拶ができる機会なんて少ないんだなあとようやく悟る。
 騎士学校にはクラスメイト等の顔見知りはいたが、そこまで仲の良かった生徒はいない。
 次期最強の盾と親しくなってもうまみがないからだ。
 俺は騎士団に入団しても僻地に常駐する。上昇志向のある人間は王都での勤務を望んでいる。

 シンやサイ、スレイには落ち着いたら連絡を入れればいいか。
 彼らが俺の出国の手伝いをしたと疑われても後味が悪い。
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