上 下
117 / 207
7章 貴方に縋る

7-4 怒りのあまり ◆クリスト視点◆

しおりを挟む
◆クリスト視点◆

 屋敷の壁の一つが崩壊した。
 私が怒りのあまり、壁に八つ当たりしたことが原因だが、最強の剣の拳の犠牲が執務室の壁一つで済んだのは幸いだ。

「クリスト様、」

「ああ、オルトはどうした?」

 従者が戻って来た。
 その横にオルトはいない。

「オルト様は荷物を回収してから戻るとおっしゃっていました」

「そうか。オルトに説明をしてくれたのか」

「はい、辛そうな表情でしたが」

 私は頷く。
 従者は壁際に寄る。

 今、我々がいるのはバーレイ侯爵家の執務室だ。
 この屋敷の主人である者のための机の前に移動した。

 そこにはバーレイ侯爵とオルレアが正座している。

「ク、クリスト、話し合おう。話せばわかる」

「お、お兄様、私はオルトのための舞台を用意してあげたのよ。理想の王子様としてチヤホヤされる素晴らしい環境を」

 そばにあった机が半壊した。
 あまりの怒りで力が制御しにくい。
 お金もかかるし、物を壊すことは良くないとわかっているのだが。

 半分が粉々になってしまった机を見て、二人が黙って小さくなった。


 オルレアは自慢の長いストレートの銀髪を短くしていた。
 ソイ王国の騎士学校の制服を着ていると、まるで少年のようだ。
 カラダは細いから、男だと言えば男だと通るとは思う。

 けれど、甘やかされて育ったオルレアがあの騎士学校で通用するとは思えない。
 剣も勉強も魔法も何もかも。
 オルレアは乗馬は得意だが、愛馬がいるからこそだ。その愛馬は貴族学校に残していた。

 オルレアは最強の盾であるオルトの評判にただ傷をつけたようなものだ。

 オルトだからこそあの騎士学校でも実力で黙らせられるのに。
 成人するまでバーレイ侯爵家から離れて他国で羽を伸ばしてもらいたい、そんな思いでオルトの留学をソイ王国に頼んだのに。

「そう怒るなよー、お義兄様」

 発言したのは、ソイ王国の王太子ソイファである。
 私より五歳ほど年下の十七歳、王立騎士学校は二十歳までなので在学中である。こちらも騎士学校の制服で来ており、黒の短髪で細身でありながら鍛えている姿は王太子だからといって学校で甘やかされているということはまったくない。
 今回、オルトを留学させようとしたとき、私が協力を依頼した人物である。
 最強の盾のオルトの留学は大歓迎だと、国の者に良い刺激になると言ってくれていたのに。

「どういうことだ?」

「オルト、じゃないな、オルレアがそのままでうちの騎士学校に太刀打ちできるわけがないじゃないか。それは本人も理解している。だから、オルレアが俺に協力を求めた。俺と結婚するという条件で」

「そうなのか」

 私は普通に納得した。サポート役がいなければ、オルレアがあの学校で生き残っているわけがないが、王太子のソイファが助けてくれていたのなら納得できる。
 オルレアが自分の身を条件にしたのなら、私には特に何も言うことはない。

「何だとっ、私はそんな結婚認めんぞっ」

 それに異を唱えたのはバーレイ侯爵。

「そうよっ、言ってやって、お父様っ。お父様の力でそんな約束チャラにしちゃって。それに結婚を約束したのはオルトとしてよ」

 強く同意したのがオルレア。

「ふふっ、オルレアは馬鹿だなあ。そういうところが良いのだけどね」

 一瞬、目が怖かったよ、ソイファ。
 それもそうだ。
 ソイファはウィト王国の国民ではないのだから、バーレイ侯爵の圧力なんてどうでもいい。
 契約は契約だ。オルレアは守らなければならない。

「何よっ。馬鹿って言った方が馬鹿なのよっ」

「ねえ、クリスト。本物のオルトはここにいないの?俺、最強の盾に今度こそ会えると思っていたのに」

「お前こそ、よくこの国まで空間転移魔法を使えたな。うちの可愛い弟が許さないはずなのに」

「あー、結界に綻びがあったからさあ。うまく掻い潜れた」

「国の結界に?オルトに何かあったのかなあ。迎えに行ってくる」

「クリスト、それ本気で言っているのかー?」

 ソイファの疑問を置いておき、私はオルトに向けて空間転移の魔法を使おうとした。

「クリスト様?」

 従者が心配そうに私を見た。
 こんなこと今までなかった。

 バチっと弾かれた。

 もう一度やってみたが、結果は同じだ。
 他の場所への移動はできる。
 オルトに対しての魔法が使えない。

「迎えに行ったんじゃなかったのか?」

「いや、オルトの元に行けなかったから、他の場所には行けるのか試しにやってみた。コレは私の魔法がオルトに弾かれているのか?」

「嫌われたなー、お兄ちゃん」

「は?」

「うわっ、怖っ」

 ソイファにものすごく怖がられた。
 壁際まで逃げられた。

 思い当たるフシがない。

「なあ、オルトに今回の件どのように説明した?」

「こうこうこのように」

 従者に聞いても、その通りの返答がやって来た。
 特に嫌われそうな要因はなさそうなのだが?
 何か見落としているのだろうか。

「貴族学校で何か頼まれたのかもしれないな。闘技大会での騒ぎに直結している機密情報に接しているのなら、すべての位置情報確認魔法や情報収集魔法や空間転移魔法も弾いているのも頷ける。少し時間を置いてからオルトには連絡を入れてみよう」

「うわっ、お兄ちゃん、怖っ」

 壁際でソイファが言った。
 お兄ちゃん、と言うときはオルトの兄という意味で言っているようだ、コイツは。
 くだけた感じで他人に接して懐に入り込むが、決して心を許してはいけないのが王太子であるコイツだ。

 なかなかに狡猾な人物だ。

 本当なら最強の剣と最強の盾を手に入れたかったという思いを持っている。
 私が懐柔できなかったので、狙いを最強の盾を移して、ソイ王国に忠誠を誓わせる気だったのだろう。
 オルトがそれを望むなら、私も応援するが、オルトの意にそぐわない忠誠などさせるものか。

「けどさあ、最強の盾に家族全員嫌われているんだねー、この家。双子の姉のオルレアを嫁にすれば、最強の盾もついてくるかと思ったけどさあ、ちょっと的を外したね。残念」

「なら、オルレアと結婚するのはやめるか」

 ん?家族全員って言わなかったか、コイツ。私を外せ。

「今となってはそれはそれ。オルレアちゃんは面白いから好きなんだよー。最強の盾がついて来なくても、きちんと嫁にするよー」

「オルレアは、私にもオルトにも人質にはならないぞ」

「わかってるってー、この馬鹿さ加減だもん。最強の盾もよく我慢したもんだ」

「馬鹿って言った方が馬鹿なのよっ」

 オルレア、馬鹿の一つ覚えみたいに同じことを繰り返すな。

「だってー、オルレアって自分の価値観でしか動いてないよね。最強の盾にとって、今回の入れ替わりの件はものすごい迷惑行為でしかないのに、自分の行為を正当化しようとしていたしー」

「何を言っているのっ。女子生徒に囲まれて幸せいっぱいでしょうっ。私がお膳立てしてあげたんだからっ」

 ああ、本当にわかっていないんだなあ、この子は。
 そして隣で満足そうに頷いているバーレイ侯爵も同罪だ。
 他国の王太子でさえわかっているのに。

「ははは、絶対に王妃にはなれないような女の子だよね、オルレアって」

「王妃にしようとしているんだろ、王太子殿下」

「もちろん、側妃にするよ。そのぐらいわきまえているよね、オルレア。キミには正妃の仕事はできないから」

「はあっ?側妃って何よっ。貴方、複数人と結婚しようとしているのっ、私がいるのにっ?」

 もちろん正座したままの抗議である。
 キャンキャン子犬が吠えているかのようである。

「オルレア、長い長い時間をかけて、己の身のほどをわきまえろ」

 壁際で吠える子犬がもう一匹。
 私にとってはあまり怖くないが、オルレアは息を飲んだ。

「オルレアにキミの固有魔法を使うのか」

「その方がキミたちにも都合が良いでしょ。一生出られないんだから、このまま修道院送りにするよりは、友好的な隣国とのつながりとして利用した方がお互いのためでしょう」

「私は一時間で出られてしまったが」

「さすがは最強の剣様です。俺が驕っておりました。その一件は最強の盾の留学でチャラにしたはずじゃないかあ」

「へー、チャラねえ」

 横目でソイファを見る。
 オルトが普通にソイ王国の騎士学校に留学していたらそれで良かったけど。
 そこに来たのがオルレアだと知っていて、私に何の連絡もしてこなかったのだから、少しは上乗せしても良いよね。

「ひぃっ」

 そんなに怖がらなくても良いじゃないか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件

雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。 主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。 その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。 リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。 個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。 ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。 リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。 だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。 その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。 数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。 ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。 だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。 次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。 ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。 ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。 後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。 彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。 一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。 ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。 そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。 ※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。 ※現在、改稿したものを順次投稿中です。  詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

処理中です...