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6章 いらないなら、捨てればいいのに

6-25 悲惨な結末を ◆クオ王子視点◆

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◆クオ王子視点◆

 貴族学校もあの騒ぎがようやく落ち着いてきた。
 学校の敷地内の闘技場やその周辺の立ち入り禁止はまだ解かれていないが、学校での調査はすでに終了したと言ってもいい。

 私は王城の自分の部屋で、あの事件の報告書を読む。

 ワート商会が販売した魔石の腕輪が呪具であり、身につけた者を黒いモノへと変化させた。
 ワート商会の商会長から、販売した者の名簿も魔石の仕入れ先も判明している。
 魔石に呪いが込められていて、ワート商会が利用されたものだったらしいが、今後仕入れ先を追いかけていけば黒幕がわかるだろう。
 後は騎士団からの報告待ちだ。

 あの場に最強の盾がいたおかげで、被害に遭った生徒たちはまだ学校を休んでいるものの怪我はなかった。
 私も明日から学校に復帰する。

 学内交流会の闘技大会の決勝戦も中断したままだと気づく。
 白熱した試合だったと聞いたオルト・バーレイとサイ・モルトとの決勝戦のやり直しは可能だろうか。
 バーレイ侯爵家にいるのだろうが、オルトもオルレアもどちらも貴族学校にはいない。
 とりあえず話し合いたい。

 学校側と対応を協議しなければならないことも多い。

「クオ王子殿下、バーレイ侯爵家から書簡が届いております」

「ああ、返事か」

 親衛隊の隊員から手紙を受け取る。
 王城での護衛はキュジオもバロンもいないことが多い。
 隊長や副隊長であるにもかかわらず。
 彼らは王城では指示しているだけで、表舞台に出て来ない。

「最強の剣、クリスト・バーレイが王都に戻って来ているのか」

 侯爵代理で返事が来ている。
 封を開けてみると。

 今回の件でのバーレイ侯爵に対しての御礼はまったくの見当外れであること。
 この危機を予見して次期最強の盾オルト・バーレイを動かしていたわけではなく、闘技大会にてオルレアに扮していたのは侯爵家の別の都合であったことが書かれていた。

 つまりは、闘技大会の件では、次期最強の盾オルト・バーレイが独自に動いていたことになる。

 闘技大会でオルレアを勝たせるためにバーレイ侯爵家が替え玉としてオルトを用意したと、人々に勘繰られていないことだけは良かった。
 あの事件のせいで、我々と同じように、バーレイ侯爵が危機を察して潜入させていたと思っているからだ。
 侯爵家の別の都合とは何なのだろう。

「、、、キュジオはいないのかー?」

 呼んでみる。
 目で呼びに行かせる。親衛隊の隊員が心のなかで何を思っているのかなんか知ったことか。
 数分後。

「殿下ー、何かお呼びでー?特に用事がなければ、王城内にいるときはあまり呼ばないでくださいよー」

 キュジオが顔を覗かせる。
 緊張感のない奴め。

「キュジオ以外は、とりあえず部屋の外に出ておいてくれ」

「えー?」

 他の隊員は私の前では表に出さないのに、何でお前が不平不満を顔に出すんだよ。
 部屋の扉は閉まって、二人きりになった。

「キュジオ、お前は知っていたのか?」

「、、、何をですかあ」

 キュジオの視線が私の手元にある手紙に来ている。
 さっと他の書類の下に紛れ込ませる。

「オルト・バーレイがオルレア・バーレイに代わっていたことを」

「はあ、気づかない方がおかしいのではないかと」

「、、、私がおかしいのか?」

 闘技場では誰も気づいていなかったと思うのだが。

「戦闘力が格段に違いますからね。わかるでしょ、雰囲気で」

「雰囲気、、、」

 んなもんでわかるか。
 はあー、とため息を吐きながら、手元の書類を集めた。

「顔は似ていても、雰囲気が全然違うでしょ。オルの友人たちも全員気づいていましたよ」

「っ、」

 私は弾かれたように顔を上げた。
 キュジオを見る。

「そうだ、お前はオルレアをオルと呼んでいたっ」

 それはオルレアと親し気に話していた男子生徒と一致する。

「へ?」

「闘技大会だけ入れ替わっていたわけじゃないんだなっ」

 鬼の首をとったように言ってしまったか。
 キュジオはマジマジと私を見た。

「あのー、本気で言っているわけじゃないですよねえ」

 何で恐る恐る聞くんだ。

「求婚しているのに、闘技大会でも対峙したのに、相手が誰だかわからなかったんですか?」

 グサリ。
 胸に言葉が突き刺さったぞ。
 正論過ぎて痛い。

「せめて、闘技大会にいたのと、その前とが、同一人物だったかどうか素でわからないんだったら、結婚したいなんて言わないでくれますか」

「キュジオ、それは」

 言い訳を言おうとした。
 だが、私は次の言葉を告げることができなかった。

「オルとオルレアの区別もつかない輩に、オルを任せることなんかできるわけがない」

 静かに発せられた言葉は、恐ろしいほどの怒気が含まれていた。
 一瞬ですべてを黙らせるほどの。
 目が、態度が、すべてが私に対して怒っていた。

 キュジオはオルと呼んだ。

 ようやく私は悟る。
 キュジオは学校でもオルレアに親しくしたことはないということを。
 私が見ていなかっただけでなく、オルレアには自ら話しかけることなどなかったのだ。
 オルトだからこそいつもの不機嫌な表情ながらも、気安くくだけている態度を見せていた。

 兄のような意識だろうか?


 そして、つい思い出してしまった。
 オルト・バーレイが婚約したことを。
 バーレイ侯爵が国に報告書を提出していた。

 キュジオの静かな怒りを一身に浴びながら、私は口を開いた。

「な、ならば、イーティ・ランサスはどうなんだ?彼ならば、オルレ、じゃない、オルトの相手として許せるというのか?」

「クオ王子はウィト王国の王子でありながら、、、この国で権力を持ちながら、オルトを助けられないじゃないですか」

「何を」

 イーティ・ランサスのことを問うたのに、なぜ私のことを言い始める。

「この国の国王がオルトを地獄に突き落とした元凶でもあるのに、王族こそがバーレイ侯爵を唯一とめられるストッパーだったのに、国王ですらオルトを助けられないのなら、たかが王子が助けられるわけがない」

「何を言っている」

「確かにイーティ・ランサス個人には物理的な強さはありません。一対一で戦えば俺にだって即負けるでしょう。けれど、彼の強さはそこではない。オルトを守るのには拳の力も剣の力も魔法の力も必要ない。それらはオルトが身につけているのだから」

「、、、だから、キュジオは何が言いたいんだ?」

「イーティ・ランサスはこの大陸全土の国からオルトを守れる権力を持っている。この国で貴方でも守れるなら、それでも良かったが、貴方にはその覚悟がない。覚悟を持たない人間はオルト・バーレイから身を引いてください」

 キュジオが言い切った。
 私がオルレアではなく、オルト・バーレイに惹かれていることを知っていて。

 まさか、キュジオは弟分としてオルトを見ているのではなく。

「キュジオ、それならお前は貴族の養子になっていた方が良かったんじゃないか?手っ取り早く権力が手に入る」

 ものすごい目で見られた。
 王子に向ける目ではない。

「この国の貴族で、バーレイ侯爵家以上の権力を持つ家はありません」

「ならば、バーレイ侯爵家の養子にしてもらえば良かったんじゃないか」

 赤い魔剣を譲られるぐらいだ。
 キュジオの力はバーレイ侯爵だって認めている。

「何を言っているんですか、クオ王子。バーレイ侯爵からオルトを守りたいのに、本末転倒じゃないですか。それならまだ平民の方がマシだ」

「はっ、諦めるってことか」

 戦いもせずして。

 私はまだキュジオという人物を理解しきれていなかったから、こんな発言をしてしまった。
 オルトに惚れながら、身分のせいにして諦めるのなら、それだけの想いだと。

「その方がしがらみがない。本当にこの国がどうしようもないのなら、すべてを叩き切ってこの国から連れて出る」

 目が本気だった。
 キュジオの覚悟は、とうの昔に決まっていたのだ。

 それならば、オルレアとオルトの区別さえつかなかった私は歯痒かったに違いない。

「だが、それは」

「けれど、それは最終手段です。そんな解決方法をオルトは望まない。そして、オルトが望んだ通りに生きられるのなら、隣にいるのは別に俺じゃなくてもいい」

「え、、、」

 キュジオは自分に何が足りないのかを知っている。
 だからこそ。
 それはキュジオにとって辛い選択ではないのか。

 この世にオルトにとって理想の王子様が存在しているのなら。


 キュジオに気押された。
 無意識に動かした手だけが書類に触れて、書類の下に隠していた手紙が二枚あることに気づいた。
 するりとその二枚目を手にする。

 ドンドンと激しいノックの後。

「クオ王子殿下、失礼致します」

 親衛隊隊員が扉を開けた。
 緊急のようだ。

「今、騎士団から連絡が。王都郊外にて、切られた長い銀髪とシャツが落ちていたと。それらには夥しいほどの血が付着しており、他者の血も混じっていたそうですが、大部分が本人の血だったということです」

 長い銀髪というのは、おそらくこの国には二人しかいない。バーレイ侯爵もバーレイ伯爵もクリスト・バーレイも髪は短い。
 オルレア・バーレイとオルト・バーレイの二人だ。

「本人とは誰のことだ」

「オルト・バーレイです」

 手紙の二枚目が手から落ちた。
 そこにはオルト・バーレイが侯爵家には戻って来ていない旨が記載されていた。
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