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6章 いらないなら、捨てればいいのに

6-21 決勝戦

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 俺は円形の舞台を走りまわり、サイの魔法を魔剣で叩き切っていく。
 サイは爆音とともに派手な上級魔法を展開している。

 だが、そもそも論、サイに対してオルレアの魔力量で対抗するのは、到底無理な話だ。
 獰猛なサメにプランクトンが対抗できるだろうか、いや、できない。
 そのくらいの魔力の差が存在しているのである。
 サイとオルレアには。

 それを覆すにはどんな奇策をもってしても、魔剣であっても無理だ。
 さすがに妖艶マイア様魔剣も、もう少し魔力を供給してもらわないとこれ以上は無理よー、と言っている。
 俺が魔力を外に向けて微かにでも使用し過ぎると、ここにいるのがオルレアじゃないとバレてしまう、国家に。
 あくまでもオルレアの最大魔力量を超えるわけにはいかないのである。

 光が瞬く。
 水が走る。
 土壁が迫る。
 炎が掠める。
 舞台にもパックリと穴が開く。後でなおしておけよ、サイ。

 これだけの魔法を使って、サイはよく疲弊しないな。
 剣を振ると即座に息切れするのに、魔法は別だ。
 表情も生き生きとしているし、嬉々として魔法を使っている。

 しっかし、ずるいよなー。
 サイには使用魔力量の制限はない。
 コレが観客から戦いのように見えるのは、サイが多少手を抜いているからに他ならない。遊んでいると言ってもいい。

 俺に残されている手段は逃げる、流す、魔剣で切る、等の限られたものだ。
 後は剣技や体術でできる限りのカバーをしなければならない。
 体力は測定されてないので、俺もまだ逃げられるのだが、あまりにもオルレアの身体能力とかけ離れた行動をするのも得策ではない。この場が衆人環視であることを忘れてはいけない。
 邪魔なマントも、動きに不自由がある方がかえってオルレアの身代わりだということを思い出させてくれるのでありがたい。
 サイとの勝負に、我を忘れて楽しんだら負けなのだ。

 剣士がよくやる訓練に、対魔導士というのがあるが、あまりにも実力のかけ離れた魔導士に勝てる剣士はいない。
 集団対一人でも無謀な賭けとなる。
 だからこそ、戦争でたった一人の魔導士にその国の軍隊が全滅させられるということが起こり得る。

 だが、そういう魔導士も人である。
 交渉やら人質やら何やらも可能なわけである。たいていは火に油を注ぐ結果になることが多いわけだが。




 んで。

「サイ、決勝戦は一旦中断だ」

「お、」

 俺の声で、一瞬で爆風をとめるサイも見事だ。
 舞台上で動きのとまった俺たちを訝し気に見ている観客も多いが。

 俺は息を思いっ切り吸う。
 拡声魔法も使えるのに、なぜに肉声で肺活量まかせの大声を出さなきゃならんのだ。
 オルレアの魔力量が低いからなのだが。

「総員、退避っ。速やかに闘技場から避難しろっ。観覧席にいる黒いモノは現在確認している段階で十三体っ。触れずに離れろっ」

「え?」

「は?」

 中央の舞台に集中していた観客は、周囲を見渡す。
 広大な闘技場だから、運が良ければ自分の周りにはいないだろう。

 だが、一部の者たちはオルレアが何を言っているのかしらと隣に話しかけようとして驚く。

「きゃあっ」

「うわあっ」

 悲鳴が上がる。
 隣にいたはずの友人の席に、黒いモノが座っていたからだ。

 人間大のそれは、ドロドロの黒い液体で覆われているかのようだ。
 まだ、動きはなく、そこにあるだけである。

「何だ、アレはっ」

「国王陛下は無事かっ」

 親衛隊や騎士団もようやく観覧席の異常に気づく。
 周囲の状況をつぶさに把握していなければならない警備の者たちがコレだと非常に思いやられる。
 普通は、最初に気づくのは警備の者だろう。

 とか思う俺の考えの方がさらに甘かった。

 親衛隊は国王の元に集まり、騎士団の騎士では数人以外は持ち場を動こうともしない。
 親衛隊は国王を守るために動くものだから当然だとしても、騎士団は国や国民を守るために動くのではなかったか。
 闘技場の観覧席にいるのは貴族やその子弟であるのに。
 それでもなお。
 観覧席にいる騎士たちは避難誘導ぐらいしてもいいのではないか。

 頼れるキュジオ隊長たちはクオ王子の元だ。医務室の周辺を守っているに違いない。

「チッ」

 盛大な舌打ちをしてしまった。

「ソニア嬢っ、防御の魔道具を発動させろっ」

「今、動かしましたっ」

 観覧席から大きな声で返答された。

 ソニアは自分の持っている魔道具でできるかぎり守り得る最大限の範囲を指定してしまった。
 アレでは数分しか持たない。
 時間稼ぎとしてはあまりにも心許ない。

 そして。
 ソニアに割と近い黒いモノがゆるゆると動き始めたのが見えた。ソニアの方へ。
 遠くにいる黒いモノもぬるりと動き出す。

 ああ、狙いはソニアか。

 黒い粘っこいモノには覚えがある。
 国の周囲に張っている結界にこびりつく、最近の呪いと同じだ。

「審判っ、決勝戦は中断するっ。我々は避難誘導に当たる」

「えっ」

 司会も審判も、いや教員、職員ら誰一人として避難誘導しないのはその危機がわからないからだ。
 そう、観客のなかにも黒いモノは得体が知れないが、危険な物、自分たちに対処できないものだとは思わなかった者たちがいた。

 俺は触れずに離れろと指示したのに。

「それに触れるなっ」

 俺は叫んだ。
 けれど、彼には届かなかった。

 男子生徒の一人が剣でその黒いモノに切りかかった。

 とぷん、と。

 攻撃しようとした男子生徒が剣ごと黒いモノに飲み込まれた。

「ええっ」

「きゃああああああーーーーっ」

 そこからは阿鼻叫喚だった。
 我先にと逃げようとした者同士ぶつかり合い、避難の邪魔をする。
 男子生徒を飲み込んだ黒いモノはまるで勢いがついたかのように周囲を捕食し始めた。

 ようやくここにいる全員がこの黒いモノは危険だという意識で統一されたが、速やかな避難行動とはいかない。
 俺は奥歯を噛みしめた。

「オル、あの黒いモノの正体、お前にはわかっているのか?」

「、、、アレはこの学校の生徒だ。闘技場の前で魔石で作られた腕輪が売られていた。魔石としては割と手を出しやすい安価で。それを購入して、身につけていた生徒がああなったということは、アレは呪具だったのだろう」

「販売個数は十三個なのか?」

「そんな数では収まらないはずだ」

 俺とサイのこの普通の声の会話が聞きとれたのは、舞台のそばにいた者だけだ。

「ワート商会だっ。闘技場の前で魔石の腕輪を売っていたのはっ。良い魔石のわりに安く売っていたのはこの場に呪具を広めるためだったのかっ。国王陛下がいる場で混乱を起こすためにっ」

 審判が拡声魔法がかかったマイクを手に持ったまま発言した。
 そして、その審判もズボンのポケットから包みを投げ捨てた。おそらく腕輪。審判も購入していたのか。
 包装されているということはプレゼント用だったのかもしれない。

「そっ、そんなこと私は画策してないっ。良質な魔石が手に入ったから、アクセサリーにして闘技大会にふさわしい貴族の皆様に還元しようと」

 観覧席で大声で喚く男性がいる。どうやらアレがワート商会の商会長らしい。
 良質な魔石のアクセサリーを売って、国王夫妻の目にとまりたかったというところか。

「返金しろっ」

 安くとは言っても魔石としては、である。俺には到底手に届かない金額である。
 けれど、今はどういう経路で呪具が入り込んだかではなく、観客をこの場から安全に避難させるのが先だ。
 それなのに、騎士たちは大人数でワート商会の商会長を拘束した。避難誘導には手を貸さないクセに。


 審判から拡声魔法のマイクを奪い取る。
 怒りのまま叫んでも始まらない。

 オルレアスマイル発動っ。

「お嬢様方、お隣のご令嬢とともに手をとり合って、ゆっくりと一歩ずつ前に近くの出入口の方へ進んでください。貴方の後ろは私が守ります」

 ゆっくりとした口調で、何一つ慌てていないかのように装いながら、あくまでも優雅に王子様風に。

「はいーーーっ」

 観覧席から律儀に返事をしてくれる令嬢たちのなんて多いこと。
 ありがたい。

「貴方がたとえ小さくとも怪我でもしてしまうと、私はとても悲しい。だから、後ろは気にせずゆっくりと闘技場の外に出てください。外でまた元気な姿でお会い致しましょう」

「はいっ、オルレア様っっ」

 素晴らしい。
 令嬢たちの返事は他の男子生徒たちも圧倒した。
 黒いモノから離れているご令嬢たちは自分たちのペースで避難できている。

 慌てているのは黒いモノが近くにいる生徒たちである。

「サイっ、絶対に触れないように、黒いモノを殺さないように傷つけないように拘束しろっ」

「さすがオルだなあ、無理難題を当たり前のように指示する」
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