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6章 いらないなら、捨てればいいのに

6-17 軽々しく伝えることではないのに ◆キュジオ視点◆

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◆キュジオ視点◆

 俺は青い空を見る。
 今日は綺麗に晴れたなー。
 絶好の闘技大会日和だなー。

 ではなく。
 つい現実逃避をしてしまった。

 オルトがバッサリ切りやがった。
 クオ王子からの闘技大会後の呼び出しを、オルトは連絡事項があるのかと聞いた上に、無理だと断った。

 いや、クオ王子の身体が暴食の魔剣の使用に耐えられないというのは、俺にもわかるけどね。
 準決勝後、運良く生きていても話す気力すら残っていないということも。

 だが、そんなこと、クオ王子には伝わっていない。
 頬をやや赤らめて勇気を振り絞って約束を取り付けようとしたクオ王子には。

 残念ながら、クオ王子に対してこれっぽっちも恋愛感情を抱かないオルトに対して察しろと言うのは非常に無理があるが。
 ほんの少しの助け舟でも出してやらないと、捨てられた子犬のような目をしているクオ王子が不憫でならない。

「オル、闘技大会直後でなくても、後日でも良いんだぞ」

「ああ、それなら大丈夫かと」

 このオルトの返事なら、闘技大会の後は何か他の予定がすでに入っていたかのようにも窺える。
 俺、面倒見が良い方じゃないんだけれど。。。

 パッと表情が明るくなったクオ王子。

「なら、日を改めて連絡する」

「はい、お待ちしております」

 深い礼をオルトがすると、クオ王子は移動する。

 クオ王子はオルレアに負けるなんて思ってもいないのかなあ?
 一応、オルレアは女性だからねえ、オルレアは。
 本来のオルレアの実力では、闘技大会に残っている方が奇跡だ。
 予選でオルトに叩きのめされたヤツらは、違う性癖の扉を開けてしまったらしい。オルレアファンクラブに入会してしまった者もいるそうだ。。。
 オルトなら木剣でも予選突破は容易い。

 クオ王子も闘技大会で優勝して告白、って流れをしてみたい年頃なのかな。
 オルトがオルレアに扮している限り無理だけど。
 そもそも、クオ王子が勝てない。どんな魔剣を使おうとも勝てる見込みがない。

「あー、やれやれ」

「赤は滅びた隣国の象徴の色ですよ、キュジオ隊長」

 顔を上げたオルトが俺を見て言った。
 俺が呆けていると、オルトが付け足した。

「デント王国の前の王国の王族は、キュジオ隊長のように燃える赤い髪が特徴の一族でした。その赤い魔剣もその一族に縁のものです」

「赤い髪なんて、この大陸に大勢いるだろ」

「、、、そうですね」

 オルトは微妙な間を置いて返事をした。
 確かに隣国のデント王国はこのウィト王国に比べて歴史は浅い。
 だが、建国したのはかなり昔の話だ。
 王族に生き残りがいたとしても。

「ま、ご自身の魔力量がバーレイ侯爵家直系の訓練に耐えられるぐらいあるのですから、それなりの生まれだとはキュジオ隊長もご存じだったとは思いますが、」

 いや、知らねーよ。
 自分の生まれなんて知りたくもないと思っていたくらいだよ。
 オルトも何でこんなタイミングで俺に言うんだよ。

「、、、それが事実でも、その国が滅びてんなら意味ねえだろ。この国では平民だ」

「バーレイ侯爵や兄がそれを知っていてその赤い魔剣を譲ったのか俺には判断できませんが、デント王国のフリント女王の凶行をとめられるのは、実兄であるキュジオ隊長とその魔剣であることはご承知おきください」

「はあっ?何でこんなときに言うんだよっ」

 こんな軽々しく伝えることではない。
 フリント女王の実兄と言いながら、滅びた国の王族と言われた真意に気づかないわけがない。普通ならば、デント王国の王族であると言うはずだ。そうでないのなら。

 オルトは俺を見ずに、舞台に視線をやっている。
 俺と視線を合わせようとしなくなった。
 ただ、彼の元には笑顔はない。

 今、伝えておかなければならないことだから伝えておいた感がする。

「クオ王子が暴食の魔剣で準決勝に上がるのなら、どういう結末になろうとも難癖つけて罰せられるのはオルレア・バーレイとしてでもオルト・バーレイとしてでも、どちらでも俺の身でしょう。この場が貴族学校の闘技大会であったとしても。おそらくこの場で俺が殺されなければ、闘技大会の後はいくらでも時間が取れるはずです。拘束されているでしょうから、クオ王子がそれでも何か話したいというのならいくらでもお聞きしましょう」

 暗にクオ王子に伝えておけと言われている。
 いくらでも時間が取れると言うのに、俺に対しては必要事項を素早く説明した。
 それを意味するところを感じ取れないほど俺も愚かではない。
 もしオルトが王城の牢屋に閉じ込められたのなら、俺が面会できる機会はないということだ。
 王族がバーレイ侯爵家の関係者にオルトの居場所を教えるわけもない。

「お前はそれでも準決勝の場に立つのかよ。こんな勝負は負けてもどうでもいいことじゃないのか」

「、、、本当に。必要なければ、どこかに捨ててくれれば良かったのに」

 ほんの少しだけ俯いた表情に、一瞬暗い表情が見えた。
 諦観、と言えば一番当てはまるのだろうか。

「何も考えずに、イーティについて行けば良かった」

 小さい声の呟きが耳に残る。
 それがオルトの正直な感想だ。

 バーレイ侯爵家はオルトを救わない。
 それがオルレア・バーレイとしての罪であったとしても。
 ここにいるのがオルト・バーレイだと知っているから。

 バーレイ侯爵は愛娘のオルレア本人が魔剣を持ったクオ王子にほんの微かな傷でもつけられたら、烈火のごとく王城に殴り込みに行くはずなのに。
 クオ王子も魔剣を持つ許可を出した国王も許さない。

 その逆に、オルトが牢に入れられても、拷問を受けても、奴隷にされたとしても、バーレイ侯爵は一切動かないだろう。


 オルトは何事もなかったかのように、闘技大会のリハーサルに戻った。
 舞台上で対戦相手と挨拶をして、試合終了後の挨拶の手順を踏んでいる。

 舞台に映える制服の白が嫌に目に焼き付く。

 ああ、俺が救えれば良かったのに。
 何もしてこなかった身でそんなこと思うのなら、おこがましいだけなのに。

 あのとき、イーティ皇子の馬車に押し込めてしまえば良かった。
 そうすれば、あの帝国は否が応でもオルトを連れ帰っただろう。
 それをしなかったのは、俺がついて行けないからだ。
 俺がやりたくなかったからだ。


 俺は壁にもたれかかる。

「なあ、クリスト、」

 そこにいない友人に話しかける。

「やっぱりお前は間に合わなかった」

 そこにいない兄は、オルトにとって何の価値もない。
 遠く離れた地にいるあの兄は何一つオルトを守る盾にはならなかった。

 いくら守るために動いていても手遅れになってしまえば、すべて同じだ。

「ただ見ているだけがどれだけ辛いか、お前にはわからないんだろうな」

 手を伸ばせる距離にいたとしても。
 守れないのなら、同じだ。

 俺はオルトを守れるくらい強くなりたかったよ。

 これから起こる茶番を近くで見ていなければならない苦痛を、お前は知っているのか?
 お前はどんなにブラコンだと言われていても、恐ろしいほど冷静だ。
 嫌になるほどに。




 午後、闘技大会が開会した。
 王族の観覧席で国王夫妻が手を振る。
 満員の観覧席に歓声が轟く。

 クオ王子も王族だが、出場者なのでその席にはいない。
 出場者は用意された席で他の対戦を見るのも、控室にいるのも自由だ。
 ただし、闘技場外には出れない。

 武器の管理も係の者が厳正に対処している。
 貴族の子弟が使う武器だ。高額な武器も存在している。盗まれたり、勝手に使われても問題だ。
 ゆえに暴食の魔剣がクオ王子の対戦中になくなってしまうという不祥事は存在しない。残念ながら。

 初戦は国王夫妻が見に来ているため、クオ王子である。対戦相手はこの本選に残っている者のなかで一番弱い。
 準決勝までは勝ち進むように仕組まれたトーナメントだ。
 どう見ても。

 強い者同士が途中で潰し合わないように、このトーナメントはしっかりと決められている。

「準決勝かあ」

 一つはオルレア対クオ王子。
 もう一つはサイ対スレイか?
 シンが残るのは難しいだろう。

 順当に行けば、決勝はオルレア対サイなのだろうが。
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