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5章 拗れて歪んだ恋心

5-12 庇護欲と呼ばれるものならまだ良かった7 ◆サイ視点◆

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◆サイ視点◆

「オル、パジャマかわいいねえ」

「そ、そう?」

 シンの褒め言葉にオルトが照れる。

「僕が選んだんだーっ。可愛いのは当たり前ー」

 カーツが大声で主張するが。
 オルトのパジャマだけでなく、着替え等も伯爵家で用意された物だ。
 オルトは荷物を持って来なかった。
 常日頃、遊びに来ているからなのか、この家にはオルトの部屋まである。

「パジャマだけじゃなく、オルもかわいい」

「あ、ありがと」

 私が言うと、オルトが真っ赤になる。
 あー、可愛いな。
 べたっと抱きつく。
 皆でお風呂に入って、恐ろしいほど騒がしかったが、どうにか皆がパジャマ姿になった。
 やはりオルトのカラダには無数の傷跡が残る。シンのかっちょいいー、という言葉に救われたのは一体誰か。シンの何も考えていないが素直に発言する性格で良かったと思うのはこんなときか。

 王都を馬車で数分ほど移動して、我々はバーレイ伯爵家にやって来た。
 バーレイ侯爵家の屋敷から随分と近い。
 急にもかかわらず、夕食も用意してくれた。
 バーレイ伯爵夫人も夕食の席にいた。
 本当なら、パジャマではなく洋服に着替えるべきなのだが、この場はカーツもいることだし気兼ねのない服装ということで、子供たちはパジャマ姿である。
 モルト公爵家では絶対にありえないことだが、オルトとともにいられるのなら何でもアリだ。

「ありがとうございます。急な訪問なのに、手厚くもてなしていただき」

「かたい挨拶はいいのよー。オルトちゃんは可愛いし、毎日泊まりに来ても良いって家族で言っているのよ。オルトちゃんの友人の皆も来てくれるのなら大歓迎よ」

「そうですか」

 毎日泊まりに来てもいい。
 それはどういう意味なのだろう。
 言葉通りにとれないのは、事情を知っているからだ。

 オルトを懐柔するためか。
 それとも、償いか。
 どうあったとしても、知ってしまえばオルトが傷つく。
 本当にこのバーレイ伯爵夫婦がオルトに爵位を譲る気があるのなら、オルトを養子縁組してしまえば良い話だ。今、それをしていないことだけが事実だ。

 まだカーツが女の子であったのならば、結婚してしまえば良かった話だ。
 バーレイ伯爵はオルトのものになる。

 同性でも結婚できるが、バーレイ伯爵は嫡男のカーツのものになってしまう。
 カーツがいる限り伯爵位はカーツが継ぐ。
 となると、この結婚は意味がない。
 オルトが伯爵位を持てないのだから。

 この事実にほんの少しホッとしている自分がいた。
 深い意味を考えることもせずに。

 次の最強の盾が爵位を持てないこと自体おかしい。
 国から与える報酬が存在しないことになる。
 ウィト王国では領地が与えられない者は、そこまで高い報酬にはならない。
 一代限りの名誉爵位は、最強の盾が与えられるべき報酬ではない。
 実際は伯爵位でさえ低額である。

 一国を守る報酬が侯爵位と伯爵位だけというのはあまりにも少ない。
 そう考える者はこの国の貴族にも少ないのだが。

 きっと失ってからその重要に気づく。
 そして、文句ばかり言うのだろう。

 研鑽を積むことさえせずに。

 オルトに宛がわれている部屋でパジャマパーティとなった。
 カーツはすぐに寝てしまった。
 訓練場でもはしゃいでいたので当然と言えば当然である。

「甘いねー」

 嬉しそうに笑うオルト。
 このバーレイ伯爵家だけだ。オルトにお菓子を振舞うのは。
 もし、バーレイ伯爵家をオルトが拒絶したら、温かい食事も清潔で広いベッドも失う。
 避けられない将来だとしても、その事実がオルトにバレるまでは。

 お菓子は隠して持っていけるが、ベッドはどうしようもない。服も真新しいものを着ていたらオルレアが奪うのだろう。

 何とかしてやりたいのに、自分はあまりにも無力だった。

「オルトは甘いの好き?」

「うん、好きー」

 私が大きくなったら、オルトにいつかたくさんお菓子を食べさせてあげようと思っていた。

 けれども、十四歳のオルトは甘い菓子をそこまで好きではない。
 それは思い出までも封じたい反動なのか。
 そこまで傷つけられたということなのか、バーレイ伯爵の裏切りに。
 オルトは今も懐いているカーツもそばに来ることを拒む。

 私は何も守れなかった。




 スレイ・フラワーがバーレイ侯爵家の訓練場にやって来た。
 オルトの一歳年下。
 騎士爵を持つ父親である騎士団の副団長とともに。

「バーレイ侯爵、ありがとうございます。息子にこのような鍛錬の場を与えていただいて」

「いや、かまわない。将来有望な子供たちの才能を伸ばすために必要なことだ」

 すでに家で訓練をしているスレイ・フラワーの剣は、もちろん私は最初から敵わないが、剣の訓練を頑張っていたシンもあっさり負けた。
 年下に負けたというのがシンには相当悔しかったようだ。
 ま、私はここに来た当初に年下のオルトに体力すら敵わなかったのだから、特に何のダメージもないが。

 そのスレイにオルトはあっさり勝つ。
 同じくらいの年齢では負けなしだったようで、スレイはオルトの信奉者となった。

 スレイは平民だ。
 騎士爵というのは一代限りの名誉爵位。領地はない。
 父親だけが貴族扱いされる。
 ということは、このなかでオルトとともに騎士学校についていけるのはスレイ一人だ。
 シンがどれだけ騎士学校に入学したいと駄々をこねても、跡継ぎである彼は貴族学校に入学させられるだろう。
 私は魔法学校というものがあれば入学したいと思うが、さすがに騎士学校はオルトのためといえども無理だ。私は私で将来のために貴族学校で動くしかない。

 シンの努力をあざ笑うかのように、スレイの剣の実力はメキメキと上がっていく。
 コレが才能に恵まれた者の伸びなのかと思えるほどに。
 それでも、シンは剣の腕を磨いた。
 騎士団に入るには、剣の腕が最重要だからだ。
 乗馬や魔法、その他の能力も高ければそれなりに目を引くが、剣の腕が致命的だと騎士団からお呼びもかからない。
 なぜ、シンがこれほどまでに剣の訓練に力を入れているのかというと。


 第二王子が剣の模擬戦をするためにバーレイ侯爵家の訓練場にやって来ることになった。
 シンがオルトに言ってしまった。

「オルー、王子相手の剣の模擬戦は、私兵団がオルレアにするように接待なんだ。気持ち良く王子を勝たせて、気分良く帰ってもらうんだよ」

「そういうものなの?」

「姉貴たちが言ってた。長いものには巻かれろって」

 私はコレに関しては肯定も否定もできなかった。
 確かに、普通ならば、王子に対して接待する。
 王子に対して、皆ヨイショする。
 そう、普通ならば。

 普通で良いのか?という思いが占めたことは事実だ。
 けれど、否定するまでの意見も私には持ち合わせていなかった。

 オルトはわざと負けた。

 それを見たバーレイ侯爵の怒りは激しいものだった。
 王子も王城から来た付き人たちも誰もとめられなかった。

 オルトは殴られ蹴られ、動けないほど傷だらけになった。

 その衝撃を受けたのは何も私だけではない。
 可哀想に、しばらくその場に何もできずにシンは呆然と突っ立っていた。
 自分が言ったことに対し、そこまでの体罰がオルトに待っているとは思ってもみなかったのだ。

 長い間横たわっていたオルトがゆっくりと立ち上がろうとすると、シンは泣いて走っていった。

「ごめんっ、オルっ、俺、こんなことになるなんてっ、思ってなかった」

 ぐずぐずと泣きながら、シンはオルトを支えた。

「シン、大丈夫だよ。いつものことだから」

 泣きじゃくるシンを慰めたのは、オルトの方で。

「お、俺が治癒魔法を使えれば、」

「俺は治癒魔法を使えるけど、自分に使うのはとめられているんだ。だから、大丈夫」

 何が大丈夫だったのか。
 オルトは次の日には笑顔をなくしていた。

 おそらくバーレイ伯爵のことを知ってしまったのだろう。
 これ以降、バーレイ伯爵からの家への誘いに二度と応じることはなかったのだから。
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