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5章 拗れて歪んだ恋心
5-2 捨てられた過去1 ◆キュジオ視点◆
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◆キュジオ視点◆
完全に話題を変えるために、唐突に出したとしか思えない。
ソニア・ガロンを演じていたデント王国のリーフ王女が、なぜマイア様がオルトをオルと呼ばないのかを聞いた。
親しい仲間や友人というのは、俺とオルトの関係には当てはまらない。
それを正直に言ったら最後、オルトの目つきが変わってしまった。
標的が俺になった。
リーフ王女の目論見が当たってしまった。
「剣の模擬戦、」
うっ。
「忙しいからと、約束していた剣の模擬戦、延び延びになっていましたよね。いつやりますか?」
オルトが笑顔を作ってしまった。
ううっ。
「キュジオ隊長、」
「もう少しだけ待ってくれっ。今、死ぬわけにはいかないっ」
「模擬戦で死ぬわけないじゃないですか。キュジオ隊長は冗談も言えたんですねえ」
にっこり。
あ、完全に死ぬ。
バロンが俺の背中をポンと叩いた。
俺は物心がついたときには教会にいた。
平民でも最下層の、いわゆる捨て子だ。
汚いボロボロの服を着て、そこにいる子供たちの中でも食べ物を奪い合う荒んだ生活をしていた。
すべてが足りない生活だった。
けれど、俺には魔法の才能があったため、すぐに引き取り手が見つかった。
バーレイ侯爵家、この国では非常に有名な、国を守る家だった。
その教会の聖職者が言うことには、国のために優秀な子を集めて育てて私兵にしているのだという話だった。
この国では平民の子供で魔力量が大きい者はまずいないそうだ。
なのに産まれてしまうのは、おそらく貴族がお忍びで城下を訪れ、身分を明かさず平民の女性とカラダの関係を持ちながら、その女性を捨てた可能性が高いと言われている。
そして、女性は責任を取らない父親の子供を捨てた。
そんな構図だろう。
産まれた子供はいい迷惑だ。
この国の聖職者が捨て子を育てるのは慈善活動ではない。
俺たちは労働力になるからだ。
そして、俺のように少しでも何かに秀でた者がいれば、引き取る貴族や商人から寄付金を弾んでもらえる。
ある意味、売り物同然だ。
労働力にもならない、売り物にもならない子供になど奴らには価値がない。
成長する前に死んでしまう者が多いのも事実だ。ヤツらは子供たちの食事の配分など気にしない。教会の墓地には子供一人一人の墓なんか存在しない。
俺は教会の聖職者どもにそこにある一番綺麗な服を着させられて、バーレイ侯爵家の王都にある屋敷に行った。
バーレイ侯爵家の屋敷は、王都の一等地に広大な敷地を持っていた。領地にも広い屋敷があるという。
大きな屋敷に、大きな訓練場、大きな庭。
どんな人間がこんなところに住めるのだろうとさえ思った。
綺麗な服を着てきたはずなのに、薄汚れて見えた。
俺はここにいるのがあまりにも不釣り合いだと感じた。
もちろん俺がすぐに直接バーレイ侯爵に会えるわけもない。
私兵団の上の者に聖職者とともに挨拶するとすぐに、私兵団が使っている宿舎の一室を宛がわれた。
文字の書き方読み方、算数ぐらいの必要最小限は教わったが、後はひたすら訓練だった。剣や魔法、体術などの。
ここには食事が充分あった。
訓練着も支給された。
寝る場所も与えられた。
それだけでも充分に思えた。
教会にいるのは心が荒む。
あそこは最底辺なのに、最底辺の争いがあるのだ。
そこから解放されただけでも、幸せだと思ったのだ、当初は。
私兵団の訓練生のなかでも五歳くらいの子供は俺一人だった。
子供でもせいぜい十歳くらいの発育の良い者が訓練生として入団を許されるくらいだ。
孤児の俺だから幼くともここに連れてこられたのかと思った。教会に居続けたら、たとえ何かの才能があったとしてもガリガリのヒョロヒョロにしか育たない。多額の寄付金を出すお金があるのなら、五年の差など僅かだろう。
訓練を始めて数か月経つと、上の者に呼ばれた。
バーレイ侯爵家の跡継ぎクリスト・バーレイと同じ訓練をしろ、と命令された。
訓練ではあるが、仕事なので報酬が出ると言われた。
通常、私兵団の訓練生にはお金が出ない。警備や護衛に携わるようになって報酬が支払われるようになる。
命令なので、やるしかなかったのだが。
この数か月の間に、バーレイ侯爵家が最強の剣と最強の盾を産み出す家だと知っていた。
跡継ぎのクリストは次期最強の剣だ。
約束された未来がある人間は幸せだな、と斜に構えていた。
どうせ平民を一緒に訓練させて、自分の方が強いと誇示するお坊ちゃまだと。
ようやく俺が引き取られたわけがわかった。
俺は正確な誕生日はわかっていないが、おそらくクリストと同じ年齢のはずだ。
俺は都合が良かったわけだ。
平民を虐げて何が楽しいのだろう。
「私はクリスト・バーレイだ。今後よろしく頼む」
初めて会ったクリストは銀髪の短いストレート、にこやかな笑顔が爽やかだ。
爽やかすぎるのが、非常に鬱陶しい。
ヤッカミが入っているのは嫌というほどわかっているが、俺もそんなにできた人間ではない。
「お前が平民のキュジオか。一緒にやれ。クリスト、日課の訓練を始めるぞ」
最初、鬼軍曹が現れたかと思った。
クリストが父上と呼んだので、ようやくそれがバーレイ侯爵だとわかった。
自己紹介もなかった。
この男はこの世界の全員が自分を知っていると驕っているのだろう。
会ったことも見たこともない人間を、俺が知るわけがない。
初日、クリストについて行くので必死だった。
口を利く余裕なんて一つもない。
バーレイ侯爵の訓練は生半可なものではなかった。
この訓練を受けたら、私兵団の訓練なんてお遊びだとさえ思えるようなものだった。
「死ぬ」
終わったら、ベッドに直行だった。
汗や汚れなど気にするものか。
もはやシャワーなんて浴びる気力すらない。
副団長があまりにも憐れだと思ったのか、夕食を持って来て、口に有無を言わさず突っ込んでくれた。
「あー、五歳の子供にアレをやれというのは酷だと思うが、バーレイ侯爵の命令なんだ。バーレイ侯爵家の直系男子の訓練は本来他の者が耐えられるものじゃないんだが、同じ年齢のクリスト様の指標となるし、刺激ともなる。そして、平民だから死んでも問題ない、と思われているから、せいぜい死ぬなよ」
それは彼なりの激励だったのだが。
俺はまだ幼かった。
くっそーっ、あの鬼軍曹めーーーっ。天罰下って死ねーーーっ。
と毎日心のなかで呪詛を吐きながら生きていた。
訓練後は声に出す気力もない。
鬼軍曹というのはバーレイ侯爵に対する悪口だ。実際の彼は国防のトップであるので、軍曹ではない、あしからず。
あの訓練で死ななかったのが、本当に不思議なくらいだ。
一歩間違えれば、死ぬ。そんな訓練ばかりが続く。
クリストは平然とやってのける。
あまりにも平然と。
悔しいので、顔についた泥を拭い俺もすぐに立ち上がる。
最強の剣のクリストとは下地が違う。それなのに、平民に同じ訓練をさせるなんて馬鹿げていることなのだ。
俺とクリストの違いは身体的能力だけではない。
クリストには優しい母親がいた。
厳しい訓練に疲れ果てても、抱き締め労ってくれる母親が待っていた。
俺はさっさと私兵団の宿舎に足を向ける。
羨ましいと思わないわけがない。
訓練が厳し過ぎることもあるが、クリストとは最初は必要事項以外は話さなかった。
しかし、クリストと一緒に鬼軍曹の訓練を受けてから数か月後、たまにクリストはミスを犯すようになった。
「何をやっている、クリストっ。そんなことで立派な最強の剣になれるかっ」
「申し訳ございませんっ、父上っ」
失敗してもバーレイ侯爵や本人の治癒魔法でどんな重傷でも一瞬でどうにかなる。俺が怪我しても平民の俺には使ってくれないだろう。気をつけなければならない。
クリストが訓練に身が入っていない理由を後で知った。
クリストの母親の葬儀があったからだ。
ここ最近、クリストの病弱な母親の容態が悪化の一途を辿っていたのだった。
俺は葬儀に出ろとも言われなかったが、鬼軍曹もクリストも葬儀が終わったら即訓練場に来た。
俺はコイツらが怖かった。
俺が幻想を抱いていただけかもしれないと思ったくらいだった。家族というものに。
完全に話題を変えるために、唐突に出したとしか思えない。
ソニア・ガロンを演じていたデント王国のリーフ王女が、なぜマイア様がオルトをオルと呼ばないのかを聞いた。
親しい仲間や友人というのは、俺とオルトの関係には当てはまらない。
それを正直に言ったら最後、オルトの目つきが変わってしまった。
標的が俺になった。
リーフ王女の目論見が当たってしまった。
「剣の模擬戦、」
うっ。
「忙しいからと、約束していた剣の模擬戦、延び延びになっていましたよね。いつやりますか?」
オルトが笑顔を作ってしまった。
ううっ。
「キュジオ隊長、」
「もう少しだけ待ってくれっ。今、死ぬわけにはいかないっ」
「模擬戦で死ぬわけないじゃないですか。キュジオ隊長は冗談も言えたんですねえ」
にっこり。
あ、完全に死ぬ。
バロンが俺の背中をポンと叩いた。
俺は物心がついたときには教会にいた。
平民でも最下層の、いわゆる捨て子だ。
汚いボロボロの服を着て、そこにいる子供たちの中でも食べ物を奪い合う荒んだ生活をしていた。
すべてが足りない生活だった。
けれど、俺には魔法の才能があったため、すぐに引き取り手が見つかった。
バーレイ侯爵家、この国では非常に有名な、国を守る家だった。
その教会の聖職者が言うことには、国のために優秀な子を集めて育てて私兵にしているのだという話だった。
この国では平民の子供で魔力量が大きい者はまずいないそうだ。
なのに産まれてしまうのは、おそらく貴族がお忍びで城下を訪れ、身分を明かさず平民の女性とカラダの関係を持ちながら、その女性を捨てた可能性が高いと言われている。
そして、女性は責任を取らない父親の子供を捨てた。
そんな構図だろう。
産まれた子供はいい迷惑だ。
この国の聖職者が捨て子を育てるのは慈善活動ではない。
俺たちは労働力になるからだ。
そして、俺のように少しでも何かに秀でた者がいれば、引き取る貴族や商人から寄付金を弾んでもらえる。
ある意味、売り物同然だ。
労働力にもならない、売り物にもならない子供になど奴らには価値がない。
成長する前に死んでしまう者が多いのも事実だ。ヤツらは子供たちの食事の配分など気にしない。教会の墓地には子供一人一人の墓なんか存在しない。
俺は教会の聖職者どもにそこにある一番綺麗な服を着させられて、バーレイ侯爵家の王都にある屋敷に行った。
バーレイ侯爵家の屋敷は、王都の一等地に広大な敷地を持っていた。領地にも広い屋敷があるという。
大きな屋敷に、大きな訓練場、大きな庭。
どんな人間がこんなところに住めるのだろうとさえ思った。
綺麗な服を着てきたはずなのに、薄汚れて見えた。
俺はここにいるのがあまりにも不釣り合いだと感じた。
もちろん俺がすぐに直接バーレイ侯爵に会えるわけもない。
私兵団の上の者に聖職者とともに挨拶するとすぐに、私兵団が使っている宿舎の一室を宛がわれた。
文字の書き方読み方、算数ぐらいの必要最小限は教わったが、後はひたすら訓練だった。剣や魔法、体術などの。
ここには食事が充分あった。
訓練着も支給された。
寝る場所も与えられた。
それだけでも充分に思えた。
教会にいるのは心が荒む。
あそこは最底辺なのに、最底辺の争いがあるのだ。
そこから解放されただけでも、幸せだと思ったのだ、当初は。
私兵団の訓練生のなかでも五歳くらいの子供は俺一人だった。
子供でもせいぜい十歳くらいの発育の良い者が訓練生として入団を許されるくらいだ。
孤児の俺だから幼くともここに連れてこられたのかと思った。教会に居続けたら、たとえ何かの才能があったとしてもガリガリのヒョロヒョロにしか育たない。多額の寄付金を出すお金があるのなら、五年の差など僅かだろう。
訓練を始めて数か月経つと、上の者に呼ばれた。
バーレイ侯爵家の跡継ぎクリスト・バーレイと同じ訓練をしろ、と命令された。
訓練ではあるが、仕事なので報酬が出ると言われた。
通常、私兵団の訓練生にはお金が出ない。警備や護衛に携わるようになって報酬が支払われるようになる。
命令なので、やるしかなかったのだが。
この数か月の間に、バーレイ侯爵家が最強の剣と最強の盾を産み出す家だと知っていた。
跡継ぎのクリストは次期最強の剣だ。
約束された未来がある人間は幸せだな、と斜に構えていた。
どうせ平民を一緒に訓練させて、自分の方が強いと誇示するお坊ちゃまだと。
ようやく俺が引き取られたわけがわかった。
俺は正確な誕生日はわかっていないが、おそらくクリストと同じ年齢のはずだ。
俺は都合が良かったわけだ。
平民を虐げて何が楽しいのだろう。
「私はクリスト・バーレイだ。今後よろしく頼む」
初めて会ったクリストは銀髪の短いストレート、にこやかな笑顔が爽やかだ。
爽やかすぎるのが、非常に鬱陶しい。
ヤッカミが入っているのは嫌というほどわかっているが、俺もそんなにできた人間ではない。
「お前が平民のキュジオか。一緒にやれ。クリスト、日課の訓練を始めるぞ」
最初、鬼軍曹が現れたかと思った。
クリストが父上と呼んだので、ようやくそれがバーレイ侯爵だとわかった。
自己紹介もなかった。
この男はこの世界の全員が自分を知っていると驕っているのだろう。
会ったことも見たこともない人間を、俺が知るわけがない。
初日、クリストについて行くので必死だった。
口を利く余裕なんて一つもない。
バーレイ侯爵の訓練は生半可なものではなかった。
この訓練を受けたら、私兵団の訓練なんてお遊びだとさえ思えるようなものだった。
「死ぬ」
終わったら、ベッドに直行だった。
汗や汚れなど気にするものか。
もはやシャワーなんて浴びる気力すらない。
副団長があまりにも憐れだと思ったのか、夕食を持って来て、口に有無を言わさず突っ込んでくれた。
「あー、五歳の子供にアレをやれというのは酷だと思うが、バーレイ侯爵の命令なんだ。バーレイ侯爵家の直系男子の訓練は本来他の者が耐えられるものじゃないんだが、同じ年齢のクリスト様の指標となるし、刺激ともなる。そして、平民だから死んでも問題ない、と思われているから、せいぜい死ぬなよ」
それは彼なりの激励だったのだが。
俺はまだ幼かった。
くっそーっ、あの鬼軍曹めーーーっ。天罰下って死ねーーーっ。
と毎日心のなかで呪詛を吐きながら生きていた。
訓練後は声に出す気力もない。
鬼軍曹というのはバーレイ侯爵に対する悪口だ。実際の彼は国防のトップであるので、軍曹ではない、あしからず。
あの訓練で死ななかったのが、本当に不思議なくらいだ。
一歩間違えれば、死ぬ。そんな訓練ばかりが続く。
クリストは平然とやってのける。
あまりにも平然と。
悔しいので、顔についた泥を拭い俺もすぐに立ち上がる。
最強の剣のクリストとは下地が違う。それなのに、平民に同じ訓練をさせるなんて馬鹿げていることなのだ。
俺とクリストの違いは身体的能力だけではない。
クリストには優しい母親がいた。
厳しい訓練に疲れ果てても、抱き締め労ってくれる母親が待っていた。
俺はさっさと私兵団の宿舎に足を向ける。
羨ましいと思わないわけがない。
訓練が厳し過ぎることもあるが、クリストとは最初は必要事項以外は話さなかった。
しかし、クリストと一緒に鬼軍曹の訓練を受けてから数か月後、たまにクリストはミスを犯すようになった。
「何をやっている、クリストっ。そんなことで立派な最強の剣になれるかっ」
「申し訳ございませんっ、父上っ」
失敗してもバーレイ侯爵や本人の治癒魔法でどんな重傷でも一瞬でどうにかなる。俺が怪我しても平民の俺には使ってくれないだろう。気をつけなければならない。
クリストが訓練に身が入っていない理由を後で知った。
クリストの母親の葬儀があったからだ。
ここ最近、クリストの病弱な母親の容態が悪化の一途を辿っていたのだった。
俺は葬儀に出ろとも言われなかったが、鬼軍曹もクリストも葬儀が終わったら即訓練場に来た。
俺はコイツらが怖かった。
俺が幻想を抱いていただけかもしれないと思ったくらいだった。家族というものに。
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