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4章 貴方に捧げる我がまま

4-15 貴方に捧げる思い出 ◆アニエス視点◆

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◆アニエス視点◆

「帝国の皇子が貴方との婚約を望まれたの。良かったわねー」

 休日に両親が私を家に呼んだから何事かと思ったが。
 両親は嬉しそうに私に笑う。特に母は頭がお花畑なのか、皇子に見初められた娘として喜んでいる。

 この婚約はもう決定事項になっている。

 帝国の皇子たちは帰っていったが、代理の者がこの家に訪れて婚約を申し込んでいった。
 実は、私はグロス男爵家の一人娘だ。
 他の貴族の跡継ぎではない者から婿入りしてもらわなければならない立場だった。

「アニーがこの国で暮らすことも認めてくださっているの。今まで帝国は敵国。休戦しているとはいえ、まだ条約もない国。親としても心配でしょうからと気配りもしてくださるなんて。この王都に屋敷をかまえたから、学校卒業後はそちらで面倒をみてくださるそうよ。あちらの皇帝は一夫多妻制ということだから、グロス家は残していただいて、子供が産まれてもグロス家の跡継ぎにしていいと言われたの。ありがたいことねえ」

「それは私が男の子を産んでも、その子は帝国の皇帝にはなれないってことよ」

 つい言ってしまった。
 あまりにも良い方向に解釈しすぎるから。向こうの言葉を鵜呑みにしているのではないかと。
 グロス家の跡継ぎにしてもいいと言われたことの意味はわかっているのに。

 父も母も微笑んだ。

「うん、そういうことだ。帝国は敵国だったんだ。お前に男の子が産まれたとしても、帝国の跡継ぎ争いに巻き込まれる。本来なら、皇帝の跡継ぎ以外には生き残らない争いだ。このグロス男爵家の力では手助けにもならないだろう。それならば、いっそ我が家の跡継ぎとして育ってくれた方が何倍もいい」

 まず男爵家の婿に入りたいという貴族の男性はほぼ欠陥品だ。
 男爵は貴族としては末端。
 跡継ぎではないとしても、最初から下の爵位の者に頭を下げる者はいない。向上心のある者はたいてい娘がいる上の家に自分を売り込みに行っている。

 下手な婿を取るよりかは、王都で帝国の皇妃の一人として生活した方が良いというのもわかる。今はまだ皇太子妃という立場になるようだが。
 屋敷にいる間の生活費として提示された額は、恐ろしく高額だ。
 その上で帝国の皇妃として公務をウィト王国でしてくれるのなら、さらに出すという。

 それだけ帝国がウィト王国を重要視しているということか。


 皇妃になる予定の女性が十人以上帝国で待っているというのに、なぜ私の拙い誘いにのったのか。
 私はアルティ特別講師がオルレア様に結婚を申し込んでいるのを聞いてしまった。
 あの男がオルレア様に手を出すのを防ぎたかった。
 この平和なウィト王国で失念していたが、困ったことに皇帝は一夫多妻制。
 私に手を出したところで、オルレア様にも手が出せてしまうということを。

 もう一人の職員をしている皇子は私の誘いを微笑み聞き流した。
 オルレア様を見ていると、そちらの方がアルティ特別講師より好感度が高いように思う。
 けれど、私は選択をミスして、しくじったわけではない。
 カラダを張ってでもとめなければならなかったのは、アルティ特別講師の方だ。
 さすがにオルレア様が鍛えているといっても、鍛えている男性には敵わない。紳士的な者より彼は危険だった。

 純潔を奪われたと知られたら、グロス男爵家に婿入りしてくれる男性はよりひどい条件の者となるだろう。
 そのことを両親は知らない。
 ただ、単純に学校で心を射止めたと思っている。

 破格の条件で結婚してくれ、ほぼ屋敷にいない旦那様というのは都合が良いのではないか。
 これからも行動できることを示してくれる。
 オルレア様のために。

 部屋に戻り、机の引き出しを開ける。
 落書きのようなノートを見ながら昔のことを思い出す。




 それは六歳の頃だった。

 男爵家の娘である私は、爵位が上の者の取り巻きになるべく母親に連れまわされた。
 小さい頃が勝負なのよ、と言われ、数多くのお茶会に同席させられた。

 他の家も考えは同じだ。
 子供を連れまわす。
 だが、爵位が上であればあるほど、産まれたときに取り巻きはほぼ決まっているのだ。
 出来レースだ。
 運良く末席が与えられたとしても、代わりは山ほどいる。
 そんな小間使いに娘をさせたいのだろうか。

 子供でも身分が上であることを鼻にかけて、何かと下の者を虐げる。
 幼い頃からこんな環境に慣れたら、成人後はどんな大人になるのだろう。
 あまりにも疲れて、トイレに行ったフリをして、庭の片隅でこっそりと座っていた。
 どうせ母親以外は気にも留めない。母だって話が盛り上がってしまえば、娘は他の子供たちと遊んでいるだろうとしか思わない。

 ボー、と庭を眺める。
 広い屋敷だ。
 ここは侯爵家と言っていた。国を守る偉い家なのだと。
 
「大丈夫?」

 声をかけられた。

「え、」

 見ると、使用人の子供だろうか。
 シャツは大きめでボロボロになっている。古着だろうか。
 貴族の子供なら、子供でもサイズピッタリの物を着せる。おさがりなんか着せない。

 銀髪のクセ毛が可愛らしいが。

「具合悪いの?」

 私よりほんの少し身長が高いくらいの子供。
 近くに寄って、顔を覗き込まれた。
 ベンチでもなく庭の片隅に佇んでいたら、そう思われるか。

「いえ、もう大丈夫で」

 言葉の途中で手を引っ張られた。

「こっちの方が風の通り道になるから涼しいよ」

 にっこり笑って、有無も言わさず座らされた。
 確かに涼しい。
 風が気持ちいい。

 横に座ったので、その子供を観察する。
 手には木剣を持っている。
 けれど、木剣で遊んでいたにしては、袖を巻くっている腕には無数の傷跡がある。
 生々しいものも存在する。

 もしかすると侯爵家の子供の相手をさせられているのだろうか?

「貴方の方が怪我しているじゃない。痛くないの?」

「痛いけど、このくらいの怪我はいつものことだよ」

「治癒魔法が使えたら良かったのだけど」

 貴族でも魔法が簡単に使えるわけでもない。
 強力な魔法が使えるのはごく一部だ。

「治癒魔法は使えるけど、自分に使っちゃいけないととめられているんだ」

「誰に?」

「バーレイ侯爵に」

 この家の当主に?
 それって、もしかしなくても完全に。

「虐めじゃないの」

「痛みに耐える訓練なんだって。普通の人は治癒魔法が使えないし、魔力が少なくなった時のために苦痛に耐えられるようにするんだって」

「良いように言い含められてない?」

「そうだよ。理由なんて何だっていいんだ。支離滅裂なことでも、彼らにとっては。今は耐えるしかないんだ」

 銀髪の子供が笑った。可愛らしい笑みで残酷なことを言う。

「、、、そうね、耐えるしかないのよね」

 六歳でこんな達観するとは思わなかった。
 この子も近しい年齢だろう。服装からすると男の子のように思えるが、可愛らしい顔立ちは着飾れば普通に女の子と言われても頷いてしまう。使用人の子供なら女の子でも動きやすいように着させている可能性もある。

「でも、キミには捜しに来てくれる母親がいるんだね。なら、話し合ってごらんよ」

「え?」

「耐えるのは辛いんだろう?キミには耐える以外の方法がありそうだから、自分の意見をまず母親に言ってみた方が良い」

「お母様は私のために様々なお茶会に参加しているの。私が嫌だといったらどう思うかしら」

 銀髪の子供が両手を握ってくれた。

「他の人のことを考えられるのだから、キミは優しい人だよ。きっとそんなキミを育ててくれている母親もそういう人だ。だからね、勝手に人の思惑を想像するのではなく、尋ねてみる方が良い。キミたちはうまくいく」

 そう言われるとそうかと思ってしまった。
 私は幼く単純だった。
 この温かい手が勇気をくれたように感じた。

「アニー、どこなのーっ」

 母の呼び声が聞こえた。

「お母様っ?」

「じゃあね、キミの憂いが晴れることを祈るよ」

 銀髪の子供とはそこで別れた。
 母に姿が見えるように通路へ出ると、母に抱きつかれた。

「アニーっ、迷子にでもなっていたの?もう大丈夫よ」

 母を宥めるのに時間がかかった。
 帰りの馬車で自分が思っていることを伝えた。
 母は父と相談して、私をお茶会に連れまわすのをやめた。本当に必要なときだけ私を連れて行くようになった。

 婚期が遅れるかもしれない、貴族学校に入学したときに辛い目に遭うかもしれない、等々。
 両親はデメリットを教えてくれた。
 今、気分屋の子供に振り回されるより、その時間を勉強にあて、己を磨く努力をすることにした。

「銀髪の子供が自分の意見を言ってみた方が良いって教えてくれたの。あの子、あの家の使用人の子供なのかなあ」

「何を言っているの、この子は。この国で銀髪はバーレイ侯爵家の方々しかいないのよ。銀髪の子供といったら、オルレア・バーレイ様じゃないのかしら」

「オルレア様?」

「そうよー、きっとオルレア様よ。一歳年上のご令嬢よ」

 母が言った名前をノートに記した。
 絶対に忘れないように。
 この日の出来事も、汚い字ながら書き連ねた。
 私は貴族学校でオルレア様に会うことを希望にして、男爵家の令嬢としてはお金がないなかで相当頑張った。

 貴族学校の入学式、一学年上にいる長い銀髪が美しい男装の令嬢に会えたのだった。
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