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4章 貴方に捧げる我がまま

4-7 貴方に捧げる殺意

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 ごちゃごちゃとうるさい。
 喧嘩をするなら自分たちの国ですればいいのに。
 わざわざ他国でする意味があるのだろうか。彼らにはあるのだろうけど、俺にはいい迷惑だ。

「我々は全員、再教育を望みます」

 ルイジィがあっさり結論を出したが、他の者たちは不満そうな顔だ。
 ルイジィに反抗したいのなら、さっさとその意志を示したらいいのに。

「今なら自分たちの意志を貫き通すことを許すぞ」

「その言葉の意味は、その手にしている剣で皇帝の影を殺す、というところでしょうか」

「何で当然のこと聞くんだ、ルイジィ」

 ルイジィが頭を押さえた。
 いや、頭を押さえたいのはこっちだよ。

「第一、第六、第八皇子をお前らが殺害するなというのは皇帝の命令だが、本来ウィト王国には何の関係もないし、従う理由もない。けれども、その意志を尊重すれば、他の連中は殺してもかまわないってことだよな。ウィト王国内でこれ以上面倒を起こすのなら、叩き切る」

 他の連中→皇帝の影全員。
 なぜかいきなり皇帝の影全員が土下座した。
 ルイジィもアルティ皇子を立たせると、一緒に土下座した。

「、、、何をしている?」

「我々には敵意はありません」

「当たり前だろう。関係ない俺に対する敵意はないはずだ。けれど、お前ら同士にはまだまだ戦意があるよな?」

 土下座したまま、誰も顔を上げないなあ。
 生き延びたいなら会話をしてほしいな、会話を。
 キミたち、なぜ第一皇子を帝位につけたいのか理由も話してくれないよね。

「、、、オルー、殺気ダダ漏れだよー。魔力量減らしても、それじゃ国にバレるレベルだよー。今、魔剣を手にしているって忘れないでねー」

 サイが第八皇子を連れて、のんびりやって来た。
 殺気ねえ、そんなに出している気はないのだけど。
 ちょっとイライラしてたかな?

「サイ、皇帝の影は全員死体にして、帝国に投げ返す方が楽でいいんじゃないか?デント王国みたいに」

「あー、あの王女も苛烈だよねえ。今は女王か。けど、二番煎じはつまらないよー」

「そうか。印象も弱まるし、そもそも贈り返されたのが皇子ですらない時点で、皇帝にはどうでもいいことか」

 俺が剣を鞘に仕舞ったことで、土下座をしている影のなかに肩から少し力を抜いた者がいた。
 しかし、肩を震わせている者もいる。

「、、、そうだ。駒である我々ですら皇帝にはどうでもいい存在だ。皇帝にとって平民はさらにどうでもいい存在なんだ」

 発言をした影は声まで震えている。
 それは、泣いているからだ。

「帝国民は皇帝に命まで捧げている。飢饉で口減らしをするためや、感染症を封じるために町や村の一つや二つを簡単に消してしまえる。けれど、その情報を皇帝に上げるのに俺が躊躇わないと思うのか。渡した情報のたった一つで、俺はともかく愛する者や親や子供、親類や友人たちをすべて殺されるというのに」

 そう、対象地域にいるのなら影ですら抹殺される。そして、影はその地に溶け込むために家族を持ってしまう。
 帝国では秘密裏に村一つ消えていることがある。
 近隣の帝国民はその事実を知っていても、密やかに口を閉じる。

「風邪ではなさそうな患者が少しずつ増えてきて、報告しなければと、帝国全体のためには少ない被害で食い止めるべきだということはわかっていてもっ。その地に根差してしまったら、何も考えずに感情が揺れ動かずに報告できる者は皇帝の影でも数少ない。イー商会が、イーティ様が、助けてくれなければ、全員殺されていた命だっ」

 地面に顔をつけたまま、その影は泣き叫ぶ。
 他にも嗚咽を漏らす影がいる。

 救われた者は命を救った者を恩人以上に崇め奉ることがある。
 周囲の者も救われてしまえば、なおのこと。
 ここにいるルイジィ以外の皇帝の影は、自分ではなくともイー商会のお世話になったことがあるのだろう。

 けれど。

「イーティ、こんな彼らを見て心が痛くならないのか?」

「あれ?矛先が私に来た?」

 なぜ私に聞くのー?という表情である。
 皇子も皇帝と同じだ。
 他人の命は非常に軽い。

「皇帝の影でさえ、救われた命に対してこんなにも恩義を感じているんだ。何か感じないのか?」

 イーティは困ったように首を傾げる。
 その姿は土下座をしている者には見えない。

 そう、イー商会は他国だけでなく、もちろん帝国の民も救った。
 イーティが帝国にいるのだから迅速に動けるのは当たり前だ。
 救われた皇帝の影がどれだけいて、どれほど嬉し涙を流したのか推測の域は出ないが、第六皇子を亡き者として第一皇子を返り咲かせようと画策した者たちがここにいることをを考えれば想像に難くない。

 だが、イーティは人助けのために動いているわけではない。
 この辺りが帝国の皇帝と皇子は一般人とは違った価値観で動いている。

「まあ、帝国の民はイーティがどう考えて動いていても、恩義は恩義だとか言っちゃうんだろうけど、」

 お互いに一方通行な想いだ。
 どちらにしても相手の都合は考えていない。

「報われないなあ」

 イーティはさっさと帝位を見放したのに。
 ここにいる皇帝の影たちは第一皇子こそ皇帝にふさわしいと考えている。
 おそらく、ここにいるのはその一部だ。それぞれが代表者として送り込まれたごくごく一部の影だ。

 血のつながりが皇帝となくとも。
 皇帝となってほしいと願うのは、ただ一人。

 過渡期とは言ったが、すでに帝国は変わっているのではないか?
 イーティの行動力のせいで。

「イーティ、お前は人を救うことに対して、人の命を軽んじ過ぎている。帝国の者が自分や大切な人を救われたら、生涯を通じて恩人を支えたいと思うとは考えつきもしないのだろう」

 ま、救われた恩なんて一瞬で忘れ去るウィト王国民のような人々もいるが、帝国民はそういう点では義理堅く熱いのだろう。
 ウィト王国はバーレイ侯爵家の最強の剣と最強の盾に守られるのは当たり前と考える国民である。守られていないのは異常であり、文句を言うことが当然。
 帝国は皇帝にすべてを捧げるために生きている国民である。皇帝自身に物理的に守られているとは考えない。
 この違いは大きい。

 帝国では皇帝や皇子が自分たちのためにささやかなことをしてくれただけでも国民は大感謝してしまう。
 しかし、その感謝を抱く心を、民になったことがない皇帝や皇子が知ることは一生ない。育ちの違いでまったくわからないと言った方が正しいのかもしれない。

「自分の命を投げ打ってまでお前に尽くそうとしているのに。跡継ぎ確定とまで思われていたお前が跡継ぎ争いに負けたと知って、どれだけの者が動いているのか本当に理解しているのか?」

 それはイーティの予想を超えている。
 他国や有力者の助命嘆願があれば、奴隷とならずに生き残れるという願いを叶えるためには、遥かに超えた行動をとる者が多い。

「それが影の総意であれば、私も嬉しいのだが。第六皇子が皇帝になる方が良いという考えの方がまだまだ主流だ」

 イーティが困ったように微笑む。
 数人の影が慌てて顔を上げる。

「そんなっ。皇子たちの事情を知っている者たちでさえ、ルイジィに追随する者は少ない。主流はイーティ様の方にあるからこそ、この部隊の人選はこうなった。イーティ様が皇帝になるのなら、この命を差し出してもかまわない」

 熱を持って皇帝の影がイーティに伝えるが、、、当の本人にはその熱が伝わっていない。
 事の重大さをその本人が理解していない。

「イーティ、皇帝の影だけではない。お前の行動はすべてを勘違いをさせた。各国の助命嘆願がお前の目的だったのだろうが、大変なことになっているぞ。剣や魔法の対決では第六皇子に有利、勝負内容を変えて跡継ぎ争いをやり直せという声が各国から上がっている。それが飲めないのなら、帝国に進軍しようとしている国さえある」

「、、、何でそんなことになっているの?」

「お前が各国の要人にも真意を打ち明けていかなかったからだ。帝国の皇子が跡継ぎ争いに敗れたらどうなるかわかっているから、きっと助命嘆願に動いてくれるだろうというのは、単にお前の希望であり推測だ。第一皇子こそ皇帝に、と声高に帝国内外で叫ばれているぞ」

「なんて傍迷惑な」

「は?」

 イーティの正直な思いが吐露されて、ここで首を上げたのは土下座をしていた皇帝の影たち全員。

「私は皇帝になんかなりたくないんだけど」

「ええーーーーっっ」

 皇帝の影たちが驚愕した。
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