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3章 妄想のなかの、理想の王子様
3-15 第二王子の誘い5 ◆ネオ王子視点◆
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◆ネオ王子視点◆
「さあ、俺にはどう考えてバーレイ侯爵が婚約を許したのかわかりかねますが、俺が落ちこぼれすぎてこの国にいるのも嫌になったのかもしれませんね」
オルトが何の感情もなく普通の表情で言うので、そんなわけあるかっと叫びたくなった。
拳を強く握って耐える。
どうしてここまで自分を卑下できるんだ、と。
だが、自分もそれの一端を担ってしまっている。
だからこそ、ずっと彼と話がしたかったのだ。
「オルト殿、バーレイ侯爵がどう言おうと、キミは最強の盾だ。国はキミを手放す気はない」
力強く私は彼に言う。私の気持ちがほんの少しでも伝わるようにと。
それでも。
ここにいる者の中でも、バーレイ侯爵の言葉を信じている者がいる。
オルトを見る目がそれを物語っている。
オルト・バーレイは歴代最強の盾のなかでも落ちこぼれ、役立たず、何もできないと。
自分の子供なのに、実子なのに、どうしてそこまで酷いことが言えるのか、私には推測さえできない。
そして、オルト・バーレイは落ちこぼれなんかではない。
逆に歴代最強の盾のなかで、一番優秀である。
魔法も剣も学力も何もかもである。
騎士学校の成績だけで言っているわけではない。
バーレイ侯爵は本当に国にバレていないと思っているのか。
本来なら現在の最強の盾は弟のバーレイ伯爵だ。
にもかかわらず、まだ最強の盾を継いでいないオルト・バーレイがバーレイ伯爵がやるはずの重要な仕事をすでに肩代わりしている。
今、帝国も大国も他の周辺国家もこぞってこの国と休戦しているのは、オルト・バーレイが国の結界をし始めたからだ。
隙間もない強大な結界は他国を黙らせる。
そんなことができる者は歴代最強の盾には誰もいなかった。
けれど、その報酬はどこからも支払われていない。
その対価を誰からも受け取らずに、オルト・バーレイはその仕事を強要されている。
それにもかかわらず、バーレイ侯爵はオルトへの評価を変えようとしない。
その上、どうでもいいオルレアの代わりをやらせる始末。
どう考えても、オルトの存在を軽んじているようにしか見えないのだ。
「ネオ殿下、お食事がお済みでしたら、少し湖畔を散策するのもよろしいかと思います」
世話役がこの場の空気を変えるために提案してくれた。
「そうだな。オルト殿、少し歩かないか」
「そうですね」
オルトは頷く。
王子という立場上、私は一人で行動させてもらえない。
すでに慣れてしまったが、そのなかで内緒話をするほどに信頼できる者たちだけで囲まれているわけではない。
彼らと少し距離を取りたい。
湖の方へ歩く。
「オルト殿はここに来るのははじめてなのか」
「ええ、バーレイ侯爵家の他の者は訪れたことがあるようですけど」
会話がほんの少しずつ途切れがちになる。
興味が他に移ったというより、彼の側から私と話すこともなくなったのが本当のところだろう。
「他の者?」
「俺以外の者です」
「そうか」
バーレイ侯爵を父と呼ばないのは、自分の意志なのだろうか。
彼らとの距離が離れて、風の魔法をバレないように使う。声が絶対に届かないように。
オルトが私を見た。
オルトには魔法を使ったのがバレた。
バレた方が都合が良いとも言える。
ここからが本題だということがわかるから。
「オルト殿、」
「はい」
「私が八歳のときに貴方と剣の模擬戦をしたことを覚えているだろうか」
「ええ、覚えております」
あのとき、オルトは五歳だった。二人ともまだ幼かった。
それは父である国王とバーレイ侯爵の子供自慢から始まったようだ。
発端はわからないが、さすがに八歳の私の方が、最強の盾と言えども五歳のオルトよりも剣は強いだろうと父は言って譲らなかったのである。
当時の私は渋々と五歳の子供との剣の模擬戦を受けることになった。
父に頼まれれば嫌とは言えない子供だった。
子供で三歳差もあれば、体格差も体力差もある。
それに、オルト・バーレイは同じ年齢の子供と比べても小さい子供だった。
この模擬戦はバーレイ侯爵家の訓練場で行われた。
ここには私兵として訓練している者の他に、バーレイ侯爵家に訓練を頼んでいる他の貴族の子弟もいた。彼らも私たちを見学していた。
父は都合が悪く来られなかったため、私の世話役や護衛が来ていた。
五歳の子供に剣で負けるわけがないと思っていた。
私は確かに負けなかったが、オルトがわざと負けたからだ。
それは完全に王子を相手にしている騎士たちと同じような動きをした。
騎士たちはわざと負け、お強いと私を褒め称える。それに何の意味があるのかと思うくらいに。
オルト・バーレイもそういう一人なのかと思った。
王子に媚び諂う人間かと。
そう、国王である父が来なかったために、誰もバーレイ侯爵をとめることができなかったのだ。
父とバーレイ侯爵が言ったことなのだから、責任をもって父もいなければならなかったのに。
怒号とともに、オルトが吹っ飛んだ。
何事かと思った。
あまりのバーレイ侯爵の剣幕に、彼の怒鳴り声が何を言っているのか聞き取れないほどに。
冷静になってから、王子を守る人間が王子に負けてどうする、恥を知れ、というような言葉を口汚く叫んでいたようだとわかった。
バーレイ侯爵のオルトを殴る、蹴るの暴行をとめられる者がいなかった。
世話役や護衛に言ったところで、最強の剣であるバーレイ侯爵をとめられる者はいないというのを、その場で思い知った。
オルトが地面にうつ伏せになり、身動き一つしなくなって、バーレイ侯爵はようやくその凶行をとめた。
私が彼に駆け寄ろうとすると、バーレイ侯爵にすぐさまとめられてしまい、近くに寄ることさえできなかった。
「ネオ殿下は今後一切オルトに関わらないでください。教育に差し支えが出ますから」
そして、オルトの手当の一つもしようとしないで、バーレイ侯爵は訓練場を後にしようとする。
私のオルトに伸ばす手も、私の世話役や護衛に阻まれた。
王城に連れ帰られた私は国王である父に訴えた。
バーレイ侯爵はおかしいと。
それなのに、父は剣で勝ったのはお前だろうと喜び、バーレイ侯爵家の直系の男子は他の者には理解できないほどの苦しい訓練を行うので国王といえども口を挟むことはできないと言われてしまった。
ならば、なぜ剣の模擬戦なんてやらせた。
バーレイ侯爵があんな人物だと知っていれば。
父は知っていただろうに。
国王であっても自分で責任を取れないことを、何もとめられない私になぜやらせたんだ。
この件で、私は無力感、怒り、悲しみ等々、様々な感情と向き合わなければならなくなった。
私は後悔した。
幼い子供なら最強の盾に勝てると、微かにでも親や兄弟に誇りたいと馬鹿な考えを持たなければ。
私が頑なに拒否していれば、オルト・バーレイはあんな目に遭うこともなかった。
何度も何度もしつこいくらいに、私はバーレイ侯爵にオルトへの面会を求めた。
訓練で忙しく会わすことはできないとの返事ばかりだった。
八歳から十七歳になった今でもずっとだ。
王子であっても無力だということを痛いほどに思い知らされた。
あの剣の模擬戦の数日後に、オーツ伯爵が尋ねてきた。
そして、事の真相を知る。
オーツ伯爵は自分の息子シン・オーツから聞いた話をしてくれた。
オルト・バーレイは普通に剣の模擬戦として対戦しようとしていた。
だが、一緒に訓練を受けているシン・オーツはオルトに言ってしまった。
相手が王子なら、模擬戦は勝負ではなく接待としてわざと負けなければならない、と。
オルトはシンの言葉を真に受け、ああいう模擬戦になった。
アレは不運な偶然が重なった結果なのだろうか。
シン・オーツは号泣しながら父親に訴えたようだ。
あのときの状況を。
残念ながら、伯爵家ではバーレイ侯爵家には何もできない。
だから、息子にオルトのそばにいるように、伝えたと。せめて、と。
ああ、私は自尊心の塊だということを自覚した。
当事者でありながら、泣いてでも親を動かそうとしなかった自分を呪った。
勝ったと言えない勝負をいつまでも引き摺っている。
口だけの謝罪など、オルトには必要ないと知っているのに。
「さあ、俺にはどう考えてバーレイ侯爵が婚約を許したのかわかりかねますが、俺が落ちこぼれすぎてこの国にいるのも嫌になったのかもしれませんね」
オルトが何の感情もなく普通の表情で言うので、そんなわけあるかっと叫びたくなった。
拳を強く握って耐える。
どうしてここまで自分を卑下できるんだ、と。
だが、自分もそれの一端を担ってしまっている。
だからこそ、ずっと彼と話がしたかったのだ。
「オルト殿、バーレイ侯爵がどう言おうと、キミは最強の盾だ。国はキミを手放す気はない」
力強く私は彼に言う。私の気持ちがほんの少しでも伝わるようにと。
それでも。
ここにいる者の中でも、バーレイ侯爵の言葉を信じている者がいる。
オルトを見る目がそれを物語っている。
オルト・バーレイは歴代最強の盾のなかでも落ちこぼれ、役立たず、何もできないと。
自分の子供なのに、実子なのに、どうしてそこまで酷いことが言えるのか、私には推測さえできない。
そして、オルト・バーレイは落ちこぼれなんかではない。
逆に歴代最強の盾のなかで、一番優秀である。
魔法も剣も学力も何もかもである。
騎士学校の成績だけで言っているわけではない。
バーレイ侯爵は本当に国にバレていないと思っているのか。
本来なら現在の最強の盾は弟のバーレイ伯爵だ。
にもかかわらず、まだ最強の盾を継いでいないオルト・バーレイがバーレイ伯爵がやるはずの重要な仕事をすでに肩代わりしている。
今、帝国も大国も他の周辺国家もこぞってこの国と休戦しているのは、オルト・バーレイが国の結界をし始めたからだ。
隙間もない強大な結界は他国を黙らせる。
そんなことができる者は歴代最強の盾には誰もいなかった。
けれど、その報酬はどこからも支払われていない。
その対価を誰からも受け取らずに、オルト・バーレイはその仕事を強要されている。
それにもかかわらず、バーレイ侯爵はオルトへの評価を変えようとしない。
その上、どうでもいいオルレアの代わりをやらせる始末。
どう考えても、オルトの存在を軽んじているようにしか見えないのだ。
「ネオ殿下、お食事がお済みでしたら、少し湖畔を散策するのもよろしいかと思います」
世話役がこの場の空気を変えるために提案してくれた。
「そうだな。オルト殿、少し歩かないか」
「そうですね」
オルトは頷く。
王子という立場上、私は一人で行動させてもらえない。
すでに慣れてしまったが、そのなかで内緒話をするほどに信頼できる者たちだけで囲まれているわけではない。
彼らと少し距離を取りたい。
湖の方へ歩く。
「オルト殿はここに来るのははじめてなのか」
「ええ、バーレイ侯爵家の他の者は訪れたことがあるようですけど」
会話がほんの少しずつ途切れがちになる。
興味が他に移ったというより、彼の側から私と話すこともなくなったのが本当のところだろう。
「他の者?」
「俺以外の者です」
「そうか」
バーレイ侯爵を父と呼ばないのは、自分の意志なのだろうか。
彼らとの距離が離れて、風の魔法をバレないように使う。声が絶対に届かないように。
オルトが私を見た。
オルトには魔法を使ったのがバレた。
バレた方が都合が良いとも言える。
ここからが本題だということがわかるから。
「オルト殿、」
「はい」
「私が八歳のときに貴方と剣の模擬戦をしたことを覚えているだろうか」
「ええ、覚えております」
あのとき、オルトは五歳だった。二人ともまだ幼かった。
それは父である国王とバーレイ侯爵の子供自慢から始まったようだ。
発端はわからないが、さすがに八歳の私の方が、最強の盾と言えども五歳のオルトよりも剣は強いだろうと父は言って譲らなかったのである。
当時の私は渋々と五歳の子供との剣の模擬戦を受けることになった。
父に頼まれれば嫌とは言えない子供だった。
子供で三歳差もあれば、体格差も体力差もある。
それに、オルト・バーレイは同じ年齢の子供と比べても小さい子供だった。
この模擬戦はバーレイ侯爵家の訓練場で行われた。
ここには私兵として訓練している者の他に、バーレイ侯爵家に訓練を頼んでいる他の貴族の子弟もいた。彼らも私たちを見学していた。
父は都合が悪く来られなかったため、私の世話役や護衛が来ていた。
五歳の子供に剣で負けるわけがないと思っていた。
私は確かに負けなかったが、オルトがわざと負けたからだ。
それは完全に王子を相手にしている騎士たちと同じような動きをした。
騎士たちはわざと負け、お強いと私を褒め称える。それに何の意味があるのかと思うくらいに。
オルト・バーレイもそういう一人なのかと思った。
王子に媚び諂う人間かと。
そう、国王である父が来なかったために、誰もバーレイ侯爵をとめることができなかったのだ。
父とバーレイ侯爵が言ったことなのだから、責任をもって父もいなければならなかったのに。
怒号とともに、オルトが吹っ飛んだ。
何事かと思った。
あまりのバーレイ侯爵の剣幕に、彼の怒鳴り声が何を言っているのか聞き取れないほどに。
冷静になってから、王子を守る人間が王子に負けてどうする、恥を知れ、というような言葉を口汚く叫んでいたようだとわかった。
バーレイ侯爵のオルトを殴る、蹴るの暴行をとめられる者がいなかった。
世話役や護衛に言ったところで、最強の剣であるバーレイ侯爵をとめられる者はいないというのを、その場で思い知った。
オルトが地面にうつ伏せになり、身動き一つしなくなって、バーレイ侯爵はようやくその凶行をとめた。
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「ネオ殿下は今後一切オルトに関わらないでください。教育に差し支えが出ますから」
そして、オルトの手当の一つもしようとしないで、バーレイ侯爵は訓練場を後にしようとする。
私のオルトに伸ばす手も、私の世話役や護衛に阻まれた。
王城に連れ帰られた私は国王である父に訴えた。
バーレイ侯爵はおかしいと。
それなのに、父は剣で勝ったのはお前だろうと喜び、バーレイ侯爵家の直系の男子は他の者には理解できないほどの苦しい訓練を行うので国王といえども口を挟むことはできないと言われてしまった。
ならば、なぜ剣の模擬戦なんてやらせた。
バーレイ侯爵があんな人物だと知っていれば。
父は知っていただろうに。
国王であっても自分で責任を取れないことを、何もとめられない私になぜやらせたんだ。
この件で、私は無力感、怒り、悲しみ等々、様々な感情と向き合わなければならなくなった。
私は後悔した。
幼い子供なら最強の盾に勝てると、微かにでも親や兄弟に誇りたいと馬鹿な考えを持たなければ。
私が頑なに拒否していれば、オルト・バーレイはあんな目に遭うこともなかった。
何度も何度もしつこいくらいに、私はバーレイ侯爵にオルトへの面会を求めた。
訓練で忙しく会わすことはできないとの返事ばかりだった。
八歳から十七歳になった今でもずっとだ。
王子であっても無力だということを痛いほどに思い知らされた。
あの剣の模擬戦の数日後に、オーツ伯爵が尋ねてきた。
そして、事の真相を知る。
オーツ伯爵は自分の息子シン・オーツから聞いた話をしてくれた。
オルト・バーレイは普通に剣の模擬戦として対戦しようとしていた。
だが、一緒に訓練を受けているシン・オーツはオルトに言ってしまった。
相手が王子なら、模擬戦は勝負ではなく接待としてわざと負けなければならない、と。
オルトはシンの言葉を真に受け、ああいう模擬戦になった。
アレは不運な偶然が重なった結果なのだろうか。
シン・オーツは号泣しながら父親に訴えたようだ。
あのときの状況を。
残念ながら、伯爵家ではバーレイ侯爵家には何もできない。
だから、息子にオルトのそばにいるように、伝えたと。せめて、と。
ああ、私は自尊心の塊だということを自覚した。
当事者でありながら、泣いてでも親を動かそうとしなかった自分を呪った。
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