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2章 令嬢たちは嫉妬する

2-25 魔女が笑う ◆従者ベル視点◆

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◆従者ベル視点◆

「今日は機嫌がいいですね?」

「ええ、そうね」

 フリント王女はソファの背もたれに体重を預けて、扇で顔を隠す。
 その下は笑顔だ。
 ドレスの艶やかな黒、アクセントに赤を加えた色彩は、彼女の妖艶さを強調する。

「帝国の第六皇子がウィト王国で馬鹿を演じたようよ」

 演じ?

「はあ、あの皇子は馬鹿ではないのですか?」

「馬鹿に見えた方が生き残る確率は高いわ、あの国では」

 にこやかな笑顔の元、フリント王女は答える。
 フリント王女が言うなら、馬鹿ではないのだろうと思いたい、のだが。
 第六皇子は馬鹿じゃないのか?

 俺にはまったく関係ないことだが。

「そうなんですかー。今の私はそんなことよりフリント様の靴の汚れが気になって仕方ないんですがー」

「、、、靴のお手入れグッズを手にして、じっと待っていないで。私の靴なんて山ほどあるでしょう?」

「靴は捨てるほどあっても、フリント様が気に入っている靴はごく僅かなんですよっ。ないと怒る癖にっ」

 私の苦情に、フリント王女はコホンと小さい咳払いをする。

 履き慣れている靴ってあるよね。
 ヒールの高い靴なんて、足に馴染んでいる方が良いに決まっている。
 どんなに綺麗で気高く上品なものが並んでいたとしても、履き心地が評価に直結してしまうのが靴だ。

「仕方ないわね。綺麗にしなさい」

「ならば、その下の血塗れのものをどうにかしてほしいんですけど」

「、、、あら、うちの従者がコレをさっさと片付けて欲しいと言ってしまったわ。大切なうちの従者のお願い事ですもの。聞かないわけにはいかないから、これこそ仕方ないわね」

 いそいそと可愛らしくフリント王女が持って来たのは、槍である。
 それこそ従者に持って来いと命令すればよさげであるのだが、その日の気分で選んだものだろう。
 下の血塗れのものは震えあがり命乞いをしている、ようであるが、フリント王女が気にすることもない。
 すでに喉を潰されているからうるさくもない。

 この部屋の絨毯が一面血塗れである。
 ほとんどの者は絶命している。
 この絨毯も庶民が一生働いても買えないお高い物なのに、ここまで汚れたら取り替えざる得ない。
 帝国の皇子も襲うなら場所を選べばいいのに。拷問部屋とか。

「だってー、こんなものいつまでも部屋に置いておくと異臭が大発生してしまいますよー。あ、フリント様、槍で飛ばすのならお手紙もつけた方がよろしいんじゃないですか?国王夫妻を殺害し、王城に損害を与えた重罪人の首をお返しするので、賠償金をお送りいただくように、とか。しっかりこの絨毯の代金を含めるのを忘れないでくださいね」

「まるで、帝国に対する宣戦布告のようなものね」

 命乞いをしていたものが、口から赤い血を溢れ出した。
 フリント王女がまるで爪楊枝でキュウリを刺すかのように軽く、槍でザクザクと突いている。
 拷問をされ続けるより、潔く絶命した方が幸せだ。

「第四皇子が国王夫妻を殺害したのだから、大義名分は大量にこちらにあるのでは?」

「それもそうね。帝国は恩を仇で返す国だから、生きたまま返したところで迷惑を被るのは私たちの方よね」

「どちらにしろ軍が攻めて来るのなら、帝国の方に非があることを周辺諸国にも宣伝しておきましょうよ」

 フリント王女はすでに胴体と離れてしまった首を槍で刺す。

「貴方が提案してくれたのだから、恋文もしっかり括りつけてあげましょうね」

 いつのまに手紙を書いたのか、矢文のように紙を結びつける。矢ではなく、槍だが。

「熱烈な返答が来そうですけど、、、」

「そうね、どんな返答が来るのか楽しみねえ、第四皇子」

 フリント王女の言葉に、もちろん槍に突かれた第四皇子の頭からの返答はない。
 そして、そのままフリント王女はバルコニーから槍を投擲する。
 あっという間に星になる。
 キラリンっ。
 帝国さんは大慌てだろう。
 帝都には強力な結界が張られている。
 それを叩き割って槍が城の壁に突き刺さるのだろうから。

 直視できないことが残念だ。

「さて、残されたゴミ掃除を、、、しようかと思ったけれど、コレらは見せしめのために王城の広場に飾らなければならないわね」

 フリント王女が残念そうに言い放った。
 国王夫婦殺害犯ですからねえ。

「あー、異臭騒ぎが目に浮かぶー」

「まったく。それなら脱臭剤を使いなさいっ」

「あんな物、気休めだーっ」

 騒いだところで、広場に飾るのは決定なのだが。
 晒し首なのは第四皇子の部下たちで、第四皇子の首は帝国に返してしまったので晒し胴体かなあ?

 帝国は胴体も返せと言ってくるだろうか。
 言うくらいならこんな馬鹿なことを皇子にさせるな、と思うのだけど。

 無謀としか言いようがない。
 皇子たちを競わせて、他国を侵略する。
 それはわかるのだが、どこの国へも暗殺まがいの力押しで王族を殺害しようとするのは、どう考えても破れかぶれとしか思えない。
 帝国の軍隊を率いて侵攻する方がまだわかるというものだ。
 さすがに軍隊を動かさないこの方法は皇子たちを完全に捨て駒にしている。

 埋葬してやりたいという気持ちが皇帝にあるなら、第四皇子もまだ救われるのだろうか。

「フリント様がこの国にいたお陰で救われました。フリント様がいなければ、この国は第四皇子の意のままだったでしょう」

「そうとも言えないわよ。最強の剣と最強の盾がいる隣国ではなくとも、皇子たちを抑えた国は多いわよ。予定調和の第一皇子と第八皇子以外は」

「侵略しやすい国を選ばれた二人の皇子ということですか」

 第一皇子は皇太子筆頭候補。第八皇子は末っ子で、皇帝に可愛がられているからの贔屓だ。
 籤とは名ばかりのものである。

「じゃあ、第一、第八、あと第六皇子以外はどうなったんですか?」

 第四皇子は亡くなったが、思い切りのいい国はどれくらいあるのだろう。

「あと一人亡くなった皇子がいるみたいねえ。けれど、捕らえられた三人も数時間もしない内に処刑されることでしょう。生かして帝国に返したところで、戦争になる国ですもの。少しでも力を削いでおく方がいいわ」

 あの槍は帝国の城に突き刺されば、フリント王女が第四皇子に対して行った処罰が明らかになる。
 帝国に恨まれる国が分散するのなら、追随する国は多いだろう。
 帝国に苦汁を飲まされている国は多い。恨み辛みが積み重なっている。

 フリント王女が薄く笑った。
 槍が城へと無事に着いたようだ。良かった、良かった。

「皇帝も良い子にならずに、大軍勢で攻めて来てくれれば私への生贄が増えるというのに」

 大軍勢はフリント王女に対する供物ですかね?

「私はお金を支払ってくれる方が良いですけどねー」

「人の命はお金で買えないわよ?」

「その台詞だけ聞くと、良い人そうなのにー」

「あら、私は良い人じゃないの?」

「超いい女ですよ」

 言葉遊びではあるが。
 この国にとって、この周辺国家にとって、良い人ではないだろうな。
 俺にとっては良い人であるけれど。

「それに、帝国の馬鹿げた行動も悪いことばかりではないわ。第六皇子が馬鹿を演じてくれたおかげで、ペットの居場所がわかったもの」

 だから、ご機嫌だったんですねー。
 良かったですねえ。

「あの子ったら、私の黒と赤のドレスを真似るなんて可愛らしいことをするわよね」

 おやおや。

「早く追いかけっこを終わりにしてあげなきゃね」

 おやおやおや。

 魔女が黒い笑顔を浮かべた。
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