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2章 令嬢たちは嫉妬する

2-23 憧れの君と5 ◆アルティ視点◆

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◆アルティ視点◆

 夜、久々にウィト王国王都の拠点の宿屋に戻ると、世話役の爺のルイジィが怒りの形相で待っていた。

「坊ちゃん、」

 もう坊ちゃんと呼ばれる年齢ではないのだが、ルイジィだけにはその呼び方を許している。
 キノア帝国の第六皇子である。アルティが俺の名だが、たいていの者は皇子、第六皇子と呼ぶ。
 第六皇子など跡継ぎとして期待されていない。名前ですら呼ばれない。
 兄弟で早く生まれた者の方が有能ではなくても優位であることは間違いない。

「はいはい、言いたいことはわかってる」

「こちらに戻ってきたということは失敗したのですね」

 決めつけか。
 実際そうなのだが。

「暗殺は俺向きじゃないからなあ」

「坊ちゃん、そうではございません。貴方は皇子なのですから、人を動かすということをまずお考えください」

「俺が動く方が確実だし、早いだろ」

 キランっ。
 ルイジィがこの白く輝く歯の笑顔に絆されることはないのだが。
 他人を動かしたことは動かしたのだが、お金による依頼だ。彼らが捕まったところで、国王親衛隊隊長どまりで、俺のところまでは行きつけない。

「皇帝が毎回前線に出ていたら、部下は気が気ではありません」

 ルイジィの言葉に口の端で笑う。
 気が気ではない部下は良い部下だろう。
 皇帝が前線に出てくれれば楽できると思う者の方が大半ではないだろうか。

「まあ、しばらくはのんびりするさ。騒ぎが沈静化するまでは、この国で何もできないだろうからな」

 俺の顔も身元もバレていないので、この王都でブラブラと観光もできるだろう。
 と、このときまでは思っていた。




 宿屋の一階のレストランでの朝食。
 ここはカフェテラスがあるため一般客も利用し、人通りの多い道路に面して賑やかだ。
 代わり映えのしない朝食メニューだが、美味しいので気に入っている。
 そもそも、毒を気にしなくてもいい食事は楽だ。

 もぐもぐもぐ。

「、、、キノア帝国のアルティ第六皇子殿下、お供もつけずにお一人で食事ですか?」

 ごっくん。

 呆れたような声が隣のテーブルから聞こえた。

「え?」

 そちらを見ると。
 コーヒーを飲む男装した銀髪の令嬢が。。。
 いつからいたのだろうか?

「お嬢ちゃんっ、何でここに?」

 昨日、舞踏会にいたお嬢ちゃんではないか。
 あ、今日は真剣を腰に携えているなあ。

 、、、って、やべ。俺、お嬢ちゃんって言っちゃったよ。
 完全に昨日の犯行を認めちゃったよ。
 まあ、彼女の目はしっかりと俺を見ているので、違うと言ったところで無駄だと思うが。

「オルレア・バーレイと申します。すでにご存じかと思いますが」

 お嬢ちゃんはにこやかに席を立ち、私の向かいに立った。

「同席を許してもらえますか?アルティ皇子殿下」

「あー、どうぞー。できれば同席するのは胸が豊満な女性の方が嬉しいんだが」

「でしょうね」

 バッサリ切られた。
 笑顔のままなのが、怖いよ。

 何の感情も動いていないのが、本当に怖い。
 自分の胸のことを言われたら、多少は苛立つと思うのだが。

 お嬢ちゃんは自分のコーヒーをこちらのテーブルに移す。

「さて、アルティ皇子殿下、おとなしく投降していただけると大変ありがたいのですが、そう簡単にはいかないのでしょう?」

 俺は周囲を見回す。
 嬢ちゃんの仲間はどれだけいるのだろうか。
 数人はいそうなのだが、こちらに注意を払っているのはせいぜい数人程度だ。
 大人数が隠れている様子もない。
 舐められているのかな?
 帝国の皇子一人ぐらい何とでもなると。

「お嬢ちゃん一人でここまで来たのかなー?おつかい偉いですねえー」

 この子は馬鹿にしても、感情が全然揺さぶられないのは昨晩に経験済みだが、すべてに対して動かないわけではないだろう。話していれば、糸口が見つかるはず。

「アルティ皇子殿下、私と会話をする気はないと?」

 軽い口調だった。
 そのために、気づくのが遅れた。
 それが最終通告であると。

「だから、もっと美女を連れて来てくれれば、俺の口も滑らかに」

 俺の左手に、先程まで自分の手に持っていたはずのナイフが刺さった。
 ごくごく普通の食事用のナイフであり、食事をしていた手から奪われたことにさえ気づかなかった。

「ぐっ」

「我が国で大勢の美女に接待してもらうことを望むのならば、きちんとした外交ルートからの入国をお勧めしますよ、アルティ皇子殿下」

 お嬢ちゃんが俺の左手を刺したことは紛れもない事実だった。
 だって、まだナイフの柄を彼女の右手が握っているから。
 このナイフで手を貫けるんだな。
 
 ようやく寝ボケ頭でも気づく。
 このお嬢ちゃん一人でも、俺ぐらいなら簡単に片付くのだということに。
 オルレア・バーレイも化け物の一人だったのか?
 最強の剣と最強の盾以外はごくごく一般人レベルと調査されていたのだが。

「コレ、外交問題になるとか考えないの?普通?」

 休戦しているのに、皇子を傷つけられたと戦争を再開させる良い口実となる、とか。

 冷や汗が浮かぶ。
 どうにか余裕の笑みを顔に張り付けているが、痛みで考えが定まらない。

「こんなものが問題とされるほどの怪我と認識されるのですか、貴方の国では。羨ましいですねえ」

 ナイフをグリグリと動かされた。
 にこやかに笑っていて、まるで日常会話の延長線上であるかのように。
 食事をしている周囲の者は、こちらの状況なんて気にもとめないくらいに。

 会話の主導権を取り戻さないと。
 焦れば焦るほど、言葉が滑る気がする。

「お嬢ちゃんはー、」

「ああ、なるほど、」

 彼女の顔から笑みが消えた。
 一瞬で背筋が凍る。
 何もかも見透かした視線がそこにはあった。

「道理で貴方は私を怒らせようとしていたわけですね。少し的外れでしたが」

「、、、何のことだか」

「負の感情でも怒りですか。利用しやすいと言えば利用しやすい感情なのかもしれませんね」

 俺の魔法がバレた。

 帝国内でも俺が怒りによる精神操作の魔法を扱えることは公にされていない。
 怒りを覚えた時点で相手の負けが確定する。
 簡単に俺に精神操作される、強い魔法である。

 いくら怒りを抑えようとしようが、隠そうとしようが無駄だ。
 仙人や聖人でもなければ、怒りなど普通に湧き出る感情だ。
 それなのに。

 今、バレたのか?
 誘導がバレバレだったか?

「うーん、アルティ皇子殿下は思い違いされているようですね。魔法は大部分がそうですけど、怒りの感情を利用できるのも、相手が貴方より弱いときだけ限定ですよ。怒りの感情があったとしても貴方より強い者たちは操作できません」

「強い?」

 魔法とかで防御しているのではないのか?
 帝国の皇帝や皇子たちのように。

「だって、こんな面倒なことをやらされて、私が貴方に怒っていないと本気で思われているのですか」

 彼女が口の端だけ笑ったのがわかった。
 昨日の今日で偽隊長が誰だか判明させたのだから、誇っても良いくらいだと思うが、彼女は騎士でもなければ、国仕えでもない、まだ学生の身分だ。 
 面倒なこと、と言われればその通りだ。

「坊ちゃん、ウィト王国と交渉することをお勧めします」

 ルイジィがいつのまにか後ろに立っていた。

「お付きの方、良い提案してくれますねえ。私と話したところで、私には何の権限もありませんから」

 ひゅっと俺は息を飲んだ。
 この場で一番驚いた。
 その通りだ。
 バーレイ侯爵に泣きつけば、何もかも何とかしてくれるような気もするが、この令嬢自体は力を持たない。
 場に飲まれていたし、冷静でいられなかったどころか、思考が殴られていたことに気づかなかった。

 ルイジィが横に立って、俺は安心した。
 顔に笑みを浮かべる。

「私が昨日のことを知らぬ存ぜぬで通して、その上で手を刺されたと言えば、お嬢ちゃんはどうなるかな」

 と言ったところで、お嬢ちゃんの目もルイジィの目も何を言っているんだコイツという文字が浮かんだ。。。
 お嬢ちゃんはともかく、ルイジィまでそんな視線を俺に向けるなんてひどくない?

「、、、坊ちゃん、そこまで動転されているのですか。すでに左手は完治されております」

「、、、」

 左手を見る。
 まるで何事もなかったかのように、ナイフが皿に戻っていた。
 左手に痛みの余韻だけ残して、綺麗な皮膚がそこにはあった。いつのまに、本人にさえ悟られずに治癒の魔法を?

「お付きの方、貴方が許すならこのアルティ皇子殿下について行ってもらえないかなあ」

「ウィト王国に許されるのならば、是非ついて行きたいところですが」

「だって、この皇子、まともに会話してくれないし、ろくに話せない人間を連れて行ってもこっちが困るだけだし。駆け引きができるお付きの方がいたほうがお互いスムーズに行くでしょ」

 言外に、コイツ馬鹿じゃねえの?と言われている気がした。
 相手を怒らせようとする人物だけを連れて行ったところで、話が空転するだけだと。

 心が痛いっ。
 まだ成人してないお嬢ちゃんの視線がものすごく痛いっ。

「、、、坊ちゃん、魔法に頼り過ぎたツケですよ」

 うっ。

「ああ、もちろん、その魔法はここの国民にはかけられないようにしましたので、ご理解のほどよろしくお願いします」

 はっ?

 笑顔でお嬢ちゃんに言われた。
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