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2章 令嬢たちは嫉妬する

2-2 王城の迷子1

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「迷子だ」

 俺の目の前に立っているのは、伯爵家長男のシン・オーツ。
 コイツは俺、オルト自身の幼馴染みであり親友であって、双子の姉オルレアとは婚約者候補の一人である。

 シンのお隣にはお手々つないだ可愛らしい女の子が?
 女の子かな?ズボンをはく女の子って、貴族ではあまり見かけないが、身につけている上質な服は平民で手に入れるのは難しい部類に入る。

「で、何で俺の前につれてくるんだ?」

 ここは王城。
 王子の婚約者と候補たちはここで保護されている。
 連れて来られてもう一週間は王城にいるが、王城の敷地は広いので閉じ込められている気はしない。
 しかも、学校の教師を連れてきて特別授業まで聞かされているし、課題も存在する。
 他の令嬢には家からの家庭教師が来ているらしいが、俺にはそんなものはいない。

 俺はオルレアとしてこの王城にいる。もちろん、学校の男子制服のままで。

「俺、姉貴しかいないから子供の扱いってよくわかんなくてさー」

「同感だ。シン、言っておくが、俺はお前以上にわからないぞ」

 俺には兄がいて、双子の姉もいるが、弟妹はいない。
 人好きのする笑顔のシンの方が子供にも懐かれているようだぞ。
 子供は笑顔でもないし泣いてもいないが、シンの手をきゅっと握っている。

「けど、オルは一歳下のスレイや二歳下のカーツに懐かれているじゃないかー。それに俺、これから騎士団の訓練に行くんだよ」

「羨ましいっ」

 拳を握って力強く言った。
 貴族の子息でも学生の内から騎士団の訓練に参加できる者は少ない。
 剣や槍、魔法など、何か秀でているものがなければ騎士団からお呼びがかからない。
 たとえ将来騎士団に入団しなくとも、貴族ならば繋がりは作っておいた方が良い。

 剣の腕などどうでもいいオーツ伯爵家跡継ぎが、剣の訓練で呼ばれる。
 俺は声をかけられたこともないので、やはり兄に比べたらどうという実力もないと思われているのだろう。

「いや、お前は参加するなよ」

 後ろからキュジオ隊長の声が聞こえた。
 おや、見つかってしまった。

「オル、お前は護衛の意味がわかっているのか。俺を置いていくなっ。撒くなっ」

 人差し指で俺は頭をコツコツと突っつかれる。
 いや、キュジオ隊長も俺がオルレアではないとわかったんだから、護衛はもう必要ないと思うけどなあ。
 オルレアだから守る必要があるんであって、俺には必要ないだろ。
 オルレアだと騙せていたら、護衛も甘んじて受けるつもりだったのだが。

 俺をオルと呼ぶ者は親しい者だけだし、オルレアをオルと呼ぶ男性はいない。
 ただ、オルレアの愛称がオルであっても、他人が聞いたところで違和感がないだけだ。
 だから、彼らが俺をオルと呼ぶのを放置している。

「あー、オル、キュジオ隊長にもバレたんだー。まあ、オルとオルレアは似ているといっても違うからなあ」

「シン、お前はさっさと訓練に行け。待たせたら悪いだろ」

 キュジオ隊長は騎士団に気を使ったのだろうが。

「じゃあ、この子は置いてくねー。よろしくー」

 と言って、シンは手を振りながら去っていく。
 表情を変えない子供の手がシンを求めているぞー。
 キュジオ隊長からはこの子供の姿が見えなかったのだろうか?

「、、、この子、誰?」

「迷子らしい。キュジオ隊長も見かけたことはないのか?」

「俺、お貴族様たちの顔なんか覚えていないからなあ。その子供なんて更に覚えているわけがない」

 本来ならば、第三王子の親衛隊隊長が貴族の顔を知らないというのも問題があるが、キュジオ隊長の期待されている役割はそこではない。
 彼は王家と平民をつなぐ接着剤でもあり、衝突を防ぐ緩衝材でもある。

 騎士団だろうが親衛隊だろうが、完全なる実力主義ではない。
 国王がわざわざ平民を親衛隊隊長に指名した意味を知らぬ貴族がまだまだこの国には多い。
 だからこそ、王城での第三王子の護衛にキュジオ隊長がついておらず、オルレアについている。
 国王のお膝元の王城で、貴族たちがしている行動を上の人間が見ていないわけがないのだけど。

「俺も全然覚えてない。セイラに聞けばわかるかなあ」

「あー、オルレアの筆頭侍女さんねえ。あの人、昔と変わらずに怖えよな」

「俺がこっちの学校に来るまで接したことはないので、昔と言われても比較しようがないんですが、変わらないんですか?」

「同じ屋敷にいても侯爵邸は広いから接しないのかあ。あの頃は侯爵夫人の筆頭侍女さんだったが、お小言ばかりなのは変わらねえ。あの人も仕事だから仕方ねえが」

 はて?
 キュジオ隊長へのお小言は侍女の仕事なのだろうか?
 違う気がするが?

 さて、俯き加減で、キュッと自分の服を両手で握る子供。
 頼れるお兄さんが現れたのに、謎の二人に任せて急に消えてしまったら、さぞ不安になることだろう。

「お嬢ちゃん、自分の名前を言えるかなー?」

 キュジオ隊長が子供の頭に手を置いて聞いた。
 数分間、口は一文字のままだったが。

「、、、お嬢ちゃんじゃないもん」

 涙目になって小声で訴えた。

「あ、やっぱり。お嬢ちゃんならスカートだよね。ズボンははかないよね」

「えー、そうなのか?近所じゃあ女の子も上のおさがりでズボンはく子も多いぞ」

「貴族のお嬢ちゃんはおさがり着ないだろ」

 オルレアはドレスやらワンピースやら着られないほど作られている。昔から、今でも。
 反対に双子なのに男の俺は適当極まりない。次男なので、従者さえいない。

「そういうもんなのか。お貴族様は金があるからだろ。庶民には無理な相談だなー。俺、子供の頃はおさがりばっかだったよ」

「、、、俺も兄のおさがりばかりだった」

 お金があっても使われない子供は貴族にもいる。
 存在自体がどうでもいいと思われていたからだろう。
 仕立ててもらった服など、学校の制服ぐらいのものだ。
 兄の上質な服は思い出として取っているようなので、おさがりとしても俺の元へは来なかった。

 格差社会だな。
 期待されている者と、可愛がられている者と、そうでない者との違いがあまりにも大きい。
 同じ家の子供であったとしても。

 そして、今は影武者まがいのことをやらされている。
 騎士学校を休学してまで。

 父は娘のオルレアが可愛い。溺愛している。
 オルレアが休学してしまうと、貴族令嬢としては経歴に泥がつく。
 しかも、行方不明ならば特に。
 成績などどうでも良いが、父はオルレアに対しては一点の曇りも許したくないらしい。
 俺を身代わりに立てるくらいには。

 成績は一番じゃないと許さんと父は俺に言いながら、俺の学歴なんかどうでも良く扱う。
 騎士学校でも休学は休学だ。
 理由が理由でなければ汚点でしかない。
 騎士団に入るのに、あの父はバーレイ侯爵家の名があれば何の問題もないと考えているのだろう。

 俺の存在自体、軽んじられている証拠だ。
 どうせ、騎士団に入団しても中央勤務ではない身だ。
 最強の盾となった人物は、前線か、怪しい空気が漂う国境に赴任される。出世など程遠い。
 中央には最強の剣がいれば大丈夫なのだから。

「おさがり、、、いいなあ」

 この子は何を言っているのだろう。
 服を一切買ってもらえないのなら、おさがりでもあるだけ良いだろう。
 服がなかなか手に入らない子供もいるのだから。

 オーダーメイドとしか思えない上質な服を着ている子供が言ったら嫌味なだけだ。

「王城には迷子センターはないのか?」

「そんなものあるわけないだろ。そもそも貴族の子息なら、お目付け役がくっついているのが普通だろ。お前みたいに王城で護衛を撒くガキはそれほど多くない」

「現に周囲にいないじゃないか」

「だから困っているんじゃないか。騎士団も親衛隊も迷子保護係じゃねえからなあ」

「ああ、アレか?自分たちの失敗を棚に上げて、誘拐騒ぎとかしているんじゃないか」

「それはねえと思うぞ。王城内でそんなことになっていたら、親衛隊や騎士団にはすぐに連絡が来る」

 それなら良いけど。
 そういや、この子の名前さえまだ聞けてないな。
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