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1章 双子の姉の失踪

1-10 王子様に恋する夢見る乙女5

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 ソフィア嬢を自分の前に横乗りで座らせたまま、馬をほんの少し小屋に近づけさせる。
 あ、言葉遣いを気をつけなきゃな。
 さっきは慌てて、つい名前を呼んでしまった。

「大丈夫ですか、お姉様」

「え、ええ、、、あ、ありがとうございます、オルレア様」

 俺はにっこりとオルレア仕様の笑顔を浮かべる。
 この笑顔で少しでも落ち着いてくれれば安いものだ。

「ご無事で良かった。護衛もつけずに人気のないところに行くのをお見掛けしまして、お節介かと思いましたが、、、お姉様がこんな事態に巻き込まれるとは」

「あ、あの小屋には他に誰もいないでしょうか?」

 ソフィア嬢は馬から身を乗り出して小屋を見ようとする。
 いい人だ。
 王子や使用人が巻き込まれていないか気にしているようだ。

「誰の気配もありません。お姉様がこの時間この小屋に来ることを知っている者が、小屋を爆破したに違いありません」

「え、」

 ソフィア嬢の顔がものすごく青ざめる。
 犯人が誰か、ソフィア嬢は気づいているのか?

 自分を蹴落とそうとする誰かを。

 けれど、俺では伯爵家令嬢であるソフィア嬢自身がいなくなればいいと思う動悸がよくわからない。父親の伯爵本人ならまだしも。

「お姉様、その相手に心当たりがあれば」

「まさか、王子が?私が婚約者なのが嫌になって殺そうと?」

 、、、おいおい。
 手紙の差出人が王子だと信じているのか?
 婚約が嫌になったからといって、殺そうとする馬鹿はいないよ。いや、どこかの国ではそんな王子もいるかもしれないが、この国では誰かがとめるだろう。
 せいぜい婚約解消で充分だよ。
 というか、王族だったら犯行の証拠を残すかな。

「よく物語にあるように、好きな人が現れて私が邪魔になったのかも、、、」

 ブツブツと呟き続けるソフィア嬢。
 ちと、王子が可哀想。。。

 そして、動転しているから、ソフィア嬢も婚約者って言っちゃったよ。
 こういう襲われるような事態を避けるために、公表されていなかったのだろう。

 第二王子の婚約者か。

 カートン伯爵家令嬢ならば婚約者になるのは問題ないだろうが、伯爵家では守りが手薄になってしまうことがある。
 婚約者という立場が、命まで狙われるものだと知らずに。
 どんなに王家から言われていても、実際に襲われるまで護衛が何重にも必要だと自覚しないのだ。
 しかも、公表されてないから、王家もそこまで人員を割けない。表立って護衛をつけるわけにもいかない。
 だから、伯爵家が注意して手練れの護衛を相当準備しなければならないのだが。
 護衛も男性だけでなく、女性も人数が必要であり、その上、信頼できる者でなければならないという難しい条件である。
 命だけでなく、顔、貞操等々狙われるものは数多い。
 敵は蹴落とすために、どんな手でも使ってくる。搦め手だって使う。

 王子の嫁になるのって、令嬢本人にとってはそこまで良いものじゃないけど、実家にとっては旨い汁であることが多い。利権を貪るために、娘を王子の嫁にしたい貴族は多いのだ。
 豪華で贅沢三昧、欲しい物を手に入れ浪費する、そんな生活は王子と結婚してもどこにもない。
 庶民と比べれば恐ろしいほどの贅沢と言われても仕方ないが、彼らはそれなりの犠牲を払って生きている。

 だからこそ、国王夫妻は婚約者候補とその家を見定める。

「王子がお姉様を嫌だとおっしゃったのですか?」

「直接言われたことはございませんが、、、」

 ソフィア嬢が言い淀んだ。

 ということは、態度で示されたことはあるとーーーーっ???
 あんのクソ王子っ。
 前言撤回。可哀想なことなんかあるかっ。
 ソフィア嬢に存分に疑われろ。

 表情には一切出さないけどね。
 あくまでもにこやかに。

「こんな素晴らしいお姉様を嫌がる男がいたら、その男こそクソです。貴方には何の落ち度もない。ただ胸を張っていればいい」

「オルレア様、」

「お姉様をここに呼び出した手紙はどこに?」

 優しい口調で尋ねると、ソフィア嬢はドレスを触った後、小屋を見た。
 ソフィア嬢を馬に横乗せさせたまま、俺は地面に降り立つ。

 すでに木でできていた小屋は燃えている。
 黒い煙が上に昇っている。
 気づいた者が、というよりキュジオ隊長が自分の元に戻ってきた隊員に様子を見に来させるだろう。

 ほんの小さい切れ端が舞った。
 その紙にフッと息を吹きかけ、燃えカスになる一歩手前の数センチの手紙の残りを手に入れた。
 コレだけでもあれば、魔法での捜査は楽になる。
 ただ、実行犯が捕まるだけだと思うが。
 いつの時代もトカゲの尻尾切りだ。

 黒幕まで辿り着くには、それ相応の罠を用意しなければなるまい。

 手袋の上の紙片を見る。
 俺はいつも手袋をしている。
 騎士学校では黒の制服なので黒い手袋だが、貴族学校では白の制服なので白い手袋だ。
 オルレアも常時ではないがたまに手袋をしていたようなので、周囲の違和感もさほどないらしい。

 さすがに手は誤魔化せない。
 男性と女性ではかなり違う。長年、剣を振り回していた俺の手はゴツゴツしすぎていて、さすがにバレてしまう。
 どんなに美肌マッサージをしてもらったって、無理なものは無理だ。
 オルレアも剣を稽古していたが、俺に比べたら華奢な手だ。完全に女性の手である。

 俺が手にした紙片はあまりにも小さい。

「ソフィア様っ、オルレア様っ、コレは一体っ」

 第三王子親衛隊隊員の数名が走ってきた。
 人の足で走っても、彼らの足ならさほど時間はかからない。
 ドレス姿のソフィアの足は遅い。
 彼女が少し遅れたのは、その時間を加味しなかったためか?
 それとも、予想以上に遅すぎたのだろうか??
 距離があったのに、俺が間に合ったのもそのおかげだろう。

 俺は親衛隊隊員にこの場で軽く説明をする。

「ソフィア嬢を早く休ませたいので、先に失礼する」

 隊員が何か言う前に、さっさと後にしてしまう。
 馬には乗らず、手綱を引いて誘導する。
 じっとソフィア嬢が俺を見ている。

 あの手紙の切れ端を隊員に渡さなかったのを気づかれたか?

「お姉様?」

「あの、オルレア様は一緒に乗らないのですか」

 ソフィア嬢が真っ赤になって俺に尋ねて来る。
 貴族の令嬢は一人乗りしたことがないから不安なのだろう。
 
 オルレアとごく一部を除いて、ある程度の速さを出して馬に乗ることができる貴族令嬢は稀である。
 手綱を引いている者がいるとはいえ。

「急ぎませんので、ゆっくりと行きますから安心してください。馬に体重を預けていれば大丈夫ですよ」

 オルレアの白馬は有能だ。特に女性相手ならば。
 ソフィア嬢を歩かせるより、馬に乗せていった方が校舎に早く着く。

「そうですか、残念です」

 残念です?
 ああ、馬で駆けてもらいたかったのかな?
 貴族令嬢は馬車で移動するものだから、馬に乗るのは新鮮なのだろう。
 ただ非常事態だったので、ソフィア嬢を馬に乗せたが、状況が落ち着いたのなら二人乗りはやめておいた方が良い。

 男嫌いなこの馬が俺を嫌がるだろうからなあ。
 今も隙あれば、俺の髪を齧ろうとしている。




「無事で良かった」

 護衛を連れたクオ王子が医務室にやって来た。
 ソフィア嬢に会いに来たのだろう。義姉になる予定の人だからな。
 後ろにキュジオ隊長もいる。

 ソフィア嬢を寮の部屋で休ませても良かったと思うが、同じ女子寮に襲う指示を出した張本人がいる可能性もある。
 状況が多少なりともわかってからの方が良いだろうと思い、医務室に来た。
 医務室の治癒師に落ち着くようにと、ソフィア嬢とともに温かいお茶を出してもらっていた。

「ソフィア・カートン嬢には申し訳ないが、しばらくの間、王城に来てもらうことが決定した。カートン伯爵夫妻もすぐに王城に来られるので、一緒に来てほしい」

 素早い決定だ。
 ここは貴族学校なので女子寮も警備は充分だが、それは外部の者に対してだ。
 内部犯である可能性が非常に高い今回では、女子寮も不安が残る。

 だからといって、王都にあるカートン伯爵邸に帰すのは愚の骨頂である。
 護衛がしっかりしていない場所に帰すのは、殺してくれと言わんばかりだ。

「そう、ですか、、、」

 明らかに気乗りしていないソフィア嬢。
 第二王子は守ってくれなくとも、王城の護衛は優秀ですよ。
 安心してくださいね、という想いを込めてソフィア嬢を見る。

「お姉様のお姿をしばし見られないのは残念ですが、落ち着くまでは安全な場所で身をお守りください」

「オルレア様、」

「いや、キミも行くんだよ、王城に」

 クオ王子が俺を見ていた。

「え、なぜ?」

「なぜって、、、」

 クオ王子の視線が宙を彷徨った後、助けをキュジオ隊長に求めていた。
 目で会話するなっ。
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