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1章 双子の姉の失踪

1-1 お菓子より甘い言葉

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「オルレア様、こちらのお菓子も美味しいですわ」

 可愛いらしい年下の女子生徒が俺の前に小さいお菓子がのった皿を差し出す。
 俺、そんなに甘い菓子は好きではない。嫌いなわけではないが、どうせならサンドウィッチとかの方が好きだ。ガッチリ食いたい。
 だが、しかしっ。
 ここはひたすら我慢。

「ありがとう、子猫ちゃん。貴方より甘くて可愛いお菓子は存在しないけど、私のために選んでくれて嬉しいよ」

 にっこりと優雅に笑って、本当なら絶対に自分の口から漏れることのない言葉を口にする。
 ここでは照れてはいけない。
 後で砂を吐こうが、自己嫌悪に陥ろうが彼女らの理想の王子様を演じ切る。
 後輩の女子生徒が俺にお菓子を渡すと頬を赤らめながら後ろに下がる。
 後ろでは別の女子生徒が待っていて、その子を勇気を湛えて迎えている。

 お茶会の席。
 アフタヌーンティーパーティーみたいなものだ。
 放課後に仲の良い貴族の令嬢たちが集まり、お茶とお菓子で会話を楽しむ。

 今、俺は同級生の女子生徒に囲まれてテーブルについている。
 そう、周囲はすべて女性だ。

 人気のお茶会はオルレアと呼ばれる俺が出席するものである。
 俺は毎日、どこかのお茶会に引っ張られていく。
 怪しまれないために、そうせざる得ない。

 本日のお茶会は、中庭の一角で行われている一学年上の上位貴族の令嬢の企画だ。
 参加人数も多いため、席もかなりの数が用意されている。
 数多く並ぶ大きい円卓に細かい刺繍がされている白いテーブルクロス、そこに並ぶお菓子もティーセットも文句なしに高くて豪華だ。

「オルレア様、今日も素敵だわ」

 きゃー、と黄色い声を上げながら、先程の女子生徒が仲間に報告している。
 本人に聞こえているぞ。

「美しい長く真っ直ぐな銀髪、どこまでも透き通るような白い肌、すべてを見透かされるような瞳、背筋を伸ばしながらも物憂げな色気漂うお姿は理想そのものの王子様」

「彼女は我ら女子生徒の憧れですわーっっ」

 そう、彼女。
 俺を見て言っている。。。
 俺は正真正銘の男だ。
 百歩譲って王子様のようと評価されるのは問題ないはずなのだが。

 俺はこの学園の男子制服を着ている。
 俺は男なので何の問題もない。
 そこには何の違和感もない。

 次の女子生徒がテーブルにやって来る。

「オルレア様、お楽しみいただいてますか?」

 主催の女子生徒がやって来た。
 俺はスッと席から立ち上がって、身長の低い彼女の瞳を見る。

「お姉様、このような素敵な会に呼んでいただけるのは光栄の極みです。貴方の笑顔を見るのが私にとってこの会での最大の楽しみです」

 あー、砂糖吐きそう。

「オルレア様、」

 相手が顔を赤らめて、俺を見上げている。
 彼女の手を優しく握る。俺はもちろん手袋している。

「素晴らしい貴方を他のテーブルの皆様もお待ちになっている。私が貴方を独占したこのひとときこそが至福の時間です。けれど、それも残念ですが、しばしのお別れ。次の機会こそ、もう少しお話ししましょう」

「は、はい、オルレア様」

 ポーっと赤くなっていたが、取り巻きたちが次のテーブルに連れて行った。
 俺はまだまだ顔を崩してはならない。

「オルレア様、同じ席の私たちもかまってほしいのですけど」

 同じテーブルに座っている女子生徒たちが俺を見ている。

「ふふっ、すまない。綺麗な女性たちに囲まれていると、私もどうしていいか困る。どこを向いても咲き誇る花ばかり。愛でたい気持ちは強いが、見続けるのも躊躇ってしまう美しさだ」

 俺が彼女たちに微笑むと、俯いたり横を向いたり恥じらう女子生徒たちだ。


 あー、泣きそう。
 騎士学校で訓練している方がまだいい。
 あちらは体力的にきついが、こちらは精神的に非常に辛い。

 ここは貴族が通う貴族学校。
 俺の双子の姉オルレアが通っていた学校である。

 オルレアは男装をこの学校でしていた。
 つまり、日頃、男子生徒の制服でこの学校で暮らしていたわけである。
 元々俺は男なので、男子生徒の制服を着用することに違和感はない。
 だが、オルレアは女子だ。周囲の女子生徒たちが姉に求めるオルレア像は男装の麗人。現実の男性ではなく、女性が演じる女性のための理想の男性像。
 男から見たら、そんな男いるかっ、とツッコミを入れる男性像だ。

 つまり、男子の制服を着ているからといって、素の俺ではいけない。
 かなりハードなミッションだ。




 先日、オルレアが失踪した。
 そのため、娘への溺愛がひどい両親は、俺が通っていた騎士学校を休学させて、俺をオルレアの替え玉としてこの学校へ強制的に寄越した。
 貴族の令嬢として、一点の曇りのない経歴を残してやりたい親心というものらしい。
 男装は曇りだと思うが、溺愛しているのでオルレアの言いなりである。
 絶対にバレるな、と親に脅されてこの学校に放り込まれた。

 当たり前だ。
 バレたらオルレアではなく俺の人生が終わる。
 女子寮に男子がいたとバレたら、退学だけで済めばまだマシな話だ。
 ここは貴族学校。貴族の令嬢が揃っている女子寮に男子がいることがバレたら、想像するだけでも恐ろしいことになる。。。


 オルレアが男装しているのなら、俺が女装をすることもない。
 何とかなるかと思ってこの学校に来てみたら、オルレアの恐ろしい所業を聞いたのである。
 俺が口にしているのは、侍女たちに仕込まれたオルレア語録の数々だ。
 ち、な、み、に、子猫ちゃんとかお姉様とか言うのは、オルレアが彼女たちの名前を覚えていないからだ。覚えろ、お前も貴族の令嬢なら。

 本当にどうしてこうなったのだろう。
 俺が失踪したい。
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