解放の砦

さいはて旅行社

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10章 秋休みは稼ぎ時

10-30 善意の足音 ◆ズィー視点◆

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◆ズィー視点◆

「期待以上の成果だな」

「、、、まだ計画途中ですが」

 私は上長に書類改善計画の途中経過を説明した。
 総本部の上層部でさえ、リアムには書類の様式の改善しか求めていなかった。
 彼はそれ以上どころか、想像を超えてしまっている。
 魔道具の開発。
 冒険者ギルドの予算くれー、とリアムに言われたときは何事かと思ったが、魔道具を全支部に行き渡らせるとすると多額の予算が必要になる。そう、彼の予算は開発費ではなく、量産するためのものだった。
 本来ならば、魔道具の開発費ですらこの予算の同額以上はするだろうに。

 さすがにこの予算は最初こそ上層部でも顔を顰められたが、先の視点で見れば、この魔道具は人員削減できるし、事務の効率化もできる。
 上も効果のほどを説明されたら認めないわけにもいかないし、やってくれるのならやってもらった方が良いという結論になるのも頷ける。

 書類の試用も高評価であり、書類の細かい部分を修正するのみだった。
 魔道具の試作品も量産しやすいように設計されており、義肢製作所の職人が太鼓判を押すくらいのものだった。
 ただ、話が通じているので義肢製作所の所長へ量産に協力してもらえないかと打診したが、うちも工場じゃねえっ、という謎のお断りを入れられたので、他のところに量産してもらう手筈となった。
 あの義肢製作所は職人気質だからな。細部にこだわる者たちが多いから無理な気はしていたが。

「そこまでやってもらえれば、我々の期待を超えているよ。約束していた追加の成功報酬も出しておきなさい」

 上長は書類に承諾の魔法印を押す。
 リアムは成果を見てもらってから、この印は欲しかっただろうに。
 内部の事情なんてリアムは知ったことではないだろうが。

 私は冒険者ギルド総本部の苦情処理担当。上層部でも末端だ。
 まだまだ若輩者で、各国に足繁く足を運ぶ。部下たちにも動いてもらっているが、支部だけで対応できないトラブルは山のように湧いて出て来る。
 偉い人間は総本部内で踏ん反り返っているだけだ。
 グレーデン大国との調整だけですべての話が終わっているかのようだ。

「これでは不満かね?まあ、さすがに、有用な魔道具を開発してもらっておいて、この報酬というのは安すぎると我々も思っている。砦の管理者とは末永く仲良くやっていきたいから、悪くない金額は後日提示する予定だ。まだ決定ではないし十年ほどの分割になると思うが、総額で砦の修繕を外壁込みで何度かできるくらいの金額にはなるだろう」

 冒険者ギルドなら一括でも払えるはずだが、なぜ分割にするか。
 それは彼とつながり続けることを望むからだろう。

 概算でもかなりの金額になる。
 それもそのはず、この魔道具の量産で全支部に行き渡れば、冒険者ギルドはそれ以上の利益を手に入れるからだ。
 長い年月でどれだけの経費が浮くことか。

 本来、グレーデン大国で魔道具の開発となると、リアムが提示した予算では収まらない。
 しかも、望み通りに開発できない危険性もあるし、量産できるほどの設計となると相当時間も必要だ。
 それがたった一か月そこらでできるのならば、臨時予算を通す。
 冒険者ギルドは大きな組織だが、突発的な魔物等の対応をしなければならないので動きは早い。
 それだけは国やどこぞかの組織よりも融通が利く。

「彼が砦の管理者なのが残念だ。普通の冒険者なら即座に冒険者ギルドの総本部にスカウトしていただろうに」

「そうですね。私もそう思います。あと提案なんですが、砦の修繕に関して、報酬の一部を回して、総本部から修繕の手配をするというのはいかがでしょうか。恩も売れますし、グレーデン大国の職人でなくとも、我々には人脈もあります」

 上長は私を見た。
 それは微かな時間だったが。

「それはやめておこう。我々はそこまで信頼されていない。お金で渡される方がまだ安心するというものだ」

 上長はすでに次の書類に目を移してしまった。
 私は退室する。

 信頼されていない。

 その言葉は重く突き刺さる。
 リアムは砦の修理を冒険者ギルドの息がかかった者にしてほしくないと考えているのだろうか。
 いや、冒険者ギルドの思惑がわからない、ということだろう。
 善意をそのまま受け取れるほど、冒険者ギルドは一枚岩ではないし、慈善活動をしているわけでもない。

 リアムと冒険者ギルド極西支部の付き合いも信頼関係が構築されていると言えるほどのものかと問われると、冒険者、もしくは冒険者の統括としての冒険者ギルドとの関係を超えるものではない。
 極西支部だろうと、クジョー王国本部だろうと、この総本部だろうと、彼にとっては信頼に値する存在ではないと言えるかもしれない。


 砦はクジョー王国の王子からの執拗な攻撃にあっている。
 実行犯はもちろん黒幕が王子だとは知らない。
 リアムにとってはすべて叩き潰せるものだが。

 それでも、クジョー王国内の職人に頼む方が危険である。どこから悪意が忍び寄って来るかわからない。
 修繕に関わる職人全員を調べ上げるのは無理だ。
 どこに何が紛れ込んでいるのかを悩むよりは、冒険者ギルドからの紹介の方が幾分もマシだと思うのだが。
 リアムにとってはそうではないのだろうか?

 私は一つため息を吐く。

 おそらく、リアムは砦を大修繕したら、先見の巫女の神殿で使われている魔法陣を使うだろう。
 そのときに綻びがあったら困るはずだ。

 大規模建造物に対する状態保存と自動修復の魔法を知ったのだから、必ず砦にかける。
 ああいう施設ほど、必要な魔法だ。
 古くからあり、外見の変更を必要としない建造物こそが。




「という話をなぜ私にするんですかねえ?ズィーさん」

 嫌そうな顔で、私に問うバージ。
 ちょうどトイレに行っていて通路を歩いていたバージを捕まえてお茶に誘った。

 良質な茶葉だよー。グレーデン大国でも滅多に手に入らないよー。美味しいお茶だよー。
 お茶よりもお菓子や軽食で釣った方が良かったか?
 若いからな。

「キミならリアムが冒険者ギルドに修繕を頼まない理由が見えているかなと思って」

「、、、簡単でしょ。リアムはどこの貴族からも援助は受けない。組織の手が砦に入ることを望まない。そもそも、冒険者ギルド極西支部は砦に入らないかというリアムの誘いを蹴っている。独立した建物が必要だとして。ならば、そこで終わった話だろう」

「そこで終わった?極西支部が砦に入らないことと、冒険者ギルドの手を借りないこととどう関わり合っている?」

「あー、うん。コレはたぶんリアム独自の考え方だと思うけど、砦に入ることを断られた時点で冒険者ギルドという存在がそこまで砦を守るものとして重要視されなくなったと、、、ああ、うん、コレは私から考察したリアムだから正しいとは限らないよ」

「前提はそれが正しいとして良いから、重要視されないといっても、利用できるものは利用するのが普通だろう?」

「いや、砦の歴史は国や冒険者ギルドに散々無視されて来た。リアムの代で極西の砦になったからといって手のひらを返されても今さらなんだよ。確かにリアムは規格外でクジョー王国も冒険者ギルドも利用したいというのはわかる。もしズィーさんが善意で修繕の手配をしたとしても、冒険者ギルドに下心がないとは思われない。それならば、報酬は報酬としてお金で解決しておいた方が後腐れないのかもね。それに、グレーデン大国が冒険者ギルドの後ろにいる限り、リアムは正当な対価しか受け取らないだろう」

「わかりやすいと言えばわかりやすいんだが、厄介だな」

 砦の独立性を保つために、善意すらも断るのか?

「いや、善意だから断るんだよ。もし、後でその人たちからお願い事をされたら、断りにくくなるだろう。リアムはけっこう非情だ。けれど、身内になった者には手厚い。すべてを守ろうと思っていないから、線引きはしっかりされている」

「ならば、後で頼みごとをすることがないとしたら?」

「、、、ああ、それは先見の巫女でもない限りわからないことじゃないか。その可能性がある限り、リアムにとっては善意は善意ではない」

 善意と呼ばれるものほど悪質なものもないからな。
 それは私も痛い目に遭っているからよくわかるが。
 冒険者ギルド総本部が手配しても、どう裏で動かれるかは実際動いてみないとわからないところもある。

「そうか。それなら難しいか」

「あー、ただ、リアムには一つ例外があって、ラーメンに関することは優先されるよ」

 バージが付け足してくれた。
 ゾーイはリアムに関する情報を私に流すことはしないだろう。
 だが、バージはリアムに有用なら情報を流す。

「つまり、砦にラーメン屋を本格的に作れる職人が、砦まで修繕してくれるのなら一石二鳥の話だよねってことだ」

 バージが明るく言った。
 クジョー王国で暮らしているリアムもバージもゾーイも国外の職人にあてがあるはずもない。
 国内の職人を使うことは砦にとって危険を伴うことは、バージも知っている。

 つまり、冒険者ギルドの手配でも、リアムはあの国の職人なら受け入れるということを示してくれている。

 、、、え?ホントに?
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