解放の砦

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9章 お人形さんで遊びましょう

9-15 まさしく中間管理職状態 ◆ヴァリ・ガーバット視点◆

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◆ヴァリ・ガーバット視点◆

 あーーー。

 声にならない叫び。
 仕事が終わったら酒でも飲もう。


 実は、リアム・メルクイーンの名で二学年の試験を受けている者がいるという報告を受けた時点で、最初に採点するように指示していた。
 レポートの方もすぐに評価してもらうよう教師に依頼した。

 すでに休日が間に入っているので、今回の二学年の彼の点数はこちらの手にある。
 選択科目の試験も相当数を受けている。必要単位以上にかなりの数を。

 通常、講義を受けていないと、答えられない問題なのではないか?という彼に対する質問は意味をなさない。
 最初から魔法学園入学自体が必要ないと主張していたくらいなのだから。

 そして、必修科目である魔法実技なのだが、コレは不正がないように訓練場で試験は公開されている。なので、観覧席には野次馬や実力者の魔法を見たい者が少なからずいる。
 指定時間にそれぞれ一人ずつ三つの課題から選んだ試験を受けるのだが、最後の最後に試験官が、まだ試験を受けていない者はいないかと聞いてしまったようだ。
 手を挙げてしまったのが、リアム・メルクイーン。
 本来はクラスと名前を聞いてから試験なのだが、空間魔法を使いまーすと宣言から始まってしまったようだ。


 というわけで、リアムは一学年の試験はクリアしているし、二学年の必修科目、選択科目ともに卒業試験をクリアしてしまった。
 基本的にどれもこれも高得点なので、これから講義に出席する意味はあるのかというレベルの状態である。

 リアムの言う一年で卒業というのは制度上ないので難しいかもしれないが、二学年の講義を免除する形で落ち着くことになるのだろう。
 卒業論文もこれでダメなら、どんなものが通るんだという話になってしまう。パラ見でも充分の出来だとわかる上に、発表する一年後の事後処理が大変なので、これから事前打ち合わせを一年かけてやらねばなるまい。しかも、すべてを発表するわけにもいかない。どこを隠すかも検討しなければならない。

「そういや、魔法陣といえば、クインザー侯爵への嫌がらせをしたそうじゃないか。父から聞いたのだが」

 私、つまりヴァリ・ガーバットの父というとー、という顔をしている。

「ヴァリの父、つまり私の兄、ガーバット侯爵だ」

 学園長の叔父がリアムに説明した。
 国王や侯爵や古い家は内密で不定期に会議をする。
 ちなみに元王族である公爵が一人も入っていないのは謎なのだが。参加するようになったら理由がわかるだろうか。

 議題は表に出してはいけないことについての話し合い。
 会議をするという時点で、国王一人だけの手に余る、という判断からであろう。

「おや?嫌がらせなんかした記憶はありませんが?」

 本気で答えている表情だ。

「呪術の受益者にも代償を払わせようとしたんだろう?」

「ああ、嫌がらせじゃないですよ。当然の報復ですよ」

 うん、超怖っ。

「俺の、ではなく。呪術の利益を受けるだけ受けていたくせに、わざわざ善人面して、その犠牲者を増やす形で恩ある家を生き永らえさえようとする。テンガラット子爵家以外にも迷惑を被った家は多くあるでしょう」

「それはそうだが」

 呪術を扱うにも素質がなければならない。
 そして、呪術を使うとその家は呪術の代償を払い続けなくてはならない。
 そんなもの、誰が望んでそんなことをやりたがるか。

 けれど、他人から見ると、手っ取り早い方法が呪術なのも事実だ。

 呪術を使わせるために、お金で動いてくれた者はまだ良い。
 家族や友人を人質にした脅しや、職を失ったり、多額の借金を背負わされたり、様々な悲惨な方法で呪術を使わされたと聞く。

 呪術系にさせられた家にはものすごく迷惑な話だっただろう。

「だから、クインザー侯爵は当然の報いですよ」

 まるで、私の考えを見透かしたようにリアムが言った。
 やっぱり怖いという感想で間違いない。

「今はクインザー侯爵も何もしていないようだが、気をつけたまえ。ああいう善人面して、自分は善人だと思い込んでいる人間はなかなか執念深い。忘れた頃に何かしでかす」

 そう、貴族は基本的に善人面して行動している。私もそうだ。
 ただ、自分は善人だと思い込んでいる人間は少ない。

 リアムはハーラット侯爵に対してはそこまでの嫌悪感を抱いていないようなので、自分が何をしたのかきちんと理解している人間の方が好ましいと思っているのか?

「、、、クインザー侯爵は自分の弱点を呪術系の一点だけだと思っているんですかね?」

 リアムが軽い口調で言った。
 あの魔法陣が発動されなければ、大丈夫というわけではなさそうだ。
 あの家には他に爆弾がないわけがない。他人には知られていないと思い込んでいるだけだ。

 背筋が凍るんですけど。。。

 おそらくリアムはあの魔法陣を出した時点で、他の情報も手に入れているのだろう。
 更なる爆弾を。
 クインザー侯爵がこの場にいれば。。。
 そしたら、リアムに手を出さない方が良いことを身に染みてわかったはずだ。

 メルクイーン男爵はこのクジョー王国での貴族間のしがらみが一切ない。

 そこが他の貴族とは決定的に違う点だ。
 この点を間違えると、クインザー侯爵は今後間違いを犯すことになる。

 正当な手段があれば、敵を正当に叩き潰すことができるクジョー王国唯一の男爵家。
 今回の法案はメルクイーン男爵がその正当な手段を手に入れるものだ。
 法案が通れば、メルクイーン男爵領で犯罪を犯した者が、他領に逃げた場合でも捕まえることが可能となる。
 それは黒幕としてメルクイーン男爵領に訪れていない者も含む。

 国王はリアムが誰を標的にしているのかわかっているのか?
 自分の息子が犯罪者となったら、さすがに王位継承者としての資格がないと決断するためだろうか。

 クインザー侯爵もこの点をきちんと理解しているだろうか?
 自分の領地にいれば安全という神話は崩れるということだ。
 王族も貴族も、位の高い者は罪を隠せる。

 それが、今後は暴かれていく可能性が高い。

「ねえ、リアムくんはハーラット侯爵と仲が良いのか?」

 うわ、、、ものすごく嫌そうな顔に変わった。ここまで答えを聞きたくない顔もない。

「なぜ腹黒侯爵と仲が良いと思ったのか、今後の参考に聞かせていただいても?」

「だって、式典で白地に銀の刺繍の衣装を着ていたからさあ。ゾーイ・マックレーが横に立っていたから、多くの貴族は胸を撫で下ろしたが」

「、、、胸を撫で下ろす?ゾーイがいる、、、マックレー侯爵家の者と俺が一緒に立っていると?」

 言い直して尋ねてきた。

「ハーラット侯爵についていけない者も貴族には多いんだよ。そこまで強くはないが、どこの貴族にも釘を刺せるのがマックレー侯爵だ」

「ああ、ハーラット侯爵に丸め込まれたはずの俺が、マックレー侯爵家の者を連れていたからいい気味だと?」

「身も蓋もない言い方をするとそうなんだけどね」

「腹黒侯爵には恨み辛みしかないのにどうしてそう誤解するのか」

「恨み辛みしかないのに、なぜ白と銀の衣装を着たんだ?」

「用意されたから」

「?」

「俺、冒険者用の服しか持っていないから」

 え?
 公式の場に着る服がなかったから、と?
 服の色の重要性、誰かこの子に教えなかったの?
 あ、どうでもよかったのか。王都に来ることはなかったのだから。

「え、じゃあ、マックレー侯爵家とか、もしかして私の家から衣装を用意していたら着てもらえたのか?」

「、、、オーダーメイド品はお高いので勝手に作らないでいただけると助かります」

 、、、衣装を勝手に作ったのか、ハーラット侯爵は。
 あの人だからやりそうなことだ。あの家は潤沢に資金もあることだし、あの超高価な衣装もポンとリアムにあげてしまいそうだ。

「あ、ああ、いろいろ聞かせてもらえて助かったよ。今後もガーバット侯爵家とも緩い付き合いをしてほしい。で、一学年での卒業は制度がないので難しいが、二学年の講義免除で国王陛下と話は進めるよ」

「よろしくお願いします」

 キミの要望はできるだけ聞くというのは、今もイキだからなあ。
 魔法学園に形だけでも在籍していれば問題ないだろう。卒業式は参加してくれるのかなあ。
 この卒業論文の空間転移の魔法陣ってもう使えるの?使えるなら砦に帰っていても参加できるよね。
 しっかり読んで、リアムに必要な魔石を用意しておこう。




 ちなみにこの学園の制服のマントが白地に銀糸の刺繍の縁取りなのは、大昔はハーラット侯爵家が魔法学園を牛耳っていた名残である。魔法研究所も握っていたので、さすがにどちらかを手放せと当時の国王に諭されたため、魔法学園の学長の席がガーバット侯爵家の者に変わったのである。

 マントに白はともかく銀糸もあの当時から使われていたのだが、今の状況を見越していたものだとしたら、大昔からハーラット侯爵というのは食えない人物だということだ。
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