解放の砦

さいはて旅行社

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8章 愚者は踊り続ける

8-25 動かされる感情

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 魔法学園の年末年始休暇の間、俺は書類と睨めっこしていたので、砦長室の書類は補佐が妥協する量にはなったらしい。
 補佐もあの大量の書類だから、各所に提出やら冒険者をつかまえたり資料を集めたりして忙しかったようだけどね。
 本日は休暇最終日だ。明日は始業式である。

「リアム、お弁当送ったから皆で食べてね」

 もう少しでお昼だからちょうどいいか。
 ゾーイが二段戸棚を開けると、収納鞄が入っており、その中からお弁当箱が出てきた。
 クトフくんは何人分作ったのだろう?
 三人では食べられる気がしない弁当箱のサイズのようだが?
 クロはクトフだけで作ったものは食べないし。ゾーイの従者さんと御者さんも一緒に食べませんか?

「ありがとう、クトフ。けれど、補佐たちに伝えておいてくれるか?滞りそうな案件の書類は適当にこちらに回せって。一週間以上机に向かいっぱなしになるのは、さすがに俺もキツイ。ただし、ナーヴァル、リージェン、アミールには何も言うな」

「わかった。補佐だけに伝えておくー」

「ところで、そっちにクリス様来てない?」

「クリス様?ああ、あのキラキラ王子様。新年になってから砦には来てないようだけど?来てたら、上が騒がしいからなあ」

 キラキラ王子様。。。うん、本物の王子より王子様っぽい。
 新年の式典のときの白い衣装は誰よりも白馬に乗った王子様だった。
 営業スマイルでも、彼の整った顔を拝みたい者は多いらしい。
 クリスが来たときは砦でも通路に出て来る店員が増える。

「そっかー、まだ尾を引いているのかー」

「リアム、あの王子様に何かやったの?」

 王子様と言われると違和感があるなあ。クリスは王子ではないので。裏での呼び名なのだろうけど。確かにそう呼びたくなる気持ちはわかるが。

「ナーヴァルへの恋心を自覚させた」

「、、、リアム、砦長がリアムを想っているのは相当な鈍感ニブニブでもなければ全員知っていることだぞ」

「だっけどさー、クリス様が俺やナーヴァルをつっついてくるのはナーヴァルを好きだからなんだけどさー、ちょっとイラっと来るよね」

「あ、イラっとしてたのか」

「リージェンも幼馴染みだからといって秘めたる想いか何なのか知らないけど、俺に対する行動もイラっとすることが多いよね」

「ああ、副砦長は仕方ない。関係ない俺もたまにイラっとすることがある」

「クトフもー?リージェンは天然ぶっているけど、意外と計算高いからなあ。もうどっちでも良いから幸せになれば良い」

「、、、人の感情はそこまで単純じゃないぞ」

「でも、俺、ナーヴァルがいくら俺のことを好きでも、けっこうイラっとさせられているからなあ。さすがに何度も何度も何度も同じ質問をされるとあれが可愛いとは思えないなあ。報酬も出てなかったのに、仕事だと思っても結構きつかったよ。母上のための母上もいないのに」

「うん、それも仕方ない。砦がリアムの物になって、男爵となったからには、砦の管理者としての報酬は出ているんだろ?」

「うーん、コレがまた微妙なところで領地を黒字化しないと、けっこう身を削ることになる。男爵家が貧乏なのは変わらない。俺も今までは砦の管理をしていただけで、領地のことは一切触れてないからなあ。領地も回ったことがなければ、知っているのは帳簿上のことだけだよ」

「とりあえず、帳簿上のことでも知っているだけでも上出来じゃない?普通は物心ついたら、すぐに跡継ぎ教育が始まるものだし」

 跡継ぎのバージが発言した。跡継ぎは跡継ぎで苦労はあったのだろう。
 通常は上の兄たちが死なない限りは三男に爵位が回って来ることはない。

「一応、クズ親父とバカ兄貴が領地運営は引き続きやっている。恐ろしい金額使っていた魔物被害の補償金問題と保養地整備凍結はハーラット侯爵にされているから良いけど。ホーント領民の血税を変なところに費やしやがって」

 無駄遣いが減って何よりだが、失った金額は元には戻らないし、領地運営はそれだけではない。
 さすがに俺でもどうすればいいのか知らん。前世で領地運営したのはゲームのなかだけだ。

「面倒だなー」

「リアムっ、お昼だよっ」

 時報か?
 クロがニョっと出てきた。

「クロ、クトフが作った弁当があるんだが」

「うん」

 それが?と言わんばかりの圧が来た。
 クロはニヨニヨ笑顔のままなのだが。

「はいはい、わかりました。厨房行ってオムライスを作ります」

 ケチャップライスは収納鞄に在庫があるから、そこまでの手間じゃない。
 お弁当だから、皆には温かいスープぐらいは作るか。

「弁当の量が量だから、ゾーイ、従者さんと御者さんにも一緒にどうかと聞いて来てくれ」

「わかった」

 クトフとの通信を切って、厨房に向かう。

「、、、あれ?リアム、どこ行くの?」

「厨房に」

「ああ、もう昼か」

 廊下で少しボンヤリとしたクリスに出会った。
 護衛さんたちの表情が暗いのだが。疲れているようなのだが。
 ま、いっか。

「クリス様も一緒にお昼しましょー」

 クリスがこっくりと頷く。営業スマイルも消えているなあ。
 今日は何しに来たんだろ。
 厨房でクロのオムライスと、皆のスープを作り始める。
 すると、ゾーイも従者と御者を連れてきた。

「あれ?キラキラ王子様がいる」

 ゾーイは厨房のカウンターから第三食堂を見た。
 そのキラキラ王子様が第三食堂の椅子に座っていると違和感が半端ない。が、厨房に立たせておくと今のクリスは危険だ。護衛たちも後ろに並んでいる。
 バージがテーブルに弁当や小皿を並べてくれている。

「王都でそう呼ぶと、微妙じゃないか?本物の王子がいるんだから」

「いや、実際、あのクリス・ハーラットの裏の呼び名はハーラット侯爵家の腰抜けの他に王子様というのがある」

「、、、ああ、王子殿下だからか。この国じゃ王子を王子様とは呼ばないからか」

「そうそう、絵本や物語の王子様っポイだろ。女性陣が呼ぶのと違って、やっかむ男性が言うと揶揄の意味もある」

 揶揄と言われてふと思い出す。

「俺さあ、坊ちゃんと呼ばれるの、嫌いなんだよ」

「幼い頃は俺も呼ばれたなあ」

「私は今でも呼ばれる。爵位を継ぐまで呼ばれる気がする」

 バージが厨房に戻ってきた。今のクリスと一緒には居づらいのかもしれない。

「この国では貴族の子供や跡継ぎっていう意味しかないけど、他の国では蔑称として使われている。まだまだ大人扱いされない半人前という意味合いだ」

「あるよなあ、そういう言葉。同じ言葉なのに国が違うと意味合いが異なるもの」

「国外に出る仕事だと、注意されるよな」

「そういう風に言われているわけではないと頭ではわかっていても、その国の出身だと知っていると何とも言えない気分になる」

「この国に合わせているだけの可能性は高いからなあ」

「そっかー、だからリアムは砦長のことがあまり好きじゃあないんだねー」

 クロが卵をコロコロ並べている。

「砦の冒険者たちは俺のこと坊ちゃんとは呼ばないだろ」

「そりゃあね。街の住民はともかく、冒険者はF級冒険者でも一人の冒険者として扱うからねえ。名前呼びが基本だよねえ。愛称とか二つ名はあるけど、坊ちゃんってそういう類のものではないし」

「砦の管理者になったとき、ナーヴァルに名前を呼んでもらえるんじゃないかと少し期待していたのだけど」

「あのとき砦長がリアムと呼んでいたら、何か変わっていたのかもねー。砦長マニュアルにも書いてあるのにねー」

「クロ、読んだの?」

「読まなくとも」

 砦の守護獣様の能力は計り知れない。
 スープができたので、オムレツを焼く。
 従者さんがスープをよそってくれる。


 久々のクトフのお料理。
 フタを開けると冒険者弁当ではなく、俺にとってお弁当らしいお弁当のオカズが並んでいた。
 唐揚げ、厚焼き玉子、ポテサラ、ミニハンバーグ、ウィンナー、おにぎり等。俺が定番のお弁当とクトフに言ったことのあるものが並んでいる。
 前世でもこんなにも品ぞろえ豊かな弁当は誰かに作ってもらったことのない。
 運動会でも他の子に両親が手作りのお弁当をもって応援に来ているのを見ると羨ましかった。

「嬉しいなあ」

 食べながら、ちょっと泣いてしまった。
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