解放の砦

さいはて旅行社

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8章 愚者は踊り続ける

8-9 慰め

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「メルクイーン男爵家当主が冒険者だったから、クバード・スート辺境伯領を継いだというのは知っているか」

 ゾーイが王城の通路で話し始める。
 庭園でパーティが催されているというのに、城内は冷え、静まり返っている。

「ああ、それは知っている。だが、うちのクズ親父は冒険者ではないが男爵位を継いでいた」

「それは特例だ。ビル・メルクイーンの父親であった当主とその跡継ぎの予定だった長男が亡くなり、直系の子が冒険者ではない生まれつきカラダの弱い弟しか残っていなかった。王命で、冒険者の妻を娶り、その者を砦の管理者とすることでビル・メルクイーンを男爵として認めたが、子供が成人したときに男爵位を譲るというものだった」

「子供が成人したときといっても、バカ長兄もクソ次兄もすでに成人しているぞ」

「メルクイーン男爵家当主が冒険者であるからこそ、国王に魔の大平原を押しつけられたんだ。もし、冒険者ではない者が当主になり続けたら、普通に国に助けを求めてしまう。王都には魔の森がある。そして、この国でS級冒険者は歴史的にも人数はいない。戦力を他に割ける状態ではない。つまり、王命が言う子供が成人したとき、というのは、冒険者の子供が成人したとき、だ」

「、、、あのクズ親父は誰も冒険者として育てていない。長兄を跡継ぎだと公言していたくらいだが、冒険者として育てなくとも自分のときのように特例が出ると思い込んでいたのか?」

 ゾーイが俺を見る。

「それは無理だろう。ビル・メルクイーンが男爵として認められたのはカラダが弱かったせいだ。冒険者として動けないと判断されたためだ。健康体であるリアムの長兄と次兄に特例が出るわけがない。しかも、冒険者のリアムがいるのだから、リアムに男爵位が譲られるのが当然だ」

 え?当然なの?
 確かにメルクイーン男爵家は冒険者の一族だった。
 カラダが弱い者、冒険者として耐えられない者以外の子はすべて昔から冒険者として育てられてきた。
 兄弟が多いときは男爵家当主にはなれなくとも、冒険者として砦を支えていた。
 ということは、俺もすでに知っている。

「反対に、ビル・メルクイーンは反意の恐れありと王都では判断されそうになっていた。男爵位を譲りたくないばかりに長男、次男を冒険者として育てなかったと。だが、それは三男のリアムがあまりにも優秀なため、リアムを王族や他の貴族や商会に取られないために、そして他の兄弟との争いの火種を起こさないために、ビル・メルクイーンはリアムだけを冒険者として育てた、とされている」

「、、、されている、ねえ」

 なーんかその辺りの脚色は腹黒侯爵あたりが絡んでいそうな感じがするな。

「リアムと接していると、本当に知らなかったと思ってしまうんだが」

「その通りだ。言われてみれば確かにそんな歴史的事実はあったな、と思いつくが、あのクズ親父は完全に冒険者を下に見ていた。母上は領民のために命がけで魔物と戦ってきているのに、労いもなく家事を強要されて、冒険者のことを何も知らないクズ親父やバカ兄貴、クソ兄貴の方が死んでしまえば良かったと何度も思ったことか。冒険者は馬鹿でもできる、家事ぐらいやれて当たり前としか思っていないクズだ。本当にあんな奴ら死んでしまえばいい」

 あの三人の話はしたくない。思い出したくもない。
 母上が亡くなっているのに、のうのうと生きているアイツらのことなんて口にすらしたくない。

「俺が優秀だと?もしそれが事実なら俺がこの世界のことを独学で学んだからだ。男爵家が、あのクズ親父が、俺に何かしてくれた事実なんか存在しない。家庭教師も兄弟のなかで俺だけつけていなかった。母上が母上の私財で俺の服や装備等を与えてくれた。俺は愛する母上のためだけに冒険者になったんだ。アイツらのためになんか一切なりたくない」

 感情が湧いて出てきてしまう。

「リアム、、、」

 ゾーイに肩をポンポンと優しく叩かれた。 

「おそらく、ビル・メルクイーンに対する清算はハーラット侯爵がおこなっている。式典が終わったら、その説明があるだろう」

「腹黒侯爵が、」

「だが、リアムがメルクイーン男爵となることで、その父や兄たちの鼻を明かせたと思えるんじゃないか?」

 ゾーイの言葉を頭の中で反芻する。
 俺が男爵になることでざまあみろ、とアイツらに思えるか。
 それは俺が男爵になりたいと願っていればの話が前提だ。

「、、、俺は別に男爵になりたいと思ったことはない」

 俺は言葉を切った。
 俺は何をしたかったか。
 母上が生きていれば、一緒にしたかったことは山のようにあった。

「、、、母上がいないなら」

 もう母上はいないのだ、この世界に。
 俺が転生したのだから、母上もどこかに転生することもあるのだろうかとか考えてしまう。
 けれど、それはもう母上ではない。普通は次の生に記憶など保持していない。

「後は母上の意志を守るだけだ」

「リアム、」

 横を見ると、心配そうな顔がいた。
 出会って間もないこの男は、俺を心配してくれているのだ。

 長年、当然のように家事をやらせても何の心配もしないあんな家族もいるのに。
 今、家事で困っていれば良いのに。
 使用人なんか雇わずに。
 、、、けれど、ルンル婆さんあたりが助け舟を出しているだろう。

「少し頭を冷やす。一人にしてもらえないか」

「、、、ああ、一時間ほどしたら、ハーラット侯爵家の控室で会おう」

 俺はゾーイを残して歩き出す。
 目的地があるわけでもない。

 あのクズ親父とバカ兄貴とクソ兄貴への感情はいつもは箱に仕舞っている。
 一回フタを外してしまうと、箱の中に圧縮された感情はどこまでも湧いて出て来る。
 冷たい目で見ている三人を俺は忘れない。

 俺は彼らが今後、心を入れ替えたって行動を変えたところで許すことはない。
 彼らが過去に母上にした行為はなくならない。




 適当に歩き回ると、王城の広い中庭に出た。
 どこまでも綺麗に手入れされている。
 近くにあったベンチに座る。

 目を閉じる。

 考えなければならないことは、クズたちのことではない。

「やっぱりリアムだ。久々だねー。学園で会えそうだったのに、一学年と二学年じゃ全然会えないねえ。廊下でもすれ違えないとは思わなかったよ」

 元気な声が響いた。
 軽やかでいながら、刺繍が細部に渡って施されている衣装。それは宗教国家の民族衣装。

「リリー」

 なぜここに、というのは愚問か。
 彼女は宗教国の王族なのだから、クジョー王国の来賓だ。
 ただ、俺が出てきたあの式典は国内用だ。
 他国の要人たちの本番は夜の盛大な舞踏会。彼女のような者たちは、今は庭園や広間でのパーティでもてなされ時間を潰していることだろう。

「覚えてもらえていて良かったわ」

「学園の廊下ですれ違うことはないですよ。貴方はこの国の王子と同じクラスなんですから」

「貴方が王子に何かすることはないのにねえ。逆はあっても。貴方はあの王子のために犯罪者になるのは馬鹿らしいと考える口でしょう」

「その通りですね」

「慰めが欲しい?」

 彼女が俺の膝に跨ってのってきた。
 彼女の両手が、俺の頬に触れる。

「これも貴方の神獣の指示ですか」

「海竜様の指示というよりは、私の意志ね。子供を産むと、生贄の順番が下がるのよ」

「俺の子供を産む気ですか」

「貴方は神獣の誓約者。貴方が父親になるならば、私も子供も殺される可能性は低くなる」

「リリーは海竜の妻でしょう。俺と通じることは許されないのでは」

「海竜様が望まれている誓約者が産まれる可能性があるならば、いくらでも許されます」

 海竜様が望まれている誓約者?
 リリーも神獣の誓約者候補である。彼らは生贄になったときに誓約者となる。誓約者となれば、死がすぐそばに迫る。

「砂漠の国の蠍の誓約者は女性だから向こうには行かなかった、ということですか」

「ええ、彼女は長生きだから、血縁関係も途絶えしまっている。貴方から注いでもらえたら、産まれた子供の面倒は私がみるわ。貴方が望むなら、二人で貴方に会いに行くこともできるわよ」

 それを海竜は許すんだな。

「俺が慰めが欲しいと言えば、温めてくれるんですか」

 彼女の熱が両手から伝わってくる。
 彼女は微笑んで、俺を誘った。
 近くの整っていた控室に。
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